第五部⑬ ~穿たれし空の上で、僕たちは殺し合う⑤~
「お願い、ユリウス……もう、やめて」
アムナリアは皆の前に立ち、そう言った。ユリウスにはわからなかった。なぜ、自分が助けた叔母が自分の邪魔をしているのかが。
「あなたは、自分さえいなければ――そう思っているのかもしれない。でも、そうじゃない。あなたが生きているからこそ、多くの人たちとの出逢いがあった。あなたはそれに助けられ、生きてきた。……生きてあなたたちに会えたことが、どれだけ私にとって喜びであったか……わかる?」
アムナリアは涙を浮かばせていた。
閉じ込められていた後宮から彼女を助けたのは、ユリウスだった。
――逃げてくれ、叔母上――
――頼むから――
まるで懇願するように、久方ぶりの再会をしたユリウスは言った。
「だから……お願い。これ以上、醜い争いをしないで……」
自分たちを救ってくれたアムナリア。だからこそ、彼女の言葉はほんの少しだけ、ユリウスの心を揺さぶった。
――しかし、たったほんの少しだけ。
クククと、ユリウスは笑う。
「お為ごかしは、十分だ」
彼は高笑いを続け、天を仰ぎ見る。
「俺はお前たちを殺したい。本当に、ただそれだけなんだ。たったそれだけが、俺の望みだ。理解してもらう必要も、寄り添う必要もない。世界が破壊されれば、それでいい」
だから――
その瞬間、ユリウスの左手が闇色に光る。
「破滅の旋律、我が膝下に在りし言霊を喰らえ……汝、時の底へ堕ちるがいい……砕け散る命の焔“カタストロフィ”!」
フロア全体を覆う巨大な黄金の魔法陣が浮かび、煌めきと共に土砂が宴を開くようにして暴れだす。
「何もかも――邪魔だァ!」
土砂に呑まれるアムナリアに向かい、ユリウスはティルフィングを振り下ろす。空を裂き、闇色の衝撃波が彼女を襲った。
「アムナリア!」
それをランスロットが防御壁を展開し、防いだ。
しかし――
「――!?」
防御壁は、粉々に砕け散った。そして、ユリウスの剣がランスロットを貫いた。
「ラ、ランスロット……」
「がっ……は……!」
「そんなに叔母上を護りたかったか? ……貴様に、その資格はない!」
魔剣ティルフィングが闇色に発光し、爆発を起こす。ランスロットは吹き飛ばされ、壁にめり込んでしまった。
「次は貴様らだ! 殺してやる!」
息つく暇を与えないように、ユリウスはシリウスに襲い掛かった。
「――クリスタルシェル!」
水晶の防御壁が、シリウスを護るようにして展開される。それは如何なるものも阻む、星の幼子の力だった。
「サリア……」
「大……丈夫?」
サリアはシリウスに、ニコッと微笑んだ。彼女は片足のない状態で、シリウスの前で跪くような体勢になりながらも障壁を展開したのだ。
「サリア! なぜ、そいつを護る!?」
ユリウスはその障壁にティルフィングを押し当てながら、叫んだ。その双眸は血のように紅く染まり、サリアたちを睨みつけていた。
「私は……シリウスを死なせたくない」
脂汗を浮かべながら、サリアは必死にその障壁を維持していた。血が流れすぎている……本来の力が出せない。
「何もかもを奪うこの世界を生かそうとするそいつは、俺の大事なものを奪った! レナさえも! 護る価値があるというのか!?」
ユリウスの怒声に、サリアは顔を振った。
「……わからないの? 私がシリウスに願うのは……“生きてほしい”から。レナが……ユリウス兄さん、あなたに願ったように」
サリアは優しく、まるで母親が己の子供に向けるような瞳を向けた。
「私は――この世界で、みんなと生きたい。悲しみも憎しみも、全てがこの世界の一部。それらを切り離すことなんてできない。傷つくことばかりで、何度も打ちのめされる。……だけど、私はこの世界が好き。大切な人たちがいるこの世界が、大好きなの」
サリアの言葉に、シリウスは胸に去来するものがあった。
僕たちは皆……そう、“普通”でありたかったんだ。それだけのことなのだ。
「……それを願うのは、当たり前じゃないの? どうして、それらを消すことばかり考えるのよ!? ユリウス兄さん!」
サリアは涙を流した。誰に向けて? 何に対して? 彼女自身、その答えはわからない。でも、わかることが一つだけある。
私たちは、普通に生きたかった。たった、それだけのことだったのに。
「だま……れぇぇ!!」
ユリウスはその障壁に、左手をかざした。
「滅せよ――インフィニティ・ゼロ!」
闇色の閃光が、その掌から放たれる。サリアの障壁に当たり四方に散るも、障壁はガラスが割れてしまうように、粉砕されてしまった。
「サリアッ!」
彼女を護ろうと、シリウスは前に出てユリウスの剣を自身のティルフィングで防ぐ。その衝撃で、足が床にめり込む。
「シリウス、貴様ァ!」
ユリウスは反転し、彼の横っ腹に蹴りを見舞った。その衝撃でシリウスは横へ吹き飛ばされた。ユリウスは追撃を掛けるように、彼のところへ即座に移動し切り掛かった。
「お前は――お前だけは、俺が殺してやる!」
「兄上……!」
激しい“聖剣”と“魔剣”のぶつかり合い。だが――
「ガアアァァ!!」
雄たけびと共に、ユリウスの力が増幅される。徐々に圧倒されるシリウスに、追い打ちを掛けた。
「インフィニティ・ゼロォ!」
「ぐあっ!」
闇色の閃光が、シリウスを貫く。その光に吹き飛ばされたシリウスは、壁に叩きつけられた。
「星降る夜――刹那の輝きを以って、星の聖光を注がん――“ディヴァイン・ノヴァ”!」
サリアの特殊な魔法が発動する。それは“ティルナノグの巫女”にだけ扱える、星の魔法だった。空色の光がまるで天から注がれる太陽光のようにして広がり、巨大な爆発を引き起こす。
しかし――ユリウスは、高速でそれを避けていた。
「死ね、サリアァ!」
ユリウスはサリアに向けて、剣を振り抜いた。巨大な衝撃波となったそれは、一直線に彼女に襲い掛かる。サリアは咄嗟に手を使って横へ飛んだが――
「うっ……ああぁ!」
彼女の残された左足が、その衝撃波に呑まれて消し飛ばされたのだ。激痛がそこから全身へと伝わり、サリアは呻き声とともに顔を歪ませた。
「シリウスを助ける奴は――殺す。……死ね」
倒れこむサリアの前に立ち、ユリウスは剣を振り上げた。この天帝の間の天井に穴が空き、そこから青空が広がっている――と、サリアはそんなことを考えた。そして、幼き頃の自分たちを思い出していた。
私とレナとバルザック、そしてユリウス兄さんとシリウス。
いつも、一緒だった。私は、今にして思えばだけど……あの頃が続けばいいと、思っていたんだよ。たとえ、私たちが平民であっても。地上の民でも。どんな環境で在ろうと、私たちは一緒にいれた気がするんだ。
そんなことを……私は、夢見ていた。
だから――