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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆3部:記憶を求めて
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37章:呪われし血 記憶の断片、太古の主とは

 光の中を漂っていた。僕は目を閉じ、ユートピアへ到着するのを待っていた。光が和らぎ、草原の香りがしてきた。僕はゆっくりと目を開き、辺りを見渡した。目の前には、ミリアとクロノスさんがいた。


「……お帰り」

「おっす、お帰りなさーい」


 2人とも、どこか笑っているように見える。ミリアにいたっては、それが普段の自分なんだろうけど。

「どうだったかな? 久しぶりの故郷は」

「そうですね……知らない間に、いろいろなことが起きていました」

「そうか……」

 クロノスさんは目を閉じ、考え事を始めた。

「あの……聞いてもいいですか?」

「ん?」

 僕は、今回のことでどうしても聞いてみたいことがあった。


「……あなたは何者なんですか?」


「…………」

 クロノスさんは目を開け、僕を見つめていた。紺碧の瞳が、全てを見透かしているようにも感じた。

「あなたは次元を安定させたり、この空間に入れたり、テレパシーを遅れたり、そして……僕の心の中に来たりすることができる。……クロノスさん、あなたは一体、何者なんですか?」

 僕は目をそらさず、問うた。クロノスさんは頭をポリポリとかいた。


「フム、そうだね……私は、君と同じような存在とでも言えようか」


「僕と、同じ存在……?」

「君は、あまりに大きな力を保持するがために、非常に不安定な存在だ。君の持つエレメンタル……『聖魔』。もう知っているとは思うが、『聖魔』は2つの側面を持つ。破壊と創造……君は生まれながらにして、人々から神と恐れられる力を持っているのだ」

「……神の力ってことですか?」

 馬鹿げている――と、昔の僕ならば言っただろう。けど、自分の中の〈あれ〉を目の当たりにした今、それは現実のことなのだと……はっきり言える。

「君たち、人間の言葉を借りればな。……私はそれに似た力を持った、一人の人間だ」

「人間……?」

 正直、怪しいのだが。僕の疑心暗鬼の視線に気が付いたクロノスさんは、小さく苦笑いした。

「おいおい、本当だぞ? 私が昨日のように君の意識の中に入る込むのは、リサもできる技だ」

 リサにも? 一種のテレパシー能力……みたいなもんかな。

「信じてもらえたかな?」

「え? あ……はぁ……」

 僕の曖昧な返事に、クロノスさんはニコッと笑った。なんか、うまく言い逃れられたような気がしなくもないのだが。


 クロノスさんは笑顔を消し、真剣な眼差しで僕を見た。

「さて、重要な話へ変えようか。……リュングヴィについてだ」

 リュングヴィ。クロノスさんはあのまどろんだ意識の中で、僕をおかしくさせる声の主を、そう呼んでいた。

「なんなんですか? リュングヴィって」

「……リュングヴィは、レイディアントでは『破壊神』という伝説が残されている。ティルナノグを滅ぼしたのも、リュングヴィの仕業だとも云われた」

 けど、ラーナ様によると、ティルナノグを滅ぼしたのは最後の天帝だと言っていた。

「そして、リュングヴィは『聖魔の神剣』ティルフィングを携えた、初代教皇アイオーンによって倒されたとされる。しかし、それは後世の人間による作り話だ」


 事実は、こうだ。


 ティルナノグが成立するよりも遥か昔……現代の人々によって〈創世時代〉と呼ばれる時代があった。これは数万年にも及び、その末期には〈神国戦争〉というものが起きていた。何十ヶ国も存在する国々は、それぞれ覇権を狙って争い合っていたのだ。その戦乱は数百年もの間続き、大地は荒れ果てていった。

 そんな中、ある人物が現れる。どこからともなく現れた〈英雄〉は諸国を平定し、世界を支配する巨大国家を築き上げた。



 彼の名は――リュングヴィ――



 彼こそが、古代魔法王朝ティルナノグの開祖なのだ。ティルナノグ皇室は代々リュングヴィの能力を受け継いでおり、常人を遥かに超える〈エレメンタル〉を保持していたのだそうだ。


「建国されて約8000年後、第322代天帝ユリウス=フェムト=ヴェルエスが即位する。今から、約2000年前のことだ」

「……ヴェルエス……」

 ヴェルエスとは、ティルナノグ皇室の家名なのだという。じゃあ……僕はティルナノグ皇室の血を受け継いでいるということか……?

「彼は後継者争いの中、若干7歳で叔父の傀儡天帝として即位した」

 ユリウスはそのためか、権力のために争い合う、肉親に幻滅した。つまり、汚い人間の欲望を知ってしまったのだという。叔父による世界に対しての恐怖政治によって、ティルナノグの上級民族、つまり天空人と呼ばれる者たち以外は、まさに泥をすする生活を強いられていたという。

「ユリウスは地上の民に同情した。同時に、圧政を敷く肉親を恨んだ。自分が天帝なのに、その名を借りて好き放題な悪行を行う。心優しい子供天帝は、クーデターを起こそうとした」

 しかしそれは失敗に終わり、ユリウスは廃位され、地上へ捨てられた。そこで、彼は地上の民から、天帝だったということで今までの怒り、憎しみをぶつけられた。殺されはしなかったものの、彼にとっては想像できないほどの苦しみだったのだろう。

「……その中で、ユリウスは同情していた地上人に対しても、憎悪を抱くようになる。天空人、地上人、つまり世界中の人間を憎むようになり、世界に絶望し、彼は覚醒してしまう。至上天帝リュングヴィの持っていた、聖魔……『破壊』の力――ロキの力を」

「ロキの力……?」

 クロノスさんはユートピアの草原を見渡した。どこか、哀しいものにも見える。

「聖魔の力の中の『破壊』にあたるのが、『ロキの力』なのだ」

 反対に、『創造』に当たるのが『バルドルの力』なのだという。どちらも、ソフィア教典にある神々の一人だ。そこから由来していたのかもしれない。

「……ユリウスはその強大な力をもって、ティルナノグを滅ぼし、地上を焼き尽くした」

 彼の憎悪、受けた痛みは、あらゆるものを塵にしてしまった。天空人、地上人を見境なく虐殺したのだという。


「しかし、ユリウスは自分の弟に倒されることになる」


「自分の弟? 肉親は、殺されたんじゃあ……」

 そう言うと、クロノスさんは小さく顔を振った。

「ユリウスは肉親の内、弟を含めた数人だけは殺さなかった。……それは、彼らに対する愛情があったのだろう」

 ユリウスの弟は兄と仲が良く、共にクーデターを起こした。それが失敗し、2人は一緒に地上へ捨てられていた。弟は何があろうと、兄と一緒に生きていくことを決意し、兄を励まし続けた。いつも傍にいてくれる弟を、兄は信頼していたのだ。

「……弟は、暴虐の限りを尽くす兄を止めようと決心する。たとえ兄であろうと、全てを破壊し尽くすことは許してはならないと思ったのだろう」

 天帝の弟。彼こそが……




「――弟の名は『アイオーン』……初代ソフィア教皇だ」




 彼も兄ユリウスと同じように、聖魔の力を継承していた。世界を護ろうと、生命を助けようとする彼の想いは、『創造』の力である『バルドル』を呼び起こさせる。彼はティルナノグ皇室の宝剣ティルフィングを手に取り、兄であるユリウスと闘った。そして……兄を殺すことにより、闘いは終わった。

「しかし、アイオーンはユリウスを完全に消滅させることはできなかった。ユリウスの中の、強大な力に阻まれてな」

 アイオーンはユリウスの肉体を消滅させることはできたが、その『力』だけは消滅することができなかった。だから、その力をある場所に封印したのだという。


 それを解く鍵こそが、ソフィア教典に載っている『3種の神器』なのだ。


 〈聖剣〉、〈聖杯〉、〈聖玉〉……全てティルナノグ皇室に伝わりし宝物であり、アイオーンはそれらを鍵として仕掛けを施したのだ。

 聖玉は聖剣を覚醒させ、聖杯は特殊なエレメンタルで、その機能を解除するようになっている。それに必要なのが、〈永遠の巫女〉。ティルナノグ時代に造られたエレメンタルを保持する女性たちだ。

「……そして、アイオーンは荒れ果てた大地を歩き、人々を救済した。結果、後世の人々によって初代教皇と呼ばれるようになった。彼の血を受け継ぐ者たちが、今の教皇家なのだ」

 だからこそ、教皇家にはリュングヴィの力が受け継がれているのだ。だが、ここで疑問が一つ浮かぶ。

「……でも、あなたは『あの声』の主のことを、リュングヴィって呼んでいましたよね? リュングヴィは1万年も昔に死んだ……はずです」

 リュングヴィは教皇家・ティルナノグ皇室の祖。1万年前の人間が、どうして僕の中にいるのかがわからない。

 クロノスさんは一息をつき、言った。

「リュングヴィは、お前たち……全ての子孫に息衝いている。自分の力を使うに相応しいのかどうかを見極めるために、な」

「じゃあ、あの時、僕は試されていたってことなのか……」

 僕は自分の胸に手を置いた。あいつの子孫だから、あいつが僕の中にいる。1万年前の、人間の精神が……。思わず、ぞくりとした。


「……お前の中のリュングヴィは、どうやら今までのリュングヴィとはわけが違うようだな」


「えっ?」

 僕は顔を上げた。

「お前の中のリュングヴィは、お前を『破壊』の道へと導こうとしている」

「破壊に……?」

 破壊というからには、どにょりとした暗いイメージがある。それは、ステファンを殺そうとした時の感じに似ている。あれも、あいつが……?

「お前は、どちらの力を求める?」

 唐突に、クロノスさんは言った。

「バルドルとロキ……のどちらかってことですか?」

 そう訊ねると、クロノスさんはうなずいた。

 自分は、空を助けると誓った。そして、世界を救うとも誓った。ならば……

 僕は唾を飲み込み、クロノスさんを見据えた。


「バルドルの……創造の力を望みます」


 まるで、答えを知っていたかのように、クロノスさんは微笑んでいた。

「……ならば、お前はお前自身の力で、心中の闇であるリュングヴィを打ち倒さねばならない。それの難しさがわかるか?」

 そんなの……体験したことも、それを体験した人から話を聞いたこともないから、わかりっこない。しかし、僕はあいつに抗えなかった。いや、抗っているのに、敵わなかった。

「世界を救う……それだけを考えていた最後の天帝ユリウスでさえ、人の闇に触れ、絶望し、ロキを呼び起こした。お前の場合は、最初から天秤が『破壊』の方に傾いてしまっている状態だ。それを、反対側にするには強靭な精神、つまり強い意思を持たなければならない。……幼馴染を前にして、リュングヴィの誘いに容易に乗ってしまった今のお前では、到底無理な話だ」

「!!! ち、違う! あれは僕じゃない! あれは……」

 僕はすぐさま反論した。あれは僕じゃない。だって、あの時はあいつが……僕の体を……!!

 だが、クロノスさんはそんな僕を睨むようにして、言い放った。

「言い訳をするな。お前が彼女を襲ったのは事実だ。そして、それはお前の心の奥底にある、小さな欲望だったのだ」

「よ、欲望!? 違う! 僕は……僕は!!」

「いいか? お前の中のリュングヴィは、お前がちょっとでも負の感情、あるいは穢れた欲望を持つと、容赦なく襲い掛かる。お前を、破壊の道に歩ませようと」

 クロノスさんは僕の言葉を遮り、言った。そして、彼は天を仰いだ。

「……お前は、望まずに選ばれた者だ。だが、選ばれたからには……真実を知ったからには、やってもらわなければならない。それはお前のためでもあり、お前が救おうとしている彼女のためでもある。そして、最終的にインドラの計画を阻止することに繋がるのだ。それを、忘れるな」

「…………」

「最初から不利な状況に立たされているお前は、これからいろいろな苦難に出会うだろう。だが、それこそがお前の選んだ道のはずだ」

 僕は体が震えた。怖いのではない。怖いわけではないが、なぜか体が震えた。理由は、本当にわからなかった。


「僕は……そうだ」


 真実を知って、何をしたいのかを悟ったんだ。それが自分の選んだ道。だからこそ、自分はバルドルの力を得ようと思った。

 リュングヴィに踊らされて、ああなってしまったのは自分に原因がある。


 ステファンを殺したいほど憎んだ。

 海に対して……歪んだ感情を抱いた。知ってか知らずか、それは自分のせいだ。


「……彼女を……空を救うために、そして世界を助けるために……がんばります」

 そこまで言ったところで、僕は思わず苦笑した。

「な、なんか、がんばりますって言うと、どうも緊張感にかけるような気がしますね」

「ハハ、そうだな。ならば、全力を尽くします、というのはどうだ?」

 クロノスさんは僕と同じように、小さく笑っていた。

「じゃ、じゃあ……全力を尽くします」

 そう言うと、クロノスさんはこくりとうなずき、指を上空にかざした。

「では、戻りなさい。レイディアントへ」

「……はい!」

 と返事をした時、クロノスさんが指を鳴らした。

「おっと、その前に君の服装を元に戻さないとな。忘れるところだった」

 クロノスさんが指先をチラつかせると、一瞬光が放たれ、僕の服装が変わった。簡単に言えば、魔法みたいなものか?


「ところで、あんたはこれからどーすんの?」

 ミリアが言った。どうやら、僕たちの話が終わるまで、何も言わずに待っててくれたらしい。

「そうだな……聖都に行くよ」

「? どして?」

 ミリアは頭をかしげた。その顔が、なんとも愛らしかった。さすが妖精と言うべきか。

「……どうやら、僕は教皇家に関係する人間のようなんだ。聖都に行けば、僕自身のこともわかるだろうし。それに、インドラのことについて、教皇とお話をしたいしさ」

「ふ〜ん、考えてんだね」

「……お前の第一印象は、考えてないってことらしいな」

「だって正直な感想だもーん」

 悪さをした後、逃げようとする子供みたいに彼女は笑った。なるほどな、妖精ってのは笑顔が一番似合う。

「……クロノスさん、お願いします」

「承知した」

 再び、クロノスさんは空に手をかざした。今度は、赤い渦だ。あそこが、レイディアントへ繋がっている。

 僕は青の渦へ飛び込んだ時のように、集中して跳躍をした。やはり、同じように数メートルジャンプした。そして、赤い渦に入って行った。






「……ソラ、ソラ……」

 この声は……

 僕は目を静かに開けた。そこには、見覚えのある顔ぶれが揃っていた。

「アンナ、ヴァルバ……リサまで」

「よかった! 目を覚ましたんですね!」

 僕はシュレジエン王宮の寝室にいた。3人の他に、アレンに……なんと、海賊のレンドまでいた!(覚えてます?)


「レ、レンド!? レンドじゃないか!!」


 僕は飛び上がった。レンドに会うのは、何ヶ月ぶりだろう! ミレトスから海上都市ランディアナへ連れて行ってくれた、自称海賊の義賊。

「よ、久しぶり。リサに頼まれてな。シュレジエンまで送ってやったんだ」

 レンドは相変わらずの格好だった。短パンに半袖シャツ。こんな寒いシュレジエンなのに、何も感じないのだろうか? まぁ、神経が図太いかもしんないけど。

 リサは「やほー」と手を挙げ、僕に微笑みかけた。

「ソラ。どうやら、いろいろあったようね」

 不敵な笑みを浮かべる彼女に、僕はため息を漏らした。

「リサ……お前、初めっから知ってたな?」

「さぁ? どうかしら」

「……食えない女だよ、ホント」

 リサはニヤニヤしていた。しかし、そんなことはどうでもいい。

「それで? ソラ、お前はこれからどうしたいんだ?」

 ヴァルバはもう元気そうで、しっかりとした姿勢で立っていた。

 次の目的地。決まってるさ。

「これから、聖都へ向かおう。教皇に会って、インドラへの対抗策を考えるんだ」

「聖都か……そういえば、一ヶ月前に開国したようだぜ?」

 レンドが言った。

「そうか……内乱の処理で、入国禁止状態だったからな」

 数年前のクーデターで、反乱分子がどーのこーの言ってたっけ。

「じゃあ、ちょうどいいじゃん」

「相変わらず、リサは適当だこと」

 ヴァルバは大きくため息をした。

「まーたそんなことを言う。リサに殺されるぞ?」

 僕がそう冷やかすと、ヴァルバは苦笑いをした。もちろん、リサは恐ろしさを含んだ笑顔を見せていた。

「次は……聖都ですね。どうやって行くんですか?」

 アンナが訊ねた。

「そこは、俺に任せとけ」

 レンドが自分の胸をドンッと叩いた。

「俺の船がありゃ、どこでも行けるぜ!」

「レンドの船か……ハハ、ちょうどいいや。船賃もかからないし」

 ヴァルバは大声で笑いながら言った。

「言っとくけどな、ちゃんと料金はいただくぜ!? お前ら、ルテティア国王から金をもらったんだろ?」

 レンドは鋭い眼光で、ヴァルバを見た。手には、お金のマークが。

「うっ……なんでそれを……」

「ヴァルバ、俺様の耳をなめんなよぉ? これでも情報には敏感な海賊なんだからよ」

「……レンドって義賊だろ?」

「ソラ! 何度言ったらわかる! 俺らはか・い・ぞ・く!!」

 あまりにも強い気迫で僕に言ったので、思わず目をそらしてしまった。

「と、とにかく……次の目的地は聖都ソフィア!」

 うっしゃぁ! と叫ぶと、リサが僕の頭をはたく。

「いちいちうるさいんだよ!」

「お、お前に言われたくねぇっての!」

「何ぃぃ〜!?」

 と、彼女は僕の眉間にジャブをお見舞いした。

「何すんだ! この乱暴鬼娘!!」

「な、なんですってぇ!?」

「こらこら、やめろって!」

 襲いかかろうとするリサを、ヴァルバが制止させる。

「リサ、いちおうソラはケガ人なわけだし、勘弁しろって」

「一回くらい骨折ったって死にやしないわよ!」

「ふん、悪口の一つや二つで怒るとは、短気な女だな。そんなんじゃ、嫁にも行けれねぇっつの」

 と、動けないリサをいいことに言ってみると、ヴァルバを上空へ吹き飛ばし、リサが襲いかかって来た!


「うらあぁぁ!!」


 彼女の空中回転蹴りが、僕の側頭部に命中。僕はパタリと沈んだ。

「ソ、ソラさん!? ソラさん、ソラさん!」

 アンナが必死に僕を呼ぶが……ダメだ、ひよこさんが空中で踊っている。

「へへん、私の悪口を言うからこうなるのよ!」

 くそ……リサが偉そうに腕を組み、ふんぞり返っている姿が目に浮かぶ。

 くそ〜……覚えてろ!















 ――――その頃、とある暗い宮殿。イスに座っているある男のもとに、一人の男性が近づいて来た。


「……なんだ、あんたか」


 イスに座っている男は、ため息交じりに言った。ろうそくの灯りだけで照らされる宮殿の中で、彼は何かを執筆していた。

「久しぶりだな、ユグドラシル。いつ以来だ?」

 その男は、小さく微笑んでいた。ユグドラシルと言われた男は、その質問には答えず、ため息を漏らした。

「……用件を聞こうか?」

 すると、男はフッと笑った。

「状況は?」

 男はユグドラシルの傍を通りすぎ、柱の近くで立ち止まった。

「万事、うまく進んでいる」

「計画通り、ということか……」

 クククと、男は笑う。

「まだ、魔力は蓄積されていないのか?」

「……巫女のことか?」

「それ以外にないだろーよ」

 当たり前のことなのにと思いつつ、男は苦笑した。

「……まだだ」

 しばしの沈黙。男は天井を見上げた。

「時間は十分に取ったはず。……時間がかかりすぎやしないか?」

 ユグドラシルは何も答えず、執筆を続けていた。

「情が沸いた、なんてことはないだろうな?」

 男は腕組みをし、柱に背中をかけた。それと同時に、綴り続けていたユグドラシルの筆が止まった。

「……お前には関係のないことだ」

「ハハ、つれない奴だな」

 やれやれと思いながら、男は頭をかいた。

「……リオン、お前は最近一人行動が多いようだが……何のつもりだ?」

「一人行動? 何のことだよ?」

 と、男は手を広げて言った。

「あくまで、しらけるつもりか?」

「しらけるも何も、俺は何もしてないぜ?」

 男はクックックと笑った。それが逆に怪しいのと同時に、この男はいつもこうだと、半ば諦めているユグドラシルだった。

「なら、いい」

 ユグドラシルは、再び執筆を開始した。

「ところで、他の奴らは?」

 男は辺りを見渡した。この場にいるのは、二人しかいない。

「……シュヴァルツは皇帝の監視。バルバロッサは、遺跡の探索に当たっている。ホリンとミランダは、監視に向かわせた」

「奴のか?」

「ああ」

 ユグドラシルはうなずいた。「ふーん」と納得し、男は天井を見上げた。

「さすがのお前も、危険視してきたってことか」

 男は小さく笑った。

「まがりなりにも、『聖魔の力』を持つ人間だ。覚醒していないとはいえ、リリーナと同じくらい危険度は高い。……念のため、派遣した」

「監視ねぇ……。あいつらで、大丈夫なのか? 所詮、印を持たない奴には手に負えない」

「さぁな……。まぁ、そこのところは運もあるだろうがな」

 仲間のことなのに、負けると思っていて派遣した。男は、そんなユグドラシルの考えに対し、笑みを零した。

「ククク……お前にしてはいつになく、高く評価しているな」

「…………」

 さすが『あいつ』と思いながら、男はフーと息を吐いた。


「それと、もう一つ」


 男は、ゆっくりと辺りを歩き出した。

「――クロノス。奴が動き出しているようだ」

 さっきまでの軽い感じとは違い、男は真剣な面持ちで言った。

「クロノス……ズルワーンか」

 ユグドラシルは筆を止めた。

「ふむ………」

 彼は筆を置き、イスの背もたれに背中をかけ、大きくため息を漏らした。

「滅びゆくこの世界を傍観するのだと思っていたが……なるほど、そうするつもりは最初からなかったということか」

 やれやれ、と顔を振る。

「どうする? さすがに、奴が絡むと少々厄介だが」

「放っておけ。どうせ、あいつは時の呪縛に抗えず、現実世界にほとんど干渉できない。脅威に感じることでもないだろう」

「ま、たしかにな。……ただ、クロノスがあいつらに要らぬ知恵をやるとなると……それだけで脅威に俺は思えるけどな」

「要らぬ知恵、か。そうだな。奴はこの世界の真理を知っている、数少ない存在。それが、やつの覚醒を手助けさせるとなると………」

 奴め……結局、『両方』に手を貸すということか。

 ユグドラシルは灯りの行き届かない宮殿の深部を睨んだ。

「……蒼空の巫女が覚醒すれば、聖杯は完成する。そうなれば、ズルワーンなぞ恐ろしくはない。……奴も、到底辿り着けない」

 男はそう言いながら、ユグドラシルの傍に行った。そして、彼の耳元で呟いた。





「――日向空。あの女を早く殺せ」





 その声は、少し触れただけで斬れるような……刃物を思わせた。

「……わかっている。長らく魔道刺激のない環境で暮らしていたため、覚醒が遅れているんだ」

「ならいいがな。俺はクロノスとリリーナを観察してくる。……巫女や奴のことは任せたぞ」

 男はそう言うと、足もとに出現させた魔方陣の中に入って消えて行った。そう、リサが使ったのと同じ、空間転移の魔法である。

 ユグドラシルは見向きもせず、小さく息を吐いた。



「……闇夜の鐘は近いな……」



 彼は天井を見上げた。

「………………」

 ユグドラシルは顔をテーブルの方向に戻し、再び筆を動かし始めた。暗がりの宮殿で、一人で何かを書き続けていた。











第3部「記憶の空」……Fin


第4部へ続く




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