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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆2部:真実への旅路
21/149

17章:蒼海の古都ランディアナ 水に愛された都市


 航海7日目の朝。古都ランディアナが見えてきた。

 1日ほど雨が降ったが、今日は朝からいい天気だ。通ってきた海の道を振り返ると、雲一つない青空が海の果てまで続いている。

 港の方に目を向けると、海に浮かぶ白い街並みが見える。あれが、海上都市ランディアナかぁ。


「お〜〜古都ランディアナ……久々だな」

 感嘆の声を上げながら、ヴァルバは船の先に立ってランディアナを望んでいる。

「古都っていうからには、由緒正しいところなのか?」

 僕が質問を投げかけた。

「たしか……ランディアナは1000年以上昔、ロンバルディア大陸中部・北部一帯を支配していた〈ランディアナ帝国〉の首都だったんだ。んで、その後にミッドランド、ルテティアと続き、ルテティアが一時期首都に定めていたっけ。たしか、今から400年ほど前の話だったか。13代アルフォンソ3世が都市の美しい町並みが気に入って、遷都したんだとさ」

 しかし、海上の都市のため思わぬ自然災害を食らったり、夏は一段と暑いということで、初期の首都ルテティアへ都を再び遷したんだという。

「そんでもって、ランディアナはミッドランド帝国の西の都と謳われていたんだ」

「えぇっと、たしか……600年前、ロンバルディア大陸を統一したっていう帝国だよな? 黒獅子騎士団やらなんやらって」

 僕が自分の覚えている限りの知識を振り絞ると、レンドは「正解」と言って笑った。

「よく覚えてたな。ミッドランド帝国ってのは、もとは伝説上の王朝ティルナノグが滅亡した後、建国されたランディアナ王国の小さな諸侯だったんだよ」

 つまり、2000年ほど昔に建国されたってことだろう。

「新歴1400年頃にランディアナ皇帝から帝位を奪って帝国となり、属国のアルクィン大公国を使ってシレジアを掌握し、さらにその数年後にはイデア王国おも一時期、滅ぼすほどにまで至ったんだ」

 どうやら、ミッドランド帝国は2大陸支配できるほどの強さだったという。レンドは自分の知識を自慢げに披露するかのように続けた。

「しかし、当時の皇帝で『魔王』と畏れ敬われていたアルヴィス1世が暗殺されると、状況は一変する。各地の諸侯が王になるため一斉に蜂起し、ミッドランドはその反乱国の一つだったルテティア公国に滅ぼされることになる」

 ルテティアはミッドランド帝国から爵位を賜り、現在の王都周辺を領土としていた諸侯の一つだったらしい。

「そしてルテティアは他の諸侯を屈服させ、イデア王国を再興、シレジア王国のアルクィン大公国からの支配脱却を手助けし、ソフィア教皇より王を称することを承認されて、王国となった。それが、今から600年くらい前の話さ」

「へぇ……」

 まるで、本当にヨーロッパみたいだな。いや、中国みたいな要素もある。一つの統一国家を治めていた元首がいなくなり、そのくびきから脱した諸侯は我先にと反旗を翻し、王座を狙う。どの世界にも、争いの理由ってのは同じだ。


 頂点。自分たちが勝手に定めた頂に登るために、人々は馬鹿馬鹿しくも終わりの無い争いをする。


 僕は心の中で笑った。所詮、どこも同じだ。滑稽。

 そして同時に、自分を蔑んだ。争う人々を滑稽だと称した自分もまた、愚かしいほどに滑稽だから。

「ランディアナは各地を結ぶ商業・貿易の拠点で、今も昔もああして多くの人々が集まり、時には軍事の拠点として重要な都市なんだ」

 僕が自分の中で勝手に呟いていると、最後になぜかヴァルバが締めた。さすが旅人というべきか。もしくは、怪しい人間。……まぁ、ただ単に言いたかっただけのような気がすっけど。


 

ランディアナの港に船を着け、僕たちは馬車と共に港へ降りた。

「う〜ん、久しぶりの地上だな」

 ヴァルバが体を大空に伸ばしながら言った。妙に実感がこもっている感じがした。

「そうだな……1週間ぶりくらいか」

「そんなに経っちゃったんですね………」

 アンナが空に手をかざしながら言った。今日は快晴のためか、日差しがまぶしい。少し、ミレトスより暑いくらいか。

「旅立ちにはいい天気だ。お空さんも機嫌いいみたいだ」

 後ろからレンドが言った。レンドも、アンナと同じように青空に手をかざして、日光を遮っている。指の隙間から零れる昼間の太陽光が、彼の焼けたほほを突き刺している。

「んじゃ、俺たちは自分たちの仕事に戻らせてもらうとするか」

 レンドがそう言うと、彼の後ろに並んでいた仲間たちが一斉に動き始めた。

「そっか……レンドたちは、シレジアに行くんだったな」

 寂しさのせいか、自分の声が弱くなった。彼らといると、彼らの明るさに感化されて自分までもが明るくなった気がした。それが心地よく、そこから離れたくないと直感的に察したのだ。

「短い付き合いだったが、いろいろ話を聞けて楽しかったよ」

 そう言って、レンドは僕たちのまん前に歩み寄った。

「それはこっちもだよ。いろいろありがとう」

 僕が微笑むと、彼もまた微笑んでくれた。

「なんかの縁だ。きっと、俺たちはまた出逢う。そんな気がするよ」

 レンドの後ろから、デルゲンがやって来た。いつも落ち着いた雰囲気で、誰かの支えとなるような人。レンドが光なのだとしたら、デルゲンは影。もちろん悪い意味ではなく、いい意味でだ。何でそう感じたのか、いまいち理解できないが。

「また出逢えると願って、さよならは言わないってことで」

 僕はつい、笑いながら言ってしまった。

「なんだよそりゃ」

 思わず、彼らも笑ってしまっていた。

「けど、そーいうのは好きだな。つーことで、俺もさよならは言わねぇよ」

「ハハハ、レンドがそう言うなら俺もってことで」

 二人は笑顔で言った。お昼時の日光を浴びる彼らの笑顔は、そう……大海原の男ってのを感じさせた。よくわかんないけど、日焼けした肌とかのせいかもしんないな。

「そんじゃ、俺たちは行くよ。サンキューな、レンド」

「本当にありがとうございました」

 アンナは頭を上げてお礼を言った。

「いいってことよ。んじゃな」

 彼の笑顔に見送られ、僕たちは町中へ向かった。


「うぉっと、忘れてた。おい、ソラ」


 数歩歩いたところで、レンドは僕を呼んだ。

「ん?」

 僕は彼の方に向き直った。

「いいことも悪いことも、何もお前自身で決める必要はない」

「………?」

 僕は意味がよくわからず、しわを寄せた。

「何かを奪って、何かを傷つけていくってのが人だ。お前だけが、罪を犯しているわけでもねぇんだ」

 そこで僕は理解した。彼の言葉の矛先にあるものが、何なのか。

「俺はお前に考え抜いて自分なりの答えを出してほしいが、自分を追いつめるような真似はすんなよ?」

「…………」

 彼の言葉を、僕は視線をそらさずに受け止めた。そうしなきゃ、彼を怒らせてしまいそうだった。そして、未来の僕も。

「要するに、深く考えすぎず浅く考えすぎず……ってことだわな?」

「いくらなんでも簡略しすぎだってーの」

 デルゲンが笑顔で言うと、レンドは彼にチョップを食らわした。

「ま、俺からはそれだけだ。じゃあな、ソラ。元気でやんな」

 そう言って彼は僕の肩に手を置いた。



 人を殺すということ。命を奪うということ。

 その先を奪うということ。

 深く考えれば闇、浅く考えれば馬鹿。

 僕は自分の胸の内に問う。

「自分を信じれるのか」



 そして、僕たちは港を後にした。



「どうやら、本来のルートでは王都に行けないっぽい」

 少し困った顔をして、ヴァルバが言った。

 王都への行き方を確認するため、そこら辺にいた商人に訊いたのだ。

「本当はここから東に向かったところにセルハン川というのがあるんだが、そこの橋が、最近頻発している自然災害で壊れたらしいんだ」

 ヴァルバは大きくため息をもらす。

「どこを通って行くんだ?」

「セルハン川の上流に、バクラ山っていうのがあるらしくて、そこの山道を通って行くしかないな」

「山道って……険しいんじゃないの?」

 苦笑いしながら聞いた。すると、ヴァルバは場が悪そうに頭をかきながら、

「それなんだよ。どうやら今は使われてない道らしくて、10年近く整備していないらしいんだ」

 と答える。

「それって、通れるかどうかもわからないってことか?」

「まあ、そういうこった」

「おいおい……。他に道はないのか?」

「山の北にある関所を通る方法もあるけど、あれは通行証を持った人じゃないと通れないんだよ」

 その通行証を持っているのは、軍人や王都へ荷物を運ぶ人や、商人たちだけらしい。大多数の人、つまり一般人や観光客はセルハン橋を通って行くので、そこの関所の通行証は通常持たないんだと。

「まあ、少々険しくても僕は大丈夫だけど……」

 僕はチラッとアンナの方を見た。そう、まだ14歳のアンナが問題だ。そんなに体力があるとは思えない。しかも、年頃の女の子にしては体は弱いほうなのではと思っていた。

「う〜ん、そうだなぁ」

 ヴァルバも唸った。

「だ、大丈夫です。私、頑張りますから」

 アンナは自信がなさそうな顔で言った。僕とヴァルバは顔を合わせ、互いの心の内を悟った。

「まぁ……いざとなったら、お前がおんぶな」

「まぁ……いざとなったら、お前がおんぶな」

 二人の言葉が重なる。

「………………」

 僕とヴァルバは不気味な笑みを同時に浮かべた。なんでこんな時に、おっさんと以心伝心せなあかんのや。僕の中に憤怒が湧く。

 結局、二人とも疲れること(だって、山道でおんぶしたらやばいよ、体力)が嫌だってことでした。

「つーか、橋を通れば4日くらいで着けるはずなのになぁ。山道を通ると、どのくらい日数がかかるんだか」

 僕は天空を仰ぎながらため息を漏らした。まったく、ちょうど悪いときに橋が壊れたもんだ。

 なるべく食料や必需品を買い集めて、山道に備えようということになったのだが、僕たちは現実問題に気付いた。それはどこでも、いや、別世界共通とでも言うのか。お金が足りないということだ。

「いやぁ、まいった。お金のことをほとんど考えていなかった」

 ガッハッハッハと大笑いしながら、ヴァルバは言った。笑い事ではないだろうと、苦笑しつつ思った。まぁ所詮旅人……いや、ヴァルバ。彼の懐にはあと1000セルトしかない!!

「じゃあどうする? お金が無いんじゃあ、王都に行ったときも苦労するだろうし」

「この都市はけっこう大きいから、仕事がたくさんあると思うんですけど」

「それもいいけど、あんまり長い期間この町にいるのも、お金がかかっちまうんだよな」

 ヴァルバの言うとおり、宿屋を利用するだけでもお金がかかる。町中で野宿みたいなことをするわけにもいかないしな。つか、それじゃホームレスじゃん。…まぁ、ある意味ホームレスですが。

「とにかく、今日1日はどっかで働くとするか」

「今日だけ?」

「1日くらい、公園かどこかで寝ればいいよ。それ以上滞在していると、怪しい人間ってことで保安官に連行されるかもしれないからな」

「怪しい人間って……」

 心外だな、まったく。

「ま、とにかくさ、仕事を探しに行こうぜ。それなりにいい仕事があれば、1日だけでもけっこうな金になると思うし」

 馬車を引きながら、ヴァルバが言った。

「そうだな……とりあえず、町の中心部にでも行こうか」



 古都ランディアナ。

 海の上に造られた巨大都市で、海から見たときもミレトスとは比較にならないくらい大きい.

今の時代の文明レベルで建造したのではなく、遥か昔から存在する都市なのだとか。「古都」というのは、そこからきているらしい。伝説のティルナノグ期の遺産か、あるいはそれ以前の文明か……。事実はわからない。

 海に浮かんでいるということで、やはり商業や貿易の拠点として栄えている都市。イタリアのヴェネツィア(だっけ?)や、古代ローマやオスマン帝国の首都だったイスタンブールみたいな都市だろう。いや、どちらかといえば、海の上にあるからラヴェンナに近いか。

 ミレトスと同じで、町の中は多くの人が商売をしていて、かなりにぎやかだ。出店が立ち並び、見たこともない物を売っていた。そして、客を勧誘する商売人の声。どこかの朝市みたいだ。

 けど、ミレトスのように人が多く入り込んではいなかった。それは、大きな道があるからだ。都市内の道の幅は、ほぼ均一に作られているらしく、10メートル以上はあると思う。そのため人が多いとはいえ、けっこう歩きやすい。

 町並みを見ていると、本当に美しい。完全に舗装された道路は白く輝いており、まるで誰かの手で並べられたかのように、建物が配置されている。

道路のあちこちに水が流れている。家と家の合間を縫って、水路が造られている。都市の中心部に行くと、それが集合して大きな川になっていたり、人工の湖が作られていた。それが想像以上のもので、どうやったら造れるんだろうと思ってしまう。

 レンドの言っていた滝というのも見てみたかったのだが、どこを見てもそれらしいものが見当たらない。滝というほどなんだから、よっぽど大きいんだと思っていたのに。


 町の商店街のほうに行き、僕たちは仕事を探した。

「俺はけっこう体力があるほうだから、力仕事を探してくるよ」

「じゃあ、僕は何をしようか?」

「う〜ん、そうだなぁ」

 ヴァルバは1度あごひげを触りながら、適当な口調で言った。

「どっかのウェイターでもやればいいんじゃないか?」

「ウ、ウェイター?」

「若い男しかできない仕事だぜ?」

「……ヴァルバさんだって若いですよね? 25歳ですし」

「……………」

 アンナの言葉に、ヴァルバは胸に槍か何かを刺されたかのような顔をした。そのヴァルバの顔を見ていて、ふと気付いた。

「そうか…。ヴァルバは見た目が老けているから、25歳に見えないからだろ?」

「う、うっせぇな……」

 図星を突かれた人間ほど、見ていて楽しいものはない。

「なんだぁ。ヴァルバは自分で自分が、歳のわりに老けていることを自覚してたんだ。えらいえらい」

「何で褒めるんだよ!」

 顔を赤くしながら、ヴァルバは言っている。

「そもそも、ひげを生やしてるところで25歳に見えないんだよ」

 そう言うと、ヴァルバはまたアンナに言われたときのような顔をした。

「あと、しわがあるところですね」

 アンナの素朴な言葉に、ヴァルバは息の根を止められた。

「く、くそぅ。俺は先に行ってる!! 後で覚えてろ!!」

 そう言って、ヴァルバは人ごみの中へ走って行った。いつの時代のセリフやねん……。

「走ってどこかに行っちゃいましたね」

 君がとどめ刺したんだけどね。

「古い捨て台詞。前にも聞いた覚えがあるけど」

「それにしても、どうしたんでしょうか。ヴァルバさん、あんなに悔しそうな顔をして…」

 ……アンナって、本当の天然だ。ある意味、最強の残酷天使だな……。

「これからどうします?」

「そうだな……ヴァルバの言うとおり、僕はウェイターの仕事でもしようかな。あればの話だけど」

「私は何をすれば……」

 アンナは困ったような顔している。僕も少し悩んだが、すぐに解決策が思い浮かんだ。アンナにピッタリの仕事があるじゃないか。

「アンナは宿屋の仕事をすれば?」

「宿屋、ですか?」

「そうさ。だってアンナは昔から、フィアナ村の宿屋の仕事をしていたじゃないか」

「そそうですけど、フィアナの宿屋とこの大きな都市の宿屋は規模が違いますよ。だから……きっと無理です」

 消極的だなぁ。もっと自信を持てばいいのに。人のことを言えたもんじゃないが。

「大丈夫だって。僕も一緒に行ければいいんだけど、男が働く宿屋なんて、【華】がないから、雇ってくれないと思うし」

「花……ですか?」

「いやいや、華やかとかの【華】」

「……?」

 アンナの顔からして、あんまりわかっていない気がする。

「とにかくさ、大丈夫だって。アンナにはピッタリの仕事だと思うんだけど」

「けど……自信がないです」

 と言われても、他にアンナができそうな仕事ってないんだよなぁ。アンナは船旅をしていてわかったけど、体が弱そうだし、男みたいに力があるわけでもないから、経験のある仕事じゃないと雇ってくれないと思うんだよな。

「……ソラさんも一緒の仕事をしてくれませんか?」

 まるで、子供が機嫌の悪い親に対して言うかのようにアンナは言った。

「一緒って言われても、雇ってくれるかな?」

「えっと、それは……行ってみないととわからないですね」

「まぁ、な」

 個人的に宿屋の仕事って向かないと思うんだよな。そうなると、接客業は僕に向かない。ウェイターももちろん、自分には合っていないと思う。できれば、ヴァルバみたいな力仕事がやりたいんだが……。

 アンナを見ると、放っておくと危ない気がした。まだ14歳の女の子だし、ミレトスのときみたいに変なやつらに絡まれてもいけないからな。

「ま、行ってみて試してみるか」

 そう言うと、アンナはうれしそうな顔をした。僕ぐらいの歳なら1人でもいいんだけど、アンナくらいの年頃の女の子は1人じゃ心細いんだろうな……。こんな大きな町で働く分には。



 町の中心にある、噴水の近くに宿屋をいくつか見付けた。そこで、高価なホテルっぽい宿屋ではなく、見た目はどこかのギリシャのお屋敷みたいなところに入った。

「いらっしゃいませ。何名さまですか?」

 宿屋に入ると、『ガイア』でいう、メイドみたいな人が出迎えてきた。僕はそういったコスプレが大嫌いなのだが、自分を見られると顔が赤くなってしまう。どうしてか、自分が恥ずかしくなる。

「あの……ここは従業員を募集していますか?」

 僕が焦っている間に、アンナが先に言った。

「そういうことでしたら、社長にお聞きくださいませ」

 女性は丁寧に言った。しかし、この営業スマイルが少し気に食わない。

「社長って?」

「あそこのカウンターの奥の部屋にいらっしゃいます。ご案内しますね」

 そう言われて、僕たちはその社長のいる奥の部屋に進んだ。

「社長、お客様です」

 そう従業員の女性が言うと、奥から「どうぞ」という、女性の声が聞こえてきた。

「失礼します」

 部屋に入ると、10畳くらいの部屋だろうか。なかなか広い。壁には、各国の調達品と思われる様々な物が飾られていた。鏡や金の盾、銀の槍。これは2メートル近くもある。

 部屋の中央に大きな机が置いてあり、そこに大人の女性が座って、山ずみにされた書類に目を通している。

「従業希望の方たちです」

「そ。わかった。下がりなさい」

 いすに座っている女性が言うと、メイドの女は部屋から退出した。

「こちらへ」

 そう言われ、机の前に進んだ。女性は、1度も僕たちを見ていない。

「……簡単に言えば、バイトを希望、ですか?」

 書類に目を通しながら、僕たちに言った。この声、なんていうか、真面目な女性教師みたいだ。声がピリピリしているが、怒っているわけではなく、そういう独特の雰囲気を持っているんだ。

「そうです」

 なぜか、緊張してしまう。厳しい教師っていうのは、いつも相手を緊張させる。

「そこのお嬢さんも?」

「はい」

「ふ〜ん……」

 女性は持っているペンを指先でくるくる回しながら、素っ気無い口調呟く。

「そこのお嬢さん、名前と年齢、出身地を言って」

「あ、はい」

 いきなり言ってきたので、アンナも少し戸惑っていた。

「アンナ=カティオです。14歳です。出身地はブルターニュで、つい最近までルナ平原の端にあるフィアナ村に住んでいました」

「ブルターニュ? へぇ……」

 言葉が少し驚いてるようだが、顔はいたって普通だ。いや、ポーカーフェイスとでも言うのか。

「あそこに住んでいたってことは、貴族出身かしら?」

 そんなことまでわかるのか。

「あ、はい。そうです。父はブルターニュ伯爵でした」

「ブルターニュ伯爵……。なるほどねぇ」

 意味深な口調で女性は言った。そして顔を上げ、初めて僕たちの顔をのぞきこんだ。

「じゃあ、次は君。名前と年齢と出身地を言って」

 指で指され、体の姿勢がきちんとなってしまった。

「ソラ=ヴェルエスです。今年で17歳になります。出身地は……東方の大地です」

「東方の大地?」

 女性は頭を傾かせ、僕に聞いた。

「えー…、イデア王国からさらにずっと東の海の果てから来ました」

「……? どうしてこんなところに?」

 当たり前の質問だな。想定どおりだ。

「気が付いたらこの大陸に流れ着いてて、あそこにいたときの記憶が消えてしまったんです」

 レンドの嘘を引用させてもらった。自分で考えるより、レンドの嘘のほうがしっかりしてる。

「流れ着いたところである旅人に拾われて、その人と一緒にここまで来たんです」

「……で?」

「お金が少なくなってしまって、この大きな都市の中で何かしらの仕事をして、お金を稼ごうとしたんです」

「なるほどね……」

 女性は、机の引き出しを開け、1枚の紙を取り出し、サラサラっと何かを書き出した。もしかして、契約書か?

 すると、突然彼女の手の動きが止まった。そして、冷たい口調で言い放った。

「ところで、どうしてブルターニュ伯爵のご息女がこんなところに?」

「……?」

 そういえば、そうだ。それも説明しなくては。

「それは、あなたも知っていると思うのですが……」

 アンナが言った。いつになく、真剣な顔だ。

「…たしか、ソフィア継承戦争に出兵されて戦死されたんだったのよね?」

「そうです」

 彼女は少し小さな声で言った。無理もない。

「それで、ブルターニュを治めるケルヴィン家は没落して、あなたたちは一家離散になった……ということ?」

「…そうです」

「けど、フィアナ村に行ったはずのあなたが、どうしてこんなところに? 何の用で、旅人と一緒に行動するソラ君とここへ?」

 女性はいすに座っているためか、上目遣いでアンナを見た。

「それは……」

 戸惑うアンナを見つめる彼女の目を、僕は見逃さなかった。

 好奇心とか、そういうものじゃない。何か……確認するような、そんな目だった。

「ま、いいわ。そんなことまでしゃべらすわけにもいかないでしょ」

 自分で訊ねておいてそれかい。めんどくせぇな、いちいち。

「とにかく、お金が欲しいんでしょ? さっそく働いてもらおうかしら」

 女性はそう言うと書類にハンコを力強く押し、立ち上がった。

「自己紹介が遅れたわね。私はこの宿『プライレス』を経営する、ミーシャ。よろしく」

 ご丁寧に、手を差し伸べてきた。いちおう形だけの握手を行い、仕事の説明に入った。

「そんなに大きな宿じゃないんだけど、最近、従業員が3人辞めちゃってね。人手が足りなかったの。あなたちは、ちょうどいいところに来たわ」

「は、はあ」

 力なく答えた。さっきまでの、空気を緊張させるあの雰囲気はどこに行ったんだろうか。

「それに、女ばかりで力仕事をしてくれる人がいなかったから、ソラ君は大歓迎よ」

 女ばかり。それはそれでうれしいんだけど、話しづらいんだよなぁ。少し、憂鬱になってきた。

「アンナちゃんは部屋のお掃除をしてもらおうかな。できるわよね?」

「はい、もちろんです」

 ミーシャさんはニッコリと笑って、手を叩いた。すると、メイド服の女性が2人、部屋に入ってきた。

「この2人があなたたちに仕事を教えるから。この金髪の子はアリサ。アンナちゃんの担当になってもらうわ。隣の黒髪の子はエリーザ。彼女はソラ君ね。2人とも、しっかりとお願いね」

 僕たちはお互いに挨拶をして、それぞれの仕事場に向かった。

 すると、僕は裏庭のほうに連れて行かれた。そこには、多くの馬車から荷物が運び降ろされていた。

「……?」

「ソラさんは、ここで荷物降ろしを手伝ってもらいます」

「……これを?」

 僕がそう言うのも、けっこうな量だからだ。この裏庭は馬車の通る道路につながっていて、そこから食料などを運ぶ馬車が入り、荷物を降ろしているらしい。しかし、そんなに大きい宿ではない……と言っていたわりには、量が多いような気がすんですけど。

「それじゃあ、ソラさん、お願いします」

 エリーザという女の子は、1度お辞儀すると足早に建物の中に入っていった。説明してくれるはずなのに、たったあれだけの説明でいいのか? それとも、男の従業員に対するいじめか?

 僕はしぶしぶ、そこの荷物運びの親方であろう(長いひげを生やし、ひときわ厳格そうな感じ)男の人に仕事を手伝いに来たことを説明し、参加した。そして、働いている人に適当に自己紹介をした。

 親方が、「坊主が来る前に、もう1人仕事をしたいって言ってきたやつがいるんだ」と言うので、その人を探し、挨拶に行った。しかし、そこで僕は本当にビックリすることになる。

「どうも〜、新入りです。あなたも新入りなんですよね?」

 と、丁寧に挨拶を行った。その人は僕に背を向けていたので、すぐに顔を見ることはできなかった。そして、男の人が声に気付き、僕の方に振り返ると、仰天した。

「ソ、ソラ!?」

「え?」

 そう言われたので、顔を上げると、そこに立っていたのは、なんとヴァルバだった! そういえば、後姿が見たことあるなぁと思っていたが、まさかヴァルバとは……。

「な、何でお前がここに!?」

 面白いほど驚いているヴァルバは、後ずさりしながら僕に質問した。

「それは僕のセリフだ。ヴァルバこそ何でここに?」

「そりゃあ、お前。力仕事を探していたら、この仕事にたどり着いたんだよ。それより、ソラは何でここに?」

「まぁ……アンナができそうな仕事を探してて、この宿の職場に来たんだけど、僕だけここに回されたんだ」

 ヴァルバは「ふ〜ん」と言いながら、頭をかいていた。

「しかし、偶然っていうのはあるもんなんだな」

「はは、たしかにね」

 2人で談話していると、親方から「くっちゃべっていないで、さっさと仕事をしろぉ!!」と怒鳴り散らされた。僕たちは大急ぎで、荷物運びを行った。


 日が暮れてきた頃、仕事が終わった。

 何度、荷物が置かれた馬車置き場から、宿内の食堂へ持ち運んだことか。100往復はしたと、自身を持って言える。明日には、腕が筋肉痛になっちゃうかもしれない。

 僕はメイドのエリーザに社長室に来てくださいと言われた。ヴァルバは、親方たちと一緒に、飲み会に向かうらしい。

 社長室に入ると、ミーシャさんが昼ごろと同じように座っていて、誰かが1人、隣に立っていた。……彼女はアンナだった。

 僕は呆気に取られた。なぜなら、アンナとは思えない感じがする。きれい、可愛いだとか、そういったことではなく、想像できなかった事態とでも言えようか。なるほど、後姿だけでは理解できないはずだ。後ろから見ると、髪形は違うし、服装は180度違うから、ヴァルバはきっとわからないと思う。

 僕がそうやって驚いていると、アンナが僕の方をチラッと見ては、顔を赤く染めていた。アンナの性格からして、あの格好を恥ずかしがるだろうなぁ、と1人で勝手に納得した。

「さて、2人とも」

 社長は、紙が積み重ねられ、30センチほどの厚になったものをきれいに整頓し、僕たちを見た。

「今日はお疲れ様。初めての仕事なのに、よくやってくれたわね」

 社長は、少し笑いながら言った。

「唯一の男性として、荷物運びをよくやったわね。親方さんも、若いのに対したもんだって褒めていたわよ」

 あの親方がねぇ。そう言われると、かなり照れくさい。

「アンナちゃんも14歳なのに、本当にテキパキと仕事をこなしてくれたわ。昔、同じような仕事をしてたの?」

 持っていたペンを、器用に指先で回しながら、アンナに言った。そういえば、社長にはアンナがフィアナ村で宿屋の仕事をしていたことを言っていなかったっけ。

「実はフィアナ村に住んでいたときに、私を養ってくれていたおばさんの宿屋の仕事を手伝っていたんです」

「だから、慣れた手つきだったのね」

 そう言うと、社長は置いてあった書類に目を通した。

「ところで2人は今日、泊まるところあるの?」

「あ、そうだ。宿をまだ決めてなかった」

「そうでしたね。それに、ヴァルバさんもどこで仕事をしているかわからないし……」

「ヴァルバなら、僕と同じ仕事をしてたよ」

「ええ!? ど、どうしてですか?」

 いつになく、アンナは驚きの表情をしている。

「まあ、それは後で説明するよ」

「それで? 泊まるところはないの?」

 社長は、サラッとした前髪をいじりながら、僕たちに言った。

「そ、そうですね。今のところ、決めていませんね」

「だったら、この宿で寝泊りしなさいよ」

「へ?」

 僕たちは、2人して驚いた。

「1ヶ月くらいは、住み込みで働いてもいいわよ」

「それはありがたいんですけど……」

 だけど、いちおう1日ってことで働いていたからなぁ……。

「アンナ、どうする?」

「とりあえず、ヴァルバさんと相談したほうがいいですかね?」

「それもそうだな。あの、もう1人の仲間と相談してから決めさせていただきます」

「そう、わかったわ」

「あと……1つ、お願いがあるんですが」

「何?」

 あいつだけ、放っておくことはできないからな。

「そのもう1人の仲間ここで泊まらしてくれないですか?」

 少しだけ間が空いた後、社長はフッと笑った。

「……もちろん、いいわよ」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 そういうことで、ヴァルバを探しに行くことにした。僕は親方たちが歩いて行った方向にある、バーを探しに行った。

 そこで、奴はまたもやデレンデレンに酔っ払っていた。僕がため息を大きく漏らす隣で、アンナは優しく笑っていた。


「……まったく、大した男だよ。これだけ酒を飲んでも、明日になればケロッとしてるんだもんな」

 僕は彼をおんぶしながら、夜のランディアナを歩いていた。

「ふふ、そうですね」

 今日の夜空は月の光がないため、真っ暗だ。けど、この町は電気のようなものがあちこちで光っている。しかも、この都市を網目に流れている水路の底もところどころ光を放っている。

「これ、なんなんだろうな」

「この光ですか?」

 アンナは水路の方に目をやった。

「ああ。何かわかる?」

「……すみません、田舎暮らしが長かったんで、こういう最先端技術はよくわからないんです」

 最先端の技術か……。ガイアの電気というのをこの世界の人が見れば、驚いて何も言えないだろうな。

「……それにしても、今日の星空は一段ときれいだな」

 夜空を仰いで、言葉が漏れた。

「僕さ、あっちの世界の星しか知らないからこっちの世界の星のことを知らないんだ。この世界にも、名前の付いた星っていうのはあるのか?」

「そうですね……」

 アンナも顔を上げた。そして、1つの星を指差した。

「あれ……青く光っている星、わかります?」

 北の方向……だろうか。

「青い星……あの、星が固まって集まってるところの中心にある星か?」

「それです。あれは、『セレスティアル』っていうらしいです」

「『セレスティアル』?」

 そう言うと、アンナはうなずいた。

「古代の言葉で、『紺碧』っていう意味らしいです」

「『紺碧』……」

 紺碧、か。青いってことかな。僕はいまいちボキャブラリーに欠けてっし。

「あの星は……ソフィア教典にある大昔の神々が生まれたあと、神々の1人といわれる『ラケシス』という女神様の涙が、空に落ちて星になったんだそうです」

「……どうして、女神様は涙を流したんだ?」

「邪神によって女神様の旦那様である、騎士の神『アーレス』が殺されて、悲しみの涙を流したらしいんです」

「……ひどい話だな、それ」

 最愛の人を亡くすってのは、想像しがたいほど苦しく、辛いことだ。僕は……そうならないようにするために、この世界に来た。全てを捨ててまでも。

「でも、邪神はソフィア教の主神である〈光神ヘイムダル〉によって滅ぼされるんです」

「ふーん……」

「あの星、『セレスティアル』は〈泰平〉と〈平和〉という意味も持っているんですよ。だから戦時に人々はあの星に拝むんです。どうか、平和な時を訪れさせて下さいって……」

 戦争のときにだけ、人々に拝まれる星も困るってもんだ。戦争を引き起こしたのは、自分たちなのに。世界を救った神々も、報われないよ……。

「あの星のこと、お姉ちゃんが教えてくれたんです」

 夜空を見上げる彼女の口から、哀愁の言葉が漏れる。

「私が知らないこと、たくさん教えてくれました。夜中には星のことや、精霊様たちの話とか……」

「……そっか」

「だから……どうしても、もう1度会いたい」

 アンナの目は潤んでいた。真っ暗であっても街灯の光が煌めき、アンナの潤んだ瞳を輝かしていて、目が光って見える。

「もう1度、お姉ちゃんと……」

「大丈夫だよ、きっと」

 彼女は僕に顔を向けた。

「きっと、お姉さんはこの世界のどこかにいる。この広い空の下に、絶対にいる。お姉さんだって、アンナに会いたいはずなんだし。……きっと会える。アンナの心に、その想いがある限りね」

 アンナは涙を少し流しながら、微笑んでいた。

「だから、泣くな。お姉さんに会うときのために取っておいたほうがいいよ」

「……それもそうですね」

 僕もアンナも、ニッコリと笑った。そして、この空を見上げた。

「ソラさん……ありがとうございます」

「いやいや、気にしなさんな」

「…なんか、お爺さんみたい」

 そう言って、アンナはクスッと笑った。


 セレスティアル……か。

 どの世界でも空は広い。どこまでも続く、永遠とも思える青い布。夜で言えば、真っ暗な布か。夜は夜で名のある星、名の無い星が揃って自らの生きている姿を見せ付けるかのように、煌々と輝いている。僕たち人間一人一人は、あの星たちと同じなのかもしれない。自らが生きる光を誰かに向かって放っている。自分たちの存在に……「ここにいるよ」っていう想いを、遥か彼方へ響かせて……。


 ……そんな気がした。






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