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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆1部:僕と彼と彼女たちの日常
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3章:緑の世界 揺らめく記憶の中

 白い光の中。前を見ても、後ろを見ても白。世界のすべてが白で統一されているかのようだ。目を閉じても、開けても白い。まぶたが無いみたいだ。

 フワフワとした、浮かんでいるような変な感覚。プールで浮かんでいるみたいではなく、上空を浮かんでいる感覚。そもそも空の浮かんだことなどないのに、どうしてそう感じるのかはわからないが、直感的にそう例えるのが最も近いのではないかと思う。

 しばらくして、霧が晴れていくかのように、白い景色が少しずつ消え始めた。徐々に見え始めた風景。すると、自分が着地したような感触があった。地面を踏んでいる感触だ。

 足元がはっきりと見え始めた。そこには、青々とした草原。視線を徐々に上げていくと、その緑の雑草が広がっているのがわかった。遠くには、薄っすらと山々が見える。上空には、青っぽい空も広がっているのがわかる。白い霧は半分程度晴れたが、それ以上晴れることは無かった。


 ここは一体……?


 まさか、夢の中か? それにしては、あまりにも現実的だ。大気が肌に触れる。微風(そよかぜ)が髪をなでる。自分が呼吸しているのもわかるし、立っているのもわかる。夢の中だったら、これすらわからないはずだ。


「夢だと思う?」


 後ろから、女性の声がした。恐る恐る、僕は後ろへ振り向いた。


挿絵(By みてみん)


 そこに立っていたのは、一人の少女だった。空たちと同じくらいの年齢だろうか? 長く、絹糸のような金色の髪を後ろで結っている、端正な顔立ちの少女。結っていても、髪はかなり長い。そして、ほっそりとした体型。服装は夏場の小学生みたいな格好だ。

「残念ながら、夢じゃない。わかる?」

 彼女は微笑した。僕を馬鹿にしているかのように、手を振っていた。

「……あんた、誰?」

 僕の第一声は、それだけ。


「私はリサ。よろしくね、空」


 今度は、ニコッと微笑んだ。それは凡そ、同年代の女性がするようなそれではなく、人の心を受け止められる――それこそ“母親”のような存在しかできないようなものだった。

 なぜ、そう感じたのだろう。年齢は僕と変わらないような気がするのに。

「な、なんで僕の名前を?」

 僕は小さな声で質問した。どこだかわからない恐怖心のためか、びくびくしている。

「それはまぁ、天のお告げ? みたいな」

 アハッと、リサは笑った。

「…………」

「嘘よ。冗談だって」

 いや、冗談って言われても……。変なことを彼女が言ったためか、ほんの少しだけ彼女に対する警戒心が解けた。

「それにしても、知らない間にこんな所にいるってのに……あんた、やけに冷静だね。普通の人間なら、慌てふためくはずなのにさ」

「ん?」

 たしかにそうだ。なんで、僕は冷静なんだ?

「……ここは一体どこなんだ? なんで、僕はこんな所にいるんだ? 空たちは?」

「あんたね、質問を何個も同時に言うんじゃないよ」

 リサは小さくため息をついた。

「どこかって質問。答えは、“別世界”」


「別世界?」


 リサはうなずいた。

「2つの世界の狭間――と言った方が正しいかもね」

「はぁ? 何を言ってんだ?」

 世界の狭間だのなんだの、意味が分からない。いや、そもそも今の状況が意味不明である。

「まぁつまり、ここはあんたのいた世界とは違う世界だってことさ」

「違う世界?」

「そう。あんたのいた世界は“ガイア”。そして、もう一つの世界を“レイディアント”って言うの」

 そんなの、聞いたことも無いんだが。

「私たち、レイディアントの人間がそう呼んでるの。まぁ、ほとんどの人はガイアがあるなんて信じちゃいないけど」

「……僕がいた世界がガイアで、ここがレイディアント……ってこと?」

 と、僕は恐る恐る訪ねる。しかし、彼女は首を振った。

「ううん。ここは、その2つの世界の間に挟まれている別の次元」

「……ごめん、意味が分からないんだけど」

 じゃあここはどこなんだっていう話だ。そんな僕に対し、彼女はどうもめんどくさそうにため息を漏らし、頬を指先でかいていた、

「正直なところ、ここはそんなに大したところでもないの。説明したって、たぶんいまいち要領は掴めないでしょ」

「だからって説明を省こうとするのは、どうかと思うんだけど……」

「……広い意味で、別世界よ。ここもね。はい、次」

 なんという大雑把な説明だ。何もわからないぞ……。

「じゃあ、僕はどうしてこんな場所に?」

 そう訊ねると、リサは再び微笑んだ。

「もちろん、求められているから。私だけじゃない、多くの意思に。……あなたは、選ばれし者。そして、時は満ち足りた。だから、あなたはここへ吸い寄せられた」

 まさか……。

「お前か!? 僕の頭の奥で何度も囁いていたのは!」

 僕は一歩ほど彼女に詰め寄り、言った。だが、彼女はキョトンとしている。

「頭の奥? よくわからないけど……あんたと話すのは、これが初めてよ?」

「え?」

 じゃあ、なんなんだ? ……冷静になって考えてみれば、たしかに彼女の声とは違う。同じなのは“女性”の声であるということだけだ。

「あなたは、必要とされている。ガイアではなく、レイディアントにね」

「レイディアントに、必要とされ……? な、なんだよそれ。わけわかんねぇよ」

「でしょうね」

 うん、と彼女は頷く。僕の混乱している様とは違い、そのどこか他人事のような物言いに腹が立ってしまった。

「でしょうねって……なんだよそれ! お前がここへ連れてきたんだろ!?」

 僕は思わず、声を荒げる。だが、彼女は全く動じずに僕を見ている。

「私はたしかに、あなたを求めていた。だけど、あなたがここへ来るということは“偶然”ではなく、”必然”なのよ」

「何が必然だよ。それじゃ何の回答にもなってないじゃんかよ」

 僕は大げさに、手を広げて言った。

「それを“運命”って言うんじゃない? ずっと昔から、求められているのよ。他の誰でもない――空、あなたがね」

「……僕が?」

 リサな小さく頷く。


「あなたは特別なのよ。どんな人よりも」


 彼女は僕の瞳を見つめる。だから、自然と彼女の強い意志が入り込んでくるのがわかる。エメラルドグリーンの双眸が、そう語りかけてくる。

「誰よりも、特別。あなたは生まれながらにして、唯一無二の存在」

「……いやいや、大げさだろ。なんだよ、それ」

 僕は思わず、馬鹿らしくなって笑ってしまった。どこぞのゲームであるまいし。

「信じる、信じないはあなた次第だけど……」

 リサはそう言いながら、自身の顎に手を添えた。

「今、あなたは現実離れしている場所にいる。それを考えれば、私が言っていることが本当なのか嘘なのかもわかると思うけど?」

 たしかに、そうかもしれない。それでも、彼女の言っていることを真に受けるほど僕は単純ではない。

「わかるよ。いきなりこんなことを言われて信じる人なんかいないって、私が逆の立場ならそう思うよ。でも――」

 彼女は僕に歩み寄り、僕の胸に――鼓動が感じ取れる場所に、自身の掌を合わせた。普通であれば、避けてしまうと思う。だけど、自然と避けることが出来なかった。

「私のいる世界も、実在している。そして、私自身がここにいる。あなたが認めようと、認めまいと」

「…………」

 真っ直ぐな瞳が、僕を追い詰めているようだった。まるで“逃げるな”と言わんばかりに。思わず、僕は生唾を飲み込んでしまった。彼女はそんな僕の様子を見て、小さく微笑んだ。そして手を離し、一歩ほど後ろへ下がった。彼女の長い金色(コンジキ)の髪が、ふわりと浮かぶ。

「きっと、また会うことになるよ。その時は……よろしくね」

 再び、微笑む彼女。

「私が言いたいのはそれだけ」

 リサは後ろへ振り向き、そう言った。

「さて、帰りたいんだったよね」

「え、帰してくれるのか?」

「え、帰りたいんでしょ?」

「……まぁ、そうだけど」

 なーんか調子狂うなぁ。思わず、僕はしかめっ面になってしまった。

「でも、どうやって帰るんだ?」

 素朴な疑問をぶつける。

「とりあえず、目を閉じて、深呼吸をして」

「……え?」

 僕は首を傾げた。そんな簡単でいいのだろうか? そんな僕を見て、リサはどこかめんどくさそうにため息を漏らしていた。

「いいから、言われたとおりにする!」

 怒気を孕んでいたため、僕はすぐさまに言われたとおりのことをした。

「絶対に目を開けちゃダメよ? そしたら、失敗するかもしれないから」

「失敗したらどうなるんだ?」

「知りたい?」

「……いや、やめとく」

「賢明ね」

 クスッと、リサの笑った声が聴こえる。顔は見えないけど、たぶん笑顔なのだろう。

「準備は良い?」

 準備も何も、目を閉じただけなんだけど。とりあえず、僕はうなずいた。

「じゃあ、行くよ」

 僕はつばを飲み込んだ。なぜだか緊張する。


「――霊界にて彷徨いし次元の歪み。我が願いを聞き入れ、虚空にその扉を映し出さん……。我をその手許へと導き給え。ケリュ・ヴェル・ゼスナー……天界への梯子“ビフレスト”」


 彼女がそう言い放った途端、僕の足元から風が吹き上がり始めた。それに押されるかのように、僕の体が浮かんでいくのがわかる。ゆっくり、ゆっくりと上昇していく。目を開けて、その様子を見てみたい。しかし、目を開けてはならない。その好奇心と恐怖心が交差している。


「またね、空。もう一人の空ちゃんを、大事にしてあげなさいよ」


 リサは陽気な声で言った。

「! お前、なんで――」

 なんで空のことを知っているのかを訊こうとした瞬間、僕がそこからいなくなった感じがした。すると、まぶたの上から感じていた光が消え、自分が暗闇にいるのがわかった。ここへ来る時と、同じだ。

 自分が無重力の中にいるような感覚だ。フワフワと浮かび、くるくる回っている。まぶたを開けたいが、怖い。念のため、ガイアに辿り着くまで閉じておかないといけない。



「……う……」

 まぶたの上から、光が差し込む。さっきまで真っ暗なところにいたせいか、まぶたを閉じていてもまぶしい。

 いつの間にか、僕は仰向けになっていた。目を閉じていても、感触でわかる。さっきまでのフワフワした感覚がなくなっているからだ。もうガイアへ到着したのだと思い、僕はゆっくりとまぶたを開いた。

 白い天井。見覚えのある光景――そこは、またもや病院だった。

 隔離された場所特有の、清潔感溢れる空気が漂っている。あの嫌いな“辛気臭い”香りだ。僕は上体を起こし、辺りを見渡した。僕がいるベッドの隣にあるイスに、誰かが座っていた。


 ――空と海。


 2人は制服姿で、座ったまま寝ている。小さな寝息をたて、肩と肩を寄せ合っていた。2人の目の下には、涙を流した痕と、寝不足を象徴するくまがあった。彼女たちが制服姿と言うことは、あれから何日か経っているということだ。

 外を見てみると、すでに黄昏時だった。空の果ては茜色に染まり、夕闇が世界を覆い始めていた。

 

 あれは――夢ではない。現実だ。僕は一人だけ扉の奥へと吸い込まれ、別世界へ連れて行かれたんだ。

 澄んだ空気。そよぐ風。深緑の草原に、霧がかった風景。そして……金髪の少女。


 ――あなたが認めようと、認めまいと――


 彼女の言葉が、脳裏に反響する。認めたくなくても、僕は実際にあそこにいたのだ。夢ではない――なぜだか、そう言い切れるだけの自信があった。あれを夢だというには、感触がありすぎるからだ。


 ――疑うのか――?


 一瞬、僕の視界が点滅しる。

 また変な声が聴こえた。亀裂が走るような痛みが頭の中に響く。一瞬だけだったのが幸いだが、なんなんだ?

 僕は、一体どうなってしまったってんだ……?


「ん……」

 空は目をこすりながら、うなだれていた顔を起こした。まだ目を開けておらず、眠たそうだ。

「あれ……?」

 彼女は虚ろな目で、僕を見つめていた。そうやって見つめられると、体が硬直してしまう。

「……よっ」

 僕はぎこちなく、手を上げた。

「そ、ら……?」

 空は疑問符を付け、僕の名前を呼んだ。

「気が付いた――の?」

「え? あ、ああ」

 そう言うと、空は小さく震え始めた。瞳に、溢れんばかりの涙を溜めて。

「よ……よかった……!」

 もう抑えられないかのように、その雫は零れ落ち始めていった。

「……んん……」

 その時、海も動き始めた。目をこすりながら。そして、ぼんやりとした双眸で僕を見つけると、徐々に事態を飲み込み始め、目を見開いていく。

「空……目が覚めたの!?」

「あ、ああ」

 その瞬間、彼女は僕に飛びついてきた。

 海は僕に飛びついてきた。

「うおっ! お、おい、海――」

「空……空ぁ――!!」

 海は僕を抱きしめながら、大声で泣き始めた。それが、どれほど僕を心配させていたのかということを理解させる。強張っていた体の力は抜け、僕は不思議と彼女の頭をなでていた。

「心配かけて、ごめんな。海」

 小さな声で、彼女に聞こえるくらいでしか言えなかった。彼女がこんなにも泣いていると……僕はとんでもないことをしてしまったのだと感じ、罪悪感に囚われた。

「空、空……!」

 泣き声なのかどうかもわからない声で、海は僕の名前を呼ぶ。僕はただ、彼女の背中をさすったり、頭に触れたりすることでしか応えられなかった。

「…………」


 この日から、僕を取り巻く状況が一変してくる。

 

 リサの言っていた、あの言葉。

 

 ――きっと、また会うことになるよ――


 この時はまだ、そうは思っていなかった。だけど、それが何を意味していたのか――僕は、気付くことになる。


 運命だと言えば、それまでなのかもしれない。


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