40章:急襲!! 血に塗れし黒き翼「1」
聞き覚えのある声が、後ろから聞こえた。僕たちはすぐさま後ろへ振り返った。
「お前は……!?」
マストの影でそいつの姿を確認できない。
「おいおい、もう俺のことを忘れちまったのか?」
この口調で、はっきりと思い出した。
「――ホリンか!?」
そう、イザークのフォルトゥナ神殿で僕とヴァルバに襲い掛かった、インドラの幹部の一人ホリンだ!
「久しぶりだな空……いや、『セヴェス=ヴェルエス』。教皇家の嫡男さんよ」
ホリンはマストの影から出て、月光に当たる位置にまで歩み寄ってきた。
「あんたがリサか……あいつらから聞いてるぜ?」
「………………」
リサは何も言わず、自分の長い髪を結び始めた。
「僕たちを狙って来たのか?」
そう言うと、ホリンは小さく笑った。
「まぁ、そんなところだ。お前が『調停者』として覚醒する前に殺らなきゃならないと、幹部会議で決まったんでな」
緑色の瞳が、僕を睨みつける。
「……今回もお前一人なのか?」
ホリンの辺りを見渡しても、他に人影は見えない。前回と同じく、一人で闘おうというのだろうか。
「今回は俺一人じゃない。さすがに、そこの女がいると俺一人では荷が重いんでね」
ホリンはリサを指差した。
「こりゃあ高く買ってもらったもんだね。けど、『あんた程度の一般人にやられるような私』だとでも思ってんの?」
リサは小馬鹿にするかのように微笑んだ。
「ふん……てめぇが特別な巫女であることは知っている。そして、『あいつら』と同じような殺人格闘術を会得してんだろ? ……ラグナロクの一員だからって、女が会得できるようなもんじゃねぇのにな……」
さ、殺人格闘術? まさか、んなもんをリサは会得してるっていうのか?
その時、ホリンの野郎は首をかしげ、ほほを指先でかき始めた。
「それにしても……男みたいな格好をしていると聞いたんだが、どうやら違うらしいな。ただの女にしか見えねぇぞ?
「だ、黙れ! 私だって女なんだよ!」
なんていうか……照れる姿もあんまり見ないせいか、初々しい。あからさまに恥ずかしがってやんの。
「まぁとにかく、俺の仲間を紹介しようか。――〈ミランダ〉」
ホリンがそう言うと、ホリンの隣に光の柱が現れた。これは……空間転移? 数秒後、そこに一人の女性が現れた。この女性は、たしか……
「どうも、初めまして。……あなたとは二度目ね」
ミランダは僕の方に目をやり、小さく微笑んだ。フォルトゥナ神殿で現れた、ドがつくほどの美人。ナイスバディでスレンダー。しかも身長が高い。
「空、鼻の下を伸ばしてんじゃないよ」
と、リサによって例の如く頭を叩かれた。
「の、伸ばしてなんかないっての!」
「ホントにぃ?」
疑心に満ちた顔。このやろ……。
「……お前なぁ……」
「冗談だってば」
そう言って、彼女は笑った。危ない危ない。男の目を釘付けにする女ってのは、そんだけで凶器だよ。
「あら……見ない間に、体つきが良くなったわね」」
ミランダまるで母親のように言った。
「あんたは敵だろ? 僕の成長がうれしいのかよ?」
「そうね……以前のままだと、張り合いがなかったから」
クスッと、ミランダは……なんつーか……なんか腹立つな。つーか、美人ってのは、どうも上から目線なんだよなぁ。これも世界共通なのかね?
「気をつけな、ソラ。ミランダはあらゆる精霊に通じた、〈聖霊術師〉だ」
「聖霊術師?」
「……5種属性に光陰2元素を操る魔術師のことよ。今では聖霊術師になることはできないはずなんだけどね」
そう言って、リサは身構えた。
「リサさん、あなたも同じ聖霊術師じゃなかったかしら?」
「……まぁ、そうと言えばそうなるかもね。けど、知ってんでしょ? 『私はあんたたちとは別物』って」
リサも聖霊術師……? 移動する魔法を使える所などからすると、あながち間違ってはいないとは思うけど……。
「そうね。……でも、何もあなたのような人間だけができるわけじゃないのよ?」
「…………??」
リサは首をかしげた。それを見たミランダは、クスッと微笑んで右手を空中へ掲げた。
「今ここで私たちが出逢うのは、遥かなる過去から定められていたこと……」
ミランダはそう言うと、印を結んだ。……魔法の詠唱だ!
「リサ! 魔法だ!!」
「そんなのわかってるに決まってんでしょ!」
リサはすでに走り出していた。ミランダの方向へ、一直線に向かって行った。その速さは、かなりのものだ。
すると、リサの前にホリンが立ちはだかった。ホリンは後ろに背負っていた剣を取り出し、横一文字に振りぬいた。リサはそれを横っ飛びをしてかわした。あのスピードで走って、あのスピードのまま横へ避けるなんて人間業か!?
「行かせるかってんだ!」
「ちっ!!」
リサはホリンから数メートル離れた場所へ着地した。
「朽ちなさい、泡沫の海を漂う瘴気の嵐にて……」
ミランダの周りに緑色の光があふれ出していた。僕はベルトに差してあった剣を抜き、体勢を整えた。
「魔の祝福を――ヴェルニスカ」
緑色の光が辺りへ飛び散りだし、その光がこの甲板の床へと降り注ぎだした。波紋を広げながら、緑色の光はどす黒い何かを撒き散らし始めた。
「これは……! 空、その黒い霧に触れるな! 毒ガスだ!!」
口に手を当てて叫んだ。
「ど、毒ガス!?」
黒い霧は、この月夜の中ではよく見えない。僕は姿勢を低くし、口を塞いだ。それでも少しだけ吸い込んでしまった。
僕が咳き込んでいると、ホリンが剣を携えながら走って来た。
「燃え上がれ――レーヴァンテイン!」
剣は朱色の炎を纏い、僕に向かって来た。振り下ろしてきたその一撃を、僕は剣でガードした。以前とは違い、押し負けている感じはしない。
「よく受け止めたなぁ! なるほど、てめぇの成長はウソじゃなかったってことか」
「お前らと同等に戦えるために……いや、お前らを倒すために、努力をしてきたつもりだ!」
「ハッ! それを無駄な努力だとわからせてやらぁ!」
ホリンは後ろへジャンプし、再び切りかかってきた。その素早い斬撃を、僕はガードし続けた。何度も攻撃していれば、一度体勢を直す時が来る。その時こそが、反撃するチャンスだ!
ホリンの連続攻撃を防ぎきると、ホリンは間を空けた。……チャンスだ! 僕は思いっきり斬りかかった。その時――
「――ゲイルスラッシュ」
円を描く緑色をした風が僕の方へ突撃してきた。僕は間一髪、横へ転ぶように避けることができた。すると、ホリンがジャンプをして、上から剣を振り下ろしてきた。僕は再び転ぶようにして、横へ避けた。
「ハッ! 逃がすかぁ!」
ホリンはすぐさま追撃攻撃を行った。しかし、それをリサが手で受け止めた。――素手で!?
「なっ!?」
ホリンが驚いている隙に、リサは横蹴りを繰り出した。ホリンはそれを後ろへ引くことで避けた。ここで、ようやくみんなの動きが止まった。
「俺の攻撃を素手でガードするとは……」
「ソリッドプロテクトね……それもかなり強力だわ。ホリン、もう少し強度を上げたほうがいいんじゃないかしら?」
「んなのわかってる!」
ホリンは甲板にひざを着いていた。
「ふん……そこまでの強度があるとは思わ―――」
リサは一瞬の間に近づき、ホリンに空中蹴りを繰り出した。ホリンはそれを剣でガードするが、リサのすさまじい速さの攻撃に防戦一方だ。
「くっ……このアマァ!!」
ホリンは苦し紛れに剣を出すが、リサはそれを蹴り上げることで上へと弾き返した。すると、ホリンの懐が開いた。
「しまっ――!!」
リサはホリンの懐に手を当てた。そこに、黄色い光が終結する。
「闘韻に叫べ、烈霊黄波!」
すると、ホリンはすごい勢いで後ろへ吹き飛んだ。巨大な衝撃波が、そこではじき出されたのだ。そのまま、ホリンは床に転がりながら倒れた。
な、なんだ? あれは……格闘術? いや、まるで魔法みたいな……。
「ちっ! くそが!!」
ホリンはすぐさま立ち上がった。
「……リサ、お前って……」
「何よ?」
リサはギロっと横目で僕を睨んだ。
「ああもう!! 動きにくいったらありゃしない!」
そう言って、リサは自分の膝辺りの裾を手で裂き、太ももを露出させた。一瞬目をそらしたが、なるほど、蹴りとかをするのにワンピースは邪魔だもんな。
「大丈夫?」
ミランダは心配そうな様子でもないのに、ホリンに言った。
「……瞬間にプロテクトを発動した。大丈夫だ」
ホリンはゆら〜りと、僕たちに近づいてきた。
「厄介な女だ。さすが、やつらの従妹って言うだけはある」
「そんなの関係ないね。私は私だ」
リサは拳を握り、構えた。
「ホラ、空も構える!」
「あ、ハイ」
とっさに構えてしまった。条件反射か? すると、ミランダが再び印を結び始めた。リサはそこへ走り出す。
「空! ホリンは任せた!」
ホリンを? やだなぁ。あいつ、いちいちうるさいから。とにかく、僕は剣を携えホリンの方向へ走った。
「てめぇなんかに、俺が止められるか!」
ホリンも僕の方へ走ってきた。僕は素早く攻撃を繰り出した。僕の目の前で、2人の剣がぶつかり合う。
視界の端で、リサの攻撃をミランダが避けているのが見えた。しかも、詠唱をしながらだ。
「よそ見してんじゃねぇよ!」
ガキィッと、僕の剣が横へ弾かれた。その隙をホリンにやられそうだったが、僕はすぐさま後退し、それを避けた。そして、再び剣がぶつかり合う。どちらとも、まだ一度も体にかすってさえいない。
よし、力で押し負けていない。筋トレは無駄じゃない!
「――遥かなる風の向こうへ……露の調を聞き届けたまえ……」
「させるかって! 封じよ、アンチ・マジック!」
リサは右手から青白い光を放った。それはミランダに直撃した。すると、ミランダを包んでいた氷色の光が消えた。
「詠唱禁止の術か……」
リサの回し蹴りがミランダに直撃。ミランダはその衝撃で数メートル吹き飛ばされた。しかし、どうやらミランダはうまく手でガードしたようだ。
「へぇ、私の蹴りを防御できる魔術師がいるとは思わなかったよ」
「…………」
「さて、教えてもらおうか。あんたは、ラグナロクの人間?」
ミランダは何も言わず、リサをずっと見つめていた。
「……ヴェルニスカはすでに失われた術。あれを唱えれるのは、ラグナロクの人間か……あの血族の者だけのはず」
「フフ……そうね、あなたはそう思うかもね」
不敵な笑みをミランダは浮かべた。
「……どういう意味?」
「禁呪は、ラグナロクの人間だけが唱えれるものとは限らないのよ」
ミランダは手を掲げた。
「氷の牢獄に沈め――グラッシャージェイル!」
彼女が詠唱破棄した瞬間、手から放たれた青白い光が甲板を走り、氷の牢獄がリサを今まさに捉えようとしていた。リサはとっさに、上空へ大きくジャンプした。人間の跳躍力では無理な高さを。
「上に跳んだのは失敗ね……ヴォルカニック!」
ミランダは手をリサに向けた。その手から、渦を巻く烈火の炎がリサ目掛けてて突進した。
「失敗? どうかしらね〜」
リサは素早く印を結んだ。
「壮麗たる無の歪み、星の下に闇を刻め! ――グラヴィエイロ!」
リサの周りに、歪みが生じた。それはまるで、空間がねじれているかのようだった。ミランダが放った炎はその歪みに入ると、塵になるかのように消え去った。
「禁呪の詠唱……早すぎる……!」
ミランダは驚きを隠せなかった。その隙を、リサは見逃さなかった。
「集結せし空気の波動、轟け! 閃波!!」
リサは空中で何かを押すかのように素早く拳を突き出した。すると、そこから放たれた衝撃波が数メートル離れたミランダに直撃した。
「ちっ……!」
ミランダは後ろへ吹き飛んだが、華麗にバク宙をして、甲板に着地した。それとほぼ同時に、リサも甲板に降り立った。
「砕けろ、ロックイラプション!」
リサの足元に、岩石の刃が出現。リサは高速移動で避け、印を結んだ。
「ヴォルカニック!」
先程、ミランダが行った横向きの炎の渦を飛ばす魔法を行った。
「フィンブル!」
それを防ぐように、ミランダは自分の前に巨大な氷山を出現させた。炎がそれにぶつかった瞬間、リサは目にも止まらぬ速さで、ミランダの前に移動した。
「!!!」
「魔獣よ叫べ! 獣牙閃!!」
リサの右拳が紫色に煌めき、フックパンチを繰り出した。それを両手で防御したミランダは、後ろへ大きく吹き飛ばされた。が、彼女は何事もなかったかのように着地した。
「あら、顔から血が垂れてるよ?」
リサはミランダの顔を指差した。彼女の口から、一筋の赤い血が流れて行った。
「……なかなか、やるようね」
「お褒めの言葉、どうもありがと」
小さくリサは一礼した。その顔には、余裕の笑みが浮かんでいた。
「ほんの数ヶ月で、ここまでなるもんかなぁ」
僕の剣とホリンの剣が何度も何度もぶつかり合い、火花を散らす。レーヴァンテインが炎を纏っているため、この闇夜を照らしてくれるのでありがたい。それは、ホリンも同じだろうが。
「努力したんだよ!」
僕はホリンを押し返した。ホリンは軽やかにバックステップをした。
「一年以上の努力をすれば、少しは伸びるだろうが……短い期間でここまで伸びるものかぁ?」
「僕は飲み込みが早いんだよ!」
「……聖魔の力が顕在かしつつある? そうか……リュングヴィが表面化した今、力を縛り付けていた楔は消えたってことか……」
「???」
自問自答し、納得するホリン。僕には何が何だかわからない。
「ふーん……まぁ、この程度ならまだあれか……」
と、ホリンは僕を見てほくそ笑んだ。その瞬間、彼は指先を素早く動かし、印を結んだ。
「溢れる岩石をも焦がす、黒き怨嗟を響かせろ……骨の髄まで黒焦げになっちまいな!! クリムゾンフレア!!」
巨大な真っ赤な爆弾が、いや、まるで小さな太陽が3つ、ホリンの頭上に並ぶようにして出現した。そして、僕目掛けてすごいスピードで飛んできた。
「う……うぉっ!?」
僕は後ろへ走り出した。火の玉は3つとも床に落ち、静かな海に爆音を響かせた。レンドの船が、大きく揺れる。その衝撃で、僕は体のバランスを崩した。
振り返ると、炎の玉が落ちた場所から巨大な火柱が3つ、昇っていた。それは、まるで天を焦がすかのようだった。すると、その炎の火柱の間から何かが飛んできた。……ホリンだ!
「うらぁぁぁ!!」
レーヴァンテインが真っ赤な炎を纏って、僕に振り下ろされてきた。僕はすかさず、自分の剣でガードした。
「くっ……!!」
僕は少ししゃがんでいる状態、ホリンが上から押している状態なので、分が悪い。
「忘れたのか? レーヴァンテインの威力を」
ホリンはニヤッと笑った。すると、剣と剣が交わっているところから、炎がまるで水が伝うかのように、僕の方へ流れてきた。
「さぁどうする!? このまま焼かれるか、ガードを解くかだ!」
「ぐぅ……!!」
くそ……このままじゃ、本当に焼かれる。だからといって、剣を離すとすぐさまやられる。
どうする!? どうすれば――!
――しょうがない。少し、力を貸してやろう――
この声は……!!
僕がそれがリュングヴィのものだと気付く前に、やつは僕に何かをした。その瞬間、変な感覚が体を包みだした。
「こ、これは……まさか……!」
ホリンは僕を見ながら驚いていた。見る見る、僕の内側から何かが溢れ出てきた。すると何かを察知したのか、ホリンは僕から剣を離し、後ろへと下がった。
「……覚醒したのか……!?」
この感覚……覚えている。王都ルテティアでステファンと戦った時と、海を襲った時のと……!
だけど、違う。これは僕だ。ちゃんと意識がある。これは……フォルトゥナ神殿でホリンと戦っていた時に感じたものか? けど、それ以上の力を感じる。あれよりも、体が軽い。この湧き上がるものは……エレメンタルか?
ホリンの隣に、ミランダが移動して来た。同じく、リサもまた僕の隣へとやって来た。
「覚醒? こんなに早くするわけは………」
ミランダも驚いた顔をしていた。隣に来たリサが僕の頭に手を軽く乗せた。
「……空? 私がわかる?」
心配そうに、僕を見つめる。
「あ、当たり前だろ? わかるよ、もちろん」
僕がそう言っても、リサはじーっと僕を見つめる。そして、軽く息を吐いて手を離した。
「ふーん……なるほど、リュングヴィが力を貸してくれてるようね。理由は知んないけど」
「……貸してくれた?」
あいつは僕に協力するはずがない。むしろ、邪魔をするはずなんじゃあ……?
――ふん、巫女風情が余計な事を――
――俺としては、ここでお前に死んでもらっちゃあ困るんでな――
意識の奥から、リュングヴィの声が響いた。
お前、僕に何をするつもりだ!?
――言っただろう? 力を貸してやると――
一体、何が目的だ?
――わかりきっていることを――
――俺が貴様を奪うためさ――
……ここで死んでは、僕の体を得ることができないということか?
――御名答――
なんだ、そういうことか。冷や冷やしたよ、ホント。あの状態になると、リサまで殺しかねないし……。
――今のお前ならば、奴らなど一捻りのはずだ――
一捻り? そんな簡単にいくとは思えないけど……。
「……聖痕も魔痕も出てない。覚醒はしてないはずよ」
「だが……この雰囲気、いつか見たウラノスと同じだぜ?」
「覚醒した時ほどの力は発揮できないはずよ。けど……覚醒も時間の問題のようね。殺すなら、今この時をおいて無いと思いなさい」
「……わかった。行くぞ!」
ホリンは僕たちの方に突っ込んで来た。そして、手を前に突き出して詠唱を行った。
「吼えろ、魔炎! ジェノサイドフレイム!」
僕とリサの目の前の甲板から溶岩が溢れ出した。
「……虚空より来たれ、無数の光。我が盟約を結びし精霊の加護を得、無垢なる者を汝の血肉と化さん………」
「ちっ、また禁呪の詠唱か!」
リサは大きく前方にジャンプした。どうやら、ミランダが何かしらの詠唱を始めたようだ。
溶岩の横から、炎を纏った剣を携えたホリンが突撃してきた。僕はその攻撃を軽く避け、さらに連続攻撃も避けた。
……なんだろ。ホリンの動きがすごく見える。まるで、スローモーションのようだ。
あ、右からか。そうわかると、僕はレーヴァンテインの攻撃範囲から離れれば、それで済む。しかもどの程度離れればいいのかもわかる。必要最低限しか動かなくていいんだ。
「この……!!」
ホリンが上から振り下ろした剣をほんの少しだけ右に避けると、ホリンの体は隙だらけだ。僕は試しに、ホリンの左の太ももを狙って攻撃した。すると、簡単に当たってしまった。
ホリンはすぐさま体の向きを変えて僕に攻撃してくるが、簡単に避けることができる。
ハハ……のろいな。全部見えるよ。
「――エヴラハウル」
どこからか、ミランダの声が聞こえた。
「くそ、止められなかった! 空! 上空に気をつけろ!」
リサの叫び声が届いた。僕はホリンから十分離れ、上空を見上げた。そこにあるのは、闇夜の空だったが……なんだ、あれは。
――隕石!? そう、何百個の小さな隕石が上空から落ちてくる寸前だったのだ! おいおい、そんなのありかよ!?
僕はその小隕石を避けようと考えた。その瞬間、声が響いた。
――聖魔の波動、見せてやれ――
「……集え、暗き闇夜に従いし者ども。漆黒の黄昏に誘え、忘却の魔人よ。その力に贄を与えん――グラノマーレ」
深淵の言霊につられるように僕は言葉をつづり、手を空中にかざした。すると、青黒い巨大な光が轟音を立て、上空へ浮かび上がった。その所々に、星のようなものや、銀河のようなものが浮かんでいた。そう、まるで宇宙に見えたのだ。
「な、なんだぁ……?」
ホリンは上を見上げた。上空から今まさに降り注ごうとしていた無数の小隕石たちが、その宇宙みたいなものにぶつかると消えて無くなってしまった。
「消えた……だと!?」
ミランダも、上を見上げながら口を開けていた。その隙を、リサは見逃さなかった。
「空よ裂けろ! 閃剄襲脚!」
ミランダが気付いた時はもう、手遅れ。リサは目にも止まらぬ連続回転蹴りを行った。ミランダは甲羅のようにガードするが、かなりのダメージを受けているように見える。
「まだまだ! 烈霊黄波!」
掌をミランダの前に広げ、衝撃波で彼女を吹き飛ばした。
「ミランダ!」
ホリンはミランダのところへ行こうとした。けど、そんなことはさせない。僕はホリンの前に立ちはだかった。
「くそ……!」
ホリンは一段とレーヴァンテインの炎を溢れ出させ、僕に振り下ろしてきた。それを避け、次の攻撃も軽く避け、さらには次のも避け、僕はホリンから離れた場所で、地面すれすれから剣を勢いよく振り上げた。
「なっ!?」
僕の剣撃から放たれた衝撃波は、ホリンを捉えた。
「ぐぅぅ!!」
ホリンは斜め上空へ数メートル吹き飛んだが、彼は空中でうまく体勢を整え、甲板に着地した。左肩から一直線に、長い切り傷ができていた。
「くそが……くそがぁ!!」
ホリンは悔しそうに肩から呼吸をしている。肩が下がった瞬間に、赤い血が月の光に照らされ、ぽたぽたと落ちていった。
リサの方に目をやると、ミランダはなんと空中に浮かんでいた。そして、ゆっくりとホリンの上空へ移動して来た。彼女は所々の服が破け、すでにいくつもの怪我をしていた。
「分が悪いわね……」
「……くそ! 所詮、俺は印を持たない人間だってのか!?」
ホリンは悔しさを込めた剣を、甲板に叩きつけた。
「なんだなんだ!?」
どやどやと、男たちの声が聞こえた。それは、この船の海賊たちだった。この甲板と内部に繋がるドアから顔を覗かせているのは、巨漢のジョナサンだった。
「だ、誰だ! てめぇら!!」
「ちっ……邪魔な野郎どもがきやがったぜ」
さらにその奥から、たくさんの頭が顔をのぞかせた。
「お、おい、見えねぇって!」
「押すなよ! 倒れる!!」
すると、将棋倒しのように数人が倒れていった。
「いてててて……誰だ! 俺の船で暴れてんのは!!」
その倒れた集団の中ほどから、レンドが立ち上がった。そして、辺りを見渡し、一言。
「お、俺の船が――――!」
そういえば、ホリンの魔法で火の玉が出てきて、それが大爆発を起こしたんだった。まだ、火は残っていた。
「こ、こんちくしょー! 誰だ!? 俺の船をこんなんにしやがったのは!!?」
レンドは大きく足音を立てながら、ホリンに近づいて行った。
「てめぇか!?」
すると、レンドの足がピタッと止まった。
「て、てめぇは……!?」
「ザコどもが……おい、グルヴィニア! 出て来い!!」
ホリンがそう叫ぶと、船の側面から来たのか、何人もの剣士や魔道士みたいな奴らが現れた。全員、黒い衣を纏っている。
「いいか! てめぇらはリュングヴィのやつとリリーナ以外のやつらを殺せ!! 俺らの邪魔はすんじゃねぇぞ!!」
すると、後から現れたやつらは剣を抜き出した。
「……レンド!! 指示を出せ!」
デルゲンが叫んだ。しかし、レンドはホリンの顔を見て動かなくなっていた。小さく、何かを呟きながら。
「お前、は……ブリアンを……」
「レンド!! ……みんな! 戦うぞ!!」
デルゲンはみんなに指示を出した。みんなの顔は変わり、どこからか武器を取り出した。
「ソラ! リサ!」
僕の元にヴァルバが走ってやってきた。その隣に、アンナもいた。
「大丈夫か? お前」
眉を曲げて、ヴァルバは走ってきたせいか少し息切れをしている。
「大丈夫だよ。それより、アンナは危険だ。早く部屋に……」
「そんな……! 私も、一緒にいたいです!」
彼女はいつになく、大きな声で言った。
「アンナ、あのな……」
すると、リサが僕の前に出て来た。
「アンナ、いい? あんたは戦うことなんてできない。ここにいても、邪魔になるだけ。そしたら、みんなの死傷率を上げてしまうことになる。だから、空の言うとおりに部屋に戻りな」
「でも……」
「お願い、アンナ。これはあんたを護るためでもあるんだから」
リサは厳しくも、優しい口調で言った。さすがに観念したのか、アンナは俯いてしまった。
「……わかりました」
そう言うと、リサは大きくうなずき、戦闘状態になっている周囲を見渡した。
「ヴァルバ、あんたは出入り口の前に立って、敵が内部に進入しないようにすること。いいね?」
なるほど、そうやってアンナを安全にするわけね。
「わかった」
「それと、今現れた奴らは、たぶん暗黒魔法を使う。あれ、威力は大きいけど、詠唱破棄できない上に詠唱時間が長い。あれを詠唱し出した奴、つまり体の周りから紫色の光を出してる奴を狙いな。無防備だから。それと、絶対に喰らわないこと。死んじゃうからね」
「あ、ああ。それより、リサ、お前のその格好は……」
さっきから気になっていたんだろう、ヴァルバは彼女のワンピースを指差した。
「今はどうでもいいでしょーが! ホラ、さっさとそれをみんなに伝える!」
「ハイハイ」
すると、ヴァルバはため息を漏らしながら走って行った。
「ソラさん、リサさん……怪我しないでください」
「ええ、ありがとね」
「ああ」
アンナはそう言うと、ヴァルバの後を付いて行った。
「怪我しないでって……もうしてんだけどね」
ハハハと、リサは手を広げて笑った。
「よし、空。そろそろ、あいつらも本気を出してくると思うよ」
「……まだ出してないの?」
あれだけぜーぜー(ホリン)言ってんのに?
「たぶんね」
僕はミランダとホリンの方へ向き直った。
「……ふん、これ以上てめぇらの好きにはさせねぇぜ。いい加減、疲れてきたしな」
ホリンはレーヴァンテインを前に突き出し、切っ先をゆっくりと床に向けた。これは、いつか見たような……。
「……万象一切、灰燼と為せ。終焉の業火、汝を煉獄の奈落へと誘え。今こそ、うつ世にその姿を現せ……」
すると、ホリンの剣の刀身が赤く光り輝き始めた。その切っ先から、まるでガラスが割れていくように、破片となって宙へ舞い始める。