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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆3部:記憶を求めて
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24章:忘却の砂漠 砂塵の向こうで待つ者たち



 ようやくヴァルバの傷は完治した。高等治癒機関による治療により、普通は数ヶ月かかる傷も、1週間程度で治ったのだ。「治癒魔法」といって、損傷した細胞や筋肉組織を繋ぎ、元に戻すものらしい。攻撃系魔法に比べて扱いが難しいらしく、さらには特殊なエレメンタル(光の元素と基本元素を組み合わせたものらしい)であるため、上位魔法を扱える魔術師でもあまり扱えないのだとか。

 僕はこの1週間で、けっこう剣さばきが上手くなった気がする。殿下は今まで剣を扱ったことが無いのに、呑み込みが早いと褒めてくれた。


「持って生まれた才能かもしれんな」


 とは言うものの、至極平凡な僕に剣術の才能〜? なんか、嘘を言われているような気分だ。素直に喜べばいいのだが……所詮、人殺しの技だしな……。

 殿下と宰相、2人は似ていると思った。なんていうか、兄弟のように見える。幼馴染だということもあると思うけど。

初めて出会ったときの印象は、2人ともクールで、そこらへんの丁寧な貴族と同じだと思ったのに、なんていうか、大雑把で、ユーモラスがあり、お馬鹿なことを言う人だった。面白いんだけど、僕の王子と宰相っていうイメージを崩された感じだ。まあ、ああいう人だからこそ、すごい人なのかもしれないんだけどさ。

 元老院の筆頭であるステファンが死んだため、そして彼の執務室から発見された資料から賄賂を受け取っていた者・協力者などが判明。多くの有力議員・元老院議員が捕らえられ、朝廷の編成が忙しいとのこと。それでも、インドラに対しての会議は毎日為されている。

 その会議の内容としては、明白になったインドラが使用する「暗黒魔法」についてだ。

そもそも暗黒魔法というのは、古代魔法の一種でティルナノグ帝国が作り出した最悪の魔法らしく、世界を構成する7つのエレメンタルを含んでおらず、特殊なエレメンタルを持っているらしい。それは解明されていないが、闇のエレメンタルに近いものであるという。

 遥か昔には、そういった特殊なエレメンタルは自然界に存在していたのだという。なぜ存在しなくなったのか、その理由は解明されていない。ティルナノグ帝国や、それ以前に存在していたといわれる「創世時代」の国々によって枯渇したのではないか……というのが、最も有力な説だとされる。

 おっと、話が変わっていた。

 暗黒魔法は前にも言ったけど、1度でも喰らうとその後、体が強力な毒素に犯され、死に至る。ステファンは人体実験も行ったらしく、ほんの数分〜数十分で死亡したという記録が記されていた。「所詮伝説」と高をくくっていた多くの貴族・大臣は、あまりのことに肝を冷やしたそうだ。

 対策を講じるといっても、ステファンの資料には「いかなる魔法でも治癒することはできない」と記されていたため、「論議など無意味」と思っている議員が多く、会議はなかなか進展していない。何せ、2000年以上も昔に開発された魔法だ。当時よりも技術の低い今の時代、どうにかしろという方が無理な話なのかもしれない。

 暗黒魔法にしても巫女にしても……この世界には謎が山ほどある。

 この世界とあちらの世界。どういった関係で繋がっているのか。どういう成り立ちでこうなったのか。……この世界に、その謎を解く鍵があればいいんだけど。


「では、気をつけて行けよ」

 見送りには、殿下と王女様が来てくれた。宰相たちは議会のため、忙しいそうだ。

「短い間でしたけど、お世話になりました」

 アンナが丁寧に頭を下げた。

「しかし、本当にいいのか?」

「……何がですか?」

「爵位を賜るという話」

「…………」

 そう、アンナは爵位を授かってはどうかという話を持ちかけられた。行方不明だと思われたブルターニュ子爵の娘がいたから、後継者として爵位と領地を相続してはどうかというものだ。国王が言い出したらしいが、まあ、謝罪というのはこういったものでしか表せることができないんだろう。

 けど、予想していたとおりアンナはそれを断った。自分は人の上に立つような人間ではないと。民から税金をもらうようなことはできないとまで言った。国王としては、クテシフォン公爵の領地を含め、王族直轄の領地が増えるから裏でニヤニヤしてるんだろう。

「君のような人こそ、人の上に立つべきなのかもしれないが」

 殿下はどこか哀しげに言葉を放った。

「……ソラ君、君は短い間で上達した。ヴァルバ殿と一緒に力を合わせ、アンナさんを守るのだぞ」

「……わかってます」

 自信は無い……いや、そう思っちゃいけない。二人を護れなくて、空を救えるのかって話だ。

「へっぴり腰になんなよ?」

 後ろでヴァルバがニヤニヤしながら言った。

「うっせ! これからを見とけ!」

「おっ、なんか俺が見ない間に成長したか?」

「今度見せてやるよ。……人を殺すことには、まだ抵抗があるけどさ」

「……そこは気長にしないとな」

 と言って、ヴァルバは僕の肩を軽く叩いた。たしかにヴァルバの言うとおりだが、僕のせいで……僕の中に迷いがあったせいで、みんなが傷ついた。それを考えると、気長に結論を出せるものではない。

 ……やれやれだよ、ホント。

「それはさておき、君たちに話しておかなければならないことがある」

 殿下は一呼吸入れ、話し出した。


「リサのことだ」


「リサ、ですか?」

 リサか……。最近、すっかりあいつのことを忘れてたな。そんなことを言えば、またデコピンが飛んで来るんだろうけど。

「彼女に対し、いろいろと不思議な点が浮かんでくるはずだと思うが」

「まぁたしかに……リサは貴族とかでもないのに、どうして他国の偉い人にあったりできるんだろうと思いましたけど」

「彼女は貴族ではない。しかし、貴族ではないがもっと別の人間なんだ」

「…どういうことですか?」

 僕が訊くと、殿下は王城のあの金色の鷹を見つめた。今日は雲1つない晴天で日差しが厳しいが、心地よい風がさっきからずっと吹いているので、夏だというのに春のような気分だ。

「……彼女は特殊な一族の人間なのだよ」

 殿下は僕たちに向き直った。


「『ラグナロク』と呼ばれる一族の人間なんだ」


 ラグナロク……? それ、北欧神話のやつか?

「『ラグナロク』は強大な魔力を秘めた一族で、それは常人の理解を超えるほどだ」

 一般人では扱うことのできない魔法を使用できると云われているそうだ。

「そして、彼女はその一族の生き残りだと云われる」

「生き残りって……滅んだんですか?」

 アンナが言った。

「ああ。2000年くらい昔に、突然姿を消したと言われる。……そもそも、1人で一個中隊を壊滅させることができる魔力と力を持ち合わせていると云われ、国としては欲しい逸材なのだよ」

 生き残りがいることを信じて、ルテティア王国や神聖ゼテギネア帝国のような国は、彼らを求めていたのだとか。

「すでに伝説だと思われていた6年前……リサはこの国にフラッと現れた」

「6年前……?」

 ということは、リサは10歳か? ……そんな幼い頃に、1人で旅をしているというのか?

「リサは1人だったんですか?」

 僕は疑問に思ったことをすぐに訊いた。

「ああ。彼女はなぜか1人だったし、ひどい怪我をしていてな。それで、1年間ほど高等治癒医療機関で療養していたんだ。そこを使わしたのも、彼女が普通の人間ではないとわかっていたからね」

 高等治癒医療機関は一般人が利用することはできない。王侯貴族、あるいは戦時にだけ使用する。

「そして何者なのかを問うと、ラグナロクの者だというのでこちらは大騒ぎ。最初は疑ったが、彼女の持つ大きな魔力や見たこともない魔法、卓越した格闘能力。信じるほかになかった」

「……あいつ、すごい女なんだ」

「想像できませんでしたね」

 僕とアンナは顔を合わせて言った。

「父上はこの国の貴族として受け入れようとしたが、体よく断られてしまった。その後、彼女は諸国を放浪して各国の王に謁見しているそうだ。……まぁ、ここ最近父上はリサには会いたがらないがね」

 理由を問うと、「無礼だから」らしい。リサだもんな……。どうせ、ズカズカと言いたい放題のことをしてきたんだろう。容易に想像できてしまう。

「しかし……何のためにあいつはそういうことをしてるんだろう?」

 僕はぼそっと呟いた。

「なんのために僕のいる世界に来たり、あちこちで動き回ってんのかな……」

「それは、インドラをどうにかするためじゃないか?」

「インドラが結成されたのは3年前だろ? だったら、6年前から国々を歩き渡っているのはなんなのか、気にならない?」

「ん……まぁ、言われてみればそうだな」

 ヴァルバは腕を組んで言った。

「リサにはリサなりの、個人的な目的があるということなのだろう」

 殿下が言った。

「目的、か」

 もしかして、大怪我をして王都にたどり着いたっていうことが関係するのかもしれない。

「なんにしても、そればかりはリサ本人に聞かないとわからないことだ」

 殿下は頭をかきながら言った。

「……ですね」

「さて、そろそろ出発するか」

 ヴァルバが背伸びをしながら言った。

「そうですね。もう、お昼になりますよ」

「じゃ、ささっと行こうか」

 僕たちは顔を見合せ、馬車に乗り込もうとした。

「おっと、ソラ君、君に渡したいものがあった」

「はい?」

 殿下は王女様から、何かを受け取った。そしてそれを差し出した。

「これ……剣、ですか?」

「ああ。君にあげようと思ってね」

 殿下はニコッと微笑んだ。

「けど、こんな立派なものを……」

 その剣は大きさと重さは前の剣とほとんど変わらない。しかし、刀身がすごく輝いていた。鏡のようで、僕の顔を映し出している。鍔の部分なんて、金が備え付けられているように見える。

「君が持っていた剣では、これからの戦いでは役に立たないかもしれない。それに、すでに刀身がボロボロだった。あれでは、鍛冶屋でも直すことはかなわないからな」

「そう、ですか……」

 あれはあれで気に入っていた。初めて手にした武器だったし、少し思い入れがあった。けど、もう直せないほど壊れているのなら仕方ない。武器が武器として機能しないなら、必要ないのだから。

「これでヴァルバ殿とアンナさんを守り、君の大切な人が救い出せるよう祈っているよ」

 殿下はその剣を自分の額に付け、おまじないをするようにつぶやいた。そして、僕に手渡した。

「ソラ君、がんばりたまえ」

「はい。……ありがとうございます」

 僕はお辞儀をした。アンナとヴァルバも、丁寧に頭を下げた。

「じゃあ、お世話になりました!」

「気をつけてくださいね、みなさん」

 いつ見ても上品さを失わないのが、王女様なのだろうか。ていうか、本当に何度見ても人形みたいな美しさだ。同じ人間とは思えない。

「近くを通ったら寄ってくれ。歓迎するよ」

「えぇ、わかりました。殿下、本当にいろいろありがとうございました」

 殿下は本当に楽しい人だった。王子っていうからいいイメージが無かったのだが、兄さんのような感じだった。もし自分に兄さんがいたら、こんな感じなんだろうか。

 僕たちはヴァルバの馬車に乗って、王城を背にしながら王都を出た。



 目的地はイデア王国の首都・ローヴナー。ルテティアとの国境からずいぶんと離れているらしく、馬車で行くと一月はかかるという。

しかも途中には奥に入りすぎると戻れなくなるという、『忘却の砂漠』と呼ばれるダーナ砂漠がある。都に行くには絶対に通らなければならないところなので、気を引き締めて行けと宰相に言われた。

 まぁ最近は案内人というのがいるらしく、迷うことは少ないらしい。ただ、不法にイデアに侵入した人間は砂漠で迷い、帰らぬ人となってしまうのだという。そのため、あちこちに人骨があるのだとか。触れないようにとも言われたが、触りたいと思う人間のほうが少ないと思うんだけど。

道のりとしては、ここから南にあるヴィンラント(宰相の領地。あと実家である)に寄って、食料などを補充。その後、国境の関所に行って入国認定証の発行をして、砂漠の案内人を雇い、オアシス都市に行って、休憩。ここまでで20日ほどかかる予定。その後、東にずっと進み、古都ソファラに行ってまた東に進み、王都ローヴナーへ行く。

 これまでで最も過酷な旅路になりそうだ。なんつっても砂漠が嫌だ。想像を超えるほどの暑さに、ずっと同じ風景……きっと、途中で気持ち的にも体力的にも参ってくるだろうな……。

 そんなことをボソッと言うと、ヴァルバの肘打ちを喰らった。「行く前からどんよりしててどうすんだよ。シャキッとしな、シャキッと」と、笑いながら言われた。

そりゃあな、ダーナ砂漠を体験したことがある人はいいよ。僕は日本という四季がはっきりとした土地に住んでいたんだ。寒すぎても暑すぎても、この体が付いていけないんだよ。

 途中、僕は恐ろしい話を聞いてしまった。それは、ヴァルバは4回ほど商業の都市であるジェノヴァに行くためにダーナ砂漠を通ったらしいが、3回ほど死に掛けたらしい。ヴァルバはそれを笑いながら言っていたけど、4回も行って3回も死に掛けるというのは、かなり危険な場所ということじゃあないのか? そんな話を聞くと、行く前からどんよりとするのは必然じゃあなかろうか!? ああ! ちくしょう! なぜかその話をアンナまで微笑みながら「それは大変でしたね」って、他人事みたいに言うし。たしかに他人事なんだけど、それが他人事じゃなくなりそうで恐ろしい!



 そんな感じで、気が付けばヴィンラントに着いていた。

 ヴィンラントは、ミッドランド帝国時の諸侯の1つの首都だったらしい。その一族の子孫が、ここを治めるヴァッシュ家なのだという。つまり、由緒正しき一族なのだ。

ルテティア王家がミッドランドを倒すことに協力し、初代国王ウィリアム1世と共に、16代ヴァッシュ家当主ファルコ6世は国家の基盤を築き上げたのだという。

 ヴィンラントは王族もよく立ち寄る都市で『文学の都市』と呼ばれる。文学者、音楽家、研究者などが多く住み、大きな学校もいくつかある。貴族の多くはここで勉学に励むらしいが、ヴァッシュ家の人間は王家の者と交流を交わすために、わざと王立学校に行くらしい。だから宰相と殿下は幼馴染なのだ。

 町の中には多くの学生や、研究者が忙しそうにあちこちを走っていた。みんな同じような服装、つまり白衣なので一瞬、看護士なのかと勘違いしそうだった。

 この都市の建物がほとんどレンガ造り。王都のように木でできた民間の家というのがほとんどない。紺色とでもいうのか、青いような黒いような色だ。ランディ孔のように爽やかな感じではないが、さすが王都近辺の都市だと思わせる。

 都市の中央に貴族の住む高級住宅街があり、王都のような人たちが上品に笑っていた。

 その隣には大きな学校がある。王立の学校らしく、前に述べたように貴族ばかりが通う、超お坊ちゃま学校。文化の都市ということで、かなり高度な勉強をさせられるらしい。それに付いて行けられる貴族の人は、少しイメージとは違った。人の上に立ち、偉そうにしているだけで、勉強とか一切努力していないと持っていたし。

北、東、南には5つの居住区があり、富裕層の人たちが住んでいる。逆に西はスラム街と言い、言葉のとおり貧しい人や捨てられた子どもたちが肩を寄せ合って生活している。

 宰相はそのスラム街のことについて悩んでいるらしく、自分の資産を使ってどうにかしようとしているが、なかなか上手くいかないらしい。

そこの宿屋に泊まったんだが、これがまた高級なんだよ。入ってみると、あの魔法石を使ったシャンデリアとか、めちゃくちゃ上手そうな食材を使った料理とか。中にいる人たちは、みんな貴族のような人ばかりで、自分たちがその中にいると、なんだか場違いのような気がする。結局、そこらの普通の宿を利用することになったんだけど。

 王都からの承認書とやらで、ほとんどの宿屋・ホテルがただで使えるようになってしまった。どうやら、朝廷がそのお金を払ってくれるらしい。なぜなら、僕たちは国王からの勅命により、イデアまで旅をしているから、らしい。

 なんか、少し心が痛いんだよな。だって、ランディアナで貯めたお金がまだけっこうあるし、謝罪とやらでもらった100万Gもある。…使い道に困るんだよ、ホント。


 1日ほどヴィンラントに滞在し、僕たちは国境の町ラジトに向かった。ここにはイデアへ通るための関所が置いてある。とは言っても、商業や貿易関係の人しか通ることはできない。イデアはルテティアのことを嫌っているからである。

 僕たちはヴィンラントから一週間ほどでラジトに着いた。思ったよりひっそりとした町で、人通りは少ない。町並みは、大体西部劇の町並みを想像すればいい。そこらへんに、でっかくて丸いほこりみたいのが転がっていっていた。

 地面を見れば、緑が萌えたルテティア付近やヴィンラント付近とは違い、ほとんど砂ばかり。なるほど、砂漠が近いのがわかる。

 あの関所を通れば、ダーナ砂漠か。死にたくないなぁ、まだ。

 そういえば、砂漠の案内人というのがいるって聞いたけど、本当にいるのかな。こんなひっそりとした場所に。一応、商人とかがイデアへ向かっているはずなのに、50人も住んでいないような町に、それほどの人を案内する人たちはいるんだろうか。どうみてもいないように見えるんだが…。杞憂だといいけど。

 

 とにかく、入国認定書を発行しなければ。

 

 3日くらいかかると思ったが、イデアへ行く人が少ないため、すぐに発行できた。

「……認定書は?」

 関所の兵士が、うつろな目で言った。

「ありますよ、ほら」

 馬車に乗りながら、ヴァルバが発行されたばかりの認定書を提示した。

「……どうぞ」

 兵士はチラッと認定書を見た後、僕たちに目を合わせることもなく言った。

「あ、あの」

「……何か?」

 僕が訊くと、兵士はやっと僕と目を合わせた。

「ダーナ砂漠の案内人って、どこにいます?」

 そう言うと、しばし沈黙が流れた。兵士は無精ひげのあごをポリポリとかきながら、ため息をついた。

「……そんなもん、ここにはいねぇよ」

「は?」

 兵士はもう1度ため息をついて、言った。

「いねぇんだよ、そんな人たちは」

「え、ええ? いないんですか? どうして?」

「……知らなかったのか? 坊主」

 兵士は砂漠の方に目をやった。

「あの案内人ってのは、オアシス都市にしかいないんだ。こういった、関所にはいないんだよ」

「えぇ……マジかよ」

 僕たちは3人で顔を合わせて、困った顔をした。

「お、おいおい、どうする? これじゃあ到底ルーテまで行けないんじゃないの?」

「そ、そうですね。どうしましょう……」

「大丈夫だって! 俺が付いてるじゃないの!」

 ヴァルバが胸をドンッと叩いて言った。僕とアンナはその姿を口を開けて見つめた。

「…………」

「なんだよ? どうしたんだよ、2人とも」

「い、いや。別に。なんでもないよ、なあ? アンナ」

 僕は困りながらアンナに振った。

「う、うん。なんでもないですよ、ヴァルバさん」

「…………」

 僕とアンナが考えていることはきっと同じだろう。

「ま、大船に乗った気持ちで任せろ! なんたって、俺は何回もあの忘却の砂漠に挑んできた男だからなぁ!」

 ガッハッハッハ、と大笑いをしたヴァルバ君。何度もその忘却の砂漠に挑んで死に掛けたくせによぅ。大船に乗った気持ちではなく、泥舟に乗った気持ちになってしまうよ……。

 とにかく、案内人がいないということを知った僕たちは、自分たちの足を信じてルーテまで行くしかない。ルーテまで行けば、ソファラまでの道が一応あるらしいので、そこまでどうにかして行くしかない。砂漠では、暑さで馬がやられる可能性があるのでここに置いておくほうが賢明だと、そこの兵士に言われたのでラクダ(これだと楽ですよみたいな的なことを言われた)を借りて、行くこととなった。

 ここからルーテまで順調に進めば、約10日ほど。これでは予定をオーバーするが、まあ仕方ない。案内する人がいないんだから。……一応、経験者はいるんだけどね。何度も死に掛けた人が……。

 ということで、僕たちは出発した。地獄の砂漠へ。



 砂漠は、最初はラジトと同じくらいの暑さだったが、3日ほど進むと、とんでもないくらい暑いゾーンに入った。ガイアでは経験したことの無いほどの暑さ……これは確実に40℃を超えてんな……。あっちでは、暑くて35℃程度だし。

 ラクダは暑さに強いというのはいいんだけど、何と言ってもとろい。荷物を乗せているというのもあるけど、それを考えたら馬車のほうが早い。

 しかし、この暑さはどうにかなんないかな……。まだ我慢できるっちゃあできるのだが、到着するまで身体がもつかどうか。

あと7日。僕たちよりも、アンナが心配だ。

「しかし、とんでもない広さだな」

 ヴァルバが砂漠を見渡しながら言った。

「……本当に、この先にイデア王国なんてあるの?」

「あるさ、もちろん。というか、すでにイデアなんだけど」

「こんな砂漠を領地にしてんの?」

「そう。この砂漠は、イデアにとって大事な場所なんだよ」

 僕たちは昼間、テントを作って暑さをしのいでいる。夜中の方が涼しいし、進むには適している。

「なんで?」

「この砂漠、イデアが建国された当初は緑に覆われてたんだ」

 ヴァルバは暑そうに、べろを出している。

「それで、当時の都イデアはこの砂漠の中心にあったって云われてる」

「この砂漠に?」

 僕もあまりの暑さに、口を開けたまんまにしている。

「ああ。もう砂に埋もれて、その姿を見ることはできないけどな」

 オアシス都市ルーテも、当時から存在する古代都市の1つで、湖があるため今でも人々が住んでいる。

「イデア人にとっては、この砂漠は王国発祥の地なんだよ。じゃなけりゃ、こんな砂漠いらないだろ?」

「ふーん。物好きな性格のなのかと思ったよ」

「なんだよ、物好きって……」

 ヴァルバが苦笑いしながら言った。

「使えもしない領土を持っていて、おかしいなって思っていたからね。でも、イデア人の郷土愛というのを考えると、あながちおかしい話でもないんだな」

 それにしても、イデア人のそういった精神の大きさ、逆に異常さを感じるのは僕だけかな。日本という、自国に対する想いが薄い国で生まれたために、逆に郷土愛の強さがおかしいと思ってしまったんだろうか。いずれにしても、日本人のその薄い感情を思い出し、なんてバカな人間なんだろうって思ってしまう。……日本人の僕がそんなことを思っていると、やっぱり自分は自分の生まれた国に対する想いが薄いんだなと実感する。

「そうだなぁ。……東方民族はそういう心を持ち合わせているから、働き者なのかもしれないな」

「それって、自分の国に対する感謝の気持ちってことですかね?」

 テントの影で、アンナは今で言う体育座りをして言った。

「なるほど……。今、自分が住んでいる大地に感謝を、働くっていうことで恩返ししてるのかもな」

「……上手いことを言うなぁ」

「俺が?」

「バカ、ヴァルバじゃないよ。アンナだっつの」

「フフ、ありがとうございます」

 ヴァルバはどこかのすねた子どもみたいな顔をしていた。



 4日目。この日は特別暑い。夜を移動しているが、それでも暑い。昼間に比べればましなほうなんだけど。

 行けども行けども、砂だけ。途中で、枯れ果てた草木がポツンやらサボテンがあるだけだった。

 まだ4日目だっていうのに、昼間の暑さで体力が消耗されたせいか、スタスタと歩くことができない。それに比べて、ヴァルバの元気なこと。顔はいつもどおりの涼しい顔。足取りは普通。しまいにはあくびをしている始末。本人曰く、「3度も死に掛けているからなぁ。これくらいどうってことないんだよ」と言っていた。僕は何度も死に掛けたからといって、体力がつくというのはおかしいのではないかと疑問に感じたが、いちいち突っ込みを入れていては、逆に体力を消耗することとなる。

 そして、アンナも顔色が悪い。足取りは重く、顔は俯いたままだ。昨日までは、こうやって歩いている間でも会話をしていた。しかし、今日はほとんど会話もしてない。いや、1度も口を開いていないような気がする。ただ、小さく肩で呼吸しているように見える。

「ヴァルバ、今日はそろそろ……」

 アンナに聞こえないよう、歩きながらヴァルバの耳元で言った。

「そろそろ、アンナが限界……か」

 ヴァルバは横目でアンナを見た。

「食料は10日分以上あるし、少し予定が狂ってもいいだろ?」

「……そうだな。少し早いけど、今日はここらへんで休憩を取るか」

 そして、4日目は終了した。


 5日目、6日目は何とか切り抜けられた。しかし、7日目になると事件が起こった。アンナが倒れたのだ。

 最初は砂漠の雑菌に侵されでもしたのかと思ったが、どうやら疲労とこの暑さにやられたということらしい。しかし、このままでは前に進むことができない。

 ヴァルバと相談した結果、アンナはラクダに乗せることにした。ラクダには折りたたみ式のテントや食料、水を乗せていたので、砂漠に入ったときに好奇心で乗って以来、誰も乗っていなかった。

 ラクダが持っていた荷物は、僕とヴァルバが分担して持つことになった。

「私のせいで……すみません」

「気にするな。アンナは、僕たちとは違って繊細なんだから」

「でも……」

 ラクダに乗ったアンナは、辛そうな顔をしている。

「大丈夫だって。僕たちは男なんだから」

「男で片付けられるのもなぁ」

「なんだよ、不満でも?」

「俺たちだからできると言って欲しいね」

 ヴァルバは笑いながら言った。

「ま、気にすんなよ、アンナ。俺たちはバカだから、体は丈夫って決まってんのさ」

 すると、アンナは苦しそうな顔をしながら微笑んだ。

「おいおい、僕はバカじゃないぞ」

「はいはい。ほら、行くぞ」

「お、おい! 軽くあしらうなよ! 訂正しろ! てーせー!!」

 そう言ってもヴァルバは僕に背中を向けたまま、スタスタと歩き始めた。

 「大丈夫」って言ったけど、思ったより荷物が重い。疲れが倍増する。けど、ランディアナでの1ヶ月や、王都での1週間、体をそれなりに鍛えたんだ。ここでそれを発揮しなければ! ぬりゃああ!!

 ……逆に気合を入れすぎ、ばててしまったのは言うまでもない。


 8日目。砂の丘みたいなのを発見。そこに登れば、ルーテが見えるかなぁと思って登ったが、特に何も無かった。遥か先は風で砂が舞い、霞んでよく見えない。

すでに太陽が顔を出してきている。朝方だってのに、この暑さはどうにかなんないのかね……。砂漠で生まれた人って、どんだけ逞しいんだと思ってしまう。肌が焼けるような世界の中で、彼らは平然と生活している。アフリカの人とか……南米の人とか、人間ってのはうまくできてるもんだ。

 この日も、アンナをラクダに乗せて移動した。

「ところでさ、ヴァルバは何を目印にして歩いてんの?」

 大きな荷物を背負って、足元の砂漠に大きな足跡を作りながら、ヴァルバに訊いた。

「星を目印にしてるのさ」

 ヴァルバは遠くの星空を指して言った。

「星?」

「そ、星」

「んん??」

 僕は星を見上げた。太陽も沈み、今は昼に息を潜めていた無数の星たちが、我先にと輝いている。星座とかあるんだろうけど、自分は詳しくないのでいまいちわからない。

「旅人にとって、星は道標なんだよ」

 ヴァルバは星空を見上げながら言った。

「大昔から、星は東西南北を示してくれるんだ。当時から旅人は、星を頼りに移動してたんだ。けど、最近は地図っていう便利なものができて、星を利用する人が少なくなってきてさ。けど俺の場合、地図を持っていないから、星を頼りにするしかないんだよ」

「なるほど」

「それで、ラジトからルーテまでは南に行けばたどり着けるはずなんだ。つまり、南を指す星を目指して進めば、ルーテに着けるっていう考えなのさ」

「……その南を指す星ってどれ?」

 そう言うと、ヴァルバは星を指した。

「あれ、結ぶと三角形になる3つの星、わかるか?」

「えっと、あの鋭角三角形になるやつ?」

「そうそう、それ」

 結ぶと、小さな三角形になる星たちがあった。そういえば、『ガイア』にも春だか夏だか忘れたけど、なんとかの三角形っていうのがあったような、なかったような。

「その三角形の真上にある、赤っぽい星がわかるか?」

「ああ、わかる」

「それが、『南の赤光星』って言われる星なんだ。あれは、正確に南を指してるんだよ」

「へぇ……」

「だから、心配するなって」

「いや、そりゃあ、ねぇ……」

 3度も死に掛けてるんだから、僕が心配するのも当たり前だろ? けど、こればっかりは経験者であるヴァルバに任すしかないんだよな……不本意だけど。

「けどさ、2回ほどあの星を目指して歩いたのに、2回とも遭難しちゃって、死に掛けたんだよなぁ〜。なんでだろ」

 そう言って、ヴァルバは首をかしげた。

「お、おいおい。それって、危ないんじゃあ……」

「大丈夫だって。3度目の正直って言うじゃないか」

 ヴァルバは、大きな声で笑った。いつも「なんとかなるだろう」と考えている僕でさえ、今のヴァルバのセリフによって、身の危険を感じた。果たしてこの砂漠の旅、無事に終えることができるんだろうか……。父さん、母さん……この馬鹿な仲間をどうにかして……。


 9日目。この日は前日に比べると、少々涼しいくらい。それでも、暑いことに変わりはない。

 相変わらず、アンナはぐったりしている。毎日、荷物を運んで歩いている僕たちを見ては「ごめんなさい」と言って謝っているが、それは逆に困る。アンナは僕らよりは体が弱いんだから、仕方ないのに。

 さすがに9日目となると、僕もばててきた。いや、けっこう最初からばててたんだけど、そろそろやばいかなと思った。体力が自慢のおっさん面・ヴァルバもヒーコラ言っていた。つまり、肩で呼吸しているということだ。

 夜に歩く暑さにはそれなりに慣れたんだけど、足取りが重い。なんて言っても、目的地が見えないからだ。ヴァルバの言うとおり、『南の赤光星』を目指して歩いているんだが、町らしきものなんて見当たらない。それらしきものさえ見つからない。

 今日は月が出ていて、この砂の海を照らし出した。それはそれで、今まで見たこともない風景に心を躍らせたんだけど、今の気分ではそれをゆっくりと眺める気にはなれない。くそ……こういう時じゃなかったら、のほほんと月夜の砂漠を眺めてるってのに……。


 10日目。普通に歩いて行ったら、そろそろルーテが見えてもいいはずなんだが…。

 足を止め、四方八方を見渡しても、何も見えない。砂漠に入ってから、ほとんど同じような風景を見ている気がする。というか、風景が全く変わっていないような錯覚を起こしてしまう。

「なぁ……ヴァルバ。まだかな……」

 ヘトヘトで、ヴァルバを見ずに言った。

「見えるはずなんだけど……」

 ヴァルバも、最初のような元気さが声には無い。

「……もしかして、遭難?」

 小さな声で呟く僕。

「もしかして、もしかするんかな」

 僕とヴァルバはゆっくりと足を運びながら、顔も合わせずに言った。

「ホントに遭難?」

 ヴァルバはまるで、自分に訊ねるように言った。

「……遭難かぁ……」

「そうなんかぁ。……どうしよう……」

「ソラ、今のギャグ?」

「なわけないだろ。こんな状況でギャグ言うやつの精神がしれないよ……」

「……だよなぁ」

「あの……2人とも、大丈夫ですか?」

 そんな僕たちを見かねたのか、アンナが心配そうに言った。ここ何日か、アンナはラクダの上にいたので、体調は良くなっているらしい。

「ハ、ハ。大丈夫だよ……」

「そうそう……俺はまだ大丈夫。ソラとは違って……」

 体力が無いのに、カチンとくるようなことを言いやがって。無駄な体力は使いたくないんだけど、こんな感じだから、冷静な思考が行われていない。自分の反論を止めることができない。

「ヴァルバに言われたくはないよ……」

「なんだってぇ……?」

「ヴァルバなんて、ハハハ……へろへろじゃないか……」

「お前こそ……」

「いや、僕はまだ元気だよ……」

「へぇ、その証拠を見せてみな……」

「……ヴァルバこそ、見せろよ」

「……お前が言い出したんだろ?」

「いや、ヴァルバが言い出したんだよ……」

「いやいや、お前だって……」

「あれ、そうだっけ……?」

「あの、ソラさん? 大丈夫ですか?」

 どことなく、苦笑している感じで言うアンナだった。

「俺は大丈夫だよ、アンナ……」

「……アンナは僕に言ったんだよ」

「違うって……俺だよ」

「僕だよ……」

「俺だって……」

「このやろぉ、勝負だ……」

 なんでこんなことを言っているのか、理解できない。やばい。頭がいかれてきたかもしれない。

「望むところだ……」

「あの、2人とも。少し休みませんか?」

 アンナが慌てながら言った。

「……だってさ。どうする?」

「アンナが言ってんだ……。俺たちはそれに従おう……」

「…なんだよ、それ…。この意気地なし……」

「なんだとぉ……?」

「あのぉ、2人とも?」

「なんだ、どうした? アンナ……」

「あ、あの……少し休憩しませんか?」

「……だってさ。どうする?」

 そして、そんなことを約15分くらい繰り返していたら、僕とヴァルバは倒れてしまった。




 気が付くと、テントの中にいた。しかも、頭には水で濡れたタオルが置いてあった。横を見ると、同じようにヴァルバが横たわっていた。

 もしかしてこのテント、アンナが1人で組み立てたんだろうか。……あのか弱いアンナが? さすがに、1人でするのは無理だろ……。

 テントから出てみると、僕は眩しい光で目を細めた。どうやら、朝日が昇って来たところのようだ。たしか、あの頭がフラフラしていた時は夜だった。ということは、今は11日目の朝なんだろうか。

 辺りを見回すと、テントの後ろから誰かの声が聞こえた。ぼさぼさの髪をかきながら後ろに回ると、僕は顔が硬直した。

「お、お前……」

 僕の声に気が付き、アンナが僕に気が付いた。

「あ、ソラさん!」

 そして、アンナと対になって立っていたのは、リサだった。

「リサ!?」

「やっほー、ソラ。元気? いや、元気じゃないか」

 リサは笑顔で手を挙げた。

「ソラさん、体はもう大丈夫ですか?」

 アンナが僕に駆け寄り、見上げながら言った。

「え? あ、ああ。もう大丈夫だけど……これ、アンナが1人でやったのか?」

「……がんばりました!」

 アンナはニッコリと笑った。

「うそっ! マジで?」

「ソラさんとヴァルバさんが倒れた後、なんとか組み立てられたんです」

「そっか……。けど、お前こそ体は大丈夫なのか? 無理してないか?」

「はい。お2人のおかげで、とても体が軽くなりました」

 アンナは元気なポーズをして見せた。元気なのは安心したけど、アンナは辛い時や苦しい時は、それを隠すタイプなんだよな。どこかで、僕たちに気を遣っているんじゃないかって、少しハラハラする。

「……本当に、大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ!」

 アンナはまた笑顔をして見せた。その笑顔になぜか自分が照れてしまい、顔をそらしてしまった。

「あれぇ? 照れてんの?」

 リサが後ろで悪魔のように囁いた。それも、アンナに聞こえないくらいで。

「な、なわけないだろ」

「嘘、照れてんでしょ?」

 リサが僕の顔の目の前に、自分の顔を出した。

「嘘じゃないっての! ……それより、どうしてリサがここにいるんだ?」

 僕がそう言うと、リサは元の位置に戻った。

「自分のすることが終わったから、あんたらを追いかけて来たんだよ」

「追いかけて来た?」

「リサさんは、私がテントを張り終わった時にちょうど来てくれたんです。それで、ソラさんとヴァルバさんを運ぶのを手伝ってくれました」

 アンナが微笑みながら言った。この言い方、たしかに元気そうだ。

「ふーん……けど、よくわかったな。僕たちがここにいるってことを」

「ん? まぁね。私にかかれば軽いもんよ」

 偉そうな体勢をしながら、リサは言った。なんか腹立つ……。

「……ちゃんとした説明を求めてんだけどな」

 リサは面倒くさそうに、「ハイハイ」と言いながら、説明を始めた。

「シュレジエンへ行った後、すぐにルテティアへ向かったんだ。そしたら、あんたたちは3日前に出発したって言われてね」

 誰に? …って訊きたかったけど、訊くまでもないか。たぶん、殿下か宰相、あるいは伯爵なんだろう。

「それで、ルーテに行ってあんたたちを探してもいないし、待ってても来ないし、もしかしたら砂漠でくたばってるんじゃないかって思って、わざわざ探しに来たんだよ」

 くたばるって……恐ろしいことを言うなよ。まぁ、もうちょっとで本当にくたばりそうだったんだが。

「そしたら、ルーテとは違う場所であんたたちを発見したわけ」

「なるほど……ん?」

 違う場所?

「ちょっと待った。ここって、砂漠のどこら辺?」

「えっとね、ちょうど真ん中辺りかな」

「……ルーテはここからどのくらい離れてんの?」

「ここから真東よ。大体、歩いて5日くらい」

「そ、そんなに離れてるのか!?」

 さすがの僕も、手を挙げた。バンザーイじゃなく、お手上げ。

「そうよ。あんたたち、一体何を目印に移動してたわけ? 大昔なら迷うのもわかるけど、今はけっこう知り尽くされてるんだから、迷うことはないと思ったんだけど……」

 呆れた感じでリサは言った。

「ち、ちくしょう……ヴァルバめ。あいつの言うことなんて信じるんじゃなかった……」

 僕はそう言いながら、拳を震わせた。年齢詐称疑惑の男の言うことなんて信じるんじゃなかった! ……結果的に助かったんだから、いいけどさ。

「あいつの言うこと、信じないほうがいいよ?」

 リサはニヤニヤしながら言った。

「あいつさ、方向音痴なんだよ。昔っから」

「……そうなんですか?」

「そ。だって、初めて出会った時なんか地図も持たないでこの砂漠に入って、行き倒れてたんだよ? 訊いてみれば、ルーテに向かってるって言ってたけど、ルーテとは反対方向に進んでたんだよ。しかも、それから地図を持てって言ってるのに、なぜか持たない。なんだか知らないけど、いずれこの砂漠で死ぬんじゃないかって思うよ」

 リサは笑いながら言った。

「まったく……。なんにしても、これからはリサがいるから大丈夫だろ」

「そうですね」

「ええ? 私が案内するの?」

 リサはあからさまに嫌そうな顔をした。

「だって、僕とアンナはルーテなんて行ったことがないし、ヴァルバはもう当てにならないしさ」

「そうですよ。お願いします、リサさん」

 いつになくアンナは強気だった。このアンナの珍しい行為に押されたのか、リサはほほをポリポリとかきながら、

「しょうがないなぁ。あんたらの目的地はイデア、なんだよね?」

「ああ。そうだけど?」

「だったら、そこまで送ってってやるよ」

「……は?」

 リサは夜明けの空を見上げて言った。

「ルーテやソファラを通らず、都まで連れて行ってやるって言ってんだよ。……嫌なのかい?」

 僕とアンナは訳がわからず、首をかしげた。それを見たリサは、右手の人差し指を立てた。

「魔法でイデアまで連れて行ってやるってこと」

「ま、魔法?」

 僕とアンナは声を揃えて言った。

「うん、魔法」

 リサは軽くうなずく。

「そんなこと、できるのか?」

 僕がそう言うと、リサは僕の額にデコピンをしてきた。

「いて! な、何すんだよ!?」

「あんたね、私がどういった人間なのか……すでに聞いてるんでしょ?」

「……あっ……」

 リサはラグナロクという一族の生き残り。とてつもない魔力を持った、特殊な一族の……。

 僕の顔を見て、リサは小さくため息を漏らした。

「私はラグナロクの女。そんじゃそこらにいる魔術師と一緒にされちゃ、困るもんよ」

 そう言って、リサはニヤリとした。

「お前の自慢話はどーでっもいいんだっての。その―――」

 ズビシ

 リサのチョップがのどに直撃。

「げぶっ!!」

「あんたって、毎度毎度思うけど……一言余計なんだよ!!」

 の、のどが……つ、つぶれた。目にも止まらぬとは、このことだな……。

 アンナは苦笑しながら、その光景を眺めていた。

「そ、そんで、その魔法ってのはどういう魔法なんだよ?」

 言い終わると同時に、僕は咳をした。あー痛い。

「空間転移魔法『アース』っていう、禁じられた魔法の1つさ。そうだね……『禁呪』と呼ばれる、特異な魔法よ」

 リサは得意そうに言った。

「これを使えば、一瞬でローヴナーまで行けられる。どうする?」

「どうするって……」

 僕とアンナは顔を合わした。けど、答えは決まってるだろ。

「行くに決まってんだろ? ……楽だし」

「楽っていうのは余計!」

 リサはまたデコピンをしてきた。

 僕たちは寝ているヴァルバをどかせ、テントをしまい、準備を始めた。


「さて、準備はいいかい?」

 僕たちはうなずいた。けど、ヴァルバだけわからないような顔をしている。たしかに、まだ説明していないけど。

「お、おいおい。これから何をするつもりだ?」

「ヴァルバは気にすんなって」

「い、いや、気にするよ」

 慌てるヴァルバを放っといて、リサは詠唱を始めた。


「――世に満ちし、時の欠片よ。我が血により、その力を現世に現したまえ。壮麗たる青き翼、我を光の出でし場所へと誘いたまえ……」


 リサが描いた魔方陣が光りだした。


「精霊の力のあずかりし地に……その翼を現したまえ――アース!」


 リサが叫ぶと、魔方陣の光が輪となり、僕たちを包むように上空へと浮かんでいった。その光は、自然と眩しくなかった。

 僕がハッとした。地面の魔方陣が浮かんでいた。いや、その魔方陣に乗って、僕たちも一緒に浮かんでいた。

 僕が驚いていると、目の前の景色が真っ白になっていった。






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