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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆3部:記憶を求めて
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33章:妖精の森 雪舞う陽炎の果てで


 ヴァルバが目を覚ます頃には、すでに熱などは引いていた。。どうやら、薬がよく効いたようだ。とはいえ、念のため安静にしておこうということで、ヴァルバは後宮内に缶詰め状態にされた。

 僕たちは、後から来ると言っていたリサが到着するまで、王宮にいることとなった。

 ラーナ様は、お話をした後は僕とアンナにいろいろな場所を案内してくれた。王宮の奥にある、室内庭園や、ジニー名物の食べ物を売っている店に連れて行ってくれたりしてくれた。そこには蟹……だろうか。あるいは貝などの魚介類が並べられていた。中には、牛乳から生成された思われる甘いお菓子。ヨーグルトに近いが、子供には堪らない甘さだった。アンナが大喜びしたのは、言うまでもない。

 ここ数日、雪はあまり降らない。シュレジエンでは9月の半ばに入ると、一週間の内、3,4日くらい降るらしく、10月に入るとほぼ毎日降るのだという。しかし、ルヴィアに到着したと時の吹雪は、シュレジエンでもあまり起こらないほどの大雪だったらしい。原因は不明。北の大陸から、巨大な寒波が来たんじゃないかという話もあったが、下町では『妖精たちが悪さをしたんだろう』というのがもっぱらの噂だ。


 ラーナ様が言うにはこのリーフ島の北、つまり年中雪が降る地域に、『妖精の森』と呼ばれる森があるらしく、そこにはティルナノグ時代以前からいたとされる妖精が住んでいるという。そして、その妖精は基本属性である火・水・風・地・雷の5つのエレメンタルを司るという伝承がある。そこの水を司る妖精が、人間に悪戯してやろうとして、吹雪を起こしたのではないかというのだ。

 大昔からこの世界では、自然災害は属性を司る精霊や妖精の仕業だと考えられていた。ガイアでも、技術が進歩するまでは同じように考えていたのだと思う。災害を食い止めるために、生贄の儀式を行ったりしていた。あるいは、神様の怒りだとも云われていたそうだ。

 妖精とか、精霊とか、そういった類のものは信じないタイプだ。だって、そんな生き物がいるわけないじゃないか。そのことをラーナ様に言ってみると、予想とは違う答えが返ってきた。


「いますよ、妖精は」


 テーブルを囲っていすに座り、紅茶をすする。簡単に言えば、午後の紅茶ってか。

「いるわけないじゃないですか」

 僕は疑心に満ちた視線を送った。ラーナ様はクスクスと笑い出した。

「だって、私は見たことあるのよ?」

「いやいや、んなのただの見間違いですって」

 僕は紅茶を一口、運んだ。ほんのりとレモンの味がする。

「けど、私の村にも見たって言っていた人がいましたよ」

 アンナはクッキーをほお張りながら言った。ちょこちょこと少しずつ食べる様は、愛くるしい彼女の姿も相まって、失礼だがリスのように見えてしまった。

「だからさ、見間違いなんだって。ありえないよ、精霊や妖精なんかがいるなんてさ」

「ソラ君の世界にはいなかったのよね?」

「ええ。百年も昔までは、人々はこの世界と同じでそういった類のものを信じていましたけど、現代は世界が知り尽くされていますから」

「けど、この世界はまだ探索されきっていないわよ?」

「そうでしょうけど……この世界と分岐した世界にいないんだったら、この世界にもいないでしょーし」

「でも、魔法があるわよ」

 と、ラーナ様は微笑む。

「……あぁ、そんなものが……」

 すっかり忘れていた。ホリンと仮面男がバンバン使ってたんで、ちょっと見慣れてしまっていたのかも。

「ソラ君の世界にはない、魔法というものがあるのよ? 妖精がいたっておかしくないんじゃないかしら」

「……うーん……」

 僕は腕組みをして唸った。

 そう言われてみれば、なくもないかもしれない。たいてい、魔法が存在するゲームでは絶対と言っていいほど妖精(あるいは精霊)がいるもんな。ほぼ、サポート役として。

「たしかにそうかもしれないけど、やっぱりいないですよ。属性を司る、生き物なんて。非科学的だし」

 そう。科学で証明されないものはないんだよ、きっと。


「だったら、行ってみない?」


 ラーナ様はニコッと笑った。

「? どこにですか?」

「もちろん、北の森によ」

 再び、笑顔が返ってきた。



 そんなわけで、リサが来るまで暇なので北の森に行くことになってしまった。

 北の森は前述したとおり、通称『妖精の森』と呼ばれており、ここ王都ジニーから北へ20キロの地点にあり、白雪に年中覆われた森林が北の海岸まで埋め尽くしているのだという。

 アンナは女性だし、体力もそこまであるわけではないので、今回はお留守番ということになった。毎度のごとくアンナは出発する時、かなり心配していた。ホントに、心配症っていうかなんというか。

 僕一人で行くのではなく、王宮にいるときに仲良くなった、アレンという男性と一緒に行くことになった。

彼は正統な王家に通じる者で、ラーナ様の亡くなったお兄さんの息子だという。つまり、甥だ。まだ16歳で、産まれてすぐに父親は病死、母親は病弱で、今も後宮で寝たきりだという。 一度お会いしたが、どことなくラーナ様に似ている感じがした。

 ……シュレジエンの人たちは、どことなく優しい風を纏っているのだろうか。

 僕たちはシュレジエン独自の馬車を使って、妖精の森へと出発した。予定では、明日の昼ごろに到着する予定。



「まったく……なんで俺まで行かなきゃならないんだよ」

 馬車に揺られ、アレンは文句を言っていた。

「ハハ、僕だけが行くならまだしも、アレンまで行かなくてもいいのにな」

「ラーナ様に頼まれたら、断るわけにはいかない。お前を1人にして行かせるのは、心配なんだろう」

 と、アレンは白い溜息を寒空に放る。

「子供扱いされてるなぁ」

「子供、だろ?」

 アレンはニヤッと笑って僕の顔を見た。

「フン、もう17歳だ。十分、大人みたいなものじゃないか」

 そう言うと、アレンは僕から視線を雪の向こうへと向けた。

「……お前は、王子に似ていると思われたんだろう」

「王子? 失踪したっていう?」

 アレンとは従兄弟同士になるってことだよな。

「王子は、生きていればソラと同い年なんだ」

 たしか……ラーナ様が18歳の時に産まれて、今35歳だから……ああ、確かに同い年だ。

「ま、王子のほうが美少年だったけどな」

「へっ、母親がラーナ様みたいな美人だったら、誰だって美少年になるよ」

 うちの母さんはあんなんだし、父さんもあんなんだし。東家の遺伝子には「美」は存在しません。

「……王子って、どんな人だったんだ?」

 ラーナ様から話は聞いていたが、それは『母親』の視点から見た姿なので、他の人から見た視点を知りたかったんだ。

「ジルファ王子は……そうだな、よく言えば自由奔放な人だった。悪く言えば、勝手気ままな人だったな」

「……要するに、我がままで自己中心的な人ってことか?」

 そうだとしたら、おおよそ模範の王子ではないよな。アレンは苦笑しながら、僕を見た。

「違うって。ジルファ王子はまさに、風のような人だったんだ」

「風……?」

 自由気ままな人だからってことか?

「シュレジエンは、古代文字で『風精に愛された地』という意味を含んでいる。つまり、王族は代々風の力を伝承している一族で、王子はその『王』の器を持つ人と言っていい。樹の上に登り、笛を奏でるその姿は……そう、まるで風精を連れているような感じだったよ」

 アレンは寒空を見上げ、にこやかに続けた。

「風のような人、か……。なんだ、僕とは似ても似つかないじゃないか」

「年齢だけだろ」

 アレンはハハッと笑った。


 翌日、僕たちは妖精の森に到着した。予想以上に、この森は広い。視界の端から端まで、木々で埋め尽くされている。ドイツにあるような、怪しさ満点の森ではないのだが、雪が降り積もっているから、逆に不思議さが感じられる。本当に要請かなんかがいそうな雰囲気だ。

「……ここに入るのか?」

 僕は思いっきり嫌な顔をした。

「そんな顔をするなよ。ソラ、怖気づいたか?」

 アレンは僕を鼻で笑って言った。

「なわけねーだろ。ただ、念のために訊いてみただけだ。もしかしたら、アレンがここまで来て怖がったりしたかなぁと思って、親切に聞いてあげたんだよ」

「ハイハイ」

 僕の嫌味を軽く受け流す様は、僕よりも年下だとは思えない。

「しかし、雲行きが怪しくなってきたな」

 アレンは空を見上げた。それにつられて上空を見上げるが……たしかに、さっきまで広がっていた冬の青空は消え去り、灰色の雲が空を覆っていた。

「雪でも降るのかな」

「降るだろうな。この季節、北は普段雪が降っている。降っていないほうが、珍しいんだよ」

「…………」

「どうしたんだ? ソラ」

 ふと考え込んだ僕を見て、アレンは顔をかしげた。

「あのさ、やっぱり帰らないか?」

 アレンは呆れた目を僕に向けた。

「ここまで来たんだから、もう十分だよ」

「ソラ、お前が妖精を信じないって言うから、ラーナ様が見せてあげようと思い、俺がお供としてここまで連れてきてやったんだぞ?」

「まぁ、そうだけどさ……」

「だったら、森の中に入って妖精を見るまでは帰らないぞ」

「ええぇ?」

「え〜じゃない。ホラ、行くぞ」

「……教師みたいなやつだな、アレンって」

 僕は小さい声で言った。

「何か言ったか?」

「いやいや、何も言ってないよ」

 僕は笑顔で言った。なるほど、リサほど地獄耳ではないな。あいつのは、恐ろしいを通り越して、殺気を感じるからな。

 こうして……僕たちは恐ろしい(なんじゃそりゃ)へと足を進ませた……。



 森の中に入ると、深い森のせいでほとんど光が入ってこない。しかも、曇ってきたために、昼間だというのに明るさを感じられない。午後5時過ぎに感じる。

 道らしい道はない。というより、雪の量が多いから道があったとしてもその機能をほとんど果たさないだろう。

 雪が積もった木の傍を過ぎると、風に揺られたのか、パラパラと粉雪が降ってきた。これが太陽光を浴びると、まるでダイヤモンドの欠片が落ちていくかのように見えるのだが……今日は見れないな。

「なぁ、もう帰らないか?」

 ズボ、ズボ、と雪を踏みながら前へと進む。

「まだ入って少ししか捜索していないじゃないか」

「長く捜索していると、迷う可能性があるだろ?」

「大丈夫だ。俺は何度かこの森に来たことがあるから」

「…そうなのか?」

「ああ。俺は、妖精を見たことがないんからさ、妖精を見ようと思い、何度もこの森に来たんだ」

「なんだ、結構ファンタジーを信じるタイプなんだな、アレンって」

「少しくらい、そうである方が人生楽しくならないか?」

 あり得ないことを夢見ることが、楽しい……? なるほど、わかる気がする。男はいつだって、ありもしないことに夢を膨らませる。

 幼い頃に見たアニメの映画……冒険の果てに、伝説の大陸に辿り着くってやつ。あの頃、本気でその大陸があるって信じてたもんな。そう思うだけで、胸が躍った。

「ま、今回は雪が激しくなる季節だから、あまり行きたくなかったんだけどね」

「そんなこと言って、本当は行きたかったんだろ?」

「……半々、かな。行きたい気持ちも、行きたくない気持ちも拮抗してしまってるよ」

 ふぅと小さくため息を漏らすアレン。

「そう言われると、どうも今この森にいることは、危険なんじゃないかと思ってきたんだけど……」

「大丈夫だ。たぶん」

 アレンはきっぱりと言った。きっぱり言う割には、「たぶん」って言うんだな……。そーいうところから危険なんじゃないかって思うんだよ……。

「こっちに行ってみよう」

 アレンが示した先は、少し霧がかった場所だった。

「なんでだ?」

「妖精は、霧のある場所にいるといわれている。ラーナ様も、深い霧の中で見たと仰っていた」

 そう言われてみると……妖精は森の中の霧の奥にいるような想像はある。けど、それは『ありがち』なので、逆にあり得ないのではと思うのだが。

 僕たちはアレンが示した方向へと進んだ。霧があるとは言っても、ほんの少しだけなので、たいしたことものではない。

「ソラ、急な坂があるから気をつけろよ」

 アレンは木の隙間を歩きながら言った。たしかに、今通っているところの右側に、45度くらいありそうな坂があった。ちょっと下を見てみると、その坂がずーっと続いているように見えた。

「長い坂だな……これ、落ちたらやばいよな?」

「落ちたら怪我だけじゃ済まないぞ、ソラ」


「ああ、わかって――」


 その時、僕の片方の足が何かに滑り込むかのように、雪の下へと滑り込んだ。すると、そのまま僕の体は急な坂へと落ちていった。


「!! ソラ!!」


 雪が崩れる音でアレンは振り返り、僕の姿が見えないことで坂に落ちたと直感した。

 僕はだんだん速力を上げながら、転げ落ちていった。景色があっちに行ったりこっちに行ったりする。途中途中で、顔が雪の中に入り、息ができない状態になった。

 そして、僕は一つの木に頭をぶつけた。一気に頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。視界が崩れてゆく。目の焦点がまったく合わない。痛みを感じないのに、血が出ているのを感じた。



 そして、僕は気を失った。動物も凍える、この白銀の森の中で。




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