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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆4部:運命に抗いし者ども
49/149

40章:急襲!! 血に塗れし黒き翼「1」

 聞き覚えのある声が、後ろから聞こえた。僕たちはすぐさま後ろへ振り返った。

「お前は……!?」

 マストの影でそいつの姿を確認できない。

「おいおい、もう俺のことを忘れちまったのか?」

 この口調で、はっきりと思い出した。



「――ホリンか!?」



 そう、イザークのフォルトゥナ神殿で僕とヴァルバに襲い掛かった、インドラの幹部の一人ホリンだ!

「久しぶりだな空……いや、『セヴェス=ヴェルエス』。教皇家の嫡男さんよ」

 ホリンはマストの影から出て、月光に当たる位置にまで歩み寄ってきた。

「あんたがリサか……あいつらから聞いてるぜ?」

「………………」

 リサは何も言わず、自分の長い髪を結び始めた。

「僕たちを狙って来たのか?」

 そう言うと、ホリンは小さく笑った。

「まぁ、そんなところだ。お前が『調停者』として覚醒する前に殺らなきゃならないと、幹部会議で決まったんでな」

 緑色の瞳が、僕を睨みつける。

「……今回もお前一人なのか?」

 ホリンの辺りを見渡しても、他に人影は見えない。前回と同じく、一人で闘おうというのだろうか。

「今回は俺一人じゃない。さすがに、そこの女がいると俺一人では荷が重いんでね」

 ホリンはリサを指差した。

「こりゃあ高く買ってもらったもんだね。けど、『あんた程度の一般人にやられるような私』だとでも思ってんの?」

 リサは小馬鹿にするかのように微笑んだ。

「ふん……てめぇが特別な巫女であることは知っている。そして、『あいつら』と同じような殺人格闘術を会得してんだろ? ……ラグナロクの一員だからって、女が会得できるようなもんじゃねぇのにな……」

 さ、殺人格闘術? まさか、んなもんをリサは会得してるっていうのか?

 その時、ホリンの野郎は首をかしげ、ほほを指先でかき始めた。

「それにしても……男みたいな格好をしていると聞いたんだが、どうやら違うらしいな。ただの女にしか見えねぇぞ?

「だ、黙れ! 私だって女なんだよ!」

 なんていうか……照れる姿もあんまり見ないせいか、初々しい。あからさまに恥ずかしがってやんの。

「まぁとにかく、俺の仲間を紹介しようか。――〈ミランダ〉」

 ホリンがそう言うと、ホリンの隣に光の柱が現れた。これは……空間転移? 数秒後、そこに一人の女性が現れた。この女性は、たしか……


「どうも、初めまして。……あなたとは二度目ね」


 ミランダは僕の方に目をやり、小さく微笑んだ。フォルトゥナ神殿で現れた、ドがつくほどの美人。ナイスバディでスレンダー。しかも身長が高い。

「空、鼻の下を伸ばしてんじゃないよ」

 と、リサによって例の如く頭を叩かれた。

「の、伸ばしてなんかないっての!」

「ホントにぃ?」

 疑心に満ちた顔。このやろ……。

「……お前なぁ……」

「冗談だってば」

 そう言って、彼女は笑った。危ない危ない。男の目を釘付けにする女ってのは、そんだけで凶器だよ。

「あら……見ない間に、体つきが良くなったわね」」

 ミランダまるで母親のように言った。

「あんたは敵だろ? 僕の成長がうれしいのかよ?」

「そうね……以前のままだと、張り合いがなかったから」

 クスッと、ミランダは……なんつーか……なんか腹立つな。つーか、美人ってのは、どうも上から目線なんだよなぁ。これも世界共通なのかね?

「気をつけな、ソラ。ミランダはあらゆる精霊に通じた、〈聖霊術師〉だ」

「聖霊術師?」

「……5種属性に光陰2元素を操る魔術師のことよ。今では聖霊術師になることはできないはずなんだけどね」

 そう言って、リサは身構えた。

「リサさん、あなたも同じ聖霊術師じゃなかったかしら?」

「……まぁ、そうと言えばそうなるかもね。けど、知ってんでしょ? 『私はあんたたちとは別物』って」

 リサも聖霊術師……? 移動する魔法を使える所などからすると、あながち間違ってはいないとは思うけど……。

「そうね。……でも、何もあなたのような人間だけができるわけじゃないのよ?」

「…………??」

 リサは首をかしげた。それを見たミランダは、クスッと微笑んで右手を空中へ掲げた。



「今ここで私たちが出逢うのは、遥かなる過去から定められていたこと……」



 ミランダはそう言うと、印を結んだ。……魔法の詠唱だ!

「リサ! 魔法だ!!」

「そんなのわかってるに決まってんでしょ!」

 リサはすでに走り出していた。ミランダの方向へ、一直線に向かって行った。その速さは、かなりのものだ。

 すると、リサの前にホリンが立ちはだかった。ホリンは後ろに背負っていた剣を取り出し、横一文字に振りぬいた。リサはそれを横っ飛びをしてかわした。あのスピードで走って、あのスピードのまま横へ避けるなんて人間業か!?

「行かせるかってんだ!」

「ちっ!!」

 リサはホリンから数メートル離れた場所へ着地した。

「朽ちなさい、泡沫の海を漂う瘴気の嵐にて……」

 ミランダの周りに緑色の光があふれ出していた。僕はベルトに差してあった剣を抜き、体勢を整えた。


「魔の祝福を――ヴェルニスカ」


 緑色の光が辺りへ飛び散りだし、その光がこの甲板の床へと降り注ぎだした。波紋を広げながら、緑色の光はどす黒い何かを撒き散らし始めた。

「これは……! 空、その黒い霧に触れるな! 毒ガスだ!!」

 口に手を当てて叫んだ。

「ど、毒ガス!?」

 黒い霧は、この月夜の中ではよく見えない。僕は姿勢を低くし、口を塞いだ。それでも少しだけ吸い込んでしまった。

 僕が咳き込んでいると、ホリンが剣を携えながら走って来た。


「燃え上がれ――レーヴァンテイン!」


 剣は朱色の炎を纏い、僕に向かって来た。振り下ろしてきたその一撃を、僕は剣でガードした。以前とは違い、押し負けている感じはしない。

「よく受け止めたなぁ! なるほど、てめぇの成長はウソじゃなかったってことか」

「お前らと同等に戦えるために……いや、お前らを倒すために、努力をしてきたつもりだ!」

「ハッ! それを無駄な努力だとわからせてやらぁ!」

 ホリンは後ろへジャンプし、再び切りかかってきた。その素早い斬撃を、僕はガードし続けた。何度も攻撃していれば、一度体勢を直す時が来る。その時こそが、反撃するチャンスだ!

 ホリンの連続攻撃を防ぎきると、ホリンは間を空けた。……チャンスだ! 僕は思いっきり斬りかかった。その時――


「――ゲイルスラッシュ」


 円を描く緑色をした風が僕の方へ突撃してきた。僕は間一髪、横へ転ぶように避けることができた。すると、ホリンがジャンプをして、上から剣を振り下ろしてきた。僕は再び転ぶようにして、横へ避けた。

「ハッ! 逃がすかぁ!」

 ホリンはすぐさま追撃攻撃を行った。しかし、それをリサが手で受け止めた。――素手で!?

「なっ!?」

 ホリンが驚いている隙に、リサは横蹴りを繰り出した。ホリンはそれを後ろへ引くことで避けた。ここで、ようやくみんなの動きが止まった。

「俺の攻撃を素手でガードするとは……」

「ソリッドプロテクトね……それもかなり強力だわ。ホリン、もう少し強度を上げたほうがいいんじゃないかしら?」

「んなのわかってる!」

 ホリンは甲板にひざを着いていた。

「ふん……そこまでの強度があるとは思わ―――」

 リサは一瞬の間に近づき、ホリンに空中蹴りを繰り出した。ホリンはそれを剣でガードするが、リサのすさまじい速さの攻撃に防戦一方だ。

「くっ……このアマァ!!」

 ホリンは苦し紛れに剣を出すが、リサはそれを蹴り上げることで上へと弾き返した。すると、ホリンの懐が開いた。

「しまっ――!!」

 リサはホリンの懐に手を当てた。そこに、黄色い光が終結する。


「闘韻に叫べ、烈霊黄波(レツリョウコウハ)!」


 すると、ホリンはすごい勢いで後ろへ吹き飛んだ。巨大な衝撃波が、そこではじき出されたのだ。そのまま、ホリンは床に転がりながら倒れた。

 な、なんだ? あれは……格闘術? いや、まるで魔法みたいな……。

「ちっ! くそが!!」

 ホリンはすぐさま立ち上がった。

「……リサ、お前って……」

「何よ?」

 リサはギロっと横目で僕を睨んだ。

「ああもう!! 動きにくいったらありゃしない!」

そう言って、リサは自分の膝辺りの裾を手で裂き、太ももを露出させた。一瞬目をそらしたが、なるほど、蹴りとかをするのにワンピースは邪魔だもんな。

「大丈夫?」

 ミランダは心配そうな様子でもないのに、ホリンに言った。

「……瞬間にプロテクトを発動した。大丈夫だ」

 ホリンはゆら〜りと、僕たちに近づいてきた。

「厄介な女だ。さすが、やつらの従妹って言うだけはある」

「そんなの関係ないね。私は私だ」

 リサは拳を握り、構えた。

「ホラ、空も構える!」

「あ、ハイ」

 とっさに構えてしまった。条件反射か? すると、ミランダが再び印を結び始めた。リサはそこへ走り出す。

「空! ホリンは任せた!」

 ホリンを? やだなぁ。あいつ、いちいちうるさいから。とにかく、僕は剣を携えホリンの方向へ走った。

「てめぇなんかに、俺が止められるか!」

 ホリンも僕の方へ走ってきた。僕は素早く攻撃を繰り出した。僕の目の前で、2人の剣がぶつかり合う。

 視界の端で、リサの攻撃をミランダが避けているのが見えた。しかも、詠唱をしながらだ。

「よそ見してんじゃねぇよ!」

 ガキィッと、僕の剣が横へ弾かれた。その隙をホリンにやられそうだったが、僕はすぐさま後退し、それを避けた。そして、再び剣がぶつかり合う。どちらとも、まだ一度も体にかすってさえいない。

 よし、力で押し負けていない。筋トレは無駄じゃない!






「――遥かなる風の向こうへ……露の調を聞き届けたまえ……」

「させるかって! 封じよ、アンチ・マジック!」

 リサは右手から青白い光を放った。それはミランダに直撃した。すると、ミランダを包んでいた氷色の光が消えた。

「詠唱禁止の術か……」

 リサの回し蹴りがミランダに直撃。ミランダはその衝撃で数メートル吹き飛ばされた。しかし、どうやらミランダはうまく手でガードしたようだ。

「へぇ、私の蹴りを防御できる魔術師がいるとは思わなかったよ」

「…………」

「さて、教えてもらおうか。あんたは、ラグナロクの人間?」

 ミランダは何も言わず、リサをずっと見つめていた。

「……ヴェルニスカはすでに失われた術。あれを唱えれるのは、ラグナロクの人間か……あの血族の者だけのはず」

「フフ……そうね、あなたはそう思うかもね」

 不敵な笑みをミランダは浮かべた。

「……どういう意味?」

「禁呪は、ラグナロクの人間だけが唱えれるものとは限らないのよ」

 ミランダは手を掲げた。


「氷の牢獄に沈め――グラッシャージェイル!」


 彼女が詠唱破棄した瞬間、手から放たれた青白い光が甲板を走り、氷の牢獄がリサを今まさに捉えようとしていた。リサはとっさに、上空へ大きくジャンプした。人間の跳躍力では無理な高さを。

「上に跳んだのは失敗ね……ヴォルカニック!」

 ミランダは手をリサに向けた。その手から、渦を巻く烈火の炎がリサ目掛けてて突進した。

「失敗? どうかしらね〜」

 リサは素早く印を結んだ。


「壮麗たる無の歪み、星の下に闇を刻め! ――グラヴィエイロ!」


 リサの周りに、歪みが生じた。それはまるで、空間がねじれているかのようだった。ミランダが放った炎はその歪みに入ると、塵になるかのように消え去った。

「禁呪の詠唱……早すぎる……!」

 ミランダは驚きを隠せなかった。その隙を、リサは見逃さなかった。


「集結せし空気の波動、轟け! 閃波(センパ)!!」


 リサは空中で何かを押すかのように素早く拳を突き出した。すると、そこから放たれた衝撃波が数メートル離れたミランダに直撃した。

「ちっ……!」

 ミランダは後ろへ吹き飛んだが、華麗にバク宙をして、甲板に着地した。それとほぼ同時に、リサも甲板に降り立った。

「砕けろ、ロックイラプション!」

 リサの足元に、岩石の刃が出現。リサは高速移動で避け、印を結んだ。

「ヴォルカニック!」

 先程、ミランダが行った横向きの炎の渦を飛ばす魔法を行った。

「フィンブル!」

 それを防ぐように、ミランダは自分の前に巨大な氷山を出現させた。炎がそれにぶつかった瞬間、リサは目にも止まらぬ速さで、ミランダの前に移動した。

「!!!」


「魔獣よ叫べ! 獣牙閃!!」


 リサの右拳が紫色に煌めき、フックパンチを繰り出した。それを両手で防御したミランダは、後ろへ大きく吹き飛ばされた。が、彼女は何事もなかったかのように着地した。

「あら、顔から血が垂れてるよ?」

 リサはミランダの顔を指差した。彼女の口から、一筋の赤い血が流れて行った。

「……なかなか、やるようね」

「お褒めの言葉、どうもありがと」

 小さくリサは一礼した。その顔には、余裕の笑みが浮かんでいた。






「ほんの数ヶ月で、ここまでなるもんかなぁ」

 僕の剣とホリンの剣が何度も何度もぶつかり合い、火花を散らす。レーヴァンテインが炎を纏っているため、この闇夜を照らしてくれるのでありがたい。それは、ホリンも同じだろうが。

「努力したんだよ!」

 僕はホリンを押し返した。ホリンは軽やかにバックステップをした。

「一年以上の努力をすれば、少しは伸びるだろうが……短い期間でここまで伸びるものかぁ?」

「僕は飲み込みが早いんだよ!」

「……聖魔の力が顕在かしつつある? そうか……リュングヴィが表面化した今、力を縛り付けていた楔は消えたってことか……」

「???」

 自問自答し、納得するホリン。僕には何が何だかわからない。

「ふーん……まぁ、この程度ならまだあれか……」

 と、ホリンは僕を見てほくそ笑んだ。その瞬間、彼は指先を素早く動かし、印を結んだ。


「溢れる岩石をも焦がす、黒き怨嗟を響かせろ……骨の髄まで黒焦げになっちまいな!! クリムゾンフレア!!」


 巨大な真っ赤な爆弾が、いや、まるで小さな太陽が3つ、ホリンの頭上に並ぶようにして出現した。そして、僕目掛けてすごいスピードで飛んできた。

「う……うぉっ!?」

僕は後ろへ走り出した。火の玉は3つとも床に落ち、静かな海に爆音を響かせた。レンドの船が、大きく揺れる。その衝撃で、僕は体のバランスを崩した。

 振り返ると、炎の玉が落ちた場所から巨大な火柱が3つ、昇っていた。それは、まるで天を焦がすかのようだった。すると、その炎の火柱の間から何かが飛んできた。……ホリンだ!

「うらぁぁぁ!!」

 レーヴァンテインが真っ赤な炎を纏って、僕に振り下ろされてきた。僕はすかさず、自分の剣でガードした。

「くっ……!!」

 僕は少ししゃがんでいる状態、ホリンが上から押している状態なので、分が悪い。

「忘れたのか? レーヴァンテインの威力を」

 ホリンはニヤッと笑った。すると、剣と剣が交わっているところから、炎がまるで水が伝うかのように、僕の方へ流れてきた。

「さぁどうする!? このまま焼かれるか、ガードを解くかだ!」

「ぐぅ……!!」

 くそ……このままじゃ、本当に焼かれる。だからといって、剣を離すとすぐさまやられる。

 どうする!? どうすれば――!





 ――しょうがない。少し、力を貸してやろう――





 この声は……!!

 僕がそれがリュングヴィのものだと気付く前に、やつは僕に何かをした。その瞬間、変な感覚が体を包みだした。

「こ、これは……まさか……!」

 ホリンは僕を見ながら驚いていた。見る見る、僕の内側から何かが溢れ出てきた。すると何かを察知したのか、ホリンは僕から剣を離し、後ろへと下がった。

「……覚醒したのか……!?」

 この感覚……覚えている。王都ルテティアでステファンと戦った時と、海を襲った時のと……!

 だけど、違う。これは僕だ。ちゃんと意識がある。これは……フォルトゥナ神殿でホリンと戦っていた時に感じたものか? けど、それ以上の力を感じる。あれよりも、体が軽い。この湧き上がるものは……エレメンタルか?

 ホリンの隣に、ミランダが移動して来た。同じく、リサもまた僕の隣へとやって来た。

「覚醒? こんなに早くするわけは………」

 ミランダも驚いた顔をしていた。隣に来たリサが僕の頭に手を軽く乗せた。

「……空? 私がわかる?」

 心配そうに、僕を見つめる。

「あ、当たり前だろ? わかるよ、もちろん」

 僕がそう言っても、リサはじーっと僕を見つめる。そして、軽く息を吐いて手を離した。

「ふーん……なるほど、リュングヴィが力を貸してくれてるようね。理由は知んないけど」

「……貸してくれた?」

 あいつは僕に協力するはずがない。むしろ、邪魔をするはずなんじゃあ……?




 ――ふん、巫女風情が余計な事を――

 ――俺としては、ここでお前に死んでもらっちゃあ困るんでな――




 意識の奥から、リュングヴィの声が響いた。

 お前、僕に何をするつもりだ!?



 ――言っただろう? 力を貸してやると――



 一体、何が目的だ?



 ――わかりきっていることを――

 ――俺が貴様を奪うためさ――



 ……ここで死んでは、僕の体を得ることができないということか?



 ――御名答――



 なんだ、そういうことか。冷や冷やしたよ、ホント。あの状態になると、リサまで殺しかねないし……。



 ――今のお前ならば、奴らなど一捻りのはずだ――



 一捻り? そんな簡単にいくとは思えないけど……。

「……聖痕も魔痕も出てない。覚醒はしてないはずよ」

「だが……この雰囲気、いつか見たウラノスと同じだぜ?」

「覚醒した時ほどの力は発揮できないはずよ。けど……覚醒も時間の問題のようね。殺すなら、今この時をおいて無いと思いなさい」

「……わかった。行くぞ!」

 ホリンは僕たちの方に突っ込んで来た。そして、手を前に突き出して詠唱を行った。


「吼えろ、魔炎! ジェノサイドフレイム!」


 僕とリサの目の前の甲板から溶岩が溢れ出した。

「……虚空より来たれ、無数の光。我が盟約を結びし精霊の加護を得、無垢なる者を汝の血肉と化さん………」

「ちっ、また禁呪の詠唱か!」

 リサは大きく前方にジャンプした。どうやら、ミランダが何かしらの詠唱を始めたようだ。

 溶岩の横から、炎を纏った剣を携えたホリンが突撃してきた。僕はその攻撃を軽く避け、さらに連続攻撃も避けた。

 ……なんだろ。ホリンの動きがすごく見える。まるで、スローモーションのようだ。

 あ、右からか。そうわかると、僕はレーヴァンテインの攻撃範囲から離れれば、それで済む。しかもどの程度離れればいいのかもわかる。必要最低限しか動かなくていいんだ。

「この……!!」

 ホリンが上から振り下ろした剣をほんの少しだけ右に避けると、ホリンの体は隙だらけだ。僕は試しに、ホリンの左の太ももを狙って攻撃した。すると、簡単に当たってしまった。

 ホリンはすぐさま体の向きを変えて僕に攻撃してくるが、簡単に避けることができる。

 ハハ……のろいな。全部見えるよ。


「――エヴラハウル」


 どこからか、ミランダの声が聞こえた。

「くそ、止められなかった! 空! 上空に気をつけろ!」

 リサの叫び声が届いた。僕はホリンから十分離れ、上空を見上げた。そこにあるのは、闇夜の空だったが……なんだ、あれは。

 ――隕石!? そう、何百個の小さな隕石が上空から落ちてくる寸前だったのだ! おいおい、そんなのありかよ!?

 僕はその小隕石を避けようと考えた。その瞬間、声が響いた。



 ――聖魔の波動、見せてやれ――



「……集え、暗き闇夜に従いし者ども。漆黒の黄昏に誘え、忘却の魔人よ。その力に贄を与えん――グラノマーレ」


 深淵の言霊につられるように僕は言葉をつづり、手を空中にかざした。すると、青黒い巨大な光が轟音を立て、上空へ浮かび上がった。その所々に、星のようなものや、銀河のようなものが浮かんでいた。そう、まるで宇宙に見えたのだ。

「な、なんだぁ……?」

 ホリンは上を見上げた。上空から今まさに降り注ごうとしていた無数の小隕石たちが、その宇宙みたいなものにぶつかると消えて無くなってしまった。

「消えた……だと!?」

 ミランダも、上を見上げながら口を開けていた。その隙を、リサは見逃さなかった。


「空よ裂けろ! 閃剄襲脚(センケイシュウキャク)!」


 ミランダが気付いた時はもう、手遅れ。リサは目にも止まらぬ連続回転蹴りを行った。ミランダは甲羅のようにガードするが、かなりのダメージを受けているように見える。

「まだまだ! 烈霊黄波!」

 掌をミランダの前に広げ、衝撃波で彼女を吹き飛ばした。

「ミランダ!」

 ホリンはミランダのところへ行こうとした。けど、そんなことはさせない。僕はホリンの前に立ちはだかった。

「くそ……!」

 ホリンは一段とレーヴァンテインの炎を溢れ出させ、僕に振り下ろしてきた。それを避け、次の攻撃も軽く避け、さらには次のも避け、僕はホリンから離れた場所で、地面すれすれから剣を勢いよく振り上げた。

「なっ!?」

 僕の剣撃から放たれた衝撃波は、ホリンを捉えた。

「ぐぅぅ!!」

 ホリンは斜め上空へ数メートル吹き飛んだが、彼は空中でうまく体勢を整え、甲板に着地した。左肩から一直線に、長い切り傷ができていた。

「くそが……くそがぁ!!」

 ホリンは悔しそうに肩から呼吸をしている。肩が下がった瞬間に、赤い血が月の光に照らされ、ぽたぽたと落ちていった。

 リサの方に目をやると、ミランダはなんと空中に浮かんでいた。そして、ゆっくりとホリンの上空へ移動して来た。彼女は所々の服が破け、すでにいくつもの怪我をしていた。

「分が悪いわね……」

「……くそ! 所詮、俺は印を持たない人間だってのか!?」

 ホリンは悔しさを込めた剣を、甲板に叩きつけた。






「なんだなんだ!?」

 どやどやと、男たちの声が聞こえた。それは、この船の海賊たちだった。この甲板と内部に繋がるドアから顔を覗かせているのは、巨漢のジョナサンだった。

「だ、誰だ! てめぇら!!」

「ちっ……邪魔な野郎どもがきやがったぜ」

 さらにその奥から、たくさんの頭が顔をのぞかせた。

「お、おい、見えねぇって!」

「押すなよ! 倒れる!!」

 すると、将棋倒しのように数人が倒れていった。

「いてててて……誰だ! 俺の船で暴れてんのは!!」

 その倒れた集団の中ほどから、レンドが立ち上がった。そして、辺りを見渡し、一言。

「お、俺の船が――――!」

 そういえば、ホリンの魔法で火の玉が出てきて、それが大爆発を起こしたんだった。まだ、火は残っていた。

「こ、こんちくしょー! 誰だ!? 俺の船をこんなんにしやがったのは!!?」

 レンドは大きく足音を立てながら、ホリンに近づいて行った。

「てめぇか!?」

 すると、レンドの足がピタッと止まった。

「て、てめぇは……!?」

「ザコどもが……おい、グルヴィニア! 出て来い!!」

 ホリンがそう叫ぶと、船の側面から来たのか、何人もの剣士や魔道士みたいな奴らが現れた。全員、黒い衣を纏っている。

「いいか! てめぇらはリュングヴィのやつとリリーナ以外のやつらを殺せ!! 俺らの邪魔はすんじゃねぇぞ!!」

 すると、後から現れたやつらは剣を抜き出した。

「……レンド!! 指示を出せ!」

 デルゲンが叫んだ。しかし、レンドはホリンの顔を見て動かなくなっていた。小さく、何かを呟きながら。

「お前、は……ブリアンを……」

「レンド!! ……みんな! 戦うぞ!!」

 デルゲンはみんなに指示を出した。みんなの顔は変わり、どこからか武器を取り出した。




「ソラ! リサ!」

 僕の元にヴァルバが走ってやってきた。その隣に、アンナもいた。

「大丈夫か? お前」

 眉を曲げて、ヴァルバは走ってきたせいか少し息切れをしている。

「大丈夫だよ。それより、アンナは危険だ。早く部屋に……」

「そんな……! 私も、一緒にいたいです!」

 彼女はいつになく、大きな声で言った。

「アンナ、あのな……」

 すると、リサが僕の前に出て来た。

「アンナ、いい? あんたは戦うことなんてできない。ここにいても、邪魔になるだけ。そしたら、みんなの死傷率を上げてしまうことになる。だから、空の言うとおりに部屋に戻りな」

「でも……」

「お願い、アンナ。これはあんたを護るためでもあるんだから」

 リサは厳しくも、優しい口調で言った。さすがに観念したのか、アンナは俯いてしまった。

「……わかりました」

 そう言うと、リサは大きくうなずき、戦闘状態になっている周囲を見渡した。

「ヴァルバ、あんたは出入り口の前に立って、敵が内部に進入しないようにすること。いいね?」

 なるほど、そうやってアンナを安全にするわけね。

「わかった」

「それと、今現れた奴らは、たぶん暗黒魔法を使う。あれ、威力は大きいけど、詠唱破棄できない上に詠唱時間が長い。あれを詠唱し出した奴、つまり体の周りから紫色の光を出してる奴を狙いな。無防備だから。それと、絶対に喰らわないこと。死んじゃうからね」

「あ、ああ。それより、リサ、お前のその格好は……」

 さっきから気になっていたんだろう、ヴァルバは彼女のワンピースを指差した。

「今はどうでもいいでしょーが! ホラ、さっさとそれをみんなに伝える!」

「ハイハイ」

 すると、ヴァルバはため息を漏らしながら走って行った。

「ソラさん、リサさん……怪我しないでください」

「ええ、ありがとね」

「ああ」

 アンナはそう言うと、ヴァルバの後を付いて行った。

「怪我しないでって……もうしてんだけどね」

 ハハハと、リサは手を広げて笑った。

「よし、空。そろそろ、あいつらも本気を出してくると思うよ」

「……まだ出してないの?」

 あれだけぜーぜー(ホリン)言ってんのに?

「たぶんね」

 僕はミランダとホリンの方へ向き直った。


「……ふん、これ以上てめぇらの好きにはさせねぇぜ。いい加減、疲れてきたしな」

 ホリンはレーヴァンテインを前に突き出し、切っ先をゆっくりと床に向けた。これは、いつか見たような……。

「……万象一切、灰燼と為せ。終焉の業火、汝を煉獄の奈落へと誘え。今こそ、うつ世にその姿を現せ……」

 すると、ホリンの剣の刀身が赤く光り輝き始めた。その切っ先から、まるでガラスが割れていくように、破片となって宙へ舞い始める。






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