36章:狂った希望 羨望という名の執着「1」
あまり長いこといられないのだが、せっかく戻ってきたんだ。もう少し、故郷を味わいたいと思った。とは言っても、行方不明になっている僕が辺りをうろちょろするのはダメだろう。巷では、未だに僕は空をどこかに連れ去ったんではないかって言われているらしいし。
さてと、どうしようか。ちゃんと和樹たちに挨拶もしておきたいんだけど、明るい中、彼らに会いに行くわけにもいかないしな……。
「じゃあ、帰り道に待ち伏せしとくってのはどう?」
「待ち伏せ?」
自宅。今日は学校のある日なのだが、海はサボったらしい。せっかく僕が帰ってきたんだから、一日くらいサボったってどうってことはない……らしい。まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしいけど。
「だから、外に出るわけにはいかないだろ? 僕は〈いないこと〉になってんだから」
「たしかにそうだけど、会わないまま帰るわけにもいかないでしょ?」
まぁ……そりゃそうだ。あいつらに会いたいってのは正直な気持ちだ。
「……でもなぁ……」
「それに、ちょっと変装していれば大丈夫だって」
海はそう言って微笑んだ。
「……変装って、どういう?」
「例えば、サングラスとか」
「……ありがちにもほどがあるな」
「じゃあ、付けひげ」
「…………」
彼女が言うものは、全てありがちなものだった。まぁ、ありがちなものでないと、ばれてしまいそうだが。
「もう……じゃあどうするのよ?」
何でも否定するので、海は呆れ顔になっていた。
「携帯で呼び出すとか」
「空の携帯、もう止められてるよ」
「……なんでだよ?」
「そりゃ、いもしない人の携帯料金払うなんてのは馬鹿らしいからでしょ」
「…………」
納得です。
「私の携帯には、進藤さんや小山内さんのは登録されていないし……」
「まぁ、そうだな。……ん? そうだ、修哉のは登録されてるんだろ?」
そうだ。修哉がいれば、みんなに連絡をつけることはできる。あいつと僕の友達ってのは、ほとんどが共通なのだ。
「あいつに頼んで、和樹たちを呼び出してもらえば……」
その時、僕はハッとした。海の表情には、さっきまでの明るさの一欠片もなかった。
「……空、まだ知らなかったんだね」
「……何を?」
僕は首をかしげた。あまりいい予感はしない。
「修哉くん……のことなんだけど」
あからさまに、海は僕と視線を合わせようとしなかった。挙動不審に、彼女の瞳が動きまわる。
「……修哉が、どうかしたのか?」
数秒間、空白があってから海はうなずいた。
「……実は、修哉くん……行方不明なの」
「行方……不明?」
海の話では、3ヶ月前から姿が見えないのだという。
「どうして、あいつが……?」
彼女は首を振った。
「わからない。……でも、3ヶ月前……ある事件があったの」
「…………?」
口にはあまり出したくない。俯いている彼女の姿がそう言っている。
「……3ヶ月前、修哉くんの家があるマンションが火事になったの」
3ヶ月前……僕が旅立ってからちょうど2ヶ月くらい経ったある日、修哉の家が火事に襲われた。あいつの自宅があったマンションの3階部分は、ほとんどが焼失してしまったほどであったらしい。
「……修哉くんの家からは、3人の遺体が発見された。修哉くんのお父さんとお母さん……そして、妹の咲希ちゃん……」
咲希ちゃんまで……!
「……修哉はそこにいなかったのか?」
そう訊ねると、彼女はうなずいた。
「……最悪だ。火事で死んぢまうなんて……」
僕は頭を抱えた。修哉の大切な家族が、一気にいなくなるだなんて……。
「警察が言うには、死因は火事じゃないらしいよ」
「えっ?」
海は心痛な面持ちで言い始めた。……3人とも直接の死因は、刃物のようなもので切り付けられたことによる出血死……らしい。それも、包丁とかのようなものではなく、もっと大きな……そう、日本刀のようなもの。父親は首をはねられていた……。
「……な……んだよ、それ……いったい、何がどうなって……」
僕はハッとした。そうか……わかった。修哉は、事件の首謀者だと思われているんだ。あいつ以外の家族が死んで、自宅は火事になり、あいつ自身は行方不明……。警察はあいつが犯人だと断定しているに違いない。誘拐するにしたって、修哉ではなく咲希ちゃんにするのが妥当だ。そう考えたら、修哉が犯人であると断言しても過言ではない。
「……警察は、修哉くんが犯人だって思ってる。でも、修哉くんはいない……誰にも何も言わず、どこかに……」
海は顔を俯かせた。あいつが行方不明で、犯人扱いされている。……到底、信じられない話だった。なぜなら、理由がある。
「……何が理由にせよ、修哉が殺したとは思えないな」
「え?」
「あいつは、誰よりも咲希ちゃんのことを大切にしていた。それだけははっきりと言える」
幼い頃、あいつの両親が再婚して間もない時に、咲希ちゃんが高熱を出した。両親は仕事で家にいないため、修哉は学校を休んで義理の妹である咲希ちゃんの介護をした。あいつは渋々したわけではない。本当に咲希ちゃんのことを大切に思ってしていたんだ。
妹ができた時、最初に僕に言った言葉を思い出した。
「妹ってのはいいな。……すげぇ大切に思える」
屈託のない笑顔で、小学生の彼は言った。だからこそ、断言できる。咲希ちゃんを殺したのは……修哉ではない。
咲希ちゃんにだけは、逆らえなかったもんな。
……けど、それと同時に思い出したことがある。それは、中学3年生くらいの頃のことだ。学校からの帰り道、僕と修哉は懐かしの公園のブランコに座っていた。
「……なぁ、空」
「ん〜?」
僕は途中のコンビニで買ったアイスを舐めながらブランコの先にある砂場を眺めていた。あの時はまだ、その砂場で空と出逢ったことなど思い出していなかった。何の気なしに、そこを見つめていた。
「……もしも、俺たちが歩んでいる人生ってのが何かに予め定められていたものだとしたら……どうする?」
「……なんだよ? いきなり」
「もしも、俺自身が選びたいと思った道が、誰かによって強制的に選ばせられたものだとしたら……」
彼は僕とは違い、ブランコに座って真下の地面を見つめていた。
「……修哉、難しいことは考えない方がいいよ。そうやって考えすぎると、憂鬱になる」
すると、修哉はフッと笑った。
「……お前らしいよ。お前は、そもそもそんなものを信じないんだったな」
顔を上げて、彼は右方向にある滑り台を見つめた。
「信じる、信じないじゃなくて……なんつーか、考えてもしょうがないことじゃねぇの? いくら考えたって、答えなんてのは見つかりっこないんだから」
「………………」
修哉は茜空を見上げた。カラスの群れが、鳴きながら飛んでいる。
「……俺は誰かに……何かに敷かれている道を行きたくはない。俺の意志はどうなる? 俺が決意した想いがどこに行くってんだ?」
唇を噛みしめながら、修哉は茜空を睨んでいた。
「……修哉、どうしたんだ? 何か……あったのか?」
あの時、修哉はいつもと様子が違っていた。
「……昨日、親父たちとケンカになったんだよ」
「……なるほど、そのケガはそのときの……」
その日、学校で会ってからずっと気になっていたことだ。修哉の右ほほには、殴られたような傷があったのだ。
「親父は、俺を完璧な存在にしたいんだよ」
それを聞いて、僕は小さくため息を漏らした。
「完璧、か。それは、孤独と同じに過ぎないと思うけどな……」
「……俺もそう思うよ。俺にとって大事なのは、お前や……空ちゃん、海ちゃんと過ごしていくことだ。それこそが大事だと思ってる。そこを……親父は理解できていない」
「……親父さんも、お前のことを想ってしているんだよ。たとえすれ違ったとしても、それこそがお前のためになると……親父さんは本気で思ってんのかもよ?」
すると、修哉は偽りの笑顔を作り、「あり得ない」と呟いた。
「親父にとって、俺はチェスの駒。俺の全てを支配し、将来の行く末の決定権を持っていると驕っている。そう、〈もの〉としか思っていないんだ。……そんな親父に、俺に対する愛情なんてのは一切ないんだよ……」
修哉はきっぱりと言い切った。
「……でも、おふくろさんはそうじゃないんじゃないのか?」
「……おふくろ、ね、…。あの人の方が憐れだよ。親父の言いなり。親父の操り人形。親父に逆らうことのできない母親。……見ていて、滑稽さ」
「……修哉……」
修哉は小さく嘲笑い、立ち上がった。
「俺は……お前たちがいればそれでいい。ただ……それだけでいいんだ……」
修哉の、最初で最後の弱音を吐いた時のようだった。これ以前に、彼が僕に何かを相談するようなことはなかったし、これ以降もなかった。
あいつが両親に対して複雑な感情を抱いていると知ったのは、この時だった。あまり、仲がいいとは思えなかった。だから、あいつはあんまり自宅に他人を入れたがらないのかもしれない。僕が行った時はいつだって、両親が外出している時だった。見たことがあるのは、いつも家事をしていた妹の咲希ちゃんだけだったもんな……。
「空? どうしたの?」
「……ん? なんでも、ないよ」
両親のことなら……あいつは、もしかしたら……。
「……修哉は……いないのならしょうがない。さて、どうやって和樹たちに会うかな」
もう、修哉の話をしていてもしょうがない。あいつに会いたかったけど、無理なようだ。……きっと、あいつはどこかで生きている。何か考えがあって、行方をくらましてんだ。……僕はそう、自分に言い聞かせた。
一番の親友、修哉。あいつには……会いたかった。
「だから、変装すればいいじゃない」
「またそれかよ……」
「だって、他に手がないでしょ?」
「……………」
つーことで、彼女の作戦に従うことにした。考えぬいた揚句、これしか方法が無かった。何も言わずに帰るのは、僕としては嫌なのだ。なんとしても、彼らに会って一言言いたい。
「私もついて行っていい?」
「……ああ」
たぶん、その方がいい。何せ、中途半端な変装をしてんだ。一人でいては怪しまれる。まぁ、誰かを連れていても怪しまれそうではあるが、一人だと不安になりそうなのだ。……この町で育ったのに、不安だなんておかしな話だけどな……。
たしか、啓太郎、美香は部活をしていなかったはず。和樹はバスケ部のため、遅れて出てくるかもしれない。とはいえ、他の二人はたぶん、下校する時間はほぼ同じだ。
僕と海は下校時間に、彼らの帰りを待ち伏せした。
下校時間になると、多くの生徒がぞろぞろと歩いて来る。こんだけ部活していない人がいたっけな……と思うほどだった。
「そう言えば、今週はテスト週間だった。部活も何もないんだよね」
テスト週間……そっか、この季節だもんな。中間テストが始まる……くらいだな。
「そういや、お前は勉強しなくて大丈夫なのか?」
「私? ……あのね、私を誰だと思ってんの? 私は学年トップ10に入れるほどの実力ってのを知ってるくせに」
「そーでしたね。あーすごいすごい」
「何よ、その適当な言い方は!」
空色の瞳が僕を睨みつけた。
「べっつに〜」
「この……馬鹿空!!」
バチンと、海は僕の頭を叩いた。
「いってぇ! お前、付けひげが取れるだろうが!」
「うっさい!!」
フン、と海はそっぽを向いた。こいつのせいで、変装のためのサングラスと付けひげがグラグラしちゃいましたよ。
「ったく、相変わらずの乱暴女だな」
「空が変なこと言わなければ、私だって乱暴なことしないわよ」
「ヘイヘイ。あっちにも、お前みたいに乱暴狼藉を働く女がいるよ……まったく」
リサのことを思い出し、なんだか笑ってしまいそうだった。んなこと言ったら「うらぁ!!」……と、後ろ回し蹴りが来そうだ。
「あっ……海ちゃんじゃない」
とその時、誰かが海を呼んだ。その声に、聞き覚えがあった。
「小山内さん!」
それは、美香だった。こんなにも早く現れるとは思わなかったので、僕は咄嗟に顔を隠した。
「あれ? 今日学校は?」
美香はこっちに向かって来た。
「えっと……実は、サボっちゃいまして」
と、海は苦笑した。
「珍しいこともあるんだね。けど、サボったのにどうしてここに来てるの?」
「……あ、あの……実は、ちょっと小山内さんに用事があって……」
なんか……不安だ。しどろもどろだと、怪しまれると思うし……。
「私に用事?」
美香は首をかしげた。
「えっと……ちょっと、ねぇ!」
すると、海が僕を手招きし始めた。目から「こっちに来なさいよ!」という言葉が伝わってくる。
(んだよ……まったく……)
僕は咳をして喉を整え、彼女の隣に立った。
「……? 誰?」
「あの……実は、今日……小山内さんに、この人を会わしたくて……」
疑問点だけが美香の頭の上に上っていた。あからさまな疑いの目が痛い……。まぁ、当然と言えば当然なのだが……。
「あの……どちらさまでしょうか?」
「…………」
うーん、いざとなると何を言えばいいんでしょうね。僕は腕を組んでい唸っていると、そんな僕を見ていた海が頭を叩いた。
「何黙りこくってるの!?」
「いっ……てぇな! さっきから何度も叩くんじゃねぇよ!」
「なんも言わないからでしょ!?」
「ちったぁ考えさせろ!」
「十分考えたじゃない!」
「実際に会うと何言えばいいのかこんがらがるんだよ!」
「いくじなし!」
僕と海はギャーギャーわめき始めた。と、誰かが僕の肩をつつく。
「なんだよ!?」
僕はくるっと後ろに振り向いた。
「…………空?」
「………………」
目の前に美香が立っていた。あれ? なんで?
「……空、下」
海に言われたとおり下を見た。僕はサングラスと付けひげが取れていたことに気が付いた。叩かれた衝撃で外れてしまったんだ。
「…………ん?」
僕は辺りを見回した。
「あの……何がどうなってるの?」
美香は未だに状況が把握し切れていないようだ。僕たちはファミレスに行き、そこで全部話すことにしたのだ。
「空……だよね?」
「当たり前じゃないか。目の前にいんのに、わかんないのか?」
「いや……なんて言うか、信じられなくて……」
……無理もないか。
「ところで、和樹たちは?」
「さっき、電話しておいた。こっちに向かってるはずだけど……」
美香はきょろきょろと見渡し始めた。すると、出口の方を見た瞬間、何かに気が付いたようだ。
「進藤、啓」
「お〜っす。つか、どうしたんだよ?」
久しぶりの和樹。いやぁ、相変わらずですな。僕は彼らの方に向かず、とりあえず気付かれるまで何も言わないことにした。
「あれ? 日向さんじゃない。珍しいね」
「こんにちは、萩原さん」
久しぶりの啓太郎。そう言えば、萩原って苗字だったな。
「……あり? あんた、誰っすか?」
後ろ姿の僕を見て、和樹が言った。
「二人とも、とりあえずこっちに座って」
と、美香がご親切に言ってくれた。
「…………??」
二人は顔を合わせ、首をかしげた。そして、僕と面と向かうように美香の隣に座った。
「……ん?」
「あれ……」
僕の顔を見て、二人の表情は固まった。その顔が、めちゃくちゃ面白かった。
「……んん!?」
和樹は目をこすり始めた。我が目を疑ってるんでしょう。
「えっと……えぇっと……」
この時ばかりは、冷静な啓太郎でさえ目を点にしていた。
「……まさか……」
「もしかして……」
二人は顔を前に出して僕を見つめた。そんなに強く見られると、照れちゃうな。
「……空ぁ!?!?!?」
「んじゃ、そろそろ説明してよね」
驚く二人を見届けた美香はそう言った。
「……とまぁ、そんなわけでここに戻って来たってこと」
「……………」
しばらくの間、3人は開いた口が塞がらない状態だった。
「……空が言ってることは、全部本当です。お姉ちゃんが何者かにさらわれる時、私もそこにいたから……」
海はしっかりとした口調で言った。シュヴァルツに襲われたこと、ひどく怯えていたのに……今は、それをちゃんと言えるんだな。
「……ホントに、そんな世界が存在するのかよ……」
和樹は小さな声で言った。
「……まぁ、信じろって言ったって難儀な話だろうな。現実離れしすぎてるもんよ、実際問題」
自分で言うのもおかしな話だが。
「……信じる信じないは置いておいてさ、」
啓太郎が言った。
「こうして無事に空は帰ってきたんだ。……それを、素直に喜ぼうよ」
啓太郎は美香と和樹を見渡し、微笑みながら続けた。
「お帰り、空。また会えるって、信じてたよ」
啓太郎はニコッと微笑んだ。僕もそれにつられて、微笑んだ。
「……だな。お帰り、空」
「お帰りなさい……空」
「………うん、ありがとう」
3人の微笑みを見れば、ああ……帰って来てよかったなって思える。こここそが、自分の故郷なのだと。たとえ、自分がこの世界の人間ではないとしても。
「それにしても……なんか、お前変わったな」
「……ん?」
和樹は一息をついて言った。
「うん……変わった」
「たしかに、そう思うよ」
美香と啓太郎もうなずいた。
「変わったって言っても、髪型くらいだろ?」
今の僕はミディアムくらいだ。ヴァルバとかに定期的に切ってもらっているのだが、いつの間にか肩に届きそうなくらいだ。
「そりゃそうだけど……なんつーか、根本的な雰囲気はそのまんまなんだけど……」
「どこか、芯が固くなったって言うか……しっかりしたって言うのかな」
「たぶん、責任感が強くなったんだね」
美香は頬杖を突きながら言った。
「責任感ねぇ……」
自分としてはあんまり変わったつもりはない。とりあえず、自分にできることはしようとしているだけだし……。
「……なんにせよ、お前が無事に生きてくれていてよかった。どっかでのたれ死んじゃってんのかと思ったよ」
和樹は冗談交じりに言った。
「ハハ……まぁ、実際に死にかけたけどな」
どっかの誰かさんのおかげで、太陽光線で焼け死ぬところだった。
その頃、シュレジエンのジニー王宮。
「へぶしっ!」
ヴァルバはベッドの上で、横になっていた。
「……ん〜……風邪かな?」
と、彼は大あくびをして、布団の中にもぐりこんだ。
「おいおい、冗談も休み休みに言えよ」
さすがの和樹も、苦笑していた。
「……ホントだよ。ほれ」
僕は服を少しだけ脱ぎ、以前ホリンにやられた肩から腰辺りまでの傷を見せた。
「ちょっ……マジかよ……」
「よく、死ななかったね……」
男二人はともかく、女二人にまじまじと眺められるとだんだん恥ずかしくなってきてしまった。つか、自分で脱いだんだから自業自得だ。
「……空は、よく逃げようと思わなかったね」
美香はちょっと心配そうな顔だった。
「んー……まぁ、空を救うためだ。ちょっと死にかけたからって、逃げだすようなことはしたくないんだ。全てを捨てようとしてまで決意した心を、無くすようなことはしたくなかったしさ」
途中で投げ出して逃げようとすれば……想い出に逃げ込めば、必死に手に入れた〈決意の心〉を失ってしまいそうだ。
「それに……」
「それに?」
海が言った。
「……大切な仲間がいる。それだけで、僕はあそこで生きていられたような気がする。きっと、笑顔でやっていけるしさ」
「…………」
「……な、なんだよ?」
なんか、目をパチクリさせながらみんなは僕を見つめる。
「いやぁ、やっぱ変わったんだな、お前って」
「またそれかよ……」
僕はため息をついた。
「くっさ〜いセリフはくようになりやがって」
和樹の僕をからかう癖は、相変わらずなようだ。
「ヘイヘイ、言ってろ……ったく」
僕は大きくため息を漏らし、窓の外に視線を向けた。
「そういえば、いつまでこっちにいられるの?」
「……明日には帰るよ」
そう言った瞬間、みんなの顔が止まったような気がした。
「ゆっくりしていられないってことなの?」
美香の言葉に、僕はうなずいた。
「あんまり、こちらの世界にいられる時間はないんだ」
「……なるほど、な」
和樹は腕組をしたまま外を眺めた。
「……お前は、お前がしようとしたことをするだけなんだな」
「……ああ」
「まっ、好きにするといいさ。俺たちは、お前の帰りを待ってるからさ」
和樹は微笑んだ。
「だろ?」
すると、他の二人も微笑みながらうなずいた。
そう、この笑顔があるから僕はここが〈故郷〉だと思うんだよ……。
「俺たちはお前を信じてる。だから、心配なんてしないさ」
出逢えてよかった。そんな言葉が、心の底から想いとなって現れた。