19章:謁見の間 策謀渦巻く中で
僕たちは、さっそく陛下に謁見するため、王城へ向かった。
「しっかし、大きな門だこと」
王城の門の前に立ち、ヴァルバは見上げながら言った。
「どうして偉い人たちっていうのは、高いところを好むのかねぇ。俺はどうも好きになれないな」
「ヴァルバって、高所恐怖症?」
僕がそう言うと、伯爵もアンナも吹き出した。
「な、何言ってんだ! そんなわけあるか!」
あからさまに戸惑っているところが怪しい。僕たちは、ますます笑い出してしまった。慌てるヴァルバの姿がなんとも面白い。
「ヴァルバさん、見かけによらずかわいいところありますね」
「か、かわいくはないって」
さすがの僕も苦笑した。そうやって、僕たちは笑いながら門番のところに近づいていった。
「君たち、そろそろ静かにしたほうがよさそうだ」
伯爵は笑いを抑え、僕たちをさえぎった。目の前にいる2人の門番が、細い目つきで僕たちを見ている。
「……カルヴァン卿。今日は何の御用で?」
右側に立っている若い門番が、伯爵に丁寧に言った。
「今日は陛下に進言したいことがあってな。すでに陛下の承認は得ているはずだ」
「……今日は王国議会の日ではございませんよね?」
「そうだが、今日は議員としてではない。ともかく、確認して来てくれ」
得意そうな顔をして、伯爵は言った。
「……わかりました。少々、お待ちください」
若い門番は王城の方に向かい、王城の前に立っている人に何かを話すと、その人は王城の中に入って行った。
「伯爵、あれは?」
僕が指を指した方向に、王家の紋章である『金色の鷹』が、王城の壁に描かれていた。その紋章の下に、今まで見たことがない絵があった。鷹と同じ金色で、スポーツ大会とかの優勝カップみたいな形をしていた。
「あれか? ルテティア王家である、ルシタニア家の家紋『金色の鷹』だ。知らないのか?」
「それじゃなくて、その金色の鷹の下にあるあの……杯みたいなものです」
「ああ……」
伯爵は顔を上げ、その紋章を眺めた。
「あれは『聖杯』と呼ばれるものをかたどった紋章なんだ」
「……あれが聖杯、か」
たしか、以前にリサが言っていたような。…そうだ。邪神の封印を解く鍵の一つだったか。
「太古の昔、大いなる力……災厄を封じた、3種の神器だ」
大いなる力を封じた、ねぇ…。何か、もっと大きな意味を持つもののような気がするんだけどな。
すると、王城の中へ走って行っていた男が戻り、さっきの若い門番に何かを言っている。そして、門番は足早にこっちに向かって来た。
「カルヴァン卿、御通りください。そちらの3方は、こちらへ来て検査させてください」
僕とヴァルバはその場で検査された。アンナは女性のため、女性警護兵にすぐそこの部屋に連れて行かれ、検査された。男とはいえ、警護兵がたくさんいる中で検査されるのは恥ずかしい。
検査は5分程度で済み、僕たちは王城へ進んだ。
王城の中へ通じる階段は、2メートルほどの高さで、それぞれの段に、1人ずつ兵が立っている。まっすぐな姿勢で、重そうな槍を持っている。その中を歩き上るのは、兵たちの視線を浴びているようでかなり緊張する。
門が押し開けられ、王城の中へ入ると、そこは今まで見たことがない壮麗たる場所だった。
床から、天井まで何メートルあるのだろう。もしかして、20〜30メートルくらいはあるんじゃないだろうか。
そして、天井から釣り下がっている巨大なシャンデリア。伯爵の家で見たシャンデリアも十分に大きいとは思ったが、ここのは別格だ。その大きさは、自宅の今に置いてあったコタツの机の2倍くらいの大きさで、ダイアモンドみたいにきらきらと輝き、虹色の光を放っている。伯爵が言うには、あのシャンデリアには魔法石が埋め込まれており、鮮やかな色を発するのだという。
中央にはずっと上に続く階段。まっすぐに、約45度の傾斜で伸びていて、赤いじゅうたんが敷かれている。その上った先に、大きな扉が1つあった。
「あの奥の部屋が、陛下のおわす『王の間』だ」
伯爵はその大きな扉を指差した。なんだろう、さらに緊張してきてしまった。あの先に、絶対君主の王様がいる。教科書とかでしか見たことがない、偉い人が。
ところどころに階段があり、ドアがある。それらは貴族の勤務室だったり、将軍たちの作戦会議のための部屋らしい。そして中央の階段に隠れているが、その下に民選議員と貴族議員によって形成される、王国議会の審議場があるらしい。入ってみたいが、それはまた後で。
中央の階段をゆっくりと登り、伯爵の後に付いて行く。僕たち3人は辺りをきょろきょろと見回し、田舎者ぶりをいかんなく発揮している。しかし、伯爵は堂々としたもので、しっかりと前を見据え、ゆっくりと階段を登って行く。後姿が、やはり国民を代表する議員を思わせる。
大きな扉の前に到着し、1度後ろを振り返ってみると、ここはけっこう高い場所だとわかった。城の中まで、こんな高さのものを作るのは骨が折れただろうなぁと感慨深く思った。建築者はどうやって作ったのだろうか。
「国王陛下の承諾はお在りか?」
扉の前に佇む屈強な兵士が、伯爵に訊ねた。
「私は王国議会貴族議員・アンジュー伯爵カルヴァン=アンルだ。陛下に申し上げたいことがあり、ここに参った。それに対する陛下の承諾は得ている」
伯爵はビシッと起立をし、兵士に言った。思わず、僕たちも姿勢を正してしまった。
「……わかりました。どうぞ、お通り下さい」
伯爵が軽くお辞儀をしたので、それに釣られて僕たちもお辞儀をした。
屈強な兵士たちによって、大きな扉が開いていく。開ける瞬間だけ、ゴトン、という音がしたが、開くときにはまったくと言っていいほど音が出なかった。
そして、扉が開いた。
開いた先には、さっきの部屋……というより広間のように、天井がとんでもなく高い。今度は、鋭角に伸びているようだ。そこに張り巡らされたステンドグラスが、なんとも言えないほどきれいだった。
顔を下ろし、前を見ると、床には階段から続く赤いじゅうたんが、ずっと前まで続いている。そして、そのじゅうたんの終わりのところに、1人の人間が立っていた。
国王だ。
国王は、赤と黄色で彩色された、大きな玉座に座っていた。足を組み、玉座に肘をつき、顔を支えている。玉座から1段降りたところ、赤いじゅうたんの両脇に、何人かの男の人が立っている。たぶん、大臣か何かだろう。
玉座の左右には、同じような玉座があった。しかし、大きさは少し小さいようだ。王妃、王子、あるいは王女が座るところなのだろう。
伯爵の後に続き、僕たちは赤いじゅうたんに沿って、ゆっくり進んだ。
進むたびに強烈な威圧感を感じてくる。そう、国王の威圧感だ。じわりじわり、相手が迫ってくるように、そのピリピリとした感じが近づいてくる。
王様って言いうのは、みんなこういう雰囲気を漂わせているんだろうか。歴然の力の差で、相手を捻じ伏せるがごとく、鋭い眼光で僕たちを見ている気がする。
「止まれ!!」
静かな『王の間』に、大きな声が響く。玉座の近くにたたずんでいる男たちの中の誰かの声だ。
「カルヴァン郷、そなたは前へ」
伯爵は1度お辞儀をし、玉座のほうに歩いて行った。そして、玉座から4メートルほど離れた場所でひざまずき、手を合わした。
「陛下、ご機嫌麗しゅうございます」
「……うむ」
国王のどっしりとした、小さな声が聞こえた。僕たちはあまりの迫力に、瞬きをするのも忘れ、伯爵の背中をジッと見つめている。
「そこの者たち、10歩前に出よ」
突然、命令された。言われたとおり10歩前に歩こうとするが、どのくらいかわからない。だから、僕は左右にいるアンナとヴァルバの足を見ながら歩いた。二人の歩幅に合わせれば、ちゃんとなると思ったからだ。
伯爵の5メートルほど後ろで止まった。ここから王様まで、けっこう離れているように見える。伯爵が以前言ったように、弓矢でもないと国王に危害を加えることはできない。
「そこで止まれ」
すると、ヴァルバがひざまずいた。とっさに、僕やアンナもひざまずいた。どうやら国王に謁見する際には、畏敬の念を込め、こういった行動をしなければならないようだ。
「……カルヴァン卿、面を上げよ」
ひざまずき、顔を下げているので、伯爵の姿は見えない。国王の姿ももちろん、見えない。
「その方たち、名を述べよ」
国王の声が響いた。
「私は、ヴァルバ=ダレイオスと申します」
ヴァルバがきれいな口調で言った。どうして、こいつはこういった緊張する場面でも平然とこなすんだろう。とにかく、僕も同じように名前を言わなきゃな。
「私はソラ=ヴェルエスと申します」
声が震えた。な、情けない…。
「わ、わ、私は、アンナ=カティオと申しますです」
アンナは、緊張のあまりろれつが上手く回っていない。きっと、アンナは顔を真っ赤にして、「逃げ出したい」なんて思っているんだろうな。
すると、国王はフッと笑った。
「それほど緊張せずともよい。表を上げい」
僕たちはすぐに頭を上げた。国王の顔は、少し微笑んでいるようだった。そして、玉座からすくっと立ち上がった。
「余はルテティア29代国王ルーファス8世だ」
僕たちは、深々と頭を下げた。そうしなきゃならないと思ったからだ。
「君たちは異国のものだと聞いているが、どこから来たのだね?」
国王はそう言うと、さっきみたいに座りなおした。
「……私は、イデアから参りました」
さっそく、昨日考えていた嘘をついた。伯爵が言うには、見た目はイデア人なので、嘘を言っても問題はないらしい。
「ほう、はるばるイデアから……なるほど、その漆黒の髪と褐色の肌……純血、あるいは混血の東方民族か」
国王は真っ白なあごひげをさすりながら、ヴァルバを見ている。時折、目を細めて観察しているようにも見えた。
「そこの……アンナと申したか。そなたは?」
「…あ、あの、私は、本国の者です…」
オドオドしながら、アンナは言った。
「ふむ。そなたは?」
国王は肘をついていないほうの手で、僕を指した。
「えぇ………っとですね……」
どうしよう。緊張しすぎて、口が上手く開かない。ここで、ちゃんと言わなければ…。
「少年、どう致した?」
心配したのか、黒ひげで、赤い帽子をかぶった大臣っぽい人が言った。僕は、「大丈夫」という表情をして見せた。
僕は息を整えた。
「……僕は、『ガイア』というところから来ました」
僕がそう言うと、その場にいるみんなの表情が固まった。事情を知っている、ヴァルバとアンナと伯爵の3人を除いて。
国王は大きく目を開き、僕を見ていた。
「おぬし……それはまことか?」
国王は驚きの表情をしつつも、声はいたって普通だった。
「……まぁ、本当です」
「そ、そうか……! で、伝説の『青の世』からの住人なのか!?」
国王は興奮気味の口調で言った。
「そうなります……ね」
だよな?
すると、心配してくれた大臣ではなく、金髪のオールバックで金色のひげが目立つ男が、一歩前に出て国王に言った。
「陛下、迷信に騙されまするな。このような少年、『ガイア』の人間であろうはずがありません」
男はそう言うと、僕を一瞥した。その目は、なんだか冷たい雰囲気を持っていた。……どこかで、感じたことがあるんだが……。
「黒の髪、黒の瞳。これはどこからどう見ても、ヴァルバという男と同じ東方民族の出でございます」
「そう言われれば、そうじゃが……」
国王は納得できないように言った。
「カルヴァン卿。そなた、これは一体どういうおつもりかな?」
もう1人の、茶色い髪の男が伯爵のほうに向いた。眉を寄せ、少し怒っているように見える。
「このような妄言を言わせに、正式な手続きもせずこの王の間に参上したのか?」
すると伯爵はスッと立ち上がり、言った。
「お言葉ですが、財務大臣。私は伝説の『ガイア』から来た住人だと確信できたから、彼をここへ連れて参ったのです。それに陛下に申し上げたいことがあり、私はここへ参ったのです。これまでも、今回も、陛下にお目通りするに当たって、私はすべきことはしてきました。だから、『正式な手続きもせず』というのは間違いであり、正式に手続きを済ましたからこそ、私はここにいるのです」
伯爵は冷静に且つ、丁寧にしゃべった。財務大臣と呼ばれる男はしかめっ面をしつつ、顔を背けた。
そして伯爵は陛下に顔を向け、続けた。
「陛下。ソラ=ヴェルエスは本当にあの別世界『ガイア』から、ある目的でこの世界に参ったのです」
「ほう……目的とは?」
「……彼は悪しき者共の企みを知り、それを伝えんがために王都に参ったのです」
それだけが理由ではないのだが……。僕の本当の目的は、空を救うこと。それだけだ。
「ソラ……と言ったか。そなた、まことにあの別世界から来たのか? 偽りではあるまいな?」
念を押すように、国王は言った。僕は迷わず「はい」と答えた。
「そ、そうか、そうか! これはまた、なんと希有なことだ!」
国王は喜びのあまり、周りを気にせず笑い出した。
「おぬし、わざわざ別世界から来るほど余に伝えたいこととは、一体なんじゃ?」
国王は前に乗り出し、訊ねた。
「じ、実は……」
ごくりとつばを飲み込んだ。その音が、周りのアンナたちにも聞こえたと思う。
「『インドラ』と呼ばれる、ある組織についてです」
「………?」
僕はしどろもどろに、『インドラ』のことについて説明した。
邪神復活のこと。『永遠の巫女』のこと。そして、僕は連れさらわれた自分の幼馴染のことも、説明した。
「……なるほどのぉ」
国王は立派なひげをさすりながら、考えた。
「それがまことならば、ワシらも何か事を起こさねばなるまい」
やった! 自分の顔から笑みがこぼれるのがわかった。
「じゃが、魔道大臣よ」
「……は」
魔道大臣と呼ばれた男が、一歩前に出た。さっきの、オールバックの男だ。
「……ここ最近、カルヴァンが度々余のところを訪れ、おぬしがそれを阻んだという話があるが?」
「そうですが、それが何か?」
国王はさっきまでの驚きとうれしさの笑みが消え、冷酷な顔に変わっていた。
「おぬし、なぜカルヴァンの言を阻んだ? カルヴァンの申したいことというのがこの『インドラ』とかいう集団のことならば、国にとって……いや、ソフィア教徒にとって、かなり重要なことじゃ。……それを阻んだのは、一体どういうことだ?」
「陛下……私がどうしてアンジュー伯の謁見希望を退けたのか、その理由は……」
魔道大臣は僕たちの方に体の向きを変え、僕たちを見た。やはり、冷たい感じがする。そして、伯爵をニヤリと微笑しながら見て、言った。
「……アンジュー伯が元老である、私を陥れようとする魂胆がある……という密告がありましてな」
辺りがざわついた。陥れようとする、だと? 伯爵はそんなこと一言も言っていないぞ!?
「な、大臣!! 私はそのようなことを考えておりませぬ!!」
伯爵が魔道大臣を遮ろうと、大声を上げた。魔道大臣は伯爵を手で押さえるような動作をした。
「彼ら王国議会の者と、我ら元老院の者たちの意見の食い違いが多いことを、陛下もご存知でありましょう?」
「……それは知っておる」
「それなんですよ。元老のであり、五大老の1人である私を陥れ、議会の力を増幅させ、陛下をたぶらかそうとしているのです」
「大臣!! 何を勝手なことを言っている!!?」
伯爵は怒りのあまり、足を踏み出した。
「アンジュー伯よ、口を慎みたまえ。そなたは議会議員であるかもしれないが、爵位で言えば私よりも断然低い。……公爵である私に、そのような口をきいてもよいのかな……?」
大臣の細い目が、ヘビのように感じた。
……直感した。この人は悪だ。己の欲のために、他人を苦しめる悪だ。本能がそう告げている。
「それに、そこの『ガイア』から来たと言い張る青年も怪しい。アンジュー伯は何の証拠があって、この神聖なる『王の間』に参上させたのか、理解に苦しむ。もしや、それは陛下を騙し、あらぬことを吹き込み、国家の中枢を握るつもりでもいたか?」
「私を愚弄するか!?」
伯爵はさらに前に進み、床を強く踏んだ。その音で、他の大臣たちが少しだけ体をビクッとさせていた。
「愚弄だと? 貴様こそ、私や陛下を愚弄しているのだぞ。……この反逆者めが」
公爵の声色が変わった。汚い、路上に捨てられた何かを見るような目で、はき捨てるように言った。
「……貴様ぁぁ!!」
伯爵は走り出そうとしていた。それを見て僕は思わず、伯爵のところに飛びついた。両腕で、しっかりと伯爵を止めた。
「伯爵、落ち着いてください!」
「ソラ!?」
伯爵の顔は怒りで赤く染まっていた。まるで、湯気が立っているようだ。
「冷静にならないと……。相手の挑発に乗ってはいけません」
「そ、そうだが……」
伯爵は公爵に詰め寄り、殴りたい気持ちがあるんだと思う。けど、それでは何もかもダメになってしまう。相手は伯爵を怒らせ、冷静さを失わせ、その中で暴れさえて言い訳のできない罪を作り、すぐにでも牢にぶち込むつもりなんだろう。
だけど、僕も怒りが収まらない。僕だって、あいつをぶん殴ってやりたい。だが……我慢するんだ。奴から、情報を引き出すまでは……!
「カルヴァンよ、そなたは陛下をたぶらかし、国家の転覆を狙っているのであろう?」
公爵はほくそ笑みながら言った。
「そんな気など、毛頭も無い!」
「…ほぅ? だが、それを証明するものなどありはしまい?」
公爵のほくそ笑んだ顔は、唾棄したいくらいだった。
「そなたこそ、何の理由があって私をそのような反逆者に仕立て上げようとする?」
「仕立て上げようとしているのではない。……言ったではないか。私を陥れようとしていると、密告があったと」
「……?」
伯爵はわからないような顔をしていた。
「貴様の家の従者が申し出たのだよ。そなたが、イデア人を『ガイア』の人間に仕立て上げ、ここに参上し、私の失態を陛下の御前で作り上げようとしていると」
「な、何!?」
公爵は指を鳴らした。すると、さっき入って来た扉が開く音がした。振り返ると、1人の男が入って来ていた。
……伯爵の家の召し使いだ!
「なっ……キュルロ!?」
伯爵も、男の方を向いていた。
「貴様の家の召し使いであろう? こやつが、私に教えてくれたのだよ。昨日、そこの3人と共に私を陥れようと計画を立てていた……とな」
「ど、どうしてだ……!」
伯爵は当惑していた。もちろん、僕たちもそうだった。
「……陛下、おわかりでございましょう」
公爵は国王の方に向き直った。そして、自信満々に続けた。
「カルヴァンは反逆者でございます。そして、そこにいる別世界から来たという青年も、偽りでございます。……インドラとかいう集団のことももちろん、偽りでございましょう」
公爵は続けた。
「……そこのガイアから来たという男……ヴェルエス、と申したか? そなた、なぜそのようなことをする?」
公爵の視線が、僕に来た。
「……そのような?」
「ヴェルエスという名を……なぜ軽々しく使うのか……。身分違いにも甚だしいというものだ」
身分違い? ヴェルエス……という苗字が?
「ヴェルエスは、我らがソフィア教徒の主……教皇様の家名だ」
「!!!?」
教皇家の家名だって…!?
「何!? それは真か!!?」
国王が言った。教皇家の家名を知らなかった……ということか?
「教皇様の家名を知らないのは無理もありません。あれは、非公開のものですからな。……その名をどこで知ったかはわかりかねるが……猊下の神聖なる名を語りし異境の者よ、貴様の罪は死罪に相当する。覚悟せよ!!」
公爵は僕を指差し、大声で言った。
「ま、待ってくれよ! 僕はそんなの知らない! 僕は……」
ヴェルエスは、頭の中から出てきたものなんだ。それを説明する余裕はなく、公爵は国王に近寄った。
「陛下、ご命令を」
「……ステファン、カルヴァンおよび、『ガイア』から来たと偽る男、そこの小娘とイデアの男も、同じ牢獄に入れい」
「かしこまりました…」
国王は切り捨てるように言った。……ステファンだって!? あいつが、クテシフォン公爵!
「陛下! お待ちください!!」
伯爵が声を上げた。
「陛下、もう一つあるのです! 陛下にお伝えしたいことが!」
僕たちの周りを、何人もの警護兵が取り囲んできた。みな、僕たちに槍を向けている。
「……10年前、ブルターニュ伯爵ダグラス卿が戦死なされた後、ブルターニュは宰相閣下に、その他の領土のほとんどがステファン卿に渡りました」
「……そうだったか?」
10年前のことだ。国王も、きちんと覚えてはいないのだろう。
「あれはダグラス卿の跡を継ぐはずだった、二人の御息女が行方をくらましたからでございました」
そうか……伯爵はここで公爵の行っていることを言って、現状を打破しようとしているんだ。
「しかし、行方不明だったご息女の1人はここにいます!」
伯爵はアンナの方を向き、手を差し伸べた。
「彼女、アンナ=カティオがダグラス卿の御息女です!」
みんなが、震えているアンナを見つめた。
「……彼女と彼女の姉であるリノアン様は、そこにいるステファン卿によって離れ離れにされたのです!」
「なんじゃと!?」
国王も、驚きの表情を隠せない。よし……いいぞ。
「アンナ様はステファン卿の命令で、強制的にルナ平原のフィアナという村へ行かされ、長女のリノアン様はステファン卿に連れて行かれ、禁忌とされた実験を行っていたのです!!」
伯爵の声に力がこもっているのがわかった。だんだん、怒りが込み上げてきたのだろう。
伯爵はキッと公爵を睨みつけた。
「ステファン卿はリノアン様に対し、『魔道注入』を行っていた事実があります。……『呪術研究院』の完全不干渉を利用し、陛下の目が届かぬ場所で犯罪に手を染めていたのだろう!?」
「カルヴァン、証拠も無しに何を言っている?」
公爵は動じた顔をせず、冷静に言った。
「……証拠ならあります!」
突然、アンナが叫んだ。彼女の目は、怒りで燃えているように見えた。
「私が証人です!! お姉ちゃんは1度あなたのところを脱走し、フィアナの私のところまで逃げてきました……。そして、あなたがお姉ちゃんにした事……『魔道注入』のことを話していました!」
アンナは、今までで聞いたことが無いくらいの大きな声で言った。
「そして2年前、再びお姉ちゃんをさらったのもあなたでしょ!?」
アンナの叫び声が、王の間に響いた。
「……ステファン!! それはまことか!?」
国王は公爵のほうに向き直った。
「……ハッハッハ。陛下、伯爵が言うことも、あの小娘が言うことも、全て偽りにしか過ぎませぬ」
公爵は笑いながら言った。この期に及んで、まだ笑うとは……いちいち腹が立つ。さっさと諦めりゃいいのに。
「あの召し使いが言っていたではありませんか。伯爵は昨日、そこの3人と共に作戦を練っていたと。……このダグラス卿の娘を騙りし女に、あらぬ事を吹き込み、私が法に触れたようにしようとしているのでございましょう」
「違います! 私は、本当にブルターニュ伯爵……ダグラス=ロアーノの娘です!!」
アンナが懇願するように言った。目には、涙がたまっている。僕もたまらず声を上げた。
「陛下!! 公爵こそ、伯爵が真実をお伝えしようとするのを阻み、陛下に確かなことを伝えず、さらには禁忌に手を出し、犯罪に手を染める極悪人です!」
僕が叫ぶと、国王は近くにいた若い男性に耳打ちした。
「……レオポルト。そちはどう思う?」
国王がそう言うと、国王に最も近くにいた男が前に出た。レオポルトっていうことは、例の宰相であるヴィンラント公爵か?
想像していたより、若い。ひげは生えておらず、つややかな顔をしている。紺色の髪に、優しい感じの顔。下手をすれば、ヴァルバと同い年くらいに見える。
「そうですねぇ。ここは、調査してみたほうが得策かもしれません」
「宰相! それは、私も疑っているということですか!?」
公爵が声を荒げた。さっきまでの冷静さがどこへ飛んだのか、見てもわかるくらいオドオドしている。
「ハハハ、そうじゃないですよ。ただ……」
宰相はもう一歩前に出て、目をつむりながら続けた。
「……カルヴァン卿も、ここへ参るのにそれなりの覚悟をしていたはず」
宰相は伯爵を横目で見た。
「彼は誰もが知っているとおり、有能な貴族議員だ。彼の言葉をただの妄言として扱うのは、よくないでしょう。……ここは、彼の言葉にも耳を傾けるべきかと」
「なっ……!! 宰相! やはり私をお疑いか!?」
そういえば、伯爵は宰相と公爵は仲がいいと言っていたけど、あの様子からはそう見えないのだが……。
「……だからあなたと伯爵、御2人を調査すればよいのですよ。…それに、公爵。あなたが最高責任者を務める、『呪術研究院』はよくない噂が出すぎている。そのことも考慮して、調査をしたほうがいいと申しているのです。…以上が、私の意見でございます」
宰相は国王に一礼し、元の位置に戻った。なんていうか、宰相は他の人とは別格のような気がした。それだけの風格を備えているというか、さすがというべきなのだろうか。
「だがのぉ、レオポルト。40年前からワシを支えてきてくれたステファンじゃ。やつが偽りを述べているとは思えぬ。しかも、そこのカルヴァンの召し使いが証人なんじゃからの」
僕たちに、絶望の空気が流れた。
「私は自分の意見を述べたまでです。……全ては、陛下がお決めになることでございます。いかようにも……」
宰相は再び一礼した。
「そ、そうか。緋王親衛隊、アンジュー伯爵およびきゃつが連れて来た3人を、地下牢に連れて行け」
国王がそう言うと、玉座の後ろの幕から6人ほどの兵士が出てきた。他の兵とは違い、煌びやかなヨロイや兜を身に着けている。
「陛下! せめて、これをお読みください!!」
伯爵が叫んだ。差し伸ばされた手のひらの上には、1つの紙筒があった。
……リサの書状だ!
「陛下……これは、リサの書状でございます! せめて、せめてこれだけでも目をお通しください!!」
「……リサだと? リサが、ここに来ていたのか?」
まるで魚がえさに食いついてきたように、国王は言った。
「そうです! 陛下、どうかこれだけでも……!」
伯爵が少し動いた瞬間、僕たちを囲んでいるたくさんの槍が動いた。すると、伯爵は動けなくなってしまった。
「陛下、リサの書状というのも偽りでございましょうぞ。彼女ほどの人間なら、正式な手続きをして直接陛下と謁見するはずです。それをわざわざ、カルヴァンのような一貴族から渡させるという回りくどい方法をなさいますか? あの書状はきっと偽物です」
「ステファン! 貴様が陛下に伝わる全ての情報を操作しているから、リサも陛下にお会いすることができず、こうして私に書状を託したのだぞ!?」
「陛下、すぐさまきゃつらを牢に連行なされませ。陛下をたぶらかそうと、あることないことをこの場で言い続けますぞ」
伯爵の言葉を遮るように、公爵が言った。
「それもそうじゃな。よし……早く牢に打ち込めぃ!」
国王が声を荒げた。すると宰相が再び一歩、前に出た。
「陛下、少々お待ちください」
そう言うと、宰相は伯爵のほうに歩み寄って来た。
「……この書状、私が預かってもよろしいでしょうか?」
「え……?」
さすがの伯爵も、戸惑っているようだった。
「な、なりませぬぞ宰相! それは偽りの書状。すぐにでも処分せねば……!」
公爵が困ったような顔をして言った。
「陛下にお通しする書状は、全て宰相である私が先に目を通さなければなりません。……それに、すぐに処分する必要はないでしょう。魔道大臣、慌てる必要もないのでは?」
宰相は公爵の方に顔を向けた。ここからでは宰相が背を僕たちに向けているので、顔は見えないが……わかる。宰相は鋭い目で、公爵を射抜いているのだと。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「……よかろう。好きにせぃ」
宰相は、伯爵から紙筒を取った。
そして、僕たちは兵士たちに、地下牢に連れて行かれた。