最終話 ~終わりのない旅路~
ロスメルタ=ラルフェン=ディルムン
聖書には“英雄フィン”の娘として名を記されており、邪神と戦った女傑とされている。
彼女はロンバルディア大陸へ戻り、ディルムン家の長として活躍する。右往左往していた多くの部族を取りまとめ、当時のイデア王国のロータル朝から禅譲を受け、ディルムン朝を創始する。初代女王“武皇王”として民衆の尊敬を集め、混乱したロンバルディア大陸の中で安定した統治を行った。
最後まで結婚せず、子も成さなかった。そのため、分家であるリアンガヴラ家から養子をもらい、その子を太子に指名した。
生涯独身であり、シリウスと再会することを夢見ていた。彼は約束を守ると信じて。
だが、それが叶うことはなかった。
彼女は60歳の時に王位を太子に譲り、89歳で死去するまで慎ましく生きたとされる。
アムナリア=ペンドラゴン
シリウスの命に従い、南の大陸――アルカディア大陸に渡る。アルカディア大陸もまた、多くの国が割拠し戦乱に明け暮れていた。彼女を慕い、付き従った天空人とともに北部にある豪雪地帯へ身を潜める。
数年後、地上の民と夫婦となり子をもうける。その子供は後にアヴァロン帝国の兵士となり、騎士となって領地を賜るに至る。それが後のフィンジアス王家に繋がり、ゼテギネア皇室となっていく。
彼女の一族には“霊剣アロンダイト”と“禁書”が家宝として伝わり、彼女自身が記した書物が貴重な歴史資料となるのは、遥か2000年後のこととなる。
聖書には“主天使アムナリア”として記述が残されている。
バルザック=グランディア
サリアと共に地上へ渡る。敵も何も行き届かない場所を目指し、名も無き島へと辿り着く。そこには今回の天地戦争により崩落した一部の天空都市の残骸が、散乱していたという。
後にサリアを娶り、平穏に暮らした。
彼は帝国きっての魔法の使い手だったこともあり、数多くの魔法を口伝として残している。その中には“消滅魔法”も含んでおり、それが使われることがないことを祈りつつも、ヴェルエス宗家の残る世界を鑑み、残したと考えられる。その中には“ビッグバン”も含まれていた。
幼き頃から、サリアに想いを寄せていた。彼女が本当は誰を想っていたか、重々承知していた。それでも、両足を失ったサリアを懸命に支え、想い続けた。
しかし、彼女の心は常にシリウスへ向かっており、子を何人成そうとも自分へ向けられることはないと悟り、彼女を苦しませるために自殺をした。
享年35歳だった。
聖書に彼の記述はない。それを記したジュリアスはどういう想いだったのかは定かではないが、一連の事件がアイン=ロロ=グランディアの謀であるために、その息子であるバルザックを記述しなかったのかもしれない。
サリア=ヴェルエス=セントジネス
バルザックとともに地上へ降り、名も無き島に辿り着く。そこは後に、グラン島と呼ばれる。
シリウスと再会することを願い続けるも、彼は一向に戻ることはなかった。本当は一生独身でいるつもりだったが、シリウスの計画には自らの血を受け継ぐ子供が必要であった。そのため、バルザックを受け入れ、子を成す。
長女フィリス、長男レグルス、次女オリヴィア、三女マーガレット、次男マドックの五子を産む。
バルザックの愛は本物で、彼女も満たされるはずだった。それでも、常に空虚が彼女の心に在り続けた。
シリウスに会うことをいつも、いつも心の中で願った。それを覆すことが出来ないことに病んだバルザックは、35歳の時に自殺する。
そうさせたのは自分であると責め、以降はグラン島に建立した教会で祈り続けた。本当はシリウスを探しに行こうとしていた。だが、バルザックのことを想い、そうしなかった。
青年となった息子・レグルスを止めることが出来ず、それもまた彼女を苦しませる要因の一つとなった。
聖書には“聖女サリア”として記述されており、アイオーンを祝福したとされている。
アイン=ロロ=グランディア
帝国の崩壊だけでなく、此度の凄惨な事件の数々は彼の謀によるもの。ガルザスがクイクルムへ侵攻しリタたちを惨殺したのも、彼が情報を流したため。実際は嫉妬に駆られたレナがエンヴィーとなり、アイン=ロロにリタの情報を渡したためではある。
彼もバルザック同様、聖書に記述はない。歴史に刻まれることを望んだガルザスは帝国崩壊の首謀者として名を残したが、アイン=ロロはそれさえもなかった。それがシリウス……ジュリアスのせめてもの抵抗だったのかもしれない。
そして……
「お父さん」
「なんだい?」
白いローブを羽織った6~7歳の少年は、同じようなローブを羽織った男性に声を掛ける。
「世界はどう在るべきなのでしょうか?」
大人びたことを質問するのは、誰に似たのだろう、と男性――シリウスは思う。
「それは私たちが決めることではない」
「では、誰が決めるのですか?」
「強いて言うならば……神だ」
「神は存在するのですか?」
「……それを信じることもまた、人類には必要なのだ。だが……」
シリウスは立ち止まり、空を見上げた。
いつの時代も、空の青さは不変だ。不変――それこそが、我々が祈りを捧げるに相応しい存在なのかもしれない。
「己の身命を、祈りを捧げる対象に預けてはならない。人は自由意志を携え、生きねばならない。それが本当の“生きる”ということなのだ」
「……僕にも、そのようにできるでしょうか?」
屈託のない瞳で、幼い子供はシリウスを見つめる。
ああ、ジュリアス。
お前は私の希望だ。君に生きた道こそが、私が閉ざした運命を切り拓く道標となる。そう、信じている。
シリウスは優しく微笑みかけ、ジュリアスの頭をなでた。
「きっと、できるさ」
風は乾き、砂ぼこりが舞う。地平線まで草木のほとんど生えていない砂の大地。それでも、空の青さは――天空帝都で眺めた時と、地上に落とされた時と、旅立ったあの日となんら変わりはない。薄い雲が、ずっと先まで引き延ばされ、所々から空の青が滲んでいる。空は高く、太陽はそのど真ん中で煌々と輝いていた。
彼らは、その下で歩き続ける。
それは、終わりのない旅路。
遥か、遥か先へと続く旅路。
全ては、約束が紡がれる時へ――
――BLUE・STORY EPISODEⅢ――
――穿たれた空と、終わりのない旅路――
FIN