第五部⑭ ~ユリウス~
ティルフィングが、切り裂いた。
彼を。
「……ぐは……」
その場にユリウスは仰向けに倒れる。これ以上ないくらいに、切り裂かれた傷口から鮮血が溢れ出ていた。
サリアを斬ろうとした刹那。
ユリウスの振り上げた剣と右腕が消し飛んだ。それはバルザックが長時間かけて詠唱し、解き放った“消滅魔法”だった。
「やれっ! シリウス!」
バルザックの言葉と同時に、シリウスはユリウスの背後に移動していた。
「ああああああぁ!」
彼はティルフィングを振り下ろした。それはユリウスの核エレメンタルを破壊するほどだった。
「俺は……死ぬのか」
大の字で、ユリウスは倒れていた。今までの殺意が嘘のように、彼はまるで原っぱに寝そべる少年のようだった。
「何も――成し得なかった。何も」
独白。
「俺はなぜ、生まれたんだ。どうせなら……普通の人間として生まれたかった」
「…………」
シリウスは、既に剣を置いていた。ユリウスとレナの返り血で、真っ赤に染まった“聖剣”を。
「天帝の血なぞ……いらなかった。なぜ、俺なんだ……? なんで……」
どうして“ユリウス”だったのか。
俺でなくとも、よかったじゃないか。なぜ俺でなければいけなかったんだ?
「……親家族、兄弟で殺し合う。それが、天帝なのだ。呪われた一族……滅び去ってしまえばいいものを」
ユリウスはゆっくりと、シリウスに目を向けた。シリウスは何も言わず、顔を伏せていた。
「……お前も……辛かったな」
「え……」
ユリウスの言葉に、シリウスは顔を上げた。なぜ、そんなことを。
「こんな兄で……すまない」
「え……え?」
どうして、この期に及んで謝るんだ。シリウスは、やめてほしかった。謝ってほしくない。謝るということは、自分の罪を認めたということだ。
兄に――兄殺しをさせるほど僕を追い込んだ兄上に、そんなことをしてほしくない。
「俺が兄でなければ……お前は、立派な天帝になれていた。俺がいなければ、お前がたくさんの争いごとに巻き込まれることなんてなかった。お前はいつも、俺を支えようとしてくれた。だから、いつも傷付けられた……」
今までの彼の状態が嘘のようだった。それだけ、異質に感じるのだ。
「俺のために……すまない……シリウス」
「兄、上……」
ユリウスは小さく微笑み、上空を見上げた。幼き日々、憧れた空の青さはそこにある。思春期を過ごしたクイクルムの淡い青空も、あそこにある。手を伸ばせば、届きそうだった。
何もかも忘れて、何もない場所へ行こう。
そこでまた、新しく始めよう。
権利も義務も存在しない、楽園で。
君たちと。
ああ、眠たくなってきた。
早く、君の声が聴きたい。
柔らかな指先に触れたい。
そのきめ細やかな髪を撫でたい。
君の幼くも艶やかな唇に口づけをしたい
「もう……楽になれる。俺は……」
――疲れたんだ――
ユリウスは死んだ。魂がようやく安寧の地を探し当てたかのように、彼は微笑んでいた。