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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆3部:記憶を求めて
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26章:フォルトゥナ神殿 どこにある、男の証


 翌日、僕たちは再び砂漠へ向かった。


「お試しの神殿は、『砂塵の神殿』って呼ばれている。ダーナ砂漠がまだ緑が溢れる大地だった頃、フォルトナ神殿と呼ばれていたんだが、天変地異によって辺りが砂漠と化し、神殿のほとんどが砂に埋もれたため、文字通りの名で呼ばれるようになったんだ」

 王はどっかの教師が、歴史とかの授業で得意になって説明しているように言っていた。

「イデア第1王朝……ティルナノグ帝国に滅ぼされる以前のイデアをそう呼ぶんだが、砂塵の神殿は建国前から存在していて、初代国王が神から教を戴いたとされる場所だといわれてる。だから第2王朝、今の第3王朝の歴代の国王は、即位と同時に神殿で教を授けた神……そして開祖である『剣神』に誓うんだ。『我、我が力と我が剣を持って、我が愛すべき大地と我が民が生きるこの国を、天に召されるその時まで、守護することを誓う。イデア王国に栄光あれ。王家に、幸あれ。』とな」

 思わず、「お〜」と言ってしまった。そういうことを、この王様もしたんだと思うと、かっこいいなぁと感じたからだ。しかし、そのすぐ後に自分で「かっこいいだろ〜」と言ったので、その思いはすぐに消え失せた。そういうのは、自分で言うもんじゃないだろ……。

 謁見した後、王はすぐにじじい呼ばわりしていた大臣たちを招集し、僕とヴァルバに試練を与える、と言った。すると大臣たちは、

「イデア人でないよそ者に、神聖なるフォルトナ神殿に足を踏み入れさせることはなりませぬぞ」

とかなんとか言い出す人がいた。

 まぁたしかに、自国を大切にする想いの強いイデアの人々からすれば、そういった意見が普通だろう。けど、王はというと、

「2人とも、イデア人じゃないか。問題ないだろ?」

と、嘘をついていた。大臣たちは、

「ヴァルバ殿はともかく、ソラ殿はイデア人に近いが、やはり違うじゃろ?」

とか言っていた。僕はここの人々とは少し似ていないので、御尤もな意見だ。

「いや、イデア人だ。俺が判断したんだ。文句あんのか?」

と、半ば無理矢理認めさせていた。王様がそう言っては、さすがに口うるさい大臣たちも認めざるを得ないだろう。しぶしぶ、承諾証を作っていた。仲が良いというか、悪いというか……。


 そんなわけで、僕とヴァルバは今、その砂塵の砂漠へ向かっている。

 砂塵の砂漠は、オアシス都市ルーテの近くにあるらしい。古都イデアもその近くで眠っているのだとか。

 ルーテは町の中央に巨大な噴水があり、水が地下から溢れ出てくる証拠なのだという。町並みは、昔のエジプトのような造りだった。歩いている人はみんな肌が茶色で、ターバンみたいな物をかぶっている。……イスラム教徒なのかなと思った。

 この都市はティルナノグが滅び、イデアが再建されたあとに造られたらしい。もともとは、王族の流れを組む貴族が自らの居城にするために建設されたらしいのだが、天変地異によって辺りが砂漠化し、貴族が住むような都市じゃなくなったため、今はほぼ自治都市なのだという。

 だけど、どうして古都イデアは地中に沈み、このルーテは砂に埋もれずに済んだのか。それが疑問だ。本当に天変地異みたいなことが起きたというなら、納得だが……基本的に、天変地異ってのは嘘が多いんだよな……。勝手な見解ですけど。

 ここで少々休憩した後、僕たちは神殿へ向かった。実は、なぜかリサやアンナもついて来ていた。理由を問うと、

「だって暇なんだもん」

 と、リサはわざとかわい子ぶって言った。さらに、王も同じ理由で一緒に来ていた。……一国の主が、暇だからと言って都から離れていいものか。ホント、皇隆王は僕の期待を裏切ってくれる王様だ。

 砂漠を進むこと約2時間、地面に何かがあるのが見えた。近づいて見てみると、四角い穴が開いているのがわかった。人が2人、入れるくらいの大きさだ。そこには、地面の中に通じるであろう階段があった。その中は、ほぼ真っ暗闇だった。

「もしかして、これが砂塵の神殿ですか?」

 アンナが僕より先に言った。言おうと思ったのに…。

「ああ。これが入り口だ」

 王がその入り口を指しながら言った。

「……ホントに、砂の中に埋もれてたんだ」

「おい、ソラ。俺が嘘を言ったとでもいうのか?」

「い、いや、そうじゃないですよ。ただ、砂に埋もれた建物っていうのは初めて見たもんで」

 だって、日本でこういった遺跡を見たことなんてない。あるとしたら、どっかの古墳だとか、ピラミッドだとか。あれとかは、地面の下にも空間があるって話を聞いたような気がする。

「……どのくらいの広さなんだろ」

 僕はその階段の奥を覗き込みながら言った。

「まあ、想像以上に広いと思っていいぞ」

「……陛下、思いたくも無いこと言わないでくださいよ」

 ヴァルバはため息を漏らした。

「ハッハッハ。まあ、俺が即位したての時、この神殿の内部の広さには驚いたもんだ。子どもだった俺にとっては、恐怖以外の何ものでもなかったがな」

 王は思い出しながら言った。

「中には、財宝を求めて忍び込んだ盗賊や、大昔の騎士が迷い込んで、白骨化したものがたくさんあって、小さかった俺はもう、ちびりそうだったなぁ」

 いやぁ懐かしいと、王は笑いながら言った。それとは裏腹に、僕は青ざめていた。王は、昔経験したから笑って済ませられるかもしれないけど、僕たちの場合はこれから、その神殿に入るんだから、テンションが下がるようなことを言ってほしくないなぁ。…この人の性格から察するに、これは僕たちを怖がらせようと、わざとこのタイミングで言ってるのではないか。

「ホラ、ぼさっとしてないで、早く行けよ」

 リサが急かすように言った。

「さっさと行って、サクッとこなして来い!」

「お、お前、自分が行かないからって……」

「いいから、行けっての」

 リサはそう言って、僕の背中を蹴って押した。僕は突然蹴られたので、受け身もできずに砂の地面に倒れこんだ。少しだけ、口の中に砂が入ってしまった。うぇ、ザラザラする。

「バカ! 何すんだ!」

「だって、あんたらがもたもたしてるからだよ。早く行けって」

 リサは偉そうに腕組みをしながら言った。

「くそ……(腹立つ女)。ヴァルバ、行こうぜ」

 ヴァルバのほうを見ると、明らかに嫌そうな顔をしていた。けど、仕方が無い。もう、行くって言ってしまったし。

 僕とヴァルバはその階段に足を踏み入れた。その時、王が僕たちを引きとめた。

「そういえば、言うのを忘れてた。この神殿の内部には、侵入者対策のためにいろいろな仕掛けがあるから、気をつけろよ」

 王は微笑みながら言った。

「へ、陛下! そういうことは早く言ってくださいよ!」

 ヴァルバが苦笑いしながら言った。

「ハッハッハ、忘れてたんだよ」

 そんな大真面目な顔をして言われてもなぁ……。



 僕たちは、神殿に行くのを見て笑っている2人と、心配そうな顔つきのアンナに見送られながら、神殿の中へ入って行った。

 僕とヴァルバはたいまつを持ちながら、階段を下りて行った。思ったより長い階段で、たいまつの光には届かない。2分ほど下りて行くと、やっと階段の終わりが見えた。そこから、光の届く範囲で見える限りでは、ずっと真っ直ぐだ。壁も床も、黄色いレンガに覆われている。RPGゲームで見た、砂漠の神殿のような風景だ。というか、想像通りの神殿だま。壁には、長い時間によってできたであろう傷のようなものがたくさんあった。

 頭上の天井には、何かの絵が描かれている。ずっと先まで。なんだろう、ヘビだろうか。そのヘビが、いくつかの剣に巻き付いている。すでに色褪せているその絵が、いくつもきれいに並んで、奥の暗闇へと続いている。

「何の絵だろうな、あれ」

 僕が天井の絵を指しながら言った。

「……剣が描かれてることから、あれは王家の証なんだろうな」

「王家の証?」

「イデア王家……ディルムン家って言うんだけど、イデア人っていうのは、剣が得意な民族でな。もちろん、王家も同じ。王家は、イデア人にとっての剣を極めた師匠のようなものらしくて、王家の紋章は剣っていうわけ」

「ふ〜ん。じゃあ、皇隆王も剣の腕はすごいの?」

「たぶんな。物心つく頃から、剣の特訓をするって聞いたからな」

 ということは、皇隆王は30年くらい剣を握っているということか? ……数ヶ月しか剣を握っていない僕からすれば、とんでもない年数だ。戦乱の時代は、武将とかになる人はそれくらいが当たり前だったのかな。

「それに、イデア第2王朝の開祖・ローランは『剣神』って呼ばれている。そういうのも関連するんじゃないのか?」

「なりほどね。……剣の民、か」

 剣の民にとっての神だから、ローランは『剣神』なのか。それとも、ローランが『剣神』だから、イデアの民は剣を学ぶのか。そこら辺を調べてみたいと思ったり。

 長い通路を歩いて行き、ようやく突き当たりに出た。右と左。二つの道に別れている。壁には、2つの首を持つ鳥の絵が描かれており、その背景に細長い剣が1つ、描かれていた。

「さて……始めの仕掛けってところか?」

 ヴァルバが頭をかきながら言った。

 右か左に、当たりの道があるんだろう。どれなのか、僕は左右に顔を向けた。

「どっちかに行って、間違えたら引き返せばいいとは思うが……」

「それでもいいけど、もしかしたら、はずれの道には落とし穴か何かがあるかもしれないんじゃない?」

 僕はヴァルバにそう言った。この神殿には侵入者対策の罠があるって王は言っていた。ゲームなら引き返せるかもしれないが、これは現実なんだ。

「けどなぁ、罠があるとは限らんぞ?」

「まぁたしかに」

「……とりあえず、右に行ってみるか」

 僕はうなずき、右の通路に行った。危険があるかもしれないが、ヴァルバの言うことももっともだ。

 右の通路を進むと、行き止まりだった。壁には1匹の鳥、その後ろには剣が描かれていた。

「なんだ、行き止まりか」

「じゃあ、左だったのか。戻ろう」

 僕たちは引き返し、左の通路を進んだ。そこを同じくらい進むと、再び行き止まりだった。そして、右の通路と同じく、壁には1匹の鳥と剣が描かれていた。

「おいおい、どっちも行き止まりじゃねぇか」

 ヴァルバがため息をつきながら言った。

「奥に行く道が無い……。どういうことだ?」

 僕は辺りを見回した。この左の通路は、右の通路と同じくらいの広さだ。さっきの別れ道から、この行き止まりに至るところまでの距離も、ほぼ同じように感じた。

 そういえば、違うといえばこの壁画だ。

 この壁画、右の通路の鳥の絵は右を向いていて、ここの通路の絵は左を向いている。鳥の後ろにある剣、組み合わせると剣を交差しあっているように見える。……これが、なんらかのヒントなのだろうか。

 うーん。ガイアでいくつかのゲームをしていく中で、謎解きの能力を培ったはずだ。ゲーム能力を存分に発揮すれば……。

「ヴァルバ、この絵がヒントなんじゃないか?」

 ヴァルバはその絵を目を凝らして見た。

「……道が別れた場所にも、2つの頭を持つ鳥の絵が描いてあったな」

 この左の通路と右の通路の壁画の鳥、頭は1つの鳥だ。さらに、後ろに描いてある剣も、1つずつだ。それに関係があるのかな……。

 僕はその壁画にたいまつを目一杯近づけ、顔も近づけて見た。すると、何かが光ったように見えた。

 ……宝石だ。

 鳥の目のところに、小さな宝石が埋まっていた。それは円形で、直径1センチほどの小さなものだった。色は霞んだ白で不透明だったが、たいまつの光に当てられて、少しだけ透けているように見える。

 僕はその宝石に、指先で触れてみた。ほんのりと冷たい感触が伝わってきた。もしかしたら外れないかと、その宝石を指で掴んでみた。すると、その宝石は簡単に外れてしまった。

「なんだ、それ?」

 ヴァルバは僕が掴んでいる小さな宝石を見ながら言った。

「この壁画の目のところに付いてたんだけど、取れるかと思って掴んだら、取れちゃったんだよ」

 ヴァルバは「ふ〜ん」と言いながら、その宝石をまじまじと眺めた。

「……この壁画にあったということは、右の通路の壁画にも同じような宝石があるってことかもな」

「……たしかに。行ってみよう」

 僕たちは足早に右の通路の壁画のところに行った。

 ヴァルバの推察どおり、ここの壁画の目のところに同じような宝石が埋まっていた。

「これも、外れるんだろうか?」

「だろうな。取ってみよう」

 ヴァルバはその宝石に手を伸ばし、鳥の目から手に取った。

「……これでどうするんだ?」

 ヴァルバは頭をかきながら言った。

「ここの鳥とさっきの通路の鳥の目には同じ宝石……。そして、2頭の鳥の絵。もしかして……」

「ん? 何かわかったのか?」

 そう言われ、僕はヴァルバのほうに向き直った。

「中央の2頭の鳥の壁画のところに行ってみよう」

「?? ああ」


 道が左右に分かれていたところに戻り、2頭の鳥の壁画の前に立った。僕は、そこであるものを探した。ヴァルバは何もわからず、僕の顔を頭をかしげて見ていた。

 たいまつを壁画に近づけ、鳥の頭のところを目を凝らしてみて見る。そして、思ったとおり、あるものを見つけた。

「あった。やっぱり、これか」

「おいおい、なんなんだよ、ソラ」

「……ここ、見てみろよ」

 僕はそこを指差し、ヴァルバに見せた。

「鳥の目のところに、小さな穴があるだろ? ホラ、こっちの頭の鳥の目のところにも」

「ほんとだ。……これがどうかしたのか?」

「……わからなかったら馬鹿としか思えないんだけど」

「うっさい。わからねぇんだからしょうがないだろ? 謎解きは大嫌いなんだよ」

 ヴァルバは思いっきり嫌な顔をしてみせた。

「左右の通路の壁の鳥の絵は、1つの頭を持つ普通の鳥が描かれてただろ? そして、ここの壁画には2つの頭を持つ鳥が描いてある。そんでもって、左右の通路には1つずつ、宝石があった。そして、この壁画には1つの頭に1つずつ穴がある。つまり、この穴に宝石を埋めればいいんだよ、きっと」

「なんで?」

「左右の壁画の鳥の後ろに描いてあった剣、重ね合わせると、うまいことここの壁画の対になってる剣になると思わないか?」

 僕は少し得意になって説明した。

「なるほどな。じゃあ、ここの穴に宝石を埋めれば、奥に通じる道が開くってことか?」

「う〜ん、どうだろ。そこまではわかんないや。もしかしたら、何かの罠かもしれないし」

 無いとも限らないからね。いきなり床が開いて、グサッ……みたいな。

「なんだよ、それ」

「そんな変な顔するなよ。皇隆王にでも聞かないと、罠かどうかなんてわからないだろ? それに道が無いんだから、何かしないと前に進めないだろ」

「だけどなぁ……」

 ヴァルバはばつが悪そうな顔をした。

「とにかく、宝石をはめてみようよ」

 ヴァルバはうなずいた。

 僕は、壁画の2つの小さな穴に宝石をはめた。しかし、すぐには何も起こらなかった。僕とヴァルバは、辺りを見回した。何も起こらないので、不安になったからだ。

 すると、ズシン、と大きな音が響いた。それは大きな振動で、この神殿が揺れたように感じた。そのせいか、天井から砂がサラサラっと振ってきた。そして、壁画の壁が突然、鳥の体が縦に切られたかのように割け、壁の右半分は右の通路を、片方は左の通路をふさぐように移動した。そして、目の前に一つの階段が現れた。

「おお〜……」

 ヴァルバはその階段を見ながら、感嘆の声を上げた。僕も驚きを隠せず、口を開けたまま、その光景を見ていた。

「本当に、道が開けた……」

「お、おい、ソラ。まるで、違うんじゃないかって思ってたようないいぶりだな」

「ま、まあ、こんな簡単な謎解きでいいのかなって思ったしさ」

 ゲームでもこんな簡単なものだと、ちょっと拍子抜けというか……。

「そうか? 俺が1人でここに来ていたら、絶対にわからなかったと思うぞ?」

「ハハ、だろうね」

 ヴァルバは「馬鹿にしてんのか!?」と、ふざけながら言った。

 僕たちは階段を進んだ。



 階段は、入り口の階段と同じくらいの長さで、2分ほど歩いて行くと、ようやく底が見えた。

 またもや、通路に出た。しかし、その通路を進んで行くと、すぐに行き止まりに着いた。

「なんだ、また行き止まりか」

 ヴァルバはため息混じりで言った。

「う〜ん、また謎解きかな?」

「かもな。あ〜あ、面倒くせぇ」

 ヴァルバは肩をがっくりと下げた。まあ、ヴァルバの気分はわからないでもない。こんな暗闇の神殿の中を、うろうろしているのは気分がいいものでもない。

「仕掛けなら、どこかに何かがあるはずなんだけど……」

 僕はその行き止まりの壁を眺めた。この壁には、絵画らしきものなんて1つもなかった。レンガで作られた壁は、そのレンガの隙間が小さな迷路のようになっていて、きれいな線ができていた。その線を上から下へ、ゆっくりと見ていると、壁の真ん中より20センチほど下のところに、変な隙間があるのを見つけた。

 それは、レンガ同士の隙間なのかと思ったのだが、その一部分だけ少し大きな隙間になっていた。2〜3センチほどだろうか、剣がすっぽりと入りそうな大きさだ。

「ヴァルバ、この隙間……なんだろう?」

 僕はその隙間を指差しながら言った。

「……あからさまに怪しい隙間だな。もしかして、これがさっきと同じような謎なんかな?」

「さあ、どうだろ」

「……剣でも入れてみたら?」

「剣?」

 僕は頭をかしげた。

「ソラの持ってる剣が、ちょうど入りそうな大きさの隙間じゃないか。もしかしたら、それがスイッチなのかもよ?」

「どうして?」

「だってよ、この国の民族は『剣の民』って呼ばれてるんだぜ? 剣を使って謎解き、なんてこともありそうな話だろ?」

 ヴァルバは手を広げて言った。

「たしかに、ヴァルバの言うことも考えられるな……。やってみようか」

 僕は腰帯に付けていた剣を抜いた。この剣は、ルテティアを出る時にアルベルト王子からもらった、高そうな剣だ。そういえば、剣を抜くのはけっこう久しぶりのような気がする。けっこう長い間、ダーナ砂漠でうろうろしていたから、練習する暇も無かった。というより、暑さと疲れで練習する余裕が無かったからか。

 その隙間に、ゆっくりと剣を入れてみた。なんと、隙間の大きさと剣の厚さはピッタリだった。

 剣の刀身が見えなくなるところまで入れると、再びズシン、と大きな音が響いた。さっきと同じように、神殿全体が少しだけ揺れて、しばらくすると変化が表れた。

目の前の壁は大きな音を立てながら、どんどん後ろへ下がって行った。そのスピードは、とんでもないくらい速かった。目で追える程度ではあったが。

 またもや、僕とヴァルバはその光景を微塵も動かないで見つめていた。

「……すごいもんだな、大昔の神殿も」

 ヴァルバが言った。

「これが罠なのかな?」

「さぁな。だとしたら、なんと殺傷能力の無い仕掛けだこと」

 ヴァルバは苦笑いして言った。たしかに、これが侵入者対策の罠だとすると、あんまり効果が無いのでは……。

 そんなことを考えていると、開けた通路の左右の壁の燭台に、灯が灯り始めた。僕たちの近くにある燭台から、ずっと奥の燭台へ、順番に灯っていった。

「……これまた驚きの仕掛けだな。どういう原理で火が灯るんだろ?」

「たぶん、魔法石の力だろ」

「また魔法石?」

「まぁ予想だけどな。この壁が後ろに下がると同時に、炎のエレメンタルが入れられた魔法石が起動して、火が灯る仕組みなんだろう」

「……魔法石って、何でもできるんだな」

「上手く使えばあんまり不自由はしない。けど、空を飛んだりすることはできないがな」

 空を飛ぶ、か。『ガイア』には、飛行機があった。修学旅行でしか乗ったことがないし、そこまですごいとは思わなかったが、今考えると、あんな大きな鉄の塊が何十人という人を乗せ、大空を飛び、世界の端から端まで行くことができるというのは、なんとも偉大なことなんだ。この世界に来て、しみじみとあの世界の文明が僕の生活を豊かにしてくれていたということに気付いた。

 だが、それは同時に何かを捨てていた。この世界に来て、初めて気が付いたことの一つだ。

 最初の通路とは違い、今回の通路は幅がけっこう大きかった。ところどころ、横には部屋があった。

通路の奥には、大きな扉が1つあった。ここからでも灯りのせいか、それがよく見える。

 僕たちは1つの部屋の扉を少しだけ開けて、覗いてみた。その部屋は普通の寝室、といった感じだった。隅に、汚れたシーツがかぶせられたベッドがあり、部屋の中央にはほこりまみれのテーブル。撒き散らされた本の数々。本もまた、ほこりをかぶっていた。ほこりというより……砂かもしれない。少し暗いので、確認できないけど。

 他の部屋も覗いてみたが、ほとんどが同じような感じの部屋だった。

「ここらへんの部屋は、何に使ってたんだろ?」

 通路を歩きながら、ヴァルバに訊いた。

「皇隆王が言うには、この神殿は啓示を下したイデアの神と、剣神ローランに即位と誓約を伝えるための儀式を行うために造られたものなんだから、その儀式の準備をするための部屋、あるいはこの神殿に住み着いて、掃除や管理をしていた人の部屋だったのかもな」

 ということは、この神殿が建造された頃からある部屋ってことか。そうとなると、2000年以上の前の部屋を使うのは、なんだか気分がいいものではない気がする。

「本とかにかぶっていたほこりを見ると、相当長い間、使われていないんだろうな」

「だろうな。まぁ、砂の中に埋もれている神殿の内部で生活したいなんて思う人はいないだろ」

 ヴァルバは笑いながら言った。


 僕たちは通路を進み、奥の大きな扉の前に立った。その大きさは、イデアの王宮の謁見の間と同じくらいの大きさだ。

「まるで、この先に王様がいそうな感じだな」

 大きな扉を見上げながら、ヴァルバは言った。

「ハハ、まさか。いたら怖いよ」

 亡霊じゃあるまいし。

「冗談に決まってるだろ? ま、何かがいそうな気がしなくもないがな」

「たしかに。皇隆王が言っていた侵入者対策の罠なんて、どこにも見当たらなかったから、もしかしたらこの扉の奥に、とんでもない罠があったりするかもしれないもんな」

「……怖いこというなよぉ」

「……こ、怖がんなよ、気持ち悪い」

 僕は吹き出しそうな気持ちを抑えた。だって、笑ったらヴァルバに何か言われそうだったから。

 ゆっくりと扉を押し開けると、そこには広々とした空間が広がっていた。前に進み、その広間に進む。

 広さ、天井までの高さは高校の体育館と同じくらいだろうか。天井の中心から、大きな燭台が垂れ下がっており、そこには通路と同じく、火が灯っていた。たぶん、同じ原理なのだろう。壁には、ヘビや剣、人の絵が描かれていた。これらは、もちろんイデアを象徴するものだ。

「広いな……。ここで儀式をしてたんだろうか?」

 ヴァルバは天井を見上げた。

「天井があれだけの高さってことは、僕たちはそれだけ下に進んでいたってことか」

「そういうことになるのかもな。もしかしたら、もっと下に進んでいるのかもしれないが」

「……青空が恋しい」

 そう言いながら、僕たちは天井を見上げながら歩いた。

 ふと、視線を真っ直ぐに戻した。広間の奥には、1つの台座があった。そこには天井の燭台の光が届いていないのか、暗くて何があるのかよくわからない。

 少し目を凝らして見てみると、その台座に何かが、いや、誰かが座っているのがわかった。


「……誰だ?」


 ヴァルバが、広間に響き渡るほどの大きな声で言った。ヴァルバも、その台座に座っている『誰かが』に気付いていた。

 ヴァルバの声に反応し、黒い影が少しだけ動いた。


「なんだ、気付いたのか」


 聞き覚えのある声。男の声だ。

 僕はハッとした。そう、この声……



 インドラの……ホリンだ。





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