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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆2部:真実への旅路
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20章:宰相の企み 野望を打ち砕くために

 石造りの階段を下りて行くと、ろうそくの火だけしか灯りのない、ただっぴろい部屋に出た。

 通路の両側に、それぞれ10個ずつの鉄格子の付いた牢獄があった。その牢獄に、大体4人くらいの人が入っていた。みんなぼろぼろの服……というより、汚れた布を覆っているような感じで、顔がやつれている。昔、テレビでよく見たアフリカの難民のようなに見えた。男ばかりで、ひげもじゃの顔をしている。ずいぶん長いこと外に出してもらっていないのがわかる。

 男たちは、連行されて行く僕たちを見て、原始人みたいな声を上げていた。それは、「助けてくれ」という意味を含んでいるのか、あるいは女性のアンナを見て興奮しているのか。どちらにせよ、気持ちが悪い。

 僕たちは通路の左側の最も奥の牢獄に入れられた。中は、もちろん石造りだ。光がほとんど無いためか、ろうそくの灯りだけで、黒く光っている。じめじめしていて、清潔感の欠片も無い。天井からは、ところどころから水滴が落ちてきている。その水も、どんよりとした雲のように汚れていた。


 僕たちは、そのままの服装で押し入れられた。しかも、伯爵はあの高級感溢れる貴族服のまま牢獄の中にいるので、この場の風景とまったくマッチしない。まあ、そんなことを今気にしても意味が無いのだが。

「くそ、公爵め……!」

 伯爵は牢獄の隅に座り込み、僕たちに背を向けている。

「あることないことを言いおって……!」

 伯爵は壁に手をたたきつけた。どれほど悔しいのかが伝わってくる。


「……もう少し、考えて乗り込むべきだったかもな」


「えっ?」

 壁に寄りかかり、腕を組んでいるヴァルバが言った。国王ルーファス8世と謁見した際、自己紹介以外1度もしゃべらずに冷静に、ことが起こるのを静観していた。

「ステファン卿は元老院の中で、最も権力のある五大老の1人。しかも、魔道大臣という地位に加え、1つの独立機関の最高責任者だ。……国王陛下が公爵に対する信頼の大きさは、あなたに対する信頼に比べると、天と地くらいの差がある。これじゃあいくら真実味のある話をしても、陛下は信じてもらえないでしょう」

 ヴァルバは、宰相のように冷静に、淡々と説明した。

「……そなたに、そんなことを言われる筋合いは無い!」

 伯爵は立ち上がり、ヴァルバをキッと睨んだ。

「なぜですか? 自分が公爵に劣っているということを、認めたくないからですか?」

 見下すような口調で、ヴァルバは言った。伯爵の体は怒りで震えている。僕はそれを見て、ヴァルバに言った。

「お、おい、ヴァルバ! そんな失礼なこと……」

 僕が止めようとしたがヴァルバは無視し、続けた。

「あなたは無鉄砲すぎたのですよ。そもそも、公爵はある程度のことを想定するはずだと……準備をしているはずだと、我々は考えなければならなかった。そうじゃないですか?」

「……だが、そなただって何も案を出さなかったではないか」

「まぁ、そうですね。しかし、私としてはここまで想定の範囲内……ですがね」

 伯爵の皮肉を、ヴァルバは笑って答えた。

「想定内だと? それはどういう……」

「陛下の信頼篤いステファンを、あの場でいくら真実を述べようと陛下は信じてくれない。これは明白だ。ならば、証拠を掴めばいい」

 ヴァルバは淡々と説明していた。

「証拠っつっても、どうやって?」

 僕は首をかしげながら訊ねた。

「そりゃもちろん、奴の本拠地に行くんだよ」

「それって……呪術研究院ですか?」

 アンナが言うと、ヴァルバはうなずいた。

「呪術研究院は王城の深部にある。外部から侵入するのは、難儀な話だ。……なら、内部から侵入すればいい。だから、まずは王城に入ればいいってことさ」

「まさかそなた………わかっていて、何も言わずに大人しく………」

「さぁ? どうでしょうか」

 伯爵は唖然としていた。ヴァルバがそこまで考えていたとは……さすがの僕も驚いたよ。

「……王城に入れたのはいいけど、こっからどうすんだよ? 牢獄ん中だし、なんもできないぞ?」

「そんなことくらいわかってるよ。……宰相さ」

「…宰相?」

 宰相といえば、あの強気の公爵を簡単に御していたような。

「これは俺の憶測に過ぎないが……宰相は伯爵の仰ったとおり、ステファン卿と仲が良いんだろうな。……表面上は」

 と、ヴァルバはニヤッとした。

「それはどういう意味だ?」

 伯爵がすかさず訊ねた。

「さっきの謁見の際、ステファン卿はリサの書状を早く処分した方がいいと言った。しかし、宰相は自分に読ませてくれと言った。……ステファン卿はあの書状が、自分にとって害を成すものだと思ったんだろう」

 まぁ……冷静に考えれば、そうかもしれないけど……。

「宰相が公爵と仲が良いのなら、彼を失墜させるようなことはしないはず。聡明と誉れ高い彼なら、わからないことではない。わかっておきながら、書状を処分することを拒んだ。ということは、彼の中に……なんらかの計画がある……と俺は感じた」

「計画……?」

 僕は首をかしげた。

「いつも親しく、ステファン卿がすることに目をつむっていたはずの宰相が、今回だけ公爵とは意見が食い違った。いや、それを表面に表した。そこがポイントなんだよ」

 ヴァルバはだんだん得意になってきたのか、顔が微笑み始めた。

「たぶん、あの宰相はとんでもなく頭がきれる人間だ。俺たちという得体のしれない奴らが、ステファン卿のことを白日の下にさらそうとしている。きっかけを得たのならば、行動を起こすに違いない」

 ヴァルバは自信満々に言った。

「……お前ってば、結構冴えてんのな」

「……結構って言うな」

 だって、あのヴァルバがそこまで考えていたとは………ちょっと信じがたいんだよなぁ……。


 それにしてもあの宰相、何か企んでいる……か。けど、宰相ってどういった人なんだろう。

「レオポルト宰相はどういう人なんですか?」

 伯爵に訊ねた。

「あ、ああ。……昨日も言ったが、宰相は王都の南にあるヴィンラントというところを治める公爵で、本名はレオポルト=ヴァッシュという」

 彼はまだ36歳らしく、史上最年少で宰相に抜擢された賢人である。

「先代ヴァッシュ家当主が22年前に逝去し、わずか14歳のレオポルト卿が跡目を継いだのだ。当時はそれに反対する人もいたが、卓越した知能を持ち、兵法、政治学もすでに熟知していたため、17歳ぐらいの頃には文句のつけようの無いほどの貴族となっていた」

 それで国王に気に入られ、20歳で貴族議員となり、翌年には王国第6師団団長となり、少将となった。これら全て最年少だそうだ。そして、24歳の時には元老院に入り、30歳のときに大将にまで上り詰めたらしい。

「彼が32歳のとき前宰相が急死したため、陛下の指名により、最年少で宰相に就任したのだ」

「……めちゃくちゃなエリートなんだな……」

 まさに、エリート街道まっしぐら。

「いずれ爵位としては最高の「大公」になるとも言われる。……私と同い年なのに、脱帽するよ」

 えっ……伯爵って、36歳なんだ。ていうか、あの若そうな宰相と同い年? 失礼だけど、見えねぇなぁ……。

「……そういえば、彼の爵位を受け継ぐときも争いがあったんだが、それを鎮めたのがダグラス様だったんだよ」

 その時、アンナに反応があった。さっきまで、ずっと落ち込んでいたのに。

「ああ。ダグラス様と先代ヴァッシュ家当主であるマクシミリアン卿は、プライベートでも仲がよろしかったこともあり、ダグラス様は宰相の爵位継承に反対する一派を陛下のお力を借りて、一蹴したのだ」

 つまり、今の宰相があるのもアンナのお父さんのおかげかもしれない、ということか。その時、僕はふと思ったことがあった。

「……あのさ、もしかして、宰相はそのことで、ああ言ってくれたんじゃないの?」

「…?」

「宰相はアンナがダグラス卿の娘だと知って、伯爵を助けるようなことをしたんじゃないの?」

「……だが、宰相は陛下に反対することはなかった」

 伯爵が、視線を落としながら言った。

「だけど、リサの書状を受け取ってくれたじゃないですか。あれこそ、僕たちを見捨てていない証拠じゃないですか?」

 宰相は公爵の言分を退け、書状を受け取った。あのときの公爵の焦りようと、宰相のあの強い言動。ヴァルバの言う通りなら、きっと何かが起こる。……今は、それを信じるしかない。



 どのくらい時間が経っただろう。この牢獄の中にいると、時間の感覚が全く無くなってくる。外の光が差し込まないから昼なのか、夜なのかということさえ確認することもできない。

 時間を計る手段としては、天井から滴る水滴の数だ。1つ落ちてから次の水滴が落ちるまでは、大体5秒くらい。だから、この水滴が落ちる数を数えればどのくらい経ったのか計算できると思うけど、10滴くらいで数えるのを止めてしまった。いくらなんでも、めんどくさいよ。

 あと、お腹がすいたな……。昼は伯爵の家で食べたのに。もしかして腹が減るほど時間が経っているということなのか? だとしたら、もう日が暮れ始めている頃かもなぁ。

 だけど罪人とはいえ、飯くらい出してくれれもいいんじゃないのか? 罪人を餓死させるなんて、聞いたことないぞ。


 ルテティアという国家に対しての文句を考えていると、誰かが階段を下りてくる音がした。カツーン、カツーンと、静かな牢獄に響く。

 そして、誰かと話している。たぶん、番人と話しているんだろう。僕たちがいる牢獄が一番奥なので、全く見えない。

 僕たちはみんなして鉄格子に顔をつけ、誰がいるのか見ようとしたが、この角度では見えない。

 そして会話が終わったのか、話し声がしなくなり、また歩いてくる音が聞こえてきた。それはだんだんと、こっちに近づいてくる。

 他の牢獄にいる人たちが、鉄格子にしがみついて叫んでいる。中には、「ここから出せぇ!!」というやつもいた。悪さしたからここにいるんだろ、と思ったが、悪さもせずに牢獄に入れられることもあるか。

 歩いてきた男の影見えてきた。誰だろうと鉄格子の方に近寄って、外をのぞく。

 

 ……宰相!?

 

 僕たちはみんな驚愕した。どうして、王国で最も高い地位にいる男が、こんなところに?

「さ、宰相、どうしてここへ!?」

 驚きながらも、声は落ち着いている伯爵だった。この地下牢が大体静かだから、大きな声を出すわけにもいかないんだろう。

「……君たちに、ある話をしに来たんだ」

 宰相はかがみ、ヒソヒソ話をするかのような体勢になった。

「ステファン卿は、君たちを処刑するつもりだ」

「な、なんだと!?」

 伯爵の声が一気に大きくなった。

「しょ、処刑するほどの罪なんですか?」

 僕はいきなりのことで声が変に裏返ってしまった。

「ハハハ……実際は、法律に照らせばカルヴァン殿は免職、爵位を最低の男爵に格下げ。君たち3人は、片足切断程度かな」

 さらりと言いのける宰相に恐怖感を抱いた僕だった。片足切断って……おいおい。

「だけど、それはあくまで法律に書かれてあることだ。たとえ軽い罪であっても、陛下が死刑と仰れば死刑になる。……私が言いたいのは、公爵が陛下に進言し、君たちを処刑にしようとしているということだ」

 今の日本とは違い、司法機関は誰かに干渉されてしまうんだ。それが国の首領であれば、どんな罪でも覆ってしまう、ということか。

「……だが、そんなことを私はよしとはしない」

 宰相は、横目で何かを睨んでいた。

「陛下をたぶらかし、不気味な実験を『呪術研究院』で行い、さらにはダグラス卿のご息女を手にかけたとか。……国の最高政務官として、1人の人間として、犯罪に手を染めるステファン卿を、これ以上許すことはできない」

 宰相は、力強くこぶしを握っていた。

「……お言葉ですが、宰相は公爵と仲がよかったのでは?」

 ヴァルバが訊ねた。

「昔から、陛下はステファン卿を信頼なされている。宰相である私よりもだ。……そして、ステファン卿は自分の提案で『呪術研究院』という独立機関を設立させ、最高責任者に就任し、国の経費を使い、好き勝手なことをしているという話を聞いた。私はいつか奴を告発するために、彼と親しくしていたのだ」

 ヴァルバの言ったとおり、表面的な親しさでしかなかったわけか。

「だから、先ほどの謁見の際、閣下はあのような発言をしたのか……」

 伯爵がそう言うと、宰相は小さくうなずいた。

「けど、どうして宰相は今回公爵と意見を食い違うようにしたんですか?」

「ソラ君、わからないか? ……時が来たと思ったのだよ」

「時……ですか?」

 すると、宰相はニヤッとした。

「そう、ステファン卿を地の底に落とす、絶好の時というのがね」

 宰相はなぜか、僕たちにウィンクして見せた。

「そして、リサの書状……読ませてもらったよ」

「……なんて書いてあったんですか?」

 僕は鉄格子に詰め寄り、訊いた。


「……『信じることができない話かもしれませんが、『ガイア』から来た住人の言うことは、全て真実です。彼には私の知っていることを話しました。私が今まで嘘なんてついてきたことが無いということを知っているのならば、その男が言うことも嘘ではないと、分かるはずです。たぶん、これを最初に読むのは賢人と名高い、レオポルト宰相でしょう。賢いあなたなら何が真実で、何が偽りなのかわかるはずです。陛下をたぶらかす奸臣をどうにか抑え、『インドラ』の脅威を陛下にお伝えください。』……とね」


 そうか……リサはステファン卿のやっていることを知ってたんだ。禁忌を犯していることも、国王をたぶらかしているのも。

 そして、自分の書状がどこに渡るのかも、わかっていた。もしかしたら、あいつはこうなることを予想していたのかもしれない。

「……宰相さんはリサさんの書状の内容、全部覚えたんですか?」

 アンナが訊いた。たしかに、書状の内容を全部しゃべった感じだったが…。

「ん? まぁ……私はその程度の文章ならば、1度見ただけで覚えることができるんだよ」

「……マジですか」

 瞬間的に見たものを、完全に覚える能力かぁ……。そんな能力を持った人間がいると、テレビか本で見たことがあるような、ないような。

「それはさておき、私がここに来たのは君たちにあることをしてもらいからだ」

「あること……ですか?」

「君たちをここから脱走させる。そして『呪術研究院』に向かい、そこの情報を手に入れてきて欲しい」

 宰相は、チラッと出入り口の方を見た。

「……ステファン卿は、先ほど王都の近くにあるクテシフォンに向かった」

 クテシフォンは、ステファン卿の領土だったはず。

「その隙に、君たちは『呪術研究院』が置かれている、地下魔法研究所へ向かってもらいたい」

 宰相はさっきよりいっそう、ひっそりとした声で言った。

「……けど、見つかるんじゃないですか?」

「大丈夫。私の読みでは、ステファン卿が戻ってくるのは明日のはず。見つかっても、そこの研究員は満足に魔法さえ詠唱することもできない、ただの研究おたくばかりだから、倒してしまえばいい」

 倒せばいいって……笑顔で言うことじゃないでしょ、と心の中で突っ込みを入れてみる。

「でも、上手くいくでしょうか?」

 アンナが言った。

「さあ? どうだろうな」

「さ、宰相、それはあまりにも…」

「……やってみなきゃ、わからないですよ」

 みんなが僕の方を向いた。

「宰相の仰ったことを信じましょう。やる前から、あきらめててはいけないんですよ。つか、証拠を掴むためにここまで来たんだ。ここで、ボーっとなんてしてられませんよ」

 行動する。何が何でも、行動する。迷ってもいい、悩んでもいい。自分がやれる精一杯のことをすればいい。きっと、結果は付いてくる。自信を持ってそう思える。

「……ソラ君、君は見込みのある男のようだ」

 宰相が含み笑いをしながら言った。

「私の部下を使おうとしても、すでにステファン卿の兵士が監視に来ていて動かすこともできぬ。だから君たちに頼もうと思ったのだ。……それに、私の恩人である、ダグラスさんの娘を、このような汚い牢獄に入れておくことはできない。かわいらしいからね」

 あらら、アンナってば赤面。宰相にしては、ユーモラスのある人だ。

「……私がお父さんの娘だと、信じてくれるんですか?」

 アンナはうれしそうな顔をして、言った。

「もちろんだ。君は嘘をつくような人ではない。……それを、君の仲間がよく知っているのではないかね?」

 アンナの顔に、満面の笑みが広がった。その目に、涙がたまっていた。





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