25章:黄砂の王都 ローヴナー
真っ白な光に包まれ、僕たちはその中を漂っていた。しかし、その感覚はほんの数秒だった。
光が消え、落ち着いてきたところで辺りを見渡した。
さっきまでの砂漠の世界が消えて、数十メートル離れた先に、大きな城塞が見える。王都ルテティアとまではいかないけど、それなりに立派な城塞だ。ヴィンラントのように黒く、どっしりとした威容を放つ。高さは、そこまで高くはないと思う。
「……あれ? ここは?」
ヴァルバが目をこすりながら言った。
「たぶん、ローヴナーですよ」
「ローヴナー? アンナ、何言ってんだ。俺たちはダーナ砂漠にいたんだぜ? どうしてイデアに……」
ヴァルバは言葉の途中で、辺りを見渡した。そして、顔の動きを止め、視線の先にはあの城塞があった。
「……ん? あれ、ローヴナー?」
「そうだって」
僕がそう言っても、ヴァルバは目をパチクリさせるだけだった。
「マジで?」
「そ。マジよ」
「……マジ?」
「だから、マジって言ってるでしょ?」
リサがヴァルバの額にデコピンをして言った。
「お、お前! また『アース』を使ったのか!?」
ヴァルバが額を押さえながら言った。
「そうだけど?」
「あれほど簡単に使うなって言ったじゃないか!?」
ヴァルバは血相を変えて、リサに言った
「だって、あんたたちが持っていた食料じゃあ、ルーテまでもたないかもしれないって思ったし、ソラとアンナに頼まれちゃったしなぁ」
「だからって、お前なぁ……」
ヴァルバは大きくため息をついて言った。
「……自分の体のことなんだから、少しは気をつけて禁呪を使えよ……まったく」
体のこと? リサの?
「大丈夫だって。少し休めば、どうってことないよ」
リサは微笑みながら言った。
「……あのさ、リサがどうかしたの?」
「ん、まぁ……実は、禁呪を使うとあることが起きるんだよ」
リサは頭をポリポリかきながら言った。
「どういう?」
「禁呪っていうのは、かなりの魔力を消耗するんだ。それは、各属性の最大級魔法の比じゃない。だからこそ、古代ティルナノグ人のように特別な力を持った人たちじゃないと、禁呪を扱うことはできないんだよ。けど、あたしならできる。なぜだかわかるだろ?」
リサはニコッと笑った。ラグナロクの人間だから、か。
「だけどね、私のような大きな魔力を持っている人間でも、禁呪を使えば消費される魔力に比例して、自分の体力が想像以上に消耗されてしまうんだ。そんなこんなで、このおっさんはうるさいわけよ」
「お、おっさんって言うな!」
まあまあとリサはヴァルバをなだめた。
「……つまり、下手をすると体に悪影響を及ぼす、ってことか?」
「まぁ、使いすぎるとそうなるね。私はそこまで禁呪を行使していないから、まだまだ大丈夫だよ。シュレジエンに行く時だって、使えばものの数秒で行くことはできたけど、自分の体はやっぱり心配だったしさ」
たしかに、あの時にリサは船を使って行ったな。
「でも、今回は大丈夫なのか?」
「まぁね。休ませてもらえば、すぐに回復するよ」
リサは元気そうな顔をしてみせた。
「……とりあえず、ローヴナーに行こう」
ヴァルバは王都を指差して言った。
イデアの首都ローヴナー。今から1400年ほど昔に天変地異が起こり、当時の都だったイデアは大地の下に消え、栄華をほこった都周辺の地は砂漠と化した。そして、東都と謳われたローヴナーに遷都したのだという。
ローヴナーは水源が近いこともあり、王国が建国された頃から人々が集まり、商業などが発展したのだという。さらに、金銀が多く採掘される鉱山もあり、他国の商人はそれを求めて海を渡ってくるらしいんだが、それは仲のいい国だけ。ルテティアの商人は取らせてもらえないらしく、他国の商人が買った金銀を買って、イデア金・イデア銀を手に入れるのだという。
城門を抜けると、一本の大きな道が先の城門につながっている。道路の左右には、ルテティアと同じく民家や商店が立ち並んでいる。
この道を歩いている人は、なんていうかわかりやすい。外国の人は大体金髪やら赤髪やら茶髪なんだが、イデアの人々は髪が黒い。本当に、アジア系という感じだ。前にレンドの仲間に東方民族かと間違われたことが納得できる。日本人っぽい人たちもいるし。
砂漠のある国だから、もっと乾ききっていて暑くて、地面には砂の色しかないのだとばかり思っていたが、ここはそうでもない。民家の周りには樹木が生えているし、水の音がどこからともなく聞こえるし、想像とはかけ離れている場所だ。ちょこちょこと草も生えてるし。
けど、暑さはラジト以上に暑い。砂漠ほどではないが、空には雲1つなく、お天道様の光がぎらついている。これではものの数日で日焼けしてしまう。
僕たちはとりあえず、旅の疲れを癒すために宿を探した。ここらの建築は、石造りのものばかり。水源があって緑らしいものもあるけど、森林はないから、木の家はないんだろう。
僕たちはこの大通りから少し離れたところにある、1人1泊150セルトという宿屋を見つけた。
「それにしても暑いなぁ、イデアは」
後ろからリサの声がした。
「……おい、なんでお前がここにいるんだよ?」
今回、1人1室で泊まることになったのに、どうしてかリサは僕の部屋に入って来ていた。
「まあまあ、そう言いなさんな」
暑い暑いと言いながら、リサはそこのベッドに寝そべった。
「僕のベッドに寝るな! だから、どうして勝手に入って来てるんだよ?」
「ん? いいじゃないか。たまにはさ」
たまにはってなんだよ……。
「……なんだよ、そのしかめっ面」
エメラルドグリーンの瞳で睨みつける。
「なんでもねーよ。それより、これからどうすればいいんだ?」
「……何を?」
リサはきょとんとして言った。
「だから、どうやってイデア国王に会うのかってことだよ。ルテティアで誰に会ったのか知らないけど、その話は聞いてるんだろ?」
「ああ、それね」
リサは手をポンッと叩き、思い出したように言った。
「それなら、普通に会いに行けばいいんじゃないの?」
なんてことないじゃんっていう顔で言いやがった。
「普通にって……あのな、国王に普通に会うことなんて、一般人にはできないだろ? 普通」
「ハハハ、冗談だって」
リサは僕の肩を叩きながら言った。
「一応、会えることは会えるよ、たぶん」
「? どういうことだよ?」
リサはベッドで大の字になった。
「ちゃんと受付を済ませば、きっと国王に会えるよ」
ニコッと笑いやがったリサの顔に対し、微妙に腹が立つ。こんちくしょう。
「受付って……どっかの大会じゃあないんだから……」
「でも、どこの国でも同じようなもんよ? ルテティアだって、他国の人間ならなぜか謁見できるしね」
「ん……たしかに」
この世界の王様って、ちょっとおかしいつーか、なんつーか。
「時間はかかるかもしれないけど、会えるよ。たぶん」
「たぶんは余計だろ」
「ハハハ、気にしない」
「けど、すぐに謁見できないのか?」
「どういうことさ?」
リサは頭をかしげた。
「お前を使えば、すぐにでも会えるんじゃないのかってこと」
殿下が言っていた。リサを欲しがる人間が多く、各国はリサを賓客として迎えると。
「それがさ、イデア国王には会ったことがないのよ、私」
リサはゴホンと間を置いてから言った。
「ローヴナーまでは来たことがあるんだけど、1度も国王に謁見できていないの」
「なんで?」
「ここの国王って私のこと、どうでもいいって思ってるのよ」
「ど、どうでもいい?」
リサは大きくため息をついた。
「ここの国、ほとんど魔法を使わない国だし、他国を侵攻しようなんてさらさら無いから、私は必要ないわけよ」
「……なるほど」
「そんなもんだから、私がラグナロクの一族だって言っても『あっそ』って言う薄い反応をして、逆に怪しがってんのさ」
リサは以前のことを思い出しなのか、イライラしているようだ。
「……それで、今回は僕たちについて行こうと?」
「んー、まぁそんなところさ。謁見が済むまでだけど」
あーあと言いながら、リサは体を伸ばした。
「あ〜、それにしても暑い!」
「当たり前だろ、砂漠に近いんだから」
「私、暑いのは嫌なんだよ。ここに来るまでは逆に寒いシュレジエンにいたから、さらに暑い!」
「そんなん、知るか。……つか、用が済んだらさっさと自分の部屋に戻れっての」
「あー暑い。暑いから服脱ごっと」
!! 何!?
「ちょ、何言ってんだ!?」
「だから、服脱ごうかなって」
文句でもあるのかという目で彼女は僕を見る。
「ぼ、僕がいるところで脱ぐな! そもそも、男がいる所で――」
僕がそう言っている間に、上の1枚を脱ぎ捨てた。
「……って、おい! 脱ぐなって言っただろ!?」
「なんだよ、ケチ」
彼女はすねたガキみたいな態度をとる。
「ケ、ケチとかいう問題か!? 早く出てけ!!」
「うるさいな〜。ホントにケチだね、あんたって。そんなんだから……」
「うるさいっての!」
そして、この日は過ぎて行った。
翌日、僕たちは王宮へ向かった。
城門から繋がる大通りを進むと、また大きな門にたどり着く。どうやら、この門を進むとさらに多くの人々の住まいがあるらしい。そこは、この大通りみたいに商店などは混ざっていないという。
そこの城門は通称『玄武門』と言われているらしい。どうして、日本の玄武なのか疑問なのだが……。
玄武門は自由に通れるらしいが、日が沈むと出入り禁止となるとか。
門を通ると、ずっと先に城らしきものが見えた。それはルテティアの城ほど豪勢なものではないが、やっぱり王様がいるせいか、重厚感というのを感じる。そういえば、イデアの王様ってどういう人なのか、という疑問が頭に浮かんできた。
「なあ、イデア国王ってどういう人?」
ヴァルバに訊いた。
「今のイデア王国はディルムン朝っていうんだけど、現国王は34代皇隆王っていうんだ」
「コウリュウオウ?」
「代々イデア国王は、他国みたいに『なんとか何世』っていう感じの名前じゃないんだ」
なるほど。中国みたいなもんか。
「ここの国王は、10歳のときに即位したって聞いたけどな」
「そんな若い時に?」
若いというレベルじゃないが。
「だよな? リサ」
ヴァルバが言うと、リサは小さくうなずいた。
「先代国王が聡明で人望もあったんだけど、そのせいで親族には恨まれちゃって、暗殺されたんだっけ」
穏やかな話ではなさそうだ。ていうか、どの世界でも権力争いっていうか、人間くさいことをしてるんだな……。
「ひどいですね……」
「まぁね。けど、それが人っていうもんさ」
「……先代孝武王が34歳で殺されて、彼の信頼篤い配下だった宰相が反対する人たちを抑えて、今の国王……皇隆王を即位させたらしい。けど、それから5年後に、幼い国王に代わって政治を行っていた宰相は急死してしまったんだ」
「その時でも、皇隆王は15歳だよな? その年で政治ができるとは思えないんだけど……」
「たしかに、ソラの言うとおり当時は誰もがそう思ったんだけど、皇隆王は親政を開始したんだ」
「へぇ。すごいな……」
「そして、親族の内乱を鎮め、自分の父の敵をとったのさ」
「かっこいいですね」
アンナが言うと、ヴァルバは「だな」と言って続けた。
「その後、各国との条約を改めて自国の利になるような政策をしてきたんだ。そして、今はシュレジエンと並ぶ平和な国っていわれるようになったんだ」
「たしか、皇隆王は今35歳なんだっけ?」
リサは先にある王城を見つめながら言った。
「へぇ……若いんだな」
「なんたって、10歳で即位した王だからね」
とは言っても、ずいぶん昔の話かと思って聞いてたよ。どうも、国王とかっていうのはひげの生えた還暦ぐらいの人っていうイメージがある。そう、ルーファス8世がまさにそうだったわけだし。
「想像とは違いますね」
アンナが言った。
「あ、僕も。どれくらいだと思ってた?」
「えっとですね、60以上くらいかと。ルテティアの陛下も、60歳になったばかりですし」
60歳であんなに老けこんじゃって……。上に立つ者ってのは、僕たち凡人にはわからない悩みでもあんだろうな。
「ハハハ。皇隆王に言ったら、ショックを受けそうだな」
「若いって言っても、アンナかソラと同じくらいの年齢になる王女がいるよ」
リサが笑いながら言った。
「35歳なのに? ……20歳くらいの頃の子どもか?」
「そうなるね」
「毎度毎度思うが……王様ってのは、子供作るのが早いよな」
ため息にも似た声で、ヴァルバは言う。
「後継者を作るためなんだから、しょうがないでしょ」
リサが自分の前髪をいじりながら言った。
「王家の血を絶やさないために、10歳を過ぎた辺りから許婚をもらって、早ければ14歳には結婚するはずだよ。たしか、皇隆王も14歳で結婚したんじゃなかったっけ?」
「子どもを作るのも早ければ、結婚するのも早いんだな」
「ルテティアのルーファス8世も、17歳くらいのときの息子がいるよ。もう43歳なんだよね」
「あれ? アルベルト殿下が長男じゃなかったの?」
リサは首を左右に振った。
「アルベルト王子は第3王子。第1王子がその長子なんだよ」
「へぇ、そうだったんですね。でも、王宮ではアルベルト殿下とレイフェーゼ王女様しか見かけませんでしたよ?」
「ルーファス8世には5人の子どもがいて、レイフェーゼ王女は第1王女。長男のクレイン王子は43歳で、地方視察に行っている最中らしい。次男で第2王子のカーン王子は40歳で、何をしてるのか知らないが、どうやらヴィンラントにいるらしいな」
ヴァルバは、さらにカーン王子の説明に『遊び人』ということも付け加えた。ま、ありがちな王子様ってか。
「アルベルト王子はもうみんな知ってるから説明はいいか。レイフェーゼ王女が19歳で、末娘のマリア王女が13歳、だったかな? マリア王女は王宮にいるはずだけど、まだ幼いから人前に姿を現さないんだろ」
そんなに子どもがいたんだ。けど、末娘が13歳? ……国王も好きだねぇ、いい年で。
「太子となるのは無難な第1王子か、それとも聡明で判断力・統率力に優れる第3王子のアルベルト王子か。最近、そういう噂が巷に流れてるんだよな」
「普通、長男が継ぐもんじゃないの?」
僕がそう言うと、ヴァルバは頭をかいた。
「普通、はな。けど、アルベルト王子みたいに王としての素質を十分に持ち合わせている王子がいると、長男を差し置いて即位することもあるのさ。ま、誰が太子となるのかは、ルーファス8世次第だけど」
けど、アルベルト王子が跡を継いだら、きっとクレイン王子は黙ってはいないだろうな……。そういうところで、骨肉の争いが起きるんだよな。
「じゃあ、皇隆王の王女様っていくつなんですか?」
「たしか……15、14?」
リサは自問自答しながら言った。
「……曖昧だな」
「あのね、ソラ。国王ならともかく、その子どもたちの年齢まで詳しく覚えてる人間は、その国の人間くらいなもんなの。だから、私が知らなくて当然っていうことなの!」
なぜか怒り、デコピンをしてきた。また避けられなかったし…。
「腕白で活発な王女様らしくて、さすがの皇隆王も困ってるって話だけどな」
ヴァルバは笑いながら言った。
「活発ねぇ」
なんだか、ドタバタお姫様っていう感じか? それとも、父ちゃんには内緒で、城下町に変装して遊びに来るお姫様か?
「お上品なイメージは湧かないよな〜」
ヴァルバは腕組をして、想像を膨らましている。
「ハハ、おてんば姫だから?」
僕も、ついつい笑ってしまう。
「俺としては、ルテティアの王女たちとは真逆のタイプだと思う」
「たしかに。たぶんリサみたいに凶暴なんだよ、きっと」
「……凶暴は余計だ!」
僕はリサからローキックを食らわせられた。ちょうどけつの下あたりを蹴りやがった。おしりをさすりながら、やっぱり凶暴だと改めて実感。
そんなことをして、イデア城の門のところに到着。
「あの、国王様にお会いしたいのですが」
見たことがないくらいリサが丁寧に言った。少し、驚きの表情をしていると、またデコピンを喰らった。
「……何用ですかな?」
まるで、怒っているように門番が言った。
「ひじょ〜に重大な話があるんです!」
リサが門番の顔の前に、自分の顔を突き出した。兵士は顔を赤くしながら、目を泳がせている。まぁ……あんだけの美人だ。目の前に来られると、免疫の無い人は対応に困るだろーよ。
「おほん。そういった、怪しい人間は謁見することはかないません」
「ええ? そこをなんとか」
今度は、リサは困ったちゃんのような顔をした。さすがのアンナも、その姿を見て呆気にとられていた。
「ねぇ、お願い」
「そ、そんなことを言われても……」
門番の2つの目は、リサからそらしたり、戻したりと忙しく動いている。
「せめて、陛下に伝えて。イデアの人間もいるから、絶対に嘘は言いませんって」
女の子みたいな(女の子なんだけど)ことを言いながら、どんどん門番に迫っていく。その光景を、僕とヴァルバは苦笑いをしながら見ていたが、アンナは体全体が硬直してしまっている。
「うう、しかし……」
「ね? お願い」
リサの後ろにいるのでわからないが、たぶん、ウィンクでもしてるんだろう。ああいう手段は、別世界共通なのか? それとも、同じ人だから同じようなテクが生まれてしまうんだろうか。……はっきり言って、どーでもいいけど。
「し、しかたがない。陛下にお伝えする」
なんとリサの作戦(?) が成功し、門番は門を開けた。そして、数メートル離れたところにいた他の兵士が、僕たちを少し門から離れさせ、さっきの門番がイデア城の中に走って行った。
数分後、その門番が呼吸を荒くして戻ってきた。そして、少し自分の呼吸を整え、僕たちに言った。
「陛下が、お会いになられるそうだ。さ、先に進んでよいぞ。ただし、陛下に失礼のないように」
マジで謁見が可能になってしまった。あのリサの方法で?
僕たちは城の扉へ向かった。
「しかし、リサのあの演技で謁見が可能になるとはな」
ハッハッハと、ヴァルバは苦笑いしていた。よほど、あのリサの姿が驚くものだったんだろう。
「すごいもんでしょ?」
偉そうにウィンクして言いやがった。
「……ああやって中に入れるなら、最初っからやっとけっての」
「ハハハ、細かいことは気にしないの」
相変わらず、大雑把な女だよ……。
「そ、それにしても……リサさん、すごいですね」
「アンナ、女にはああいう武器もあるから、覚えといて損はないわよ?」
「は、はぁ……」
アンナも苦笑いしていた。
「何が武器だよ。純粋なアンナに、変な教育をするなっての」
「女として、色気は最大の武器だよ? 知らないともったいないでしょ?」
「……お前な、その最大の武器っていうものを、外から見てる人の気持ちにもなってくれないか?」
「何でよ?」
リサはギロっと睨んだ。
「お前らしからぬお前を見てしまった、僕たちの気分を考えてくれって言ってんだよ!」
「な、なんだって!? このやろ!」
再び、リサは僕にローキックをしてきた。それも3発。
「いてっ!! く、くそ。図星を突かれたからって、暴力に走るなよな!」
「うるさい!」
ちくしょう。女っぽいことを見せない女め。本当に女なのか疑いたくなってきたが、こいつの胸を見ればやっぱり女か、と笑ってしまう自分がいた。
イデア城に入り、案内人に教えてもらいながら中を進む。
この城は、ルテティアの王都ほど豪華ではない。シャンデリアもなければ、色鮮やかなじゅうたんもない。だけど、質素だが豪勢、という雰囲気だ。
壁は少し黄色い。この砂漠の色をイメージしてるんだろうか。いや、城の外見は黒かったけど、中は全体が少し黄色いんだ。
壁の彩色の代わりなのか、垂れ幕みたいなものがいくつか付いている。そして、その垂れ幕に同じような紋章が描かれていた。王冠の上に、2つの剣が対になって描かれている。たぶん、イデア王国の紋章なのだろう。
あちこちに、通路に繋がる入口みたいのがあるが、全て扉が付いていない。青と赤ののれんが代わりに付いている。
階段を上り扉を開けると、また大きな通路が目の前に現れた。その先に、さらに大きな扉があった。扉の前には、黒い衣を来た男が2人立っていた。2人とも、腰には剣を差している。
扉の前に進むと案内人は止まり、扉に向かって頭を下げた。
「陛下、お客人をお連れ致しました」
案内人がそう言うと、2人の剣士が扉を開けた。
その黒い扉が開かれると、大きな部屋が広がった。その先に、垂れ幕が下がっており、誰かがいる。
僕たちは案内人の後に続き、その広間を進む。そして、その垂れ幕の前に止まった。
「そなたたちか。危急の用事で参ったのは」
若々しいが、厳とした声が聞こえた。そして、その垂れ幕が一斉に天井に上がった。
現れた玉座の上に、長髪の男が座っていた。黒髪に褐色。古代中国王朝の人みたいな服装だ。この人が、皇隆王か…。
「私が、イデア34代皇隆王だ」
僕たちは並んで頭を下げた。不思議と、しなければならないっていう雰囲気が流れる。
「さて、そなたたちの自己紹介をしてもらおうか」
いきなり、皇隆王の声が変わった。というか、柔らかくなった……感じか? 皇隆王はニコッと微笑んでいる。
その姿に少し驚いて、言うのが遅れてしまった。
「えぇ…………私は、ソラ=ヴェルエスと申します」
僕は一例をした。
「そんなに固くならなくてもいい。楽に言いなよ」
皇隆王の言葉に、その場にいた誰もが驚いた。いや、案内人などはそうでもない。
「は、はい?」
「楽に言えって言ってるんだよ。俺、そういうのがどうしても苦手でねぇ」
と、皇隆王は大笑いをした。その姿に、僕たちは呆気に取られている。
「ホラ、次。そこのかわいこちゃん」
皇隆王は、僕の隣にいたアンナを指した。いきなり差され、アンナは表情が止まっていた。僕が呼びかけると、あわわわと口が震えていた。
「わ、わ私は、アンナ=カティオっておっしゃいますです」
緊張のためか、前回みたいにアンナは変なことを言った。すると、皇隆王は玉座の手すりを叩きながら大笑いした。
「ハッハッハ! わかりやすい娘だな。よろしく」
皇隆王はニコッとアンナに微笑みかけた。その笑顔でアンナの緊張がほぐれたのか、少しだけ砕けた表情になった。
「さて、そこの……おや、君はイデア人かな? それとも、ゼテギネア人か?」
皇隆王はヴァルバを見ながら言った。
「いえ、私はイデア人ですよ。混血なんです」
「ほぅ、なるほどな。で、名前は?」
「ヴァルバ=ダレイオスです」
「うん、よろしく」
皇隆王はペコリと頭を下げた。思わずヴァルバも頭を下げた。
「そこのポニーテールの子は?」
「リサ=ブレスレッドです。ようやく、お会いできましたね、陛下」
リサは微笑みながら言った。
「ああ、君か。いや、会えなかったのは俺のせいじゃないんだよ。周りのじじいどもがうるさくてな」
いやぁまいったと言いながら、またもや皇隆王は笑い出した。すると、さっきの案内人が言った。
「へ、陛下。そのようなことを言われては、後でお叱りをくらいますぞ?」
「いいの、いいの。気にするな。ホラ、お前は後ろで待機してな」
シッシと、手を動かしながら言った。
「さてと、改めてみなさん、よろしく!」
また、皇隆王は大きく頭を下げた。僕たちもそれにつられて、頭を下げた。あまりに想像とかけ離れていることによって、リサ以外は驚きを隠せない。どう見ても、言い方がどっかの若者にしか見えない。
「それで? 君たちは一体何の用で、俺に会いに?」
皇隆王は手すりに肘を乗せ、ほほを手に乗せた。
「……世界の一大事、とでも言えましょうか」
僕たちはインドラのことを包み隠さず、皇隆王に伝えた。
「なるほど……インドラ、か」
皇隆王のさっきまでの笑顔が、話を進めるうちに、氷が溶けていくように消えた。
「やっかいな者たちがいるものだな」
フーと、皇隆王は長くため息を吐いた。
「しかし、俺にどうしろと?」
「え?」
皇隆王は天井を仰ぎながら言った。そして、ゆっくりと僕たちに視線を戻して続けた。
「我がイデアは、邪神が蘇ろうがなんだろうが、どうでもいいと思っている」
皇隆王の目は冷ややかだった。
「どうでも……いい?」
ヴァルバが小さくつぶやいた。
「愚かな人の為すことだ」
吐き捨てるように皇隆王は言った。
「愚かな人の為すこと……それを止めるのが、同じ人である我々がすべきなのでは?」
ヴァルバが鋭い目で言った。皇隆王はその目から視線をそらさず、こくりとうなずいた。
「たしかにそうだ。しかし、人であるからこそ人は自分たちのしてきたことに責任を持たなければならない」
「…………」
「インドラの者たちが行うこと。すなわち人の所業。ならば、どうして我らが止めることができよう? 同じ人が行う所業を、どうして遮ろう? 同じ人が犯す罪ならば、我らはそれを静かに受け止め、共に罰を受ける。それが、我々イデアの考え方だ」
皇隆王は目を瞑った。
「そう、かもしれない……けど、それは無責任すぎるのだと思います。同じ人がすることだから、他人を傷つけることを放っておけというのは、なんていうか……」
皇隆王は僕を一閃に見ている。黒い瞳が、僕の頭に突き刺さる。
「……心がないと、思います」
「心、か?」
僕は小さくうなずいた。
「多くの人を傷つけることなんて、許されるはずのないことだ。いや、許されないのではなく、してはならないんだ。愚かな人のなす愚行をみすみす見逃して、たくさんの人が苦しむことは、僕は絶対に許せない。……国王であるのならば、民を守る立場の人間として、インドラのすることを止めなければならないはずだ!」
皇隆王は目を細くして、視線をそらさずに僕を見ている。
「……なるほど、よくわかった」
皇隆王は大きくうなずいた。
「すまないね。俺が今言ったことは、全て嘘だ」
王はニコッと笑った。
「???」
「君たちを試すようなことを言ってしまった。申し訳ない」
王は大きく頭を下げた。急展開に、僕たちは顔を合わせあった。ただ、リサだけは笑っていた。
「君たちがどれだけ真剣なのか、聞いておきたかったからな」
ゆっくりと僕たちを見渡す王は、僕を見つめた。
「特にソラ。君のをね」
王は僕を指した。
「自慢するわけじゃないが、俺は他人の『空気』というものを察する能力があってね。……君の背後に見える『何か』……ちょっと、嫌な感じがしたんだ」
王の顔が変わった。真剣な顔だ。
「嫌な感じ、ですか?」
僕が訊くと、王はうなずいた。
「君がどういった目的、あるいは望みがあってここまで来たかは知らない。知らないが、世界の生死に関わることを背負っているのに、君の顔には虚ろなものが映ったように見える」
虚ろ? 僕の中に?
「それが何かはわからない。だが、いずれ君にとっての大きな試練となって、襲い掛かるかもしれない。だから、それを懸念して君に問いたんだ。……いや、君だけではなく、ヴァルバ。君にもね」
王は今度はヴァルバをあごで指した。
「君の中にも、何かしらのものがある。それは迷いなのか、あるいは……」
「……………」
ヴァルバは床に目を向けていた。
「君の……いや、これ以上、推測で言うのは止めておこう」
王は自ら自分の言葉を止めた。
意味深な言葉だ。
僕の中にある虚ろ。大きな試練となって、自分に襲い掛かる? まったくわからない。
「話を元に戻そうか。……俺自身としては、君たちにぜひ協力しようと思う」
王の言葉に、僕は我に返った。
「陛下、本当ですか?」
アンナが言った。
「世界の生死に関わることなんだ、放っておけないからな。国民を守る立場の人間として、無視することはできない。ソラの言ったようにね」
王は僕の方を向いて笑った。
「……けど、大臣たちが黙ってはいないでしょうね」
リサが腕組みをしながら言った。
「リサ、どうして?」
僕がそう訊くと、リサは頭をかいた。
「ここのおじいさんたちの固い頭は有名だからねぇ」
「お、よく知ってるじゃねぇか」
ハッハッハと王は笑いながら言った。
「俺が幼い頃、即位に反対した奴らから俺を守ってくれたのは、そのじじいたちだからな。あいつらの言葉にも耳を傾けなきゃならないんだよ」
王がじじいという言葉を連発するので、後ろで待機している案内人は背中にビッショリと冷や汗をかいているだろう。
「しかも、あのじじいたちが言うこともまんざら嘘じゃないんだよな、これが」
王はばつが悪そうに頭をかいた。
「……じゃあ、イデアが他国と協力して、インドラに対する何らかの対抗策を講じない、ということなんですか?」
僕がそう訊くと、王は首を左右に振った。
「そうとは言っていないが、対抗策を講じるとも言っていない」
まだ、決まっていないということか?
「今聞かされたばかりだからな。しかし、我が国の事情などを考えれば、固い頭を持つじじいどもが、そう簡単に他国と協力するとは思えんからな」
やれやれ、と最後に付け加えて、王はため息をついた。
「方法はないんですか? その人たちを納得させるようなことは」
アンナが困ったような顔をして言った。
「そうだなぁ。もし、じじいたちを納得させることができたとしても、それに納得できない民もいると思うからなぁ。どちらにせよ、ルテティアに協力することはできんと思うしな」
「……やっぱり、昔の侵略戦争のせいですか?」
「おっ、ソラ、知っていたか? たしかにそういったこともあるんだが、その戦争に関して我々はそこまで怒ってはいない。もう400年も前の話だからな。昔のことをいちいち気にしていては、イデアも前に進まないからな」
「?? じゃあ、どうして仲が悪いんですか?」
「……アンナ、君はルテティアの人間だよな? 知らないのか?」
王の顔が、険しくなった。眉間にしわを寄せ、細くした目はなんだか怖く感じた。
「な、何をですか?」
「……そうか。君が田舎の人間ならば、到底知りえない話であろう」
王は大きくため息をついた。しばし、沈黙が流れた。なんなんだろう。間を置かれると、かなり気になる。
「ルテティア王国に大昔から伝わるものがあるんだ。なんだかわかるか?」
王は逆に僕たちに質問を投げかけた。僕やアンナはその問いに戸惑い、顔を見合わせた。
「わからないかな? ヴァルバ、君は?」
「……さぁ、わかりかねますね」
ヴァルバは顔を振った。
「……あまり、自分の口で言いたくはないのだが……」
王は苦しそうな顔をした。そして少し間が開き、王は言った。
「大昔から伝わるルテティアの伝統、とでも言えようか。あるいは、人としての業とでも言えようか。古代の世界を完全に支配し、超高度文明を築き上げたティルナノグ帝国。2000年以上経った今でも2大陸の諸国は、その技術の片鱗に近づくことさえできない。そのティルナノグ帝国の皇室とその血に連なる王族、そして貴族と限られた人間たちは、今では考えられぬほど裕福だったという。それはなぜか? 彼らが裕福であるが故に、牛耳られる人間たちがいる。それは今の世界でも変わらないかもしれないが、当時は今の人々のようにそれなりの民権が与えられていたわけではない。……帝国の人口の約9割が、そういった身分の人間だった。そう、『奴隷』と言われる人々だ」
奴隷。
その言葉を聞いて、気分のいい人間はいないだろう。僕の心に、どんよりとした空気が流れた。
「ドレイ……?」
アンナはわからないようだった。たぶん、聞いたこともない言葉なのだろう。
「同じ人に隷属され、生き物として扱われず、無理矢理働かせられる人間たちのことだ」
王は続ける。
「ティルナノグ帝国が『神罰』と呼ばれる神の矢によって滅ぼされた後、解放された人々は、ティルナノグの行った愚行の数々を絶対に行わないと誓ったという。その奴隷制に関しても、な。しかし、やはり人は同じ過ちを犯してしまう。そう、このロンバルディア大陸を完全に支配し、天下統一を目論んだミッドランド帝国は、我がイデアの民やシュレジエンの民など、征服した国の民たちを奴隷として扱っていた。男は肉体労働、女は口に出すことさえ禁じられる行為を、奴隷だからということでさせられてきたらしい」
……どこの世界にも戦争というものがある限り、隷属されてしまう人は無くならないのだ。ガイアでの主だった国が奴隷制を廃したのは、100年か……200年くらい前の話だ。
「その後、魔王アルヴィス1世が死に、ルテティア公国により滅ぼされ奴隷制もなくなる……と思われたが、そうもいかなかった」
王は顔を曇らせた。
「ルテティアは王国となった後、自国の領内にいたミッドランド帝国の中枢を担った人々を奴隷とした。それは、それまでの復讐だったのだろう。当時のイデアは復興を手助けされた手前、そのことに関しては何も言わなかった。だが、400年前の侵略戦争により、知ってのとおり我がイデアは国王が戦死し、大敗北を喫した。その時に獲られた領土にいた多くのイデア人は、奴隷にされたのだ」
「イデア人が……」
僕は思わず言葉が出た。
「そう。その後、休戦協定が結ばれ、友好関係を築こうとしたルテティアだが、我がイデア人を奴隷にしたままであり、奴隷制は今日に渡って続いているということを鑑みると、我らは到底許すことができないのだ。イデア人として、人として」
王は目を瞑り、静かに息をした。冷静には見えるが、その奥、あるいは裏に燃え盛る怒りの炎があるのを、ここにいる誰もが気付いているのだと思う。
「それが陛下が……いや、この国がルテティアと協力できない理由なんですね?」
リサがすぐさま言った。
「そうだ、な。……ティルナノグ帝国の支配期に何百年の間奴隷として扱われ、2000年以上経った今でも、我がイデア人が奴隷として扱われてる以上、ルテティアに協力することは無いだろう」
「なるほどね……」
奴隷……。僕が生きている時代には無かったが、世界4代文明の時代から、1800年代まで奴隷制があったらしい。詳しくは知らないけど。
「奴隷制…この世界でもあるんですね」
「この世界? 意味深なことを言うな、ソラ」
そうか。王はまだ僕が、別世界から来た人間ということを知らないんだ。リサのほうに向くと、彼女は小さくうなずいた。言ったほうがいいということだろう。
「実は、陛下」
「ん?」
僕は自分がこの世界の人間ではないことを説明した。
陛下はなかなか信じてもらえないので、証拠として「漢字」を披露した。「東空」と自分の名前の漢字を見せると、目を丸くした。
「……本当にあの伝説の世界が存在するとはな……いやはや」
王は喜びつつも、少し苦笑いをしていた。
「……で、ルテティアは奴隷制を施行している限り、イデアは協力するつもりは無い、ということですか?」
ヴァルバが言った。王は小さくうなずいた。
「じゃあ、自国の民以外の人間が苦しむのを放っておくということなんですか?」
そうか……。王が協力しないということは、他国の人間がどうなろうと知ったことではないと捉えられてしまう
王は少し考えらながら、口を開いた。
「そういったことはしない。そこまで非道な人間ではないのでな。俺が言っているのは、ルテティアと協力するということはできない……ということだ」
「…………」
それは、それでひどいような気がしないでもないが…。
「とにかく、インドラに対しては俺らなりに協議し、ルテティア以外の国とも協議して、何らかの対策を講じるつもりだ」
どうやら、なんだかんだ言いつつも協力してくれるということのようだ。ルテティアとは手を結ばないが、国民に罪は無い……と、王は付け加えた。
「その前に、お前たちにしてもらわなければならないことがある」
「…………?」
王はすくっと立ち上がり、階段を下りた。そして、僕たちの目の前に近寄ってきた。
「お前たちというより、ヴァルバとソラにしてもらう」
「??? な、何をですか?」
僕がそう言うと、王はほくそ笑んだ。
「それは、試練だ」
「し、試練?」
王は大きくうなずく。
「古来より、イデアでは国王に嘆願する者は男であれば、しなければならない試練というものがあるのだ」
王は僕とヴァルバを横目で見た。
「君たちが通ってきたはずの『忘却の砂漠』には、この国の古の都が眠っているのを知っているかな?」
「古の都……イデアのことですか?」
ヴァルバが言った。
たしか、ヴァルバが言っていたっけ。建国当初、王都は今の砂漠にあったらしく、天変地異によって地中に埋もれてしまったと。
「そうだ。その古都イデアの近くに、代々の国王が儀式を行ったという神殿がある。その神殿に行き、ある物を取ってくるというのが試練の内容だ」
王はうれしそうな口調で言った。
「どうして、男はそんな試練をしなければならないんですか?」
僕がそう訊くと、王は再び微笑んだ。
「イデアでは、男は強くなきゃならん。ていうか、男は強くなきゃダメだろ?」
「は、はぁ……」
あまりにも断言するので、思わずうなずいてしまった。
「それに、王に願いを申請してくるならば尚更だ。そのために、古代の神殿に行って男としての強さを見せるのさ。わかるか?」
王は僕の頭を人差し指で押した。王は、中国王朝の偉い人……あるいは、日本のはかまみたいなものを着ており、それの色は黒い。そのためか、体が細くみえる。身長は僕と同じくらいだろうか。
「というわけで、君たち2人には明日、出発してもらう」
「明日!? は、早くないですか?」
僕がすぐさまそう言うと、王は言った。
「早くしたほうが君たちにとっては好都合だろ? 早々に国同士が協議し、対策を講じなければならない時だ。君たちが神殿から男としての強さの証を持って帰れば、じじいたちも認めてくれる。そうなれば、国民もお前たちのしようとしていることに対して、納得してくれるはずだ」
僕は一歩足を引いた。この王様は、ルテティアの国王とは別格だと思った。格が違う。エリートとでもいうのか。こんな人が治める国の人々は、きっと幸せなんだろう。苦笑しつつも、そう感じた。
王の言葉には説得力がある。王様の言うことは尤もだ。
「さて、納得してもらえたかな? ヴァルバ君、ソラ君」
王は得意そうな顔をして言った。僕とヴァルバは顔を合わせた。ヴァルバは、なんだか嫌そうな顔をしていた。こいつのことだから、面倒くさいんだろうな、きっと。そう言う僕も、面倒くさくないと言ったら嘘になるが、ここはするしかないだろう。
僕はアイコンタクトでヴァルバに言った。「やるしかないだろ」と。ヴァルバは大きくため息をつきながら、頭をかいた。
「……わかりました。やります。な? ソラ」
ヴァルバは僕の顔を見ながら言った。
「……やりますよ、陛下」
「おいおい、やりますじゃなくて『やらせてください』だろ? お前たちが協力してくれって言ってるんだからさ」
嫌味っぽく、王は笑って言った。僕は思わず笑ってしまった。僕とヴァルバは再び顔を合わし、王に言った。
「『やらせてください』、陛下」
その場にいたリサやアンナも、笑ってしまった。