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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆4部:運命に抗いし者ども
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39章:それぞれの想い それぞれの思念


 11月2日。今、僕たちはレンドの船の甲板にいる。シュレジエン王国のルヴィアの港を出港して、すでに10日以上が過ぎた。

 2大陸の間に位置する、スルスト大海。ガイアでいう、太平洋や大西洋みたいな位置にある海だが、大きさからしてみれば全然小さい。そもそも、2大陸も実は中国大陸……いや、もしかしたらヨーロッパと同じくらいかもしれない。つまり、世界はまだまだ広いということ。もし、スルスト大海が太平洋とかみたいに広かったら、ゼテギネアとルテティアは戦わないもんあ。……発見できないから。

 もう北海(シュレジエン諸島周辺の海のこと)は抜けたので、体に突き刺さるような寒さは感じない。しかし、この時期でしかもアルカディア大陸に近いので、ちゃんと冬服を着ていないと震えるくらいだ。


「さみぃーな」


 物思い……というより、特にすることもないので大海の果てを見ている僕。ヴァルバはいつの間にか隣に立っていた。

「寒いなら部屋に戻ればいいじゃないか」

「それもそうだが、俺もいろいろ考えてんだよ」

「ヴァルバがぁ?」

 僕は細い目つきで、彼を見た。

「失礼な野郎だ」

 と、ヴァルバはそっぽを向いてしまった。

「んで? 何を考えてんのさ?」

 僕はその場に寝っ転がった。あー……青空が高い。寒くなると、あの青い空間が遠く感じるのはなぜだろうか。

「……俺は成り行きでお前たちと一緒に行動することになった」

「そういえば……そうなんだっけ?」

 ヴァルバと初めて出会ったのは……レイディアントに足を踏み入れ、広い草原に落ちた時だった。この世界で、初めて出会った人間だ。

「ソラと出会って、もう半年か。時間が経つのは早いな」

 そう言いながら、ヴァルバは僕と同じように上空を見つめた。

「そうだな。……この半年、いろいろなことがあったなぁ」

 想像を絶することばかりだった。平和・平穏とはかけ離れている。

「お前はさ、考えたことがないか?」

 突然、彼はぼそっと訊ねた。

「何を?」



「生きることについてさ」



 一瞬、思考が止まった。深くも、シンプルな質問だからこそだ。

「生きること……? どうしたんだよ、突然」

 僕はヴァルバの顔を見た。どこか、遠い目をしているように見える。

「俺はさ、生きることは罪だと思うんだ」

 彼は頬杖をつき、海を見つめた。

「……どうして?」

「生きる間に、生きるために他の命を奪うだろう? それ以外にも、何かしらの理由で他の命を殺す。……罪だとは思わないか?」

 罪か……。僕はちょっと考え、答えた。

「……生きる上でしょうがないことだろ? 何かは何かの犠牲となって、ある意味支えていく。それは、変えることのできない自然の摂理なんだよ」

「摂理ねぇ……」

 ヴァルバはため息をつき、言った。


「他の命を奪うなら、死んだほうがいいとは思わないか?」


 ぞくりと、背筋が凍った。それだけ、恐怖と思える言葉だった。

「死んだほうがいい? ……何言ってんだ?」

「……ハハ、極論だったな。気にしないでくれ、ソラ」

 ヴァルバはそう言うと、すぐに船室のほうへ帰って行ってしまった。

「…………」

 あいつ、一体……。



「ねぇ、ヴァルバのやつ、変な顔してたけど……どしたの?」

 今度は、リサがやって来た。レンドにしてもこいつにしても、こんな寒空なのに短パンなんかはいちゃって、寒くないのかな。

「あいつ……変なんだよ」

「変……?」

 リサはクエスチョンマークを頭の上に浮かべた。

「あいつは元から変なやつだよ?」

 リサは何の迷いもなく言い放った。僕はため息を漏らしながら、体を起こした。

「そういうことじゃなくてですね……今のヴァルバは、いつも以上に変だったってことなんだよ」

「ふーん、なるほどね」

 リサは僕の横にちょこんと座った。僕は少し横に体をずらした。

「なんで逃げるのよ?」

「別に……」

 するとリサは僕の服を掴み、引っ張った。これ以上抵抗すると、なんかされそうなのでおとなしくした。少しは理解してほしい。……なぜか照れてしまうという男の切ない感情を。

「寒いんだよ。壁になれ」

 リサは僕の影に隠れようとしている。

「なんで僕がお前のために風除けにならなきゃならないんだよ……。つーか、寒いならアンナが着ているような服装にすればいいだろ?」

「私にかわいらしい服装は似合わないよ」

「……うん、そりゃそうだ」

 その瞬間、僕は頭に平手打ちを喰らった。

「いって〜な! 何すんだよ!!」

「うっさい! 私は信念を持ってこの服装にしてんだ。私だって、女らしい服装になりたいんだよ」

 リサはふてぶてしい顔で海の向こうを眺めた。

「……なんだよ? その信念ってのは」

 僕がそう言っても、リサは何も言おうとしない。訊いて欲しくないのか、あるいは言いたくないことなのか。

「……私はさ、この2大陸の辺境に位置する、ある島の出身なんだ」

 リサの言葉には、さっきまでの軽薄な感じが消え失せていた。言うとは思わなかったので、僕からしてみれば驚愕だ。

「なんていう島?」

「グラン島。とうの昔に名前を忘れられた、古い……古い島。そこに……私たちの一族、ラグナロクが住んでいた」

「ラグナロク、か……」

 先祖代々、強力な魔力を持つ伝説の一族。ルテティアの宰相レオポルトさんが言うには、古くから諸国の王たちはその力を求めてきたという。

「私たちはそこで世俗から離れ、細々と暮らしてた。古から伝わる、戒めを守りながら……」

 風になびかれ、リサは寒さから身ぶるいをしていた。

「どんな風な暮らしをしてたんだ?」

「……普通の農家と同じ。自分たちの畑を耕し、野菜を栽培してそれで生活してた。たまに、若い男衆が中央の森に行って、狩りをしてイノシシとかを捕まえてくるの。たまに食べる肉は、すごくおいしかったな」

「イノシシかぁ。僕は食べたことがないな。おいしいのか?」

「おいしいよ。……脂がすっごいけどね」

 リサは笑いながら言った。

「それじゃあ、女の大敵じゃん」

「ハハハ、そうだね。けど、たまにしか食べなかったし。ホラ、私は太ってないでしょ?」

 と、彼女は自分のくびれを見せた。うーん、モデル並みだな。

「太ってないというより……お前は痩せすぎなんだよ」

 リサは身長が160センチ半ばであるのに対し、体重は……50キロにも満たないのではないだろうか。

「女性は痩せてたほうがいいでしょ?」

 リサは満面の得意顔をした。

「……お前は全体的に痩せすぎ」

「全体的?」

 リサは頭をかしげた。

「だって、貧乳じゃ――」


 ドカ!


 僕はリサに思いっきり蹴り倒された。

「な、何すんだよ!?」

「貧乳で悪かったわね! それ以上言うとぶつよ!?」

「もうやってんじゃないか!」

「うっさい!!」

 再び、リサはそっぽを向いてしまった。

 ……たしかに、僕が悪かった。けど、リサは美人なのに悲しいと言っていいほど胸が小さい。それが好きな人にはもったいないと思われるだろう。……僕? いや、僕はどっちでもいいんだけど……まぁ、これ以上は言わないが。

「……ごめんって」

 適当に謝ると、彼女のチョップが僕の脳天に振り降ろされた。

「いってぇ……!」

「ふん、謝るなら最初から言うなっつの!」

 リサはつーんとした態度だった。あーあ……まったく、すぐ暴力に走るんだから。

「……それで、リサの家族は?」

 僕は話を元に戻した。怒れる少女をどうにかしなければと思ったので。


「もう、死んじゃった」


「…………」

 そ、そんな答えが返ってくるとは思いもしなかった。座っている後ろ姿の彼女は、どことなく哀愁を漂わせていた。

「2人とも、殺された。私の……」

 リサはそこで言葉を詰まらせた。僕は次の言葉を何も言わず、静かに待っていた。

「……なーんでもない」

 と、彼女は僕の方に向き直り、笑顔を浮かべた。それが作りものだってことは、容易に理解できた。

「ごめんね、変な話してさ」

 小さく顔を振り、彼女は何かをもみ消そうとしていた。

「いや、別に気にしてないよ」

 僕は同じように作り笑顔を見せ、再び海の方に目をやった。


「……訊こうとは、思わないの?」


 いつになく小さな声で、彼女はその言葉を寒空に放った。

「……お前が言いたくないなら、言わなくていい。辛いことは、口にするだけでも、泣きそうになっちゃうもんだしな」

「…………」

「リサのこと、もっと知りたいけど……まぁ、気長に待つよ。お前から言ってくれるまでさ」

 僕だって、他人のことを考えているつもりだ。昔……弟の樹が死んで、僕はあいつのことを考えただけで泣きそうになった。時間だけが、その悲しみと痛みを緩和してくれたのだから。

「……なんで、そう言えるの?」

 リサいつの間にか、僕の目の前に顔を出していた。僕は照れて、少し目をそらした。真剣な時はリサの瞳をそらさずに済むのだが、どうも不意を突かれるとダメだな。

「……お前が言ったからだよ」

「えっ?」

 覚えていない、か。僕はよく覚えてんのにな。

「ほら、ガイアでお前が僕に言ったじゃないか。『人が人の気持ちを理解しようとするのは、その人の想いに近づきたいからだ』って」

 何かの言葉に導かれ、暁の門の前でリサと再会した。誰かれ構わず、僕は空をさらわれた悲しみをぶちまけてしまった。

「お前に教えてもらった。お前のことを知るためには、時間も必要。リサが前向きに話せるようになるまで、待ってるとするよ」

 そう言って、僕は微笑んだ。

 誰だって、辛いことの一つ二つはある。それでも、生きている人は生きていかなければならない。たとえ、一番大事な人がいなくなったとしても。

「……うじうじ君だと思ったけどなぁ〜」

 リサは大きく背を伸ばしながら、甲板で大の字になった。

「うじうじ君で悪かったな。見てろ! 僕は絶対にリュングヴィなんかにゃ負けないからな!」

 そんな僕を、彼女は優しく微笑みながら見ていた。

「……期待してる」

 リサはぼそっと呟いた。しかし、少々耳の悪い僕には聞こえなかった。

「? 何て言った?」

「いや、なんでもないよ。それより、あんたの話が聴きたくなっちゃった」

「はっ? ――うぉ!?」

 と、彼女は僕の服を引き、甲板に倒れさせた。

「お、面白い話なんて持ってないぞ?」

「あんたが亡くした、家族の話。良ければ、だけど……」

 亡くした家族……樹、か。もう3年以上が過ぎたが、僕の心が軽くなったのは時間のおかげ。誰かに、話せるまで気が楽にはなった。

 なぜだかわからないが、僕はフッと笑ってしまった。その理由がわからないリサは、小さく頭をかしげていたが、それを無視して僕は言った。

「そうだなぁ……何から話そうか。僕の弟は樹っていう名前で…………」

 僕たちは、そのまま甲板にねっころがって話をした。そういえば、リサとこうやってのんびりと話すのは初めてだ。リサはいつも、どこかでいなくなっていた。単独行動をとることが多かった。

 ……リサにはリサの信念があって、それで僕たちと協力してインドラの野望を阻止しようとしている。どうして、インドラの野望を止めようとしているのか……僕はまだ、そのことについて訊くことができなかった。それは勝手な予想だが、彼女の家族が殺されたことに関連していそうだからだ。

 誰もが傷付き、誰もが何かを憎んでいる。そうやって、再び同じような苦しみを受ける人がいる。それは、どこの世界も変わらないようだ。それの連鎖を止めることができれば……あるいは……。




 11月3日。天気は良好。吹き抜ける風はまだまだ、寒さを感じさせる。レンドが言うには、ミレトスやソフィア付近に行くと、この季節でもまだ暖かいらしい。長らく、暖かい地域から遠ざかっていたので、早く行きたいなと思っている今日この頃。

 船を操作するのは船長であるレンドの仕事なのだが、昨夜ヴァルバと飲み比べ大会をしたらしく、二日酔いで歩くことができない状態なので、副船長(仮)のデルゲンが操作している。

 ちなみに、副船長(仮)は他に3人いる。レンドの仲間であるジョナサンとルーシー(本名はルシファン)、サンガがそれである。なんでこうなったのかは……まぁ、この人たちの負けず嫌いという性格を理解していただければ、おわかりかと思います。レンドの従弟であるロルグはというと、副船長になりたかったのだが、ジョナサンに「年功序列だ!!」と言われ、渋々諦めたらしい。

「俺は副船長なんかにゃ興味ないんだが……例の3人がケンカするもんで、俺がやってるわけ」

 と、デルゲンは言っている。しかし、ジョナサンはこう言う!

「俺こそが! 本当は船長に相応しい! だって俺が1番年上(レンドと同い年で、1ヶ月だけ誕生日が早いというだけ)だもんよ!! ガーハッハッハ!」

 ……あまりにも力強く、しかもでっかい体で(ジョナサンは2メートルを超える身長)言うので、まるで「そうなのか」と思ってしまいそうだった。そしてルーシーはこう言う。

「なんでかって言うと、副船長とは船長を最大限に支援、及び補佐する人間だ。つまり、武勇と知略を兼ね揃えたこの俺が――(以下省略)」

 簡単に言えば、「俺が相応しい」ということだろう。……ジョナサンとあんまり変わんないや。

「この俺、サンガは――」

 もうめんどくさいので、サンガはいいや。っていうか、副船長(仮)なんてどうでもいいや。しかし、デルゲン以外はみんな同じようなセリフなんだよな。同じセリフって言うより、最終的な意味合いは同じなんだよね。

 そういえば……ふと思い出したけど、初めてレンドの船に乗って海を渡っている時、ジョナサンが言っていたな……〈ブリアン〉と。彼の名前を出したとたん、周りの空気が一変した。なんか、いろいろ因縁があるような気がしたけど…。

 その夜、僕は船室で航路を確認していたデルゲンに訊ねてみた。



「……ブリアン? どうして、その名前を知ってんだ?」

 デルゲンは地図をテーブルに置いた。

「あの……ちょっと小耳に挟んで」

 ジョナサンが言っていたなんてとても言えなかった。

 デルゲンは少しの間天井を見上げていた。

「……まぁ、もう昔のことだからな。話してもいいだろ」

 彼は目を瞑り、遠い日々の話を語り始めた。

 ブリアンとは、レンドたちが海賊団を立ち上げた時の仲間の一人で、同郷出身らしい。実はロルグのお兄さんで、レンドの従兄弟に当たる。

「俺たちは小さい頃から一緒に過ごし、一緒に夢を語った。それは、まだ見たことのない未開の大地へ行くことだった」

「未開の大地……?」

「シュレジエンの北にある、永久凍土の大陸さ。世界はまだまだ広い。俺たちは他の人が見たことのない大陸へ行くために、海賊となったんだ。海を駆ける人間としてな」

 その気持ち、わかる気がする。見たこともないものがあるなら、そこへ行ってみたい。あらゆる感情を凌駕する探究心が、それを加速させる。そして、人は世界の視野を広げていく。ガイアの大航海時代では、探究心が新大陸を発見させたと言っても過言ではないだろう。

「いろいろなところを旅したよ。俺たちは、シュレジエンしか知らなかったからな……」

 そのころが楽しかったのか、彼は微笑んでいた。だが、それも束の間。彼の表情は暗いものへと変わった。

「……だが、海賊として動き出して4年後、ブリアンが死んだんだ」

「…………?」

 デルゲンは顔を振った。

「他の海賊と戦っている最中にな。敵は大したことのない連中のはずだったんだが……そいつらの中に、以上に腕の立つ奴がいたんだ。そいつに、ブリアンはやられた。ブリアンは、俺たちの中で最も強い男だったのにも関わらず……」

 デルゲンは机に置かれた海図に触れ、俯きかげんに続ける。

「……俺はもう逃げるしかないと思い、復讐しようとするレンドを抑えて、ジョナサンやロルグたちと共に逃げた。……あの時の戦いで、多くの仲間が死んだ。40人以上いた仲間が、たったの8人になったからな……」

 今のレンドの仲間は、21人だ。

「それ以来、レンドにブリアンの話をすると、台風の前の静けさというものになっちゃうんだよ」

 なるほど……だから、〈レンドに殺されるぞ〉だったんだ。

「あの時、ブリアンがいなければ……あいつが、自分の体であの敵を抑えなかったら、俺たちはみんな殺されていた。……俺たちが今ここで生きていられるのは、ブリアンのおかげなんだよ……」

 デルゲンはそう言いながら、遠い目をしていた。デルゲンは顔に出さないが、兄弟同然だった人を失った気持ちは、怒り狂うレンドと同じなんだろう。レンドのために、その感情を出さないのかもしれない。




 11月4日。気候が暖かく感じる気がする。どうやら、シュレジエンや北アルカディアから流れる冷たい空気の範囲を抜けたそうだ。

「太陽の時間が長くなりそうだな……」

 レンドは舵を取りながら言った。

「あと何日でソフィアに着くの?」

「どうだろうなぁ。たぶん、10〜20日、いや、1ヶ月くらいかかるかもしれないな。俺、ソフィアに行くのは初めてなもんで、推測しかできねぇや」

「そうなのか?」

「俺が海賊になった時期は、先代教皇の暴政時代だったんだよ」

「先代というと……ハロルド10世か」

「そうそう、それ」

 いちおう、話だけは聞いてましたから。

「そのハロルド10世は鎖国みたいなことをしたり、教団の神聖騎士団を使って貿易都市群のミレトスに攻め入ったり……とにかく、どっかの領土欲が大きい権力者だったんだよ」

 民衆にも恨まれていたので殺されて当然だ、とレンドは付け加えた。……先代教皇もある意味、かわいそうな奴。自業自得だけど。

「だから入れなかったんだよ。けど、ようやくソフィアに行けれる。あそこは本当に行きたかった場所だからなぁ」

 レンドの顔は笑顔になっていった。

「ソフィア教国か……どんなところなんだろうね」

「あそこは世界屈指の建築家たちが作った都市群があんだよ。城塞都市ジョルジオに魔法都市ガリオンヌ、聖霊都市ジェミニに天秤都市リーブラ、そして中でも群を抜いているのが聖都ソフィア=エルメス! ルテティアやゼテギネア以上に壮麗な都なんだぜ」

 その話を聞くだけで、早く行きたいという気持ちが大きくなった。ワクワクしてしょうがない。王都ルテティアやミレトスでも度肝を抜かれたのに、それ以上だなんて……想像すらつかない!

「ソフィア教の中心地だし、ティルナノグ時代の建造物を模倣としているものが多いんだそうだ」

「ティルナノグを?」

「伝説では、始祖アイオーンはティルナノグ皇室だと言われているからな。それに関係してんじゃねぇの?」

 それは伝説ではなく、真実。始祖アイオーンは最後の天帝ユリウスの実弟なのだ。そう言えば、まだ彼には教えていなかったっけ。

「けど、ティルナノグの建築物を参考にできるものなんてあるの?」

 2000年以上も前のものなのに、そこが少し疑問だ。ユリウスによって天空都市は地上へ堕とされたっていうし。

「どーなんだろうなぁ? さすがに知らねぇや」

 ハッハッハと、大きな口を開けて笑うレンド。そこは笑うところではない気がするんだけど……。

「ま、気長に到着するのを待とうぜ、ソラ」

「……そうだね。けど、暇で暇でしょうがないよ」

 僕は両腕を天に伸ばした。

「筋トレでもしたら?」

「してるよ、毎日」

 腕立て200回、腹筋200回、背筋200回を3セットを毎日している。この世界に来て、体力や筋力がないことを実感させられたからね。

「……たしかに、見ない間に体がしっかりしてんな、お前」

 レンドは僕の体を頭から足の先まで見渡した。

「けど、痩せすぎだ。もっと肉を食わないと、俺みたいになれねぇぞ?」

「いや、別にレンドみたくなりたくはないからさ」

 レンドはムキムキマッチョの日焼けのすごい男。とても24歳には見えないのだ。

「なんだよ、そりゃ? もてねぇぞ?」

「いや……そこんところはすでに大丈夫なので……」

「はぁ? 彼女でもいんのか!? ああ! わかった! アンナだろ? そうだろ!」

 いきなり、レンドはにこやかな笑顔で言い始めた。

「……なんでアンナなんだよ……つか、彼女なんていねぇし」

「ん〜? じゃあなんで大丈夫なんだよ?」

「それは……まぁいいじゃん。気にすんなって」

 僕はその場から逃げようとした。すると、レンドに首元を掴まれ、引き戻された。

「な、なんだよ!?」

「ソラ君よぉ〜、逃げようとしてんじゃねぇよ。お兄さんに話してみな? んん?」

 レンドの顔は笑顔だが、どこかおぞましい雰囲気が感じるのは気のせいだろうか? しかも、肩をつレンドの手に力が入って行っているのか……ギリギリと変な音がし始めた。

「い、痛いって!」

「早く言わないと、お前の骨が砕けるぞ?」

「ちょっ……マジで痛いんだってば!」

 僕はレンドの手を離そうとするが、かなりの力だ。離れてくれない。

「早く言えって〜」

 レンドの顔は不気味なまでにニコニコしている。やばい……ホントに肩が壊れてしまう。

「……いちおう、好きな人はいるんだっつの」

「ほう? それで何が大丈夫なんだ?」

 何が大丈夫って……そこまで言わなきゃダメなのか!? 僕は観念し、小さく唾を飲み込んだ。

「……恋人同士……みたいなもんだし……」

 恥ずかしく、だんだん声が小さくなった。

「ふ〜ん、じゃあ彼女じゃないか。嘘つきやがったなぁ〜?」

 レンドはさらに力を入れた。

「いたたたたたた!」

 そして、ようやく手を離してくれた。

「ったく、この筋肉馬鹿め……」

 僕は自分の右肩をさすった。握力80はあるんじゃないか?

「で? 誰なんだよ、相手は」

「お、幼馴染だよ」

「ほう? 名前は?」

 そんなことまで訊くのか……。ていうか、以前会った時に言ったような気がするんだけど。

「……日向空っていう名前」

「ソラ? お前と同じじゃないか」

「まあ……ただの偶然だよ」

 母さんと父さんが僕に名前を付ける時に、すでにいたはずの空を意識していたかどうかはわからない。まぁ……偶然だとは思うが。

「で? その子はガイアでお前の帰りを待ってんのか?」

「あのさ、以前にこの話はレンドにしたような気がするんだけど……?」

「そうだったけ? まぁとにかく教えろよ」

 この様子じゃあ完全に忘れてるな……。

「……インドラの連中に、さらわれたんだよ」

「あぁ、そういえば……そんな話をしたよな?」

「今更かよ……」

 僕はため息をついた。

「まぁとにかくよ、彼女を助けれるように、剣の特訓でもしたらどうだ?」

「剣の特訓、か……」

 ホリンと戦って以来、実戦は行っていない。シュレジエンでアレンと一緒に少しくらいやった程度だ。

「俺の勝手な予想だが、鳴りを潜めていたインドラの野郎どもも、そろそろ出てくる頃だ。……準備をしていて損は無いと思うぜ?」

「……そうだな、そうするよ」

 僕は剣を部屋に置いてあるので、下へ向かった。

 鳴りを潜めている、か。

 あいつの声が聴こえる。「ソフィアへ行けば、二度と戻れなくなる」と。ほくそ笑みながら呟いている。

 あそこには、何かが待ち受けている。そんな気がする。




 11月8日。僕はレンドに言われた日から、剣の特訓を行っている。レンドやデルゲン、他の仲間たちに暇があれば見てもらうようにした。みんなから言われてうれしいのは、以前より断然上手になっているということである。ランディアナでの自主練、ルテティアで王子と一緒に練習したことや、フォルトゥナ神殿でのホリンとの闘い。そのおかげだろう。

 その夜、一生懸命腕立て伏せをしていると、ヴァルバが話しかけてきた。


「なあ、お前の恋人の空ちゃんって、どんな女の子なの?」


 僕はズルッと手が滑ってしまった。

「いきなり、なんなんだよ。……172、17……3!」

 3セット目なので、いい加減辛くなってきた。

「今まで聞いたことないなーと思ってよ」

「なんで言わなきゃなんねぇんだよ? 176、177……」

「お前が好きな子っていうのが知りたいんだよ」

 僕はまたもや手を滑らした。

「……レンドから聞いたな」

「何のことだ?」

 ヴァルバはニヤニヤしていた。

「そうとしか考えられないだろ? このタイミングで言ってくるわけだし」

 僕はため息をしつつ、腕立て伏せを再開した。

「んで、どんな子なんだ?」

 あまりにしつこくいうので、もういいや。別に、恥ずかしいことじゃないし。



「……よくそれで好きになれたな。それだけ一緒にいると、恋愛感情なんて湧かないんじゃないか?」

 ベッドで横になっているヴァルバは、腹筋を始めた僕を眠たげに見ていた。

「まぁ……普通はそうなんだろうよ。けど、僕はあいつが好きだった。そのことを完璧に忘れてたんだよなぁ……」

 思い出した時は、一瞬にして世界の風景が変わったような感覚だった。心の中のもやもやが洗い流されて、雲一つ無い快晴の青空が出てきたような……。

 時折思うのは、あそこまであいつのことが好きになっているってのは、なぜなんだろう。一目惚れ……ってのもあるんだろうけど、それだけじゃない気がすんだよな……。

「なるほどね。どうせお前のことだから、自分の気持ちにも空ちゃんの気持ちにも気付かなかったんだろ?」

 ヴァルバの指摘によって、僕の筋トレは停止した。

「……なんでわかんの?」

「そりゃあ、いつもお前を見てりゃ鈍感だなぁってのはわかるし」

「……そうなの?」

 ヴァルバはニヤニヤしていた。うーん、以前にも修哉に言われた。「お前は鈍感」だって。

「お前、未だに気づいてないだろ?」

「何を?」

 僕は首をかしげると、わかっていたかのように笑いだすヴァルバ。

「お前がある奴に好かれてること」

「僕が? うーん???」

 ヴァルバは指をパチンと鳴らした。

「ホラな? わかってねぇだろ?」

「……結局、誰なんだよ?」

 自分だけ納得している姿ってのは、無性に腹が立つってもんだ。

「それは俺が言うべきことじゃない。自分で気付くか、相手が言ってくるまで我慢するんだな」

「なんだよ、それ……」

「ホラ、空ちゃんのことを教えろよ。性格とか」

「なんでそうなるかな……」

 そんなこんなで、約1時間ほどヴァルバと話をしていた。空は双子であるとか、こんな遊びをしたとか。あと、いなくなってしまった修哉についても話した。

 修哉……僕の一番の親友であり、最も信頼できる男。いつもふざけてはいるが、思慮深く、学校随一の秀才で頭も切れる。そして、誰よりも妹の咲希ちゃんを大切にしていた。そう、人として「愛すること」を持っていた奴だった。

 その後、ヴァルバは寝てしまった。筋トレをするのに、ここでしていたら邪魔をすることになるので、僕は甲板へ出てすることにした。






 甲板にはリサが一人で佇んでいた。太陽が沈み、月の光に照らされる大海原を眺めながら。

「一人でなにしてんの?」

 僕は後ろからリサに話しかけた。

「海を眺めてるだけ」

 リサは振り向きもせず、素っ気無く言った。リサらしいと言えば、リサらしいけど。

「……ん?」

 僕は自分の目を疑った。

リサは女の子らしい格好をしているのだ。女の子なのに、そう言ってしまうのはおかしいかもしれないが。

白のワンピースの下に、長袖の白い服を着ている。いつもポニーテールにしているのに、それを完全に解いていた彼女の金髪は、甲板に散乱しているようにも見える。

「…………」

思わず、見とれてしまうほどの美しさ。小さい顔に白い肌。モデルのようなスリムな体。誰もが羨む綺麗な金色の髪。大きなエメラルドグリーンの瞳は、月光を受けて小さく輝いている。

 神秘的な巫女。

 ああ、なるほど。彼女こそ、「永遠の巫女」に相応しいのかもしれない。彼女のために、その名詞が存在しているのかとさえ思うほどだった。


「……どったの?」


「えっ?」

 瞬きもせず、ずっと自分を見ている僕を不審がったのか、あるいは少し心配しているのか、顔をかしげているリサがいた。

「い、いや。何でもないよ」

 やべぇやべぇ……なーに見とれてんだか。

「……なんで、そんな恰好してんのかなって思ってさ」

 彼女の隣に、僕は立ち止まった。

「……誰にも見られないと思ったから、この服を着たのにさ。まったく、あんたが来るとは思わなかったよ」

 リサはため息交じりで言い放った。

「別にいいじゃん、馬鹿にされるよりさ。きっとみんな目を丸くするよ」

「なわけないでしょ。特にヴァルバが」

「どうかな? ベタ惚れすんじゃないの?」

 僕が笑いながらそう言うと、彼女も微笑んだ。

「あり得ないね。歳が違うじゃないのよ」

「いやいや、そういう意味じゃなくて、〈おっ! あの子かわいい!〉的な意味だよ。本気で惚れてどうすんだよ」

 マジで惚れられたら、さすがの僕も止めようとするかな。犯罪じゃん、ある意味。

「うーん、あいつに惚れられたら、速攻で断るかな」

「ハハハ、かわいそうに」

 僕は彼女と同じように海を眺めた。港町アルフィナの宿の上で眺めた、あの海と同じだった。中途半端に欠けた月の放つ光が、柔らかく大海原を照らし出している。

「それで、どういう心境の変化?」

 視線を向けず、僕は訊ねた。


「寒いからよ」


「寒い?」

 まさかそんな返答が来るとは……予想だにしませんでしたわ。

「今まで、意地になって着なかったじゃないか」

「人前に出る時は、そういう服を着るよ。誰もいないような時間帯は、こうしてもとの自分に戻る。そんな感じ」

「元の自分、ねぇ……」

「……何?」

 彼女を見つめる僕の顔を、じろっと睨んだ。

「……いや、普通に見ててもお前は十分きれいだと思ってたけどな」

「けど? 今はそうでもないってか?」

 リサは皮肉交じりで言いやがった。せっかく褒めたのに。

「あのな、お前はどうしてそういう風にひねくれた考えしかできないかね? 今は女性らしいし、髪も解いてるからいつもよりきれいに見えるって言おうと思ったのによ……」

「でしょ?」

 リサは憎たらしいような微笑みをした。

「でしょって……はぁ……もういいや」

 僕はため息をつきながら言った。なーんか、しゃべる気力が失せてしまった。

「ごめんって。……あんたは何しに来たの?」

 リサは横目で僕を見た。

「特訓に決まってんじゃんよ」

 彼女は首をかしげた。

「部屋でしてたんだけど。ヴァルバが寝ちゃってさ。それを邪魔しちゃいけないから、ここに来たってわけ」

「へぇ、優しいじゃん」

「当たり前です」

 人間、優しくないとね。意地悪な人もいるので、そうやってバランスを保たないと。

 僕たちは静かに海を眺めた。今は碇を落としているので、船は動いていない。そのためか、海はすごく静かだ。小さく波打つ海の声が、静寂な夜の中を揺ら揺らと動いている。海の上に浮かぶ、一つ一つの雲は、まるで旅する自由人のようだ。好きなように好きな場所へ行き、気ままに他の雲と合わさる。そして雨を降らす。今、雨でも降られたら僕としては困りますが。


「……海の果てには、何があるんだろうね」


 リサが小さく呟いた。

「果てなんてないよ。世界は丸いんだから」

「あんたね……そういうこと言ってんじゃないの」

 僕は「夢が無いね」と言われ、頭を軽く殴られた。

「じゃあなんなのさ?」

「大地をゆく人、海を旅する人、空を駆ける人……みんな、その旅の果てに何を求めようとしてるのかなって……」

 リサは体を小さくしていた。ちょっと寒いのかもしれない。

「旅の果て、か」

 人は何らかの理由がなければ行動は起こせない。自分たちがこうして生きていること、自分がこうして追い求めること。それらに理由があるのだから、人は行動するわけで、ないとしたら、それはつまり生きていることさえ否定しかねない……あれ? なんだかよくわからなくなってきた。

「うーん……よくわからなくなってきたな」

 思わず、僕は腕を組んで唸った。と、僕はあることを閃いた。

「もしかしたら、旅の果てには何もないんじゃないか?」

「……無い?」

 僕はうなずいた。

「そこに自分の知らない何かがあると信じているから、人は歩いていくんだと思うんだよ。……つまりさ、旅の終着点なんてないんだ。何かを見つけたら、新しい何かを求め、再び歩いて行く。それは延々と続いて行く旅路……。たぶん、そうやって自分なりの答えを発見するんだよ」

 終わりを求めているわけじゃない。終わりの果てを見たいわけでもない。その中で得られるものを求めているのかもしれない。それが積み重なって、1年、2年、10年と……人は歳を取っていくのだろう。

「……そうかな。私は最終的な答えこそ、私たちが追い求めているものだと思う。答えがなきゃ……こうして生きていることの意味さえ無くなりかねない。そうじゃない?」

 リサは海の果てを睨んでいた。さっき、僕が考えたことと同じだ。

「……自分の信じているものが、自分だけの答えだとは思うよ。僕には僕の考え、リサにはリサの考え。答えなんてのは千差万別だよ。正しいものなんてないと思うし」

 そう言うと、リサは体育座りのように体を縮こまらせた。

「……そうだね。人によって、考え方は異なるんだしね……」

「そりゃそうだよ。ま、宗教みたいに考え方を共有する人たちもいるけど」

 しかし、そういった人たちは考え方を肥大化させ、理想という名の下に自分たちを認めようとしないものたちを排除しようとする。宗教は、ある意味最も恐ろしい人間の力なのかもしれない。

 ……信じる力ってのは、予想以上に強固なものだからな……。

「けど、私たちの目的は……同じ」

 リサは僕に顔を向けた。その顔は月光を浴びて、ほのかに白みを帯びていた。

 僕は夜空を見上げた。


「……それにしても、リサはどこまでのことを知ってたんだ?」

「どこまでのこと?」

「お前、僕がどんな人間か知ってたんだろ? そこんところだよ」

 リサは僕から目を逸らし、少し慌てた様子だった。

「それは……私が……」






「今宵は女とデートか?」








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