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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆EPISODEⅢ ――穿たれた空と、終わりのない旅路――
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第五部⑫ ~穿たれし空の上で、僕たちは殺し合う④~


 ゆっくりと、彼女は倒れた。

「レ……ナ……?」

 シリウスは何が起きたのか、わからなかった。

 僕が? レナを? 攻撃した?

 なんでなんでなんでなんで?


「レナァァ!!」


 ユリウスの彼女を呼ぶ声が、木霊する。彼は血だらけの身体を動かし、レナの下へ行き彼女の体を抱き起こした。

「お兄……さま……」

「レナ! しっかりしろ!」

 ユリウスは彼女の大きな傷口に手を添えた。この傷では、どうにもならないことなどわかっていた。それでも、無意識に出血を止めようとしていたのだ。

「わた……し、お兄さま……のこと……大好き……です」

 レナは口からも溢れる血を吐き出しながら、掠れる声で言葉を発していた。

「ずっと、ずっ……と、大好きで……す。優……しくて、いつ……も、護って……くれ……お兄……さまが、大好き……です……」

「レナ……!」

 ユリウスは彼女の細い手を、血塗れの手で握りしめた。彼女の魂が、徐々に薄れていくのがわかるほどその手には力がなかった。

「なの……に、こんなこ……とに、なって……ごめ…………なさ、い……。こん……な…………わた……を……ゆる……てくだ……い」

 彼女の双眸から、涙があふれる。それは口元の吐血と混ざっていった。



「ユ、リ……ウス……兄……さ……ま――――」



 出逢った時のような、あどけなさの残る微笑みを浮かべたまま、レナは事切れた。

 生気を失った――魂がいなくなってしまった瞳は、ずっとユリウスを見つめたままだった。


「レ……ナ」


 自分を自分たらしめる存在は、どこかに存在している。自分がないと思っているだけで、本当はあるのだ。そして、人はそのことに最後まで気付かない。失って初めて、それが何たるかを知る。

 ――俺は、なぜ今まで気付かなかったんだ。

 なぜ、なぜ。

 なぜ、何もかも奪われなければならない。

 全部全部、俺のせいなのか?

 そう、俺たちのせいだ。


 呆然とするシリウスに、ユリウスは気付く。それと同時に、彼と過ごした様々な日々が浮かんできた。

 物心ついた時から、シリウスは傍にいた。そう、俺が傍に置いたんだ。

 でも、褒めるのは皆、あいつだけだった。

 父に似ていると。

 天帝になるべく生まれた俺を差し置いて。

 あいつなんて、下賤の民の血を受け継いでいるのに。

 正統後継者である俺には敵わないはずなのに。

 なんで、お前が褒められるんだ。

 フィンも、ロスメルタも、レーグも。

 全員、お前を褒めていた。


 ああ。


 そうか、お前が奪うのか。

 お前が――――俺の大事なものすべてを、奪っていく。

 父の愛も。

 皆の尊敬も。

 リタとレナさえも。



 ――お前さえいなければ――



 殺意が、彼を塗りつぶしていく。それと同時に、ユリウスは咆哮にも似た叫び声をあげた。

「ガアアアァァア!!!」

 ユリウスは魔剣ティルフィングを掴み、シリウスに突撃した。血のように真っ赤な涙を浮かべて。

 だが、シリウスは一歩も――微動だにしなかった。


 僕が、レナを殺したのか?

 え? レナ、死んじゃっタのカ?

 にいさんをころそうとしたのに。

 れなをころそうとしたんじゃない。

 にいさんをころそうとしたんだ。

 でも、れながじゃまをした。

 きみがわるいんだ。

 ぼくをみない、きみが。

 ぼくはきみのそばにいたかった。

 きみのえがおをみつづけたカッタ。

 でも、きみはぼくをみない。

 にいさんばかり。

 だかラ、きみがにくい。にいさんがにくい。

 にくいにくいにくいニクイニクイニクイニクイ。


 え?


 ニクンデイタ……のか?

 

 ――気付いていただろう――

 ――あいつは、振り向きもしないって――


 闇夜から囁くような声が、脳内に木霊する。


「死ねえええぇぇ!」


 そのまま死のうと、シリウスは思った。もう、どうでもよくなった。世界の命運も、自分の命も。ロスメルタと約束したことさえ。

 ユリウスの剣が、天空の太陽の光を背に振り下ろされる。

 だが、この天帝の間に高い金属音が響き渡る。魔剣ティルフィングを、水色の刀身が防いでいたのだ。冷気が広がり、小さな氷の粒が空中に舞う。


「くっ……!」


 シリウスを護るようにして、ユリウスの攻撃を防いだのはランスロットだった。彼の貴族服も血に塗れ、ところどころから焦げた臭いが漂ってくる。


「シリウス! 何をしている!」


 ランスロットの声に、シリウスはハッとした。

「お前にしかできないことを……するんじゃなかったのか!?」

 僕にしかできないこと――。

 僕でしか、果たせないこと。


「邪魔を……するなぁぁ!!」 


 ユリウスの叫び声と共に、闇色の円環が広がり爆風となった。ランスロットやシリウスを弾き飛ばし、轟音が鳴り響く。

「ぐっ……ユリウス!」

 ランスロットは宙で反転し、着地をした。それと同時に、ユリウスの斬撃が襲い掛かる。激しい攻撃は、さすがのランスロットでも防御に徹するしかなかった。

 その時、ランスロットの剣――霊剣アロンダイトが、上空へ弾き飛ばされた。


「しまっ――!」

「ガアアァ!」


 魔剣ティルフィングが、ランスロットを貫こうとした。その刹那、この空間の気温が一気に下がった。ユリウスが()()()()()()()()()()()()()に気付いた時には、遅かった。


「――レイシヴェルサ!」


 氷河の壁が、ユリウスを阻み包み込む。その隙にランスロットは距離を取り、アロンダイトを取り戻した。


「……なぜだ……!」


 ユリウスはその魔法から抜け出し、床に着地した。そして、その魔法を放った人物を睨みつけていた。

 そこに立っていた人物を、この場にいる全員が知っていた。だが、彼を除いて数年ぶりだった。


「叔母上……!?」


 紫苑の長髪に、真っ黒なドレスを羽織った女性。その美しさは、かつてクーデターを引き起こそうとし失敗し、地上へ捨てられる直前に会った時と変わっていなかった。


「ユリウス……お願い、もうやめて」


 アムナリアはどこか寂しげに、そして哀れむような双眸でユリウスを見つめていた。





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