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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆2部:真実への旅路
26/149

22章:囁く言霊たち 始まりと終わりを知る者


※一部、残酷なシーンがあります。

苦手な方はお気を付けください!



 

 大きな音をたてて、奥の壁が一面、崩れ去った。


 真っ白な土ぼこりがその辺りを舞い、崩れた壁から外が見えるはずなのに何も見えない。そして土ぼこりが収まってくると、自分の足元も見えるようになってきた。


「……ちっ、外したか」


 ……剣を振り下ろしたつもりなのに、剣先は公爵の耳をかすめ、大理石の床に食い込んでいる。公爵は鼻水をたらしながら、硬直していた。気絶はしていないようだが、過呼吸状態みたいになっていた。

 崩れた壁のところに目をやると、何かが立っていた。そのシルエットは、まさに人の姿をしていた。


「お前…………は」


 そこに立っていたのは、あの男。

 ……そう、空をさらい、アンナのお姉さんであるリノアンをさらった、インドラのシュヴァルツ……。あの時と同じ服装。黒いぴちぴちのタイツみたいな服。顔を隠すかのように、パーカーみたいなものを羽織っている。

「……??」

 なぜ、あいつを前にしてこんなにも冷静なんだ……?

 怒りで震えるはずなのに。恐怖で震えるはずなのに。

 僕は細い目つきで、奴を見ていた。

「シュ、シュヴァルツ!!」

 公爵の声が響いた。すると、公爵は這いずるようにシュヴァルツの元に近づいて行った。公爵を止めようとすればできたのだが、なぜかしなかった。

 結果が見えている。そう確信していたからだ。

 後になって、そうわかったのだが。

「シュ、シュヴァルツ! た、助けに来てくれたのか!?」

「……ロベスピエール。ひどくやられたようだな」

 あの重い感じの声。どっしりとした、雨の日にずぶ濡れになったセーターのような。

「そ、そうなんだ。あの、青髪の男にやられたんだ!」

 青髪……? 僕のことか?

「ふむ……なるほどな」

 シュヴァルツは僕を一瞥した。唯一見える彼の口元が、小さく動いた。

「ヒ、ヒヒヒ! 貴様らはこれで終わりだぁぁ!」

 公爵が僕たちの方に向き直り、叫んだ。

「シュヴァルツに……シュヴァルツにかかれば、貴様らなんぞ数秒で血祭りだぁぁぁ!」

 気色悪い笑いをしながら、公爵は言った。

「ヒャハッ、ヒャハハハハハ! シュ、シュヴァルツ!! 頼む、きゃつらを……きゃつらを殺してくれぇ!」

 足がほぼ切られたような状態になっているため、立ち上がることもできずに、シュヴァルツの足にしがみついている。

「………………」

「シュヴァルツ! 頼む! 早く、早くきゃつらを、ワシの目の前でズタズタに殺してくれぇ!!」

 まるで嘆願するかのように、公爵は叫ぶ。

 するとシュヴァルツは公爵に手を貸し、立たせた。右手で公爵の脇をつかみ、何とか公爵は立った。

「お、おぉ………す、すまんな……」

「……いや、これから死ぬ人間に対しせめてもの慈悲だ」


「……なっ!!?」


 その刹那、公爵の背中から血が吹き飛んだ。それは、5メートルほど離れた伯爵にも飛び散った。一瞬だけ、雨のようにその一面を覆った。少しだけ間を置いて、小さな欠片たちが辺りに降り注ぐ。見なくてもわかる。……公爵の肉片と内臓の一部だということが。

「ごっ………ぶぇ……げふっ!!」

 公爵の体を1つの腕が突き抜けていた。突き抜けている部分は、赤い血がべっとりと付いていた。

「う……げぇ……ふ……。シュ、シュヴァル……ツ、な、なに、をぉ……!?」

 公爵は血走りしている両眼を大きく開き、震えながらシュヴァルツを見た。

「お前のおかげで……最終的な調整を行うことができた。礼を言う」

 シュヴァルツは、褒めるように言っていた。

「だ、だった……ら、な、ぜぇぇ……!?」

 腹を突き抜かれ、上手く呼吸もできないのに公爵は力を振り絞って言った。それを見たシュヴァルツの口元が、嬉しいのか……微笑んでいるのがわかる。

「……貴様はもう用済み、だと言われたのでな」

「な、なんだぁ……と……?」


「聞こえなかったのか? ……ロベスピエール。お前は、ウラノスとリオンの命により、殺されるんだよ」


 その時、シュヴァルツの歯が見えた。


 凍てついた微笑―――


 それを見た公爵の顔は、衝撃と恐怖で『顔が強張る』を超えるほど引きつった。

「!!! ユ、ユグ、ドラシ――――!!!!」

 公爵が言い終わる前に、シュヴァルツは公爵の脇から右手を離し、こぶしでやつの顔を殴りつけた。そして公爵は地面に吹き飛び、仰向けに倒れこんだ。顔の表面は原形をとどめないほどに変形し、ピクピクと痙攣をしていた。もう、生きてはいまい。


「あーあ、かわいそうに。結局、俺たちの手駒だったことにも気付かずに、死んじまいやがったか」

 シュヴァルツの後ろに、見たこともない男が立っていた。……シュヴァルツの仲間か?

「ホリン、俺だけで十分だと言ったはずだが?」

「固いことを言うなよ。俺たち、仲間じゃねぇか」

 ホリンという男は、公爵の体に近づき、つばを吐いた。

「こいつ、最初から嫌いだったんでな。……お前に殺されるところ、見たかったんだよ」

 ホリンという男はそう言うと、公爵をぐりぐりと踏みつけた。

「ん?」

 彼は僕に気が付き、一瞥した。観察するかのように。

「まさか…………覚醒したのか?」

 ……覚醒?

「いや……あの状態は、ただの暴走だろう」

「なんだ、ただの暴走か。驚かせやがって」

 ホリンはまた笑い出した。

「お、お前たち、何者、だ……?」

 うつ伏せになっている伯爵が言った。

「なんだぁ? そんなところにいるから、全然気付かなかったぜ。シュヴァルツ、誰だ? こいつ」

 ホリンは伯爵を指差した。

「アンジュー伯カルヴァン=アンル。ルテティア中央議会貴族議員の正統派の者だ」

「ああ、こいつがそうか。『何者』、か。ハッ、お前には関係ないだろう?」

「…インドラ……の者、か?」

「なんだ? お前、そんなことまで知ってるのか? おいおい、シュヴァルツ。いくらなんでも、インドラのことが外に漏れすぎじゃあないのか?」

「リリーナの仕業だろう。……あいつのことだ。そろそろ動き出さなければ、手の講じようが無いと思ったんだろう。まぁ、これも予想の範疇だがな」

「……結局は、ウラノスの計画どおりってか」

 ホリンは腕を組みながら言った。

 そのとき、大勢の足音が聞こえてきた。入り口の方に向くと、そこには武装した兵士が何人もいた。そして、中央に宰相が息を切らして立っていた。

「な……!? こ、これは?」

「なんだぁ? てめぇら」

 ホリンはゆっくりと宰相たちを眺めた。

「! お前たち、何者だ!?」

 宰相は腰帯に差してある剣の柄を握った。他の兵士たちも体を少し低くし、戦える体勢になっている。

「またその質問かよ。……レオポルト宰相閣下には、何の関係も無い。失せな」

 ホリンの顔から、ヘラヘラした笑顔が消えた。

「! なぜ、私の名を知っている?」

 ホリンは微笑しながら答えた。

「お前のことは有名なんだよ。歴代宰相で最も賢人であると誉れ高い、レオポルト=ヴァッシュ宰相。敵国、ゼテギネアの人間でさえお前の名前を知っているぜぇ?」

 クックックと笑いながら、ホリンは宰相たちを見据えた。

「……インドラの者か?」

「そうだと言ったら、どうするってんだ?」

 ホリンは微笑しながら、宰相を睨みつける。

「もちろん、放ってはおけんな」

「ほぅ、だから?」

「……やつらを捕らえろ!」

 宰相がそう言うと、宰相の周りにいた兵士たちが一斉にシュヴァルツたちのところに突進して行った。

「ちっ、しょうがねぇな。シュヴァルツ、ここは俺にやらせてくれ」

「言われなくとも……こんな雑魚共、俺は興味ない。好きにするがいい」

「なんだよ、運動のために少しくらいやれば?」

「遠慮しよう」

「そうかい。んじゃ、さっさと終わらすか」

 ホリンは背中に担いである剣を引き抜いた。なんと、その長さは彼の身長並みだった。

「…ハッ、死ねぇ!」

 ホリンは剣を横一文字に振った。まだ、兵士たちは剣の間合いに入っていないのに、どうして剣を振ったんだろう。

 すると、白い風が飛んできた。その白い風は、10人近くの兵士たちを一瞬のうちにすり抜けた。

 そして、ホリンは剣を鞘に収めた。

「烈衝斬牙。これでお終い、ってな」

 ホリンがそう言うと、兵士たちの体が腹の辺りで真っ二つになって崩れていった。兵士たちは、何が起きたのかすぐにはわからず、他の兵士たちを見回していた。そして、自分の体に気が付いた瞬間、声を上げることもなく……息絶えた。

「な、なっ……!?」

 宰相は、あまりの光景に足が動かなくなっていた。

「つまらんな。せめて、このレーヴァンテインの錆落としにでもなるかと思ったが……所詮、雑魚は雑魚か」

「見ればすぐにわかるだろう? こんなやつらなど、そこらの虫と同程度だということが」

 そうだなとホリンは言って、大きくため息をついた。

「……宰相閣下。お前は、俺を楽しませてくれるのか?」

 ホリンはそう言うと、こちらに近づいてきた。

「この焔剣の、飢えを満たしてくれるのか?」

 不気味な微笑を浮かべ、ホリンは剣を再び抜いた。

「くっ……!!」

 宰相が危ない!

 僕の心はそう叫んだ。しかし、何かがそれを阻む。僕の意思が肉体を動かすことを、何かが阻んでいる。



 ――お前には過ぎた玩具だ――



 ああ……そうだ……

 黒い、真っ黒な風景

 全てが黒く塗りつぶされた世界

 その中に、白い絵の具が一粒、堕ちてきた

 黒と白は混ざることなく、白は黒の中を泳ぎ回る

 ハハ……まるで、コマーシャルのコーヒーみてぇだ


 意識が遠のいて行く……


 

 ――お前はそこで見ていろ――


 ――力の使い方ってもんを教えてやるよ――



 僕は気が付けば、ホリンの方に向かって行っていた。

「ハッ! てめぇが来るか!! 面白い、その暴走がどれほどのものか見てやらぁ!!」

 剣と剣がぶつかる。そして、とんでもない音が響いた。

「ハッ…。なかなかの力じゃねぇか!!」

 ホリンはうれしそうに笑いながらバックステップをして、剣を構えた。そして前に飛び、再び剣をぶつけ合った。今度は、火花が散った。僕の顔にも当たったが、今は『変な状態』なため、何も感じない。

 そして、力が均衡したのか、2人とも2歩くらい吹き飛んだ。

「ハッハッハ! そんな糞みたいな剣で、俺のレーヴァンテインを受けきれるとはな! よほど、その剣にソリッドプロテクトが発動してるんだろうなぁ! いや、体全体にか!!」

 攻撃をする中でも、攻撃を防御する中でも、ホリンは笑っていた。この戦いを、楽しんでいる。

 何度も攻撃が繰り返される。そして、1度も僕とホリンの体をかすめることもなかった。

 再び剣がぶつかった衝撃で、僕とホリンは吹き飛んだ。

「さすが、リュングヴィの力……聖魔の力を受け継ぐ人間だ! 『星と人を紡ぐ唯一無二の存在』だな!!」

 ホリンは大きく剣を上げた。

「これなら、俺を楽しませてくれる。さっきの雑魚共とは違い、俺をワクワクさせてくれる! だが、これでどうだ……!」

 ホリンはにやりと笑った。

「烈衝斬牙!」

 ホリンは再び、剣を振った。縦に、真っ直ぐ振りぬいた。すると、兵士たちを切り裂いた、あの白い風が、今度は縦になって飛んできた。


「……ほぅ、ならば……」


 僕はホリンと同じように、剣を振りぬいた。すると、それは黒い風となった。

 それは一直線に飛んで行き、ホリンが作った白い風とぶつかった。そして、力が拮抗したのか、二つの風はその場で消えた。

「へぇ、やるじゃねぇか!」

「……その程度で、俺に勝てると思っていたのか?」

 僕とは違う、何かが声を発する。それを見たホリンは、目を細くした。

「?? ……ソラじゃねぇ。てめぇは……」



「ここでお出ましというわけか」



 ホリンの隣に、シュヴァルツが歩み寄って来た。

「こんなにも早く発露するとはな……。なるほど、それほどの『器』ということか?」

 シュヴァルツは僕を見つめる。いや、僕じゃない。僕の体を操る、何かだ。

「……貴様には関係あるまい。これは俺と奴の問題だ」

 僕の声が出てくる。

「まぁ……そいつがどうなろうと知ったことではないが、あまり表面に出て来ない方が良いんじゃないのか? ただでさえ不安定な精神が、消え去ることになるぞ?」

「ハハハ……それなら、結局全ては俺のものだ」

「……ウラノスの時とは違い、今回はやけに積極的だな」

「言っただろ? 貴様には関係ない。……あいつの流れを組むとはいえ、貴様は傍族にしか過ぎんのだからな……」

「…………」

 シュヴァルツは小さくため息を漏らし、僕から背を向けた。

「いつまでたっても、哀れな奴だな……。ホリン、殺れ」

「言われなくても!!」

 ホリンは剣を構えた。

「今度は一味違うぜ! 烈衝斬牙!!!」

 見えぬ剣閃で繰り出された風の刃は、僕に襲いかかる。

 僕はさっきと同じ、黒い風を飛ばした。しかし、それは奴の白い風にあたると同時に塵となって消えた。

「なに……? ちっ……この貧弱な肉体め……」

 僕はそう呟くと、構えていた剣を下ろした。

 そして、白い風が僕に向かって飛んできた。

 すると、僕は宰相のところに吹き飛んで行った。僕の体は真っ二つにはならなかったものの、肩から腰にかけて、大きな切り傷ができていた。



 ――貧弱な肉体だ――



 何かがため息を漏らしながらつぶやいている。



 ――今回は返してやる。ほらよ――



 その瞬間、僕の体が一気に重くなった。体が……動かない!

「くっ……い、いてぇ……!!」

 声が出る……。僕の意思で、声が……!


「俺の斬撃を喰らっても、生き永らえているとは……」

「『奴』の強力なソリッドプロテクトのおかげだ。それがなければ……いや、低度のソリッドプロテクトでは、そこらの兵士と同じように真っ二つになっていた」

 そうシュヴァルツが言うと、2人は崩れ去った壁のほうに向き直った。壁の向こうには、闇夜の世界が広がっている。

「なるほどな……。しかし、暴走でも初歩的な特能は発生するもんなのか? 身体的能力が上昇するのはわかるが……」

「……ウラノスが初めて暴走した時も、微弱ながらソリッドプロテクトとリジェネレイトは発生していた。まぁ、奴の場合……発露したというのも関係しているのだろうがな」

 シュヴァルツは、静かに息を吐いた。

「もう用はない。帰還するぞ」

「あいよ」

 2人は歩き出した。


「ま……待て、よ」


 なぜ、そう言ったのかわからない。血が出ているため、上手くしゃべれないようだ。

「空は、どこ、だ……?」

 シュヴァルツは立ち止まり、僕を横目で見た。

「……あの女はまだ生きている。奪い返したいのならば、来るがいい」

「ハッ、まだ暴走状態にしかなれないあいつに、俺らのところに来ることができるはずもないだろ? 来る前にあの闇に食い尽くされるのが、奴の末路だ。いや……女が覚醒する方が早いかもな」

「……だろうな」

 ホリンは吐き捨てるように言って、その崩れた穴のところから外へ出た。というより、ジャンプして消えて行った。

 シュヴァルツも僕たちを見てニヤリとして、そのまま消えて行った。

 残されたのは、呆然とする僕たちと、兵士と公爵の死体だった。

 体から血がとめどなく、流れていく。


 僕の中から呼びかける者。お前は一体なんだ?

 リュングヴィ……セイマの力ってなんだ?



 ――古からの望み、断つべき者――




 お前の力は、そのために与えられたものなんだ





 そして、僕はそのまま気を失ってしまった。








第2部「赤い空」  終わり



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