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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆4部:運命に抗いし者ども
47/149

38章:ジニー王宮 孤独な内なる者ども


 BLUE・STORY

 Episode4 第4部「運命の空」


 僕は……そう、憎んでいたんだ

 だって、願いは届くことがなく、

 想いさえ届くこともない……

 この運命の楔から、逃れられるのならば――

 愛を得られぬなら、憎めばいい

 二つは、共に寄り添ってこそ一つの夢となるのだから……

 







いよいよ、後半に突入です。

感想など、心よりお待ちしています(^^)





 僕たちの次の目的地は、教皇がいる聖都ソフィア。

 聖都のあるソフィア教国は西の大国・神聖ゼテギネア帝国があるアルカディア大陸にあり、南に位置する。そのため、ゼテギネアとは違って南からの温かい風を受け、気候的には穏やかだという。

 ソフィア教国はつい一ヶ月前、開国された。今から14年前、当時の教皇オディオン5世がクーデターで殺され、教皇の弟である大司祭ハロルドが即位。その12年後……つまり3年前、ハロルド教皇は同じようにクーデターで倒され、今の教皇が即位する。しかし、反乱によって即位したために、反乱分子が未だ多く、その処理に今までかかったのだ。レンドの話では入国禁止が解け、多くの商船や貿易船が出入りしているという。すでに、教皇オディオン5世が存命だった時のような活気さを取り戻しているらしい。

 ヴァルバが言うには、今の教皇は教皇家の出自ではあるが、親がわからないらしい。ただ、教皇になる者だけが持つ〈聖なる刻印〉……通称〈聖痕〉を持っていたため、枢機卿や中立派司祭、騎士団に教皇として認められた。

 名前はクピト1世。クロノスさんやミリアの話から、僕も教皇家の人間のようなので、教皇とは何らかの関係があるかもしれない。あくまで、可能性の話だが。もしかしたら、分家とかそういうもんかもしれない。

 レンドは久しぶりに故郷に帰ってきたということで、出発するにはもう少し待ってくれと言われた。リサが言うにはルテティアのルーファス8世やその重臣たちは、もう少し時間が必要とのことで、急いでも意味がないのだ。ただ、僕が気になるのはインドラのことだ。最近、奴らをまったく見かけない。しかも、奴らの情報も手に入らない。



 ……今まで知って来たことを頭の中で整理してみよう。



 インドラはウラノス――ユグドラシルという人間が指導者で、彼とシュヴァルツ、ホリン、そしてミランダは幹部である。他にもいるかどうかはわからない。その配下に、下っ端がいる。その下っ端とやらは未だ見たことがないのだが、暗黒魔法を操るというので、侮ってはならないだろう。

 奴らの目的は、約2000年前に封じられた最後の天帝ユリウスの持つ破壊の力、〈ロキ〉を復活させること。どうやら、その力を施行してレイディアントの人々を全て滅ぼそうとしている。

 幹部のことでわかっているのは、ホリンだけ。彼は、ロンバルディア大陸のイデア王国の王族出身で、イデアに対して深い憎しみを抱いている。そこから、人を滅ぼすというとんでもない発想が生まれたのだろう。そこに至るまでの過程が全く見えてこないが……。

 謎が多いし、最近は全然姿を見せないので、不気味な恐ろしさがある。まだこの世界に異変は起こっていないので、巫女である空はまだ殺されていないはずだ。殺されていたとしたら、すでに何らかのことが起きているはずなのだから。

 しかし、諸国が条約を締結して協力すれば、インドラといえども敵いっこないし、すぐにアジトも暴き出せるはず。そう、条約締結まで持ち込めば何とかなるはずなんだ。



 今日は10月20日。ジニー王宮の外は、吹雪が猛威を振るっていた。気候予報士によると、精霊が大暴れする日にちなので、あと2,3日はこの状態が続くという。

 ……これ、気候予報でもなんでもないじゃん、と突っ込むと、みんなに笑われた。もとより、みんな知っていることらしい。

 レンドを待っている間、僕はガイアへ帰ったことをみんなに伝えた。

 自分が教皇家出身であるかもしれないこと。ティルナノグやユリウス、そしてリュングヴィのことについて。これは、知らなければならないことだ。

 話をしている間、ヴァルバ、アンナ、リサは静かに聴いていてくれた。途中で質問をせず、目を背けずに。



「ふーん……なるほどねぇ……」

 円形のテーブルを囲んで、僕たちは午後の紅茶的なものを興じていた。ヴァルバはカップを置き、小さく息を漏らした。

「教皇家に、そんな秘密が隠されていたなんて……しかも、お前がその一族出身だとはな。……お前が高貴な身分出身ってのは、天地がひっくり返ってもありえないと思っていたのにさ」

 ハハハ、とヴァルバは笑った。思わず、僕も苦笑した。自分だって信じられないし。

「僕だってびっくりだよ」

「……ソラさんは、ショックじゃなかったんですか?」

 僕と対にあるイスに座っているアンナは、どことなく心配気に訊ねた。

「ショック?」

「だって……自分は拾われた子供で、〈破壊〉の力に傾きかけているとか……」

 彼女に言われて、初めて考えた。

 ショック、か……。

「そうだな……最初はショックだったよ、もちろん。……けど、知りたかったことばかりだし、自分が求めて得た真実なんだし。今は、それを素直に受け入れてるよ」

 そうやって彼女に微笑みかけた。安心させようと思ったのだが、アンナは目をそらしたまま俯いてしまった。

 僕は、その理由がわかる。彼女はわかってるんだ。本当は、僕の手が震えているってことを。


 そう、本当は怖いんだ。


 恐怖が蘇る。海を野獣のように襲った、恐ろしい自分の姿が。そして、ステファンを切り刻んだ時のように、命を命とも思わない行動。あれは、リュングヴィであるけれども、完璧にそうではない。


 あれは……僕でもある。


 人間ってのは、何も正義だの愛だの、そういうものだけで構成されているわけではない。理性で抑えている部分……暗い領域がある。どうしても、それだけは消え去ることはできない。

 奴は、そこを『餌』としているんだ。

 僕がその感情に支配された時、呼びかけてくる。その方が、僕を操りやすいのだから。


「なんだ、強くなったかと思えば、うじうじ君になっちゃってまあ」


 リサはあからさまに大きなため息をつき、頬杖を突きながら僕を白けた目で見ていた。

「……リサ……」

「あんたは自分で選んだことだろ? 真実を知って、自分のことを知ってさ。そうやって、闘うことを決めたんだろ?」

「…………」

 僕は小さくうなずいた。

「空ちゃんを救いだして、世界も助けたいってのが、あんたの選んだ道でしょ?」

「あ、ああ」

 僕は力なく答えた。そりゃあ、そうだけど…自信がないわけじゃない。自信がないわけじゃないんだけど……夜な夜な、あいつの呼びかける声が聞こえて、怖いんだ。

 俯いている僕を見兼ね、リサはテーブルを手で叩いた。その音が響き、空気が静まりかえる。

「怖いなんて言ってないで、自分を強くしようと心がけなさい! あんたがあんたであるためでしょーが!」

 彼女のエメラルドグリーンの瞳が、僕を射抜いている。

「それに、あんたは独りじゃない。あんたは一人で考えるから、リュングヴィに押し負けそうになるんだ」

 初めて彼女に叱咤された時のことを、思い出した。あの時も……リサは言ってくれた。「独りじゃない」って。

「自分だけの問題なのはわかる。けど、一人で抱え込むな。あんたが不完全なように、奴もお前と同じように不完全なんだ。けど、あんたには私たちが付いてる。リュングヴィは孤独だけど、お前は独りじゃない。そうでしょ?」

 リサは強き眼光で、笑顔をして見せた。

「そうだぜ、ソラ。ま、どこら辺で力を貸せるかどうかはわからないけどな」

 頼りになるのかならないのか……これがヴァルバらしいところだな。言葉の裏に、優しさが見える。

「私も、微力ながら力を貸します。ソラさんは、今までだっていろいろな苦難を乗り越えてきた。……だから、きっと大丈夫です!」

「アンナ、気弱なやつに〈絶対〉とか〈きっと〉はタブーなんだぜ?」

「えっ?」

 ヴァルバは笑いながら言った。

「……気弱な奴で悪かったな」

 ふんと、僕はそっぽを向いた。

「ハッハッハ! 気にするな!」

「い、意味わかんねぇ……」

 僕をけなすヴァルバの笑顔は、憂鬱だった僕の心に少しだけ安寧をもたらした。

 そうだな……うん。

 一人で考えすぎず、甘えるところは甘えていく。バランスが大事ってことだ。



 その夜、僕はなかなか寝付けず、ベッドに仰向けになった状態で、吹雪の舞う窓の外を眺めていた。



 ――なんだ、やけに冷静だな――


「……お前か」

 頭の奥から声が聴こえる。リュングヴィだ。

 何の用だ?


 ――ククク……そう邪険にするな――


 お前に会いたいわけじゃない。消えろ。


 ――ほぅ、強気だな――

 ――それもこれも、ズルワーン……クロノスの野郎に感謝するんだな――


「…………」


 ――まぁいいさ。いずれは朽ちる精神――

 ――お前がどうしようと、今更覆るものではない――


 ……そう言い切れないのが、人生ってもんだよ。


 ――17年しか生きていないお前に、何がわかる――

 ――首を長くして待っていろ――

 ――俺がお前を食い破る時をな――




 その時、心の奥底でうごめいていたものが消えた。胸のつかえが取れたような、そんな感覚だった。本当の意味での、スッキリではないけれど。



 僕は……お前になんかに奪われやしない。

 絶対に……!!





 翌日、レンドが一人の男性と一緒に戻って来た。あの男の人……見覚えがあるんだけど、誰だったっけ?

 首をかしげていると、レンドは大きな声で言った。

「うーす。ようやく、吹雪が止んだな」

「ご苦労さん。で、いつ出発できるの?」

 リサはホッとした様子で言った。なかなか来なかったので、予定よりも遅れてしまうんじゃないかって心配してたからだ。

「ああ。ルヴィアの港に船を着けてある。いつでも出発できるぜ」

「そっか、わざわざありがとう」

 僕は丁寧に一礼した。

「あれ、ソラってこんなに礼儀正しい男だったか?」

 レンドの隣の男が言った。えーと……誰だったっけ? 喉のところまできてんのになぁ……!! 思わず、喉のあたりをかいてしまった。

「ま、王様がいるような場所ばっかりに行ってるから、礼儀正しくもなるさ」

 ハハハ、とヴァルバは笑った。

「俺はここに何度も来てるけど、進歩しないぞ?」

 と、レンドの隣の男性は首をかしげた。

「そりゃあお前……教養力が無いからだよ」

 レンドは励ますかのように、彼の背中を力強く叩いた。彼の顔に、少しだけ苦痛が浮かんでいた。

「言っておくが、お前も教養力が無いってことだからな?」

「おいおいデルゲン、俺をお前と一緒にすんなよ」

「あのなぁ……」

 僕はハッとした。デルゲン……デルゲンだって!?


「デ、デルゲン!? ひ、久しぶりだな〜」


 僕は思わず彼をズビシ!と指をさしてしまった。そっか……デルゲンだ! 緑色の髪に、翡翠色の瞳。海賊の人間にしては、優しさを感じる顔。

 そんな僕を見たデルゲンは、苦笑しながらほほを二度、人差指でかいた。

「ソラ……俺の名前を思い出すのに時間がかかったな」

「ハハハ……ご、ごめん」

 デルゲンは、レンドと共に海を駆ける海賊だ。たしかレンドと同じ、シュレジエン出身だと聞いた。

「レンドの船に乗ったのは……もう、半年近くも前のことだしね」

「そうだな。気が付けば、厳しい季節になってきたからなぁ」

 寒い季節は、たぶんレンドの性に合わないんだろう。レンドって、真夏に海の中で魚を狩っているようなイメージがある。日焼けしてっし。

「レンドたちは俺たちと別れた後、どこに行ってたんだ?」

「えぇっとな……まぁ、あちこち行ったんだよ、あちこち」

 レンドは罰がわるそうに言った。どうやら、あんまり覚えていないようだ。

「……あれから、俺たちはゼテギネアに行ったんだ」

 デルゲンは呆れながら言った。

「ゼテギネア? 何でまた?」

 僕はデルゲンに訊いた。レンドでは説明不可能だし。

「あの頃、ソフィアで旧大司祭派による小規模な内乱が起こったんだ。その残党がゼテギネアの方に逃げてきたらしく、帝国はソフィアに恩を売るために駆逐しようとした。で、自軍を使わず、俺たちのような義賊を雇って撃退しようとしたんだ。それで依頼されたんで、行ってきたんだ」

「あ〜、あれね」

 今思い出したようにレンドは言った。彼によると、自分たちは海賊と言い張りながらも、陸上で傭兵みたいな生業もしているのだとか。たまにしかしないらしいけど。

「ゼテギネアにまで依頼されるって……レンドさんたちって、有名なんですね」

 アンナは感嘆しながら言った。すると、レンドはうれしかったのか、照れ始めた。

「ば、馬鹿やろう。俺たちは、義理堅い海賊だ」

「何言ってんだ? お前……」

 またもや、デルゲンは呆れながら言った。

「馬鹿はほっといて、お前らは準備はできたのか?」

「おいデルゲン! 誰が馬鹿だ!?」

 レンドの反論にもデルゲンは軽く手であしらい、耳を貸さなかった。

「あ、ああ。行ける準備はできてるよ」

「あーあ、また寒い所を歩くのか………」

 ヴァルバは大きくため息をついた。

「ヴァルバさん、大丈夫ですよ」

「……なんで?」

「だって、もう病気も治ったじゃないですか」

「…………」

 それ以前の問題だと思うが……。

「ともかく、私たちの準備はできてるよ」

 リサは待ち切れないのか、うずうずしていた。




「……行かれるんですね」

 奥から、聞きなれた女性の声が届いた。ラーナ様だ。

「ラーナ様……短い間でしたが、いろいろお世話になりました」

 僕は深々と頭を下げた。それにつられて、ヴァルバとアンナも頭を下げた。

「いいんですよ。……私も、久々に楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうね」

 ラーナ様は僕たちに向かって頭を小さく下げた。

「そ、そんな、ラーナ様……お礼を言うのは、僕たちの方なのに」

「いえ、あなた方が来て下さって……本当に楽しかった……」

 ラーナ様はニコッと笑った。ああ……本当にホッとする。親を思い起こさせる、ラーナ様特有の空気。それは温かく、微笑みが生まれるものだった。

「ラーナ様……あなたのおかげで、僕は忘れかけていた気持ちを取り戻しました。本当に、ありがとうございます」

 親への愛情。親が子を想う気持ち。

 そして、アンナがラーナ様へ近づいた。

「あの、ラーナ様……恐れながら、もう一人のお母さんのように感じました。これくらいしかできませんが……ありがとうございます」

 アンナは大きく、頭を下げた。彼女の感謝を表意する気持ちは、誰よりも大きいのだろう。

 思わず涙腺が緩んだのか、ラーナ様は右手で目の辺りを拭った。

「……2人とも、いなくなってしまった私の子供のようでした。いつまでも、いつまでも……笑顔で旅をしてくださいね」

 そう言ってくれるだけで、来てよかったと思える。本当に。

「ソラ君。あなたは大きな壁に……障害に突き当たることでしょう。それでも自分を見失わず、自分が何をしようとしていたか常に問いかけ、励んでくださいね……」

「ラーナ様……ありがとうございます。肝に銘じておきます」

 こうして、僕たちはシュレジエンを後にした。

 故郷の温もりを思い出させてくれた寒き大地……きっと、僕は忘れることはできないだろう。





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