27章:地下宮殿 炎剣士ホリン「1」
ちと長い(いつも長い)ので、分割しました。
「1」と「2」ですけど(^_^;)
暗くて見えないが、ホリンだ。
ルテティアのステファン卿の研究室で、インドラのシュヴァルツと共に現れ、宰相の兵士たちを殺した、あのホリンだ。
ホリンは台座から軽やかに降り、前に進んできた。ホリンが一歩一歩進むたびに、彼の体を隠していた黒い陰が、潮が引くように上へ消えていった。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぜ」
ハハハと笑いながら、ホリンは歩いた。そして、ようやくホリンの全身が見えるようになった。以前見たときと同じく、背中に身の丈以上の長さの剣を背負っている。
「早く来るものと思って朝から待機していたのに、何時間も待たせやがってよぉ」
ホリンは大きくため息を漏らす。
「なぜ、お前がここにいる?」
ヴァルバは背中に背負っていた槍を掴んだ。すでに臨戦態勢になっている。
「おいおい、ヴァルバさんよ。人にものを訊くときは、武器から手を離したらどうだ?」
「その必要はない。答えろ、ホリン」
ホリンの言葉に冷静に対応し、ヴァルバは言った。ホリンは面倒くさそうに、頭をかき始めた。
「……ふん、まぁいいだろ。ここまで来といて、知らないのもかわいそうだしな」
鋭い横目で、僕たちを見渡す。
「俺は、お前たちを殺すためにここに来た」
「なっ……!?」
クックックと、ホリンは含み笑いを始めた。
「そもそも、俺たちの邪魔をするお前らを、どうしてシュヴァルツやバルバロッサ……ウラノスは放っておくのか俺には理解できないんでね」
「つまり、独断でここに来たってことか?」
僕はホリンに聞こえるよう、大きな声で言った。
「そうなるかな。ウラノスの命令だろうがなんだろうが、俺らの邪魔をする人間は殺すしかないんだよ」
殺すとか言いながら、ホリンは笑っている。冷酷な顔で言われるより、その方がよっぽど不気味だった。
「その『ウラノス』っていう人間が、お前たちインドラの指導者か?」
ヴァルバは一歩、前に足を踏み出した。その言葉に、ホリンは口を横一文字にした。
「…………」
「沈黙もまた、答えってことか。そうなんだな?」
ヴァルバはニヤッと微笑んだ。それにムカついたのか、ホリンは僕たちにも聞こえるくらいの舌打ちをした。
「……お前らごときの屑が、知る必要なんてないんだよ。ウラノスのことも、インドラのこともな……」
ホリンの声が低くなった。
「知る必要はある。少なくとも、ソラはな」
ヴァルバはもう一歩、前に進んだ。槍を掴みながら、ゆっくりと進んでいく。
「……そういや、あの女は貴様の幼馴染だったな」
「!! 空のことか!?」
僕はヴァルバと同じ位置まで進んだ。
「……日向空は『永遠の巫女』として覚醒させる。あの女の『宝玉』をもって、聖杯の封印を解除しなければならないからな」
それはつまり、空の死を意味する。僕は飛びかかりたい気持ちを抑え、深呼吸した。いつだって冷静にいないと、闘いを始めた時にやられてしまう。
「……さっきの質問に答えろ。『ウラノス』とやらが、お前たちの指導者なのか?」
ヴァルバはさっきと同じ質問を投げかけた。前にホリンとシュヴァルツが現れた時も、奴らは『ウラノス』がどうのこうの言っていた。
「……ウラノス……ユグドラシルはインドラを設立した人間であり、指導者であり、幹部の一員でもある」
「ユグドラシル……?」
たしか、北欧神話に出てきたような。おいおい、たいそうご立派な名前だこと。自分を神か何かと勘違いしてんじゃないのか?
僕は心の中で蔑んだ。
「そのユグドラシル……いや、お前らの目的はなんだ?」
「……目的?」
ホリンはヴァルバを一瞥し、小さく笑った。
「知ってるはずだろうが。俺たちは邪神ロキの復活を果たすため、『聖杯』を集め、封印を解こうとしている、と」
ホリンは数歩、僕たちに近づいた。まだ20メートル以上離れている。
「……本当に、それが最終の目的なのか?」
ヴァルバは確かめるように言った。
「まるで、他の目的があるんじゃないかっていうニュアンスを含んだ言い方だな」
「…………」
今度は、ヴァルバが黙った。
「ククク……なかなか勘が鋭い野郎だ。さすが、と言っておこうか。お前こそ、自分の目的を言ったらどうだ?」
ホリンはニヤニヤしながら言った。ヴァルバはたぶん、ただの旅人ではないと思う。僕も気になるところだ。
「俺のことはどうでもいい。貴様たちの目的を言え!」
ヴァルバは、少しだけ声を荒げた。
「……お前らがそれを知ってどうする? 俺たちを止めるとでも?」
「やはり……まだ何かあるんだな?」
「ふん、てめぇには関係ないだろ?」
「関係あるね」
僕はすかさず言った。ホリンの視線が、ゆっくりと僕の視線を捉える。
「……ふん、まぁいいだろ。てめぇらが知ろうが知るまいが、結果は同じだし」
ホリンは、再び歩き出した。そして、僕たちと10メートルほど離れた場所で立ち止まった。
「インドラが何を意味するのか知っているか?」
ホリンは僕を見ながら言った。
「創世神話にある、世界を滅ぼした『神の矢』と呼ばれる天の雷のことだろ?」
ヴァルバはすらすら答えた。そんな話、初めて知った。
「そのとおり。さすがヴァルバ殿、よく知ってらっしゃる」
「………」
ヴァルバは瞬きをせず、笑っているホリンを見ている。
「お前の説明どおり、インドラとはティルナノグ帝国以前の世界を滅ぼしたといわれる、『神の矢』だ。しかし、なぜ神々は世界を滅ぼしたと思う?」
「……人が、愚かだったからとか?」
僕が言った。
「あぁ、お前の言うとおり。インドラは愚かな所業を行い、母なる大地を汚し、命をむさぼり続ける人を滅ばしたのさ。……全てじゃないがな」
と、ホリンは一度間を開けた。そして、続けた。
「そうすることによって、人は改心する。『我々は間違っていたのだ』と。だが、長い、長い……気の遠くなるような時間が過ぎると、人は再び同じ過ちを犯す。だから俺たちが神に代わって、人類に天罰を与えようってことさ。それは、再び人々に幸福で平和な世界を作るチャンスを与えるということなんだよ」
ホリンは笑みを消し、静かに言った。
「そして、ティルナノグ帝国を……あの『天空の楽園』を滅ぼした『神罰』も、インドラと同じ類のものだった。なぜその文明を滅ぼしたのかも、すでに知っているはずだ」
たしか、天空の神々に反旗を翻したから……だったか?
「リサから聞いた話では、どうせ邪神が天帝をそそのかして闘いを始め、神々に滅ぼされた……とかっていうもんだろ? どうせ」
聞いた話とほぼ同じことを言い当てたため、僕たちは驚いた。それを見たホリンは、馬鹿にするかのように笑い始めた。
「ハッハッハ、あの女……まだ理解していなかったか。あるいは……気付いているのに、あえてお前たちに教えなかっただけかもしれないが。ハッ、まぁいい。話を元に戻そう」
ホリンは笑いを止めた。
「つまり、インドラは世界を再び創造するためのもの。もう、わかるだろう? 俺たちの組織がその意味を冠しているということでな……」
細めた目で、冷たい視線を僕たちに向ける。
「――そうか、お前ら……人を滅ぼすつもりか?」
人を、滅ぼす?
「な、なんだよ、それ?」
僕が慌てて言っても、ヴァルバは答えなかった。そして、少しだけ間が開いてから、ヴァルバは説明した。
「こいつら……人を駆逐して、自分たちが創世主となって新しい世界を創ろうとしてるんだ」
「な、なんだって!? そ、そんなことができるわけが……」
「できるんだよ、それが」
ホリンは僕の言葉を遮って言った。その顔には、笑みがこぼれている。
「この世にはてめぇの世界とは違い、人知の範囲を超越しているものがたくさんある。その中には、この世界の生命を……この世界自身を完全に葬ることができる代物だって眠っているんだ。俺たちはそれを使って、理想を実現させようとしているだけさ」
ホリンは手を広げて言った。僕はすかさず言った。
「何を馬鹿なこと言ってるんだ! 大勢の人を殺すようなこと、許されるはずがない!」
「許されない? 誰に?」
ホリンは眉を眉間に寄せて言った。まるで、僕を見下すかのように。
「くだらんな。俺たちは誰かに許されないからといって、己の信念を曲げるようなことはしない」
くっとあごを上げ、ホリンは言った。
「な、何が信念だ! 人を殺すことが信念なのか? 世界を滅ぼすことが理想だと言うのか!? んなの、ただの虐殺だろうが!!」
僕は訴えるように言った。
「理想だとは言っていない。理想を現実のものにする過程の中で、犠牲となる必然的なものが、この世界だということだ。普通のことじゃないか? 何かを得るには、それと同等の代価が必要なのだから」
「違う! そんなのは間違ってる! 理想のためだからと言って、命を奪うことがいいわけじゃない!」
「わかりやすい正統論を言うな、お前。よっぽど、甘ちゃんのようだな」
ホリンは鼻で僕を笑った。興奮気味の僕に対し、それは火に油を注ぐものだった。
「なんだと!?」
「ならば聞くが、お前が日ごろ食べている食料はどうだ? それらも命を持っていたにもかかわらず、お前が食欲のために殺したことと同然だ」
「そ、それは、人間だって生きている。生きるためにはしょうがないことだろ」
思わず、僕は弱い声で答えてしまった。
「そのとおり。生きる上で致し方ない犠牲だ。生きるための犠牲だ。所詮は原因と結果。お前は俺たちがしようとしていることによって生じる犠牲が大きいために、ただ単にその『常識』を忘れて反論しているに過ぎないんだよ」
「……お前たちが古の神々に代わって人間に天罰を与えるというのは、どこか履き違えてるとは思わないのか?」
ヴァルバは僕と違い、冷静さを保ちながら言った。
「俺たちは神になろうとしているわけじゃないんだよ。どこかの王族のような考え方と一緒にするな」
「じゃあ、そういった考え方とどう違うんだ?」
ヴァルバの問いに、ホリンは眉を眉間に寄せた。
「……俺たちがしようとすることは、この世界を救うことでもあるのさ」
「世界を救う……? どういうことだ?」
僕は顔を上げて訊いた。世界を滅ぼすのに世界を救うというのはどういうことだ?
ホリンはクククと笑い、僕たちを睨みつけた。
「そこまで教える必要はない。……どうせ、お前たちはここで死ぬんだからな」
僕はすかさず、剣の柄を握った。なぜなら、ホリンの言葉には殺気がこもっていたからだ。
ホリンは背中に背負っている、身の丈を超す長剣をゆっくりと抜いた。ヴァルバも、すでに槍を構えていた。
ヴァルバは僕に寄ってきて、小さな声で言った。
「ソラ、奴は今までの敵とは別格の敵だ。用心しろ」
僕は小さくうなずいた。王都の地下研究所でホリンの技を見た時は、変な感覚のためか何も感じなかったが、その後、寝室で起きた時に冷静に考えたら、ゾッとした。剣が触れてもいないのに、数人の兵士の体を胴のあたりから真っ二つにしていた。人の為せる技じゃあ、ない。
「俺たちは2人だからといって有利じゃない。攻撃をする際、味方に当たらないようにあたりをよく見ながら攻撃するんだ。いいな?」
僕は再びうなずいた。
ホリンは、ゆっくりと近づいてくる。身長と同程度の長さはある長剣を、地面すれすれに引きずりながら、不敵な笑みを浮かべている。
「どうした? 来いよ」
手招きをしだした。けど、僕たちは動かなかった。わかりやすい挑発に乗っちゃいけない。
僕はアルベルト王子に教わったとおりの構えをした。ホリンが一歩一歩、近づいてくるたびに、心拍数が上がってくるようだ。
「まったく……しゃーねぇな」
ホリンは5メートルほど離れた場所で、突然、走り出した。そのまま、僕たちに斬りつけてきた。
うまく、ヴァルバがその一太刀を槍の中程で受けきる。僕はすかさず、ヴァルバの槍に剣をぶつけて押し合っているホリンに斬りかかった。しかし、ホリンは僕を見ずに、そのままバックステップをしてかわした。
「ヴァルバ……お前、俺の剣を受けきれるなんて、なかなか力があるじゃねぇか」
ホリンは偉そうな格好をして言った。
「お前なんかに褒められても、うれしくもなんともないんだがね」
ヴァルバは嫌味ったらしく言ってみせた。ホリンはその挑発に動じず、逆に笑った。
「ハッハッハ、褒めてないんだがな。しかし、俺の一太刀を受けきれる人間はそうはいない」
「そこまで自信があるのはどうかと思うけどな。大胆不敵って言葉、知ってるか?」
僕はニヤッとしながら言った。ホリンは首を曲げた。
「知らねぇよ、そんな言葉。どうせ、蒼碧世界の言葉だろ?」
「蒼碧世界? ガイアのことか?」
「なんだ? お前、知らなかったのか? ……大昔から、ティルナノグ人にそう言われてるんだよ。ガイアは蒼碧世界、レイディアントは紅炎世界と呼ばれている。なぜだかは知らんがな。……まぁ、そんなことはどうでもいい」
ホリンは首を曲げて、骨を鳴らした。寝起きのときに、よく音が鳴るものだ。
その瞬間、再びホリンは突進をしてきた。今度は、僕の方に向かってきた。
僕は殿下の言葉を思い出した。
「敵の動きをよく見ろ。怖いからといって、目を瞑るな。敵の攻撃がどの方向から来るかを見極めれば、絶対に防御できる。武器が壊れない限りね」
と、最後は笑いながら言っていた。
ものすごい速さでホリンは向かってくるが、心は冷静だ。ホリンは剣を真横に構えた。よし、奴の攻撃は僕から見て左からだ!
大きな音が響く。僕の剣とホリンの剣が、左手側でぶつかる。
僕は地面にしっかりと足をつけ、押し負けないようにした。僕は何とか、ホリンの攻撃を受け止められた。
「なんだ、お前も受け切れるのか?」
ホリンは笑いながら言った。すると、一瞬にして表情が変わり、顔だけを後ろに反らした。その刹那、ヴァルバの槍が僕の目の前を通過した。ホリンは、顔を後ろに下げることでヴァルバの攻撃を避けたんだ。
そして、ホリンはすばやく左手で、その槍を掴んだ。
「まだまだ甘いな、ヴァルバ」
「……」
そのまま、僕たち3人は硬直状態になった。僕は押し負けないよう、両手で剣を持っていたので、身動きできない。ヴァルバも、握られている槍を引き抜こうとするか、できないようだ。ホリンの握力が、ヴァルバが引き抜こうとする力を上回るということか!?
「くっっ……!」
「どうした? 引き抜けないんだろ? クックック、それが、本当の俺とお前の力の差だ」
ホリンは笑いながら言った。
「ま、俺は力の半分も出しちゃいないんだがな……」
そう言うと、ホリンはヴァルバの槍を離し、僕の剣から自分の剣を退け、再びバックステップして離れた。
「まだ、本気じゃないだと?」
僕は体勢を立て直し、恐る恐る聞いた。
「当たり前だ。お前たちのような屑に対して、いちいち本気を出すか? 竜がねずみを殺すのに、本気を出すか?」
そう言うと、ホリンは面白そうに笑い出した。何が笑えるのか、さっぱりわからない。
「もう少し力を出してやろうか」
ホリンは言葉を言い切る前に、動き出していた。
一瞬にして、僕の後ろに回った。とても、人間の為せる動きじゃない。いや、そんなことを考える前に、体を動かせ!
そう自分に言い聞かせ、ホリンの攻撃を防御した。
「なっ……!?」
しかし、踏ん張ることができず、剣に押され、宙に浮いた。そして、2メートル離れたのところにドッと倒れた。僕はすぐさま体を起こし、体勢を整えた。防御したのに、剣の衝撃でここまで吹き飛ばされるってのか。
目の前では、ヴァルバが連続で突きを繰り出していた。しかし、そのことごとくが避けられてしまう。ホリンの顔からは、余裕さえ見える。
僕は手助けしようと思い、ダッシュをしてホリンに近づき、攻撃を繰り出した。だが、やはり簡単に避けられてしまう。その間、ホリンは1度も攻撃を仕掛けてこなかった。この余裕からならば、きっとできるはずなのに。
「ハッハッハ! お前らの攻撃は遅いなぁ!」
ホリンは避けながら、そう言った。僕は何度も攻撃をしているが、ホリンの服にさえかすらない。
僕が大きく振り抜いた横一文字の攻撃をひらりとかわし、僕とヴァルバの攻撃範囲から出た。
「こんなんじゃあ、遊びにもならんな。つまらん」
ホリンは肩に剣を置いた。
「簡単に殺しちゃあ、面白くないからな」
そう言うと、ホリンは閃いたような動作をした。
「よし、こうしよう。このままじゃつまらないから、お前たちにチャンスをやろう」
ホリンは剣を背中にある鞘に収め、腕を広げた。
「どこにでも斬りつけな」
僕とヴァルバは驚愕した。腕を広げ、まさに無防備の状態だ。肩も、胸も、腹も、腰も、足も、全て無防備。
「1度だけ、お前らの攻撃を受けてやる。……それでもし、俺が死ななかったら、お前たちは素直に死にな……」
ホリンの目は本気だった。口元が笑ってはいるが、目の奥、そのまた奥の瞳の中には、深淵の闇があるように見えた。
「くそ……なめやがって!」
ヴァルバは走り出した。僕はそれに少し遅れ、走り出した。
ホリンの言葉なんて、嘘に決まっている。非力な僕が本気で斬りつけても、人は斬れる。ホリンが斬れないはずがない。
そう言い聞かせ、僕はホリンの体を真っ二つにするために、やつの頭上から力いっぱい剣を振り下ろした。ヴァルバもまた、渾身の突きをホリンの心臓があるあたりめがけて繰り出した。
――ガキィィン――
まるで鋼鉄の塊に斬りつけたような感じになった。そして、目の前には信じられない光景があった。
僕の剣はホリンの肩の辺りでピタッと止まっていた。いや、振りぬこうとしているのに、チワワのように震えている。重すぎて動かないものに、一生懸命押しているときのように。
ヴァルバの槍もまた、ホリンの服を突き抜けてはいるが、やつの体を突き抜くことができていない。ホリンの肌の上で、止まっている。
「う、嘘……だろ」
僕は思わず、そういう言葉が漏れた。
――ありえない。
防具も、防弾着も付けていないのに、どうして、皮膚の上で剣が止まっている!? どうして、槍が皮膚の上でピタッと止まっている!?
――ありえない!!
「……期待はずれだな」
僕たちが目の前の光景に目を奪われていると、ホリンが口を開いた。それまで、ホリンは僕たちの驚く様を細い目つきで眺めていた。まるで、地べたに転がっている石ころでも見るかのように。そして、今の言葉も呆れたような声で言っていた。
「お前らがもし、精一杯の力を振り絞って攻撃していて、俺の体に傷を付けることができなかったというのなら、呆れたもんだ……」
ホリンは大きくため息をついた。僕は驚きを隠せずに、そのままホリンに訊いた。
「ど、どういうことなんだ? どうして……」
わななく口が、情けなく思える。けど、今はそんなことを冷静に考えてなんかいない。
ホリンはくっと首を曲げ、ニヤリとした。その質問を待っていたぞ、というような顔で。
その時、ホリンは剣を横に構え、振り抜いた。咄嗟に防御した僕とヴァルバは踏ん張りが効かず、吹き飛ばされた。
「どうしてかって? 前にも説明しなかったか?」
ホリンから数メートル離れた場所で、僕たちはゆっくりと立ち上がった。
「お前が『暴走状態』だった時のことを思い出してみろ。『暴走状態』だったとしても、記憶はあるだろ?」
ホリンは問うように言った。
「あの時……?」
たしかに、あの時の『変な感じ』がホリンの言う『暴走状態』だというなら、記憶はある。ステファン卿を斬りつけた時、あの何も感じない感覚。人を殺すことに何の躊躇いもなかったあの時。今思い出しても、恐怖で震えてきそうだ。
「あの時、俺はお前になんて言った? お前と剣を交えた時、シュヴァルツが『これ』について言ったんだがな」
僕の考え込む顔を見て察したのか、ホリンは言った。
あのとき―――シュヴァルツは何て言っていた……?
「―――ソリッドプロテクト……?」
たしか、そんなことを言っていた。「ソリッドプロテクトがなければ、そこらの兵士たちと同じように真っ二つになっていた」と。
ホリンはこくりとうなずいた。
「そう、それだ。ソリッドプロテクト……それが、お前らが俺の体に傷を付けることのできない理由だ」
「……なんだ? その、『ソリッドプロテクト』とは?」
ヴァルバはすかさず訊いた。
「ソリッドプロテクト……外部からの攻撃から身を護るために、体の表面に薄い膜を張る。薄いとはいえ、鋼鉄以上の固さを持つことは可能だ。なぜなら、ソリッドプロテクトの強弱は、自らが持つ潜在元素の大きさによって変わるからだ」
魔法がある世界だからかもしれないが、とんでもないものが存在するんだ。剣で斬られても、槍で突き立てられても、肉体には傷が付かないソリッドプロテクト。本当に、人知の範囲を超えている。
「ソラ、お前が俺の攻撃を受けても、そこらに転がっていた兵士の骸のように真っ二つにならなかったのは、そのソリッドプロテクトが発動していたからだ。しかし、お前はまだ『暴走状態』で未完成な状態なために、死には至らなかったものの、傷を負う羽目になったのさ」
未完成って……?
「潜在元素が常人より大きく、ソリッドプロテクトが扱えるならば、大体の攻撃は防げるようになる」
「それは……インドラの人間だからこそできる特技なのか?」
ヴァルバは構えを解き、訊いた。
「いや、俺のような幹部の人間だけだ」
「じゃあ、シュヴァルツも同じようなことができる、ということか?」
僕がそう訊くと、ホリンはうなずいた。
「……あいつは特別な人間だからな。俺より、もっと強いソリッドプロテクトを発動させることは簡単だろう」
ヴァルバは苦笑いをしていた。ホリンでさえ、剣や槍の攻撃を防ぐことができるほどなのに、それ以上の強度を持つソリッドプロテクトを放つシュヴァルツは、弾丸でも防ぐことができるのか?
いずれにせよ、どうすればいい?
このままでは、ホリンにかすり傷さえ付けることもできないまま……殺されてしまう。
いや、殺されるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない! まだ、空を見付けてもいないのに、こんなところで、死んでたまるか!
自分の故郷の人々と別れの言葉を交わすこともできないまま、見たこともない世界を訪れたのに。精一杯の決意と決心をし、ここまで来たのに、死んでたまるか!
僕は剣を強く握り、ホリンへ向かった。剣を鞘に収めている今のホリンは無防備だ。斬れる。斬れないはずがない!
「喰らえぇぇ!!!」
斬れるのだと自分に言い聞かせ、今度は横一文字を食らわした。
再び、重い感触が腕を伝わり、体全体に伝わってくる。まるで、鐘でも叩いたときのような感触。そう、頭の隅で想像していたとおりの結果になってしまった。
僕の剣は、ホリンの腕の皮膚の表面で止まり、震えている。
「学習能力のない野郎だな……」
ホリンはため息をついた。そして、ゆっくり自分の剣を頭上に上げる。
「お前の非力な力じゃ、俺のソリッドプロテクトを破壊することなんてできないんだよ」
そう言い放つと、ホリンは上から剣を振り下ろした。僕はとっさに、自分の頭上に、ホリンの剣と垂直になるように、防御をした。
強烈な斬撃が、僕の剣に叩き落される。その衝撃で、思わず目を瞑ってしまった。すると、すぐにホリンの剣が離れるのがわかった。すぐさま目を開け、次のホリンの攻撃に備える。
ホリンの横からの斬撃が右手側から飛んでくる。それをなんとかガードできたが、衝撃で一歩ほど横に吹き飛んだ。
すると、今度はヴァルバが攻撃を仕掛ける。僕に攻撃をしていたホリンの横っ腹の辺りを、力いっぱい突くが……やはり、貫けない! ヴァルバは悔しそうな顔をした。
「この屑が!!」
ホリンがヴァルバに攻撃を仕掛ける。ヴァルバはその攻撃を槍の中程で受けきる。しかし、今度はホリンがすばやい斬撃を繰り出している。ヴァルバは防戦一方になってしまっていた。ホリンは長剣であるため、何とか追いついていける攻撃スピードだから助かった。
僕は剣を構え、そこへ向かった。ヴァルバはホリンの攻撃を何とか防御しているが、顔が苦しそうに歪んでいる。
ヴァルバに当たらないよう気をつけながら剣を振るうが、ホリンはそれを器用に避ける。ヴァルバには反撃の余地もないくらいのすばやい攻撃を繰り出しているのに、僕の攻撃に対しては飛んだり、体を反らしたりして避けている。目が後ろにでも付いているのだろうか。
「ハッハッハ! 雑魚だなぁ、お前らは!」
そんなことを言われても、どうにもできなかった。いくら攻撃しても、かすりもしない。いや、当たったとしても、ホリンには傷一つ付けることができないのかもしれない。
「この……!!」
僕は思いっきり剣を振りぬいた。力を込めて、どうにかして傷をつけてやろうと、振りぬいた。
――ほらよ――
その時、今までの感触とは違う感じがした。何かが、剣先に触れたような感じがした。
顔を上げ、ホリンを見ると、今までとは違う光景があった。ホリンの肩の辺の服がパックリと裂け、赤い筋みたいなものが見える。
そう、あれは血だ。
僕は一瞬信じることができなかった。だって、ホリンには傷を付けることができないはずじゃないか。ヴァルバでさえ、その光景を見て驚いている。
ホリンは驚きの表情をしていた。目は見開き、口は小さく開いていた。そして、ゆっくりと自分の肩の傷を見た。
「なん……だとぉ!?」
信じられないのか、その傷を剣を握っていない方の手で押さえた。自分で触って、その傷が本物かどうか、確認している。
ようやくその傷が本物だと気付き、ホリンは悔しそうな顔を僕たちに向けた。
「くっ……ソラ、てめぇ!!」
怒りのこもった表情を、僕に向けた。そして、ホリンは目で追えぬスピードで、僕に迫った。
僕は慌ててホリンの攻撃を防御するが、衝撃で横に吹き飛ぶ。すぐさまホリンが追い討ちをかける。僕はそれを、体制を崩しながら受け流した。そのまま、僕は倒れこんだ。
すると、ヴァルバが僕をかばい、ホリンの斬撃を防いでくれた。
「なんだ……かなり動揺してるじゃないか」
つばぜり合い、じゃないが、そんなふうに槍と剣を押し合っていると、ヴァルバが皮肉めいたことを言った。
「ちっ、うるせぇ!」
ホリンは大声で言った。明らかに動揺している。僕に傷を付けられたことが、それほど屈辱的だったのか。
「どうやら、ソリッドプロテクトを発動しているのに傷を付けられたことが、かなりの衝撃だったようだな」
「なんだと?」
「そんなに、ソラの力が信じられないのか?」
ヴァルバは笑いながら言った。ホリンは、悔しそうに口を端で結んでいた。けど、すぐにその表情は消えた。
「ハッ……あいつはてめぇらとは違う人間。そう考えれば納得……だが!!」
ホリンはそう言うと、力でヴァルバの槍を押し返した。そして、大きく後ろへジャンプして、距離をあけた。
「お前らにも、見せてやるよ」
ホリンは自分の剣を、自分の目の前に据えた。
「俺たちが、そこらの屑とは違うってことをな!!」
ホリンは目を静かに閉じ、つぶやいた。
「吼えろ、魔人の豪炎……目覚めろ、殺戮の焔剣――『レーヴァンテイン』!!」
ホリンは大きく叫び、剣を天井に向かって突き上げた。その瞬間、ホリンの持っていた剣が、赤く光りだした。そして、その切っ先から、朱色の炎が溢れ出した。
「ほ、炎!?」
その炎は瞬く間にホリンの剣を包み込んでいき、赤く煌めいていた。その光景を、僕とヴァルバは瞬きをすることも忘れ、見つめていた。
――なんだ、あれは?
ホリンの剣の刀身が、炎に包まれていったかと思うと、剣は息を吸うかのように、炎を吸い込み始めた。そして、ホリンの剣の刀身は赤く輝いた。時折、息を吐き出すかのように、切っ先から炎が噴出していた。
「な、なんなんだ……それは!?」
ヴァルバは思わず、そう言ってしまった。それを聞いて、ホリンはニヤッと笑った。
「これが、俺の『力』だ」
自慢するように、その炎の剣をかざした。
「レーヴァンテイン……絶え間なく、地獄の業火を纏っている炎の魔剣さ。特殊なエレメンタルで加工された〈オリハルコン〉でできた武器だ」
ホリンはレーヴァンテインをまじまじと眺め、ニヤニヤ微笑んでいる。
「いつ見てもレーヴァンテインは美しい。真っ赤な色ではなく、朱色というところが、味を出していると思わないか?」
その剣を見つめながら、ホリンは言った。
「それは……魔法剣の一種か?」
ヴァルバが言った。
「ま、それに近いといえば近い。だが、違う点がある。そもそも、魔法剣は自らの魔力をもって、所持している武器にエレメンタルを付与するものだ。しかし、レーヴァンテインの場合、この剣自体が炎のエレメンタルを発している。つまり、俺自身の魔力は少しも失われない。そのため、いくら使っても疲れない。魔法剣の弱点であった、長期戦に弱いということがないのさ」
説明口調で、ホリンは言った。
「さてと、説明が終わったところで、ディナーショーだ。いや、エンディングかな。……お前らが死ぬという結末でな!!」
地下宮殿 炎剣士ホリン「2」へ続く