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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆2部:真実への旅路
22/149

18章:栄光の王都 ルテティア

 結局、僕たち3人はミーシャさんが経営する宿屋に、住み込みで働くことになった。そして、1ヶ月ほど働くことになった。

 どうして1ヶ月働くことになったのかというと、これからのことを考えればそのほうがいいということだ。お金の面で、王都での滞在費や食料費、さらに、日常品などを買うために、いろいろと出費がかさむ。ここで一気に溜めておくのが賢明だということが、相談した結果だ。


 僕とヴァルバは同じ力仕事だけで、アンナは宿の部屋の掃除や接客、受付など、たくさんの仕事をすることになった。体力的に考えれば僕たちもアンナも、同じくらいの労働力ということだ。

 けど、アンナはそんなに辛くないようだ。もともと、小さい頃からこういう仕事をしてきていたから慣れているのもあるし、僕とヴァルバという知っている人がいるということが安心感を与えているのかもしれない。

 僕はヴァルバと一緒に、親方に指導されながら働いている。最近は日照りが厳しく、気温も急上昇して30℃以上の日々が続き、体力が持つかどうかが心配だ。とはいえ毎日が新鮮だし、何といっても働くことが楽しい。

 周りの人たちは大雑把だけど、朗らかで気が許せる。レンドたちのような感じだ。ガイアの人々にはない、独特の雰囲気……というかなんというか。

 

 最も楽しいのは、剣の修行だ。


 始めはあの夜の戦いのことがまだ頭の中を駆け巡り、剣を上手く握ることさえできなかった。けど、剣の心得がある親方や他の従業員も一緒になって、僕を指導してくれる。剣の握り方、振り方、防御をするときの動作や、受け身の仕方など、いろいろと教えてくれる。

 身長が高いわりに僕は体が細く、筋肉が付いていないため、剣を振るにしても剣に体が持っていかれてしまうらしい。だから、この荷物運びの仕事は、筋肉を付けるためにはピッタリなんだ。1ヶ月も長い時間しておけば、軽い剣を簡単に操れるようにはなると言われた。そう考えたら、頑張るしかないだろ。これからのためにも。


 7月3日。気が付いたら、7月になっていた。ランディアナの気温も、毎日汗が出るほど暑い。この世界での、夏がやってきたのか。

 今さら思うが……なんで、この世界と元の世界の日付が同じなんだろう。未だに納得も理解もできない。グレゴリ歴だったか……。この世界がそれほどのものを作れるとは思えないし。

 以前、リサの言っていた「時間は共有している」というのは、このことなのだろうか……。

 お金も十分にたまり、僕たちは王都へ向かうことにした。1ヶ月でセルハン川の橋が直るかなぁと思っていたが、そんなに上手くいくわけがなかった。しかし、18日もかかったが、北の関所を通るための通行証を発行することができた。これで山道を通らずに王都へ行くことができるようになった。

「本当に、お世話になりました。ミーシャさん」

「あんまりフルネームで言わないでくれる? 恥ずかしくなっちゃう」

 僕が言うと、なぜかミーシャさんは照れていた。

「しかし、1ヶ月も3人を住み込みで働かせてくれるなんて、本当に感謝してます」

 珍しく、ヴァルバが丁寧な言い方をした。

「そんなかしこまらないでよ。本当に照れちゃう」

 すると、ミーシャさんは笑い出した。

「けど、人手が足りないときに来てくれたからこっちも感謝してるわ」

 くせなのか、ミーシャさんは話すときいつも前髪を指でいじっている。

「んじゃあ、行くとするか」

「ああ」

「そうですね」

 僕たちには置いてあった荷物を馬車の中に押入れ、馬車に乗り込んだ。

「アンナちゃん、あなたのメイド姿、かわいかったわよ?」

「!!! そ、そんなこと言わないでください!」

 顔を真っ赤にしながら、アンナは馬車の奥に行ってしまった。

「ははは。それじゃ、ミーシャさん、お世話になりました」

 ヴァルバは頭を下げた。

「…またランディアナに来たときは、ぜひ、ここに寄ってね」

 そして、僕たちはランディアナを出発した。

 いよいよ、王都だ!



「社長、よろしいんですか?」

「……エリーザ。そうね、たしかに、公爵の命に反したことになるわね。けど……」

「…………」

「けど、これくらいはいいじゃない。あんなひどいことを、私は許すことができないのだから……」

「…せめて、幸せな時間を少しでも感じられればいいんだけど…」

「……公爵の犠牲になることだけは、避けてほしい。……どうか、あの子をお守りください……」



 ランディアナの町を通っているとき、思い出したことがあった。

「なあなあ、ヴァルバ」

「なんだよ?」

 舗装された、真っ白な道路をゆっくりと動く馬車に揺られながら、ヴァルバに訊いた。

「この都市って、夜になっても明るいよな? どういうことだ?」

 夜になると、この都市には電気みたい物が光って明るくなる。あちこちを流れる水路の中にも、光る物があった。

「ああ、あれは、『魔法石』っていう石が光っているのさ」

「『魔法石』?」

 僕は頭をかしげた。

「魔法石っていうのは、魔力を封じた石のことで、持っているだけでその属性の魔法を操ることができるんだ。夜に光っているそれは、たぶん雷の魔法石なんだろうな」

「常に光ってるわけじゃないんですか?」

「制御する人がいれば、いつでもその性能を発動することができるんだ。きっと、夜になったら魔術師たちが発動させてるんだよ」

 魔法石にはそれぞれの属性によって、いろいろな効果があるらしい。

「炎だったら物を焼いたり、水だったら冷却だったり、水を出したりするのさ。ちなみに、これらの魔法石は込められている魔力の大きさにもよるが、大体、半日くらいしか持たないはず」

「半日だけ? じゃあ、あの雷の魔法石は?」

「あれは、常に魔術師たちが魔力を補充してるんだろうよ。けっこう大変なもんさ」

 なるほどなぁ。この世界は、『魔力』といったものがあるから、文明がそこまで発達していなくても、『ガイア』に近いことはできるということなのかも。

「たしか……『天空石』だったかな」

 ヴァルバは記憶から知識をひねり出すように、声を細くしながらつぶやいた。

「あれの構造を真似して、魔法石を造ったんだったな」

「その天空石って何?」

「謎の宝石のことだよ。遥か数千年前に造られたって言われてる。とてつもないエレメンタルを秘めていて、どういう風にできているのか、さっぱりわからないんだとよ」

 天空石に秘められているのは未発見のエレメンタルだったとか。現在の世界には存在しない、失われた元素だという。



 ランディアナを出ると、ミレトスに行った時みたいな緑ばかりの風景ではなく、少し寂れた感じの風景が続いた。しかし、夏のためか生えている草も、木も、青々とした緑だ。遠くにある山を見ても、夏の山という感じがする。

 ここはちゃんと道が舗装されている。レンガが敷き詰められているんだろうな。ヴァルバによると、ランディアナは戦争時には兵糧物資や軍隊の補給拠点なため、移動しやすいよう、王都まではこういった道が続いているらしい。

 セルハン川の橋に続く道の先には、修復工事を行っている人たちの影が見えた。ドガン、ガチャン。大きな音が、静かなこの平野に響く。



 ランディアナを出発して、次の日には関所に到達。この関所は思ったよりも大きく、セルハン川の橋が壊れているためにここを通る人が多くなり、ミレトス並みの騒がしさだ。

 通行証を見せるための行列が並んでいて、僕たちはそこで3時間くらい足止めを食らった。

 そして、関所を通る頃には、空も赤みがかっていて、カラスが自分の家に帰っていっていた。あーあ、ただ立ち尽くすってのは性に合わん。絶対に行列のできる店とかに入らないタイプです。


 それから馬車で進むこと3日後の昼ごろ、果てしなく広がる平野の中に、巨大な都市が見えた。そう、ルテティアだ。


 灰色の城壁。あまりの高さのため、内部の町並みは一切見えない。見えるのは、王都の中心からにょきっと出ている城だけだ。

 城壁は端から端まで、数キロもあるのではないかと思った。

 出入り口の門は馬鹿でかいというほどでかく、何物も通さないという雰囲気を漂わせていた。

 門番の人に旅人の証明書を提示し、都の中に入るとそこは、ミレトスやランディアナなんてちっぽけだと思うほど、すごい。すごいとしか言いようがない。


「す、スゲー……。これが、王都かぁ……」


 自然と、言葉が漏れてしまう。幅30メートルはあるであろう、白いレンガの中央道路。そこを多くの人々が歩いたり、荷物を運んだり、談笑したりしている。

 中央道路を挟むようにして、木造のログハウスみたいな民間人の家や、いろいろな店が並んでいる。ところどころ、出店も出ているが、ミレトスとかほどではない。あと、教会らしき建物も見かけた。『ソフィア教』の教会だと思うが、それだけが白銀のような色彩で、神々しさを放っている。

 中央道路のずっと先に、空へ伸ばすように大きな建物がある。城壁のように白いが、塔みたいなものの先端は青だったり、他の建物とはまったく違うものだった。

「ヴァルバ、あれって?」

 僕はその建物を指差し、ヴァルバに訊ねた。

「あれはたぶん、王城だろ」

「王城……王様のいる場所か」

 遠くから見ても、威厳を放っているのがわかる。なんともいえないこの重厚感。ひしひしと感じる何かがある。昔の日本の天皇や、ヨーロッパの王様のいた城も、あの王城みたいなものを放っていたんだろうか。

 

 この王都、上空から見ると一つの6角形に見えるようになっている。首都は4つの市街区と1つの商店街、1つの貴族街、そして中心の王城に分けられており、それぞれが一つの都市並みの広さだ。観光名所である第3市街区は、現在僕たちがいるところ。主に他地域から来た人のためのところで、隣には商店街があり、博物館やら宿屋がたくさんある。中には、ランディアナにあったホテルのようなものもある。最早、宿屋ではないな。あまりに豪華すぎて。


 少し休める場所を探し、中央道路の中程にある公園に行った。きれいな緑の樹木が並び、子供たちが追いかけっこしながら遊んでいる。中央には、ミレトスの公園と同じで噴水があり、上空に向かって飛んでいる水の高さは3メートルほどだろうか。その噴水を囲むようにして白い彫刻の女性像が並び、古代ギリシャのものを思い起こさせる。

「これからどうすっかな」

 ベンチに座って、ヴァルバが言った。

「どうするって……あ、そうでしたね」

 アンナが思い出したように言った。

「たしか……アンジュー伯爵に会えみたいなこと言ってなかったか?」

 僕は腕組みをしながら呟いた。もう1か月以上も前のことだから、正しいかどうかわかんなくなってきている。

「アンジュー伯爵……か」

「? ヴァルバ、知ってるのか?」

 僕は期待を込めて訊いた。

「知らん」

「…………」

 思わずデコピンしたくなったが、まぁ許しておいてやるか……。

「それにしても、アンジュー伯爵って貴族だろ? どうやって会えってんだよ」

 僕はため息を漏らした。

「そうですよね。一般人は王侯貴族と話すことなんてできないと思うですし」

「リサの奴も、知り合いなら面会する方法を教えといてくれてもいいのに」

「まったく、あいつはいつもあんなんだからな……」

 ヴァルバは「やれやれ」といった顔で言う。

「……そういえば、ヴァルバさんはどういった経緯でリサさんと出会ったんですか?」

 ヴァルバが言ったセリフに反応したんだろう、アンナが訊ねた。

「どういった経緯って言われてもなぁ……」

 ヴァルバは頭を抱え、頭を垂れた。表面的には僕は普通だが、心の中は早く聞きたくてしょうがない。

「……そうだそうだ。ルーテっていう町で出会ったんだよ」

 ヴァルバは手を叩き、そう言った。

「ルーテって、ダーナ砂漠のルーテですか?」

「そうそう、そのルーテ」

 2人はわかっているようだが、僕はまったくわからないので頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。

「ソラはわからないだろうから、説明してやるよ」

 ヴァルバが少し笑いながら言った。

「ダーナっていうのは、イデア王国にある大きな砂漠なんです」

 アンナが説明を始めてくれた。

「あそこは別名『忘却の砂漠』って言われていて、ガイドの人無しであそこに踏み入ると、二度と生還することができないといわれています」

 まぁ砂漠だしな。

「ダーナ砂漠は、イデアの領土の3分の1を占めるらしいですよ」

「それって、大きいのか?」

 イデア王国の大きさがわからないので、3分の1と言われても大きさがよくわからない。

「イデアは、ルテティアの3分の2くらいの領土だから、砂漠はかなり大きいほうだろ。あのルナ平原よりも大きいはずだったと思う」

 となると、どのくらいかな。『ガイア』のサハラ砂漠くらいだろうか。あるいは、ゴビ砂漠くらいかも。世界地図でもあれば、わかりやすいんだけど。

「そのダーナ砂漠の中央辺りに、『ルーテ』っていうオアシス都市があるんだ」

「そこでリサと出会ったのか?」

「う〜ん、気が付いたら、そこにいたんだよな」

「…………?」

 僕とアンナは頭をかしげた。

「実はさ、『忘却の砂漠なんて言われてるけど、どうってことないだろ』と高をくくっていたら、やっぱり遭難しちゃって行き倒れてしまったんだ」

 どうやらその危ない状況の中、リサが見つけてくれてルーテまで運んでくれたらしい。

「気が付いてからも体調が芳しくなくて、リサがいつも看病してくれてな。2週間くらい、お世話になったんだよ」

「…………」

 なんだか、男と女の関係みたいだな……。

「な、なんだよ? 2人とも」

 少し、ヴァルバは戸惑っていた。

「い、いや、なんでもないよ。な? アンナ」

「そ、そうですよ」

「……? まぁそれで知り合って、大きな町でたびたび会うことになったんだよ。偶然と言えば、偶然だがな」

 それが3年程前の話らしい。

「まぁ……あいつはよくわからない女だよ。あの若さで独り旅してるし、どこに用事があるのか、目的があるのかも言わない。俺にはとやかく訊いてくるくせに、自分のこととなるとはぐらかす。……ある意味神秘的……とでも言うんだろうが、あそこまで怪しいと変って言いたくなるよ、ホント」

 ヴァルバはため息交じりに説明した。つか、怪しいし変って……これこそ、自分のことを棚に上げて言うってやつだな……。僕は内心、笑っていた。

 ん? 3年前? リサは確か……。

「……それって3年前の話だよな?」

「ああ、そうだけど?」

「リサって、16歳だよな? っていうことは、13歳より前から一人旅していたってことか?」

 ヴァルバは少し驚いたような顔をして見せた。

「単純計算すればそうなるな。けど、それがどうかしたか?」

 ほほの辺りをポリポリとかきながら、ヴァルバは言った。

「……いや、なんでもないや」

 そのヴァルバの顔を見ていて、しゃべる気が失せてしまった。

 たしかに、どうでもいいといえば、どうでもいいのだが……。謎の多いリサにとって、そんな若い時分から旅をしているということはかなりの、それも大きな事情が絡んでいるのかもしれない。

 あいつ、本当に何者なんだろう。インドラのことは知ってるし、貴族とか、女王様に会えたりできるような一般人、そうそういないだろうし……。まさか、亡国の王女とか……。いやぁ、それはねぇだろ。リサに限って。王族なら、もう少しおしとやかに成長してもいいだろうしなぁ〜。

 ……それを言った時、僕は自分がリサにどんな制裁を食らうのか、容易に想像できてしまった。

「さて、今日泊まる宿を見つけに行こうか」

「それもそうですね」



 再び中央道路に戻り、宿屋を探した。今回決めた宿屋は、ランディアナのようなホテルみたいな宿屋ではなく、木製の宿屋だった。形的には、ログハウスに似ている。

 宿に入ると、中は思ったより広く、1階はどこかのバーみたいだった。カウンターにいすが並び、その後ろには5つのテーブルが並んでいた。4,5人ほど、それに座って談笑しながら何かを飲んでいる。

「すいません、3名泊まりたいんですけど」

「あ、お泊りですか」

 カウンターの男性の人はそう言うと、紙を取り出した。

「ここに、記入をお願いします」

 僕たちがそこに行き、名前を書いていると後ろから視線を感じた。こういうとき、人間の6感っていうのはすごいと思う。見てもいない人の視線まで感じることができるのだから。

 見る気が無いのに後ろを振り向く仕草をして、誰が見ているのかを確かめた。

 奥から3番目のテーブルに、1人で座っている男だ。どこかの西部劇の帽子をかぶっていて、服装はどこかの貴族っぽく見えた。けど、こんなところに貴族なんて来ないだろうと思った。

 そう思って僕は向き直り、紙に名前を記入した。書き終ったとき、誰かが近づいてくる気配がした。……もしかして、さっきの男だろうか。

 再びゆっくりと振り返ると、目の前にあの男が立っていた。

「うおっ!?」

 たった少しの間にここまで来ていたので、僕は思わず声を出してしまった。その声に、他の2人も気が付いた。

「ソラ?」

 僕は驚きのあまり、体が少しの間だけ硬直していた。

「みなさん、もしかしてリサという女性から都に行けと言われましたか?」

 男は、僕たちの顔を眺めながらしゃべった。こうして近くで見てみると、背が高いというのがわかった。僕より、少し高いぐらいだろうか。

「え、ええ。そうですけど……」

 アンナが言った。

「そうか! やっと来たか!」

 いきなり、男は大きな声を上げて、万歳をした。どうしてそんな行動をするのか、まったくわからなかった。僕たちがそうやってあんぐりしていると、男はそれに気付き、ゴホンと1度咳き込み、帽子を取った。

「これは申し遅れました。私は、王都の西の土地を治める、アンジュー伯爵カルヴァン=アンルと申します」

「あ、アンジュー伯爵!?」

 この人が!? つか、運がいいにもほどがある……。まさか、そこらの宿屋で出会ってしまうとは……。

 それにしても、貴族か。初めて見た。たしかに帽子は質素なものだが、服装はさっき見た時思ったように、貴族のような格好だ。きらびやかな模様の服。ベルトは赤と金の彩色。そして、『細剣』とでも言うのか、高価な剣を差している。

 帽子が取られて、やっと顔がはっきりとわかった。髪は金髪で、僕と同じくらいの髪の長さだ。目は細く、年をとっているようにも見えるが、ひげは生やしていない。しかし、貴族としての風格とでも言えようか、それらしい雰囲気を持っていた。

「なるほど、あなたがアンジュー伯爵ですか。俺たちも、あなたを探していたんですよ」

 ヴァルバは落ち着いたような口調で言った。

「私はリサからあなたたちを国王陛下に謁見させてくれ、と頼まれてね。それで、ずっと待っていたんだよ」

「ずっとってどれくらいですか?」

 僕が慌てて訊ねた。

「そうだな……2ヶ月近くかな」

 ランディアナで、1ヶ月も滞在したからなぁ。

「リサは1ヶ月くらい待てば来ると言っていたからね。そろそろ、待つのをあきらめようと思っていたところだよ」

 そう言いながら、伯爵はハッハッハと、笑っていた。笑い事になったんだから、いいのか、な?

「す、すみません。お待たせしてしまって……」

 アンナが丁寧に謝った。僕とヴァルバもそれを見て、深々と頭を下げた。人が見ている中で、頭を下げるのは恥ずかしいものだ。

「いや、いいのだよ。頭は下げないでくれ」

 慌てながら、伯爵は言った。

「リサからの頼みだからな。断るわけにもいかないのだよ」

 それってどういう意味なんだろう。リサは、それなりに高い地位にいるということか?

「さて、ここで話をするのはあれだ。私の家に行こう」

 伯爵は後ろに振り返った。

「よろしいんですか?」

「もちろんだよ。そうだ、名前を教えてもらえるかな?」

 伯爵は苦笑いをしながら言った。

「あ、僕はソラ=ヴェルエスです」

「私はアンナ=カティオって言います」

「俺……いや、私はヴァルバ=ダレイオスと申します」

 今まで見た中で、最も丁寧なヴァルバを見てしまった。僕とアンナは思わず噴出してしまいそうになったが、それを何とか堪えた。後で思いっきり笑ってやろう。

 僕たちは伯爵と握手を交わし、宿を出た。



 中央道路から王城への道をまっすぐ進み、王城の門前に来た。王城は近くで見ると、かなり高いことがわかった。ヨーロッパの何とか大聖堂くらい高いんではないかと思った。

 門の頂点には1つの旗が立っていて、風になびかれて揺ら揺らと動いていた。その旗に、金色で何かが描かれている。たしか、『金色の鷹』という王家を表す紋章だっただろうか。

 シュヴァルツがあの紋章が入ったものを身に着けていた。いずれ、わかることになるんだろうけど。

 その王城の門をぐるっと一回りしたところに、また外の門に続く道路があった。だけど、さっきの中央道路ほどの幅はない。しかも、ちょっと行った所に、豪華な家々が立ち並んでいた。それは、1つの町並みを形成しているようだった。

 どうやら、ここは貴族が住む一帯なんだろう。中央道路で見た家々のような、木製のものではなく、白いレンガできれいに組み立てられていて、たくさんの窓が付いており、そこに花が飾られている。そして、一つ一つの家には絶対と言っていいほど、庭が付いている。中には、その庭で貴族の子供たちが、こぼれそうな笑顔をしながら遊んでいる。みんな公園で見たような感じの子供だったが、服装が見るからに高価そうだ。さすが、貴族の子供……だ。


 そこの区域の一角に、伯爵の家があった。他の貴族の家に引けを取らない、見事な建物だった。赤と黄色と白い花がきれいに並び、咲いている花壇が特徴的だ。アンナがそれを見て、感嘆の声を上げていた。

「私の本当の家は王都の西にある『アンジュー』という都市にあるんだが、仕事の関係上、王都に滞在することが多くてね。ここ、特別区域にもう1つの家を造ったんだ」

 王都にいるほうが長いので、ここの家の方が、アンジューにある家より大きいらしい。とはいえ、これより少しだけ小さいらしいので、普通の家から考えれば十分大きいと思う。さすが、貴族というべきか。

 家の中に入ると、これまた驚きの一言に尽きる。よくテレビで見たお金持ちの家のようなものだ。

広さは30畳くらいだろうか。天井に豪華なシャンデリア。花の模様が描かれたじゅうたんが、床に4つほど敷かれている。見るからに高そうだ。そして、金ぴかに輝くグラスなどが立ち並んでいる。それは目を瞠るばかりだった。

「みなさん、そこに腰掛けてください」

 言われた先に、大きなソファーがおいてあった。真っ白なソファーに座ってみると、今まで感じたことがないくらいふわふわだった。


「さて、君たちはリサから話を聞いているかな?」

 伯爵は、僕たちと向かい合っているソファーに座り、訊ねた。

「……『インドラ』のことですか?」

「そう、それだよ」

 伯爵は指をパチンと鳴らした。すると、他の部屋から召し使いのような男性が来た。

「お客様に、飲み物を」

 召し使いは1度お辞儀をして、「かしこまりました」と言って他の部屋に行った。

「聞いたと思うが、インドラは古代暗黒魔法を復活させ、自由に扱うことができる集団だ」

 僕たちはそろってうなずいた。たしかに、リサはそう言っていた。暗黒魔法は必ず人を死に至らしめる最悪の魔法だ。

「さらに、やつらは特殊な訓練を受けた人間たちらしい」

「特殊な訓練、ですか?」

 そう言うと、伯爵はうなずいた。

「簡単に言えば、暗殺訓練を受けているということだ」

「あ、暗殺ですか?」

 現実味のない言葉を聞いて、僕の心が動揺した。

「そう。格闘技術、剣術、槍術、魔術など……。一般の軍人や騎士たちを遥かに凌ぐ戦闘能力を持っている」

 シュヴァルツとかみたなのが大勢いるってことだろうか……。

「ここ最近、頻発している少女誘拐事件や貴族暗殺事件も、やつらがやっていることだと考えれば、それだけの能力を持っていると考えることができるんだ」

「貴族……暗殺事件、ですか?」

 それは初めて聞いた。

「知らなかったのか? まあ、無理もない。これは政治機関に属している者だけが、知っているような情報だからな」

 そのとき、さっき飲み物を準備しに行った召し使いの人が、部屋に入ってきた。そして、僕たちの前にオレンジ色のものが入ったグラスを置いた。王都に来てから、まだ1度も飲み物を飲んでいないから、すごく飲みたいんだが、今は伯爵の話のほうが大切だ。

「……そういったこともあるのに、インドラのことを知っている人は私を含め、ほんの10人程度しかいないんだよ」

「たったの10人?」

 伯爵はゆっくりとうなずき、続けた。

「国王陛下でさえ、この事実を知らない。そう、上層部であればあるほど知らないんだ」

「どうしてですか?」

「……そのことを、知らせようとしない者たちがいるのだよ」

 急に、伯爵の顔が強張った。

「その者たちは私がインドラのことを知らせようとすると、何かしらことを陛下に告げて、私の言葉を聞かせないのだよ」

「……それは一体……?」

 僕が訊ねた。

「元老院の者たちだよ。全員ではないが、大多数がそのことを隠そうとしている」

 元老院……。国王に選ばれた貴族のみで構成された機関だ。これがあるために、議会という機関があまり意味を成さない。

「私も貴族議員なのだが、元老院の者たちが相手ではどうにもならないことが多いのだよ」

 伯爵も、中央と呼ばれる議会の一員らしい。

「当然ですね。議院の人でも元老院には楯突くことはできない。そうですね?」

 ヴァルバが丁寧な口調で言った。

「そういうことだ。それで、君たちを呼んだ」

 伯爵は僕たちを見回した。

「君たちなら、国王陛下に進言することができるからだよ」

 議会委員であり、さらに民選議員よりも権限のある貴族議員である伯爵でも進言することができないなら、ただの民間人では絶対に会うことすらできないと思うんだけど。

「……伝説の『ガイア』の人間だろう?」

 伯爵が人差し指で僕を指した。その鋭い眼光に、僕はたじろいでしまった。

「なんで、それを?」

「2ヶ月前、リサが言っていたんだよ」



『陛下には謁見できないし、馬鹿なじじいどもが邪魔をするし……。やっぱり、王様の好きなお話にもっていかせるか』

『? どういうことだ?』

『ルーファス8世は神話とか伝説の類がお好きなんでしょ?』

『まぁそうだが……』

『あんたのとこに、ガイアからの少年を届けるよ』

『ガイアだと? あの伝説上の? 君のことがあるから、なまじ嘘だとは思えんが……』

『そいつらを、なんとかして陛下に謁見させて。あのおじいちゃんなら、会いたくなるでしょうし。そんで、これを陛下に』

『……書状?』

『うん。謁見さえすれば、元老院に伝わらずにインドラのことを知らせることができる。これに、その脅威とかいろいろ書いておいたから』



「どうして、そのリサの書状をすぐに渡さなかったんですか?」

 疑問に思っていたことを伯爵に訊ねた。

「それは、元老院に見せないためだ」

「??」

「陛下にお渡しするには1度、宰相に通らせなければならない。現宰相である、ヴィンラント公爵レオポルト卿は元老議員と仲がよく、その元老議員の口車に乗り、インドラのことを隠そうとしているんだ」

 あの名宰相と名高い人がねぇ……。

「しかも、『ガイア』の住人である君がいれば、必ず1度は陛下に謁見できるのさ」

 伯爵の顔は、さっきまでの強張った顔から、笑顔が少しだけこぼれた。

「この国では、他国の人間は1度は陛下に謁見できるんだ」

「…? どうしてですか? 他国の人間は、危険なんじゃあ?」

 だって、もし暗殺を企てている人間だったらどうするんだろう。

「この世界では情報が命だからな。貴重な情報を持っているかもしれないのだよ。それに、陛下から離れているから、弓矢でも持ち込まない限り、陛下に危害を加えることなんてできないんだよ。まぁ、陛下も少しは自粛してもらいたいところではあるのだがな」

 伯爵は、苦笑した。国王のわがままで、そういうことになっているようだ。情報が大切なのはあながち間違ってはいないと思うが、そのうち痛い目を見る気がする。

「じゃあ僕がいるのといないとでは、どう状況が違うと言うんですか?」

 僕は少し間を開けて、続けた。

「『ガイア』はたしかに違う国と言えばそうかもしれませんが、別世界の人間ですよ? 怪しすぎて、逆に会うことなんてできないと思うんですが……」

 すると、伯爵はフッと鼻で笑った。僕は少しだけムッとした。

「実は、陛下は『伝説』や『神話』といった類のものが大好きでね。君が『ガイア』の人間だということを知れば、きっと話だけでも聞いてくれるはずなんだ」

「……そういうことですか」

 伝説とかが好きな国王っていうのも、なんだかおかしな話だ。少しだけ、吹き出しそうになった。

「とにかく陛下に謁見し、インドラのことを知ることになれば、やつらの企みを阻止することができる」

 そう簡単にいくかどうかはわからないが、何でもやってみることのほうが可能性は広がるものだ。

「俺たちはあんまり関係ないみたいだな」

 ヴァルバが言った。その言葉に、僕は驚いた。

「そういうこと、だな。君たち2人は、お会いすることはかなわんかもしれんな」

 伯爵がすんなりと言った。

「どうしてですか?」

 僕は立ち上がった。

「この2人は、きっとルテティアの人間であろう? だったら、陛下に謁見することは…ん?」

 伯爵が2人を見回し、ヴァルバを見たとき、顔が止まった。

「君は……そうか、違うのだな」

「ええ。さすがルテティア貴族様」

「……混血の東方民族か?」

「はは、さすが伯爵様。よくわかりますね」

 微笑みながら、ヴァルバは言った。

「たしかに俺は混血の東方民族ですが、混血のロンバルディア人でもあるんですよ」

「……というと?」

「父はアルカディア系ロンバルディア人、母は生粋のイデア人なんです」

「なるほどな……。その瞳の色は、アルカディア系のためか」

 ハハハと伯爵は笑い、立ち上がった。そう言えば、ヴァルバの瞳ってブルーだよな……。ここいらでは、珍しいのかもしれない。

「もしかしたら、ゼテギネア人かと思ってね。気分を害したなら、謝ろう。すまない」

 伯爵はきちんとしたお辞儀をした。まるで、お手本となりそうなお辞儀だ。

「……あれ? ということは、俺も陛下に謁見できるのかな?」

 ヴァルバが言った。

「なるほど。君は見た目的には、ほぼイデア人だしな。謁見するのも難儀な話ではないかもな」

 そっか。他国の人間だから、陛下にお目通りかなうかもしれないんだ。

「しかし、アンナは無理だな……。どう見ても、ルテティア系の人間だからな」

 そう、アンナは金髪(どちらかといえばレモン色)で、この町の人々と同じような人種というのはわかる。

「……アンナは、たしかにルテティア人です。ですが、彼女は由緒ある家系の者なんですよ」

 ヴァルバは再び丁寧な口調で言い始めた。


「彼女は、ブルターニュ伯爵の御息女です」


 その発言が出たとたん、伯爵は目をまん丸にしてアンナを見た。

「そ、それは本当か!?」

 伯爵は立ち上がった。

「ええ、そうです」

「ブルターニュ伯爵の……ダグラス様のご息女か?」

「……お父さんの名前をご存知なんですか!?」

 今度はアンナが立ち上がった。今まで見たことのない、アンナの姿だ。

「10年前、ダグラス様は私の上司だった。第4師団を率いる大佐であり、尊敬するお人だった」

 伯爵は天井を仰ぎながら、言った。

「そして、私が爵位を受け継いだときも、最も喜んで下さったのはあの方だった」

 目頭が熱くなってきたんだろうか、目を閉じ、間が空いた。

「しかし、ダグラス様は侯爵の爵位を賜る授与式の前に出兵なされて……帰らぬ人となってしまった」

 アンナは、すでに顔を伏せていた。

「そして、2人のご息女は行方知らず。ロアーノ家は廃され、ブルターニュ領もクテシフォン公爵とヴィンラント公爵に取られ……」

「ちょっと待ってください」

 ヴァルバが伯爵の言葉を遮るかのように、手を挙げた。

「伯爵の死後、彼女はフィアナの親戚に引き取られ、姉であるリノアンはクテシフォン公爵に連れて行かれたそうですが?」

 今までの話を聞く限りでは、そうだった。

「どういうことだ? 君はダグラス様が亡くなった後、突然行方をくらましたと聞いたが……」

「いえ……そんなことはありません」

 アンナは小さく顔を振った。

「ダグラス様が亡くなった後、爵位を受け継ぐのは長女であるリノアン様のはずだったんだが、王城に召喚しようと使者を送ったところ、すでに御2人の姿はなかった。奥様も、行方不明となっていたのだ」

「お母さんが行方不明……?」

 アンナは当惑していた。

「……クテシフォン公爵……ステファン卿が領土を得るために、嘘の報告をしていたとは考えられないんですか?」

 ヴァルバは依然、落ち着いた雰囲気で発言をしている。

「そうか……そうだとしたら、公爵が我々を警戒しているのもうなずける」

 伯爵が言うには、伯爵たちによって嘘がばれ、調査されるのを嫌がっているのだろうということだ。ロアーノ家の領土を手に入れた……という、過去のこともばれてしまうのだ。

「ところで伯爵、陛下は『呪術研究院』についてはご存知なのですか?」

「いや……知らないだろう。あそこは、ステファン卿が最高責任者を務める機関だからな」

「なら、そのことについても話さなければなりませんね」

 と、ヴァルバは小さくため息を漏らし、真剣な目で伯爵を見つめた。

「ステファン卿が行っている、悪事についてです」



 ヴァルバはリノアンさん誘拐、そして禁忌とされている『魔導注入』を行っていることを告げた。



「そんな馬鹿げたことを……!!」

 伯爵は怒りが立ち込めてきたのか、握りしめる拳が小さく震えている。

「……『呪術研究院』は法を破り、悪しきことを実験と称して行っているという噂があったのだ」

 伯爵はテーブルに置いてある飲み物を一口飲み、自分を落ち着かせるためにフーと息を吐いた。

「なら公爵を問い詰めて、何をしているのか吐かせるしかないな」

 そう言って、ヴァルバもオレンジジュースみたいなものを一口飲んだ。

「最終的にそうなればいいんだけど、どうやって公爵に聞くかだよ」

「『呪術研究院』は王様でも口を出すことができないんですよね?」

 アンナが訊ねた。

「そうなのだよ。……とはいえ、これだけの事実があるのだ。陛下が信じてくだされば、陛下の独断で調査が行われるやもしれん。そうなれば、ステファン卿も失墜し、インドラの対抗策も練ることができる!」

 伯爵も、なんだか興奮気味だった。

 アンナのお姉さん、リノアンさんの行方や『インドラ』のことさえも知っているかもしれない鍵を握る男、クテシフォン公爵ステファン=ロベスピエール卿。奴が『永遠の巫女』を研究しているのだとしたら、同じ巫女である空のことも……!


 少しだけ、心拍数が上がってきた。






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