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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆EPISODEⅢ ――穿たれた空と、終わりのない旅路――
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第五部⑪ ~穿たれし空の上で、僕たちは殺し合う③~


 サリアの身体が、その場に崩れた。なぜそうなったのか、彼女自身さえ気付かなかった。それまで自分を支えていたはずの足から感じる感触が、途切れたのだ。

 ――そうか。

 彼女は気付く。己の右足が、膝から無くなっていることに。

「うっ……ああぁぁああ!」

「サリア!」

 すぐさま、シリウスとバルザックは彼女の下へ駆け寄った。


「そんな甘ったるい言葉で語れるほど、“調停者”は単純に出来ていないわ。お姉さま」


 自分の口元に手を添え、サリアの足を奪った彼女――レナは言った。今まで姉であるサリアに向けたことのない、侮蔑の目を向けて。

 だが、彼女はレナでないことは明白だった。


「忘れたの? 世界の流れは常に“リリー・エバー”の意思の流れにあるということを。それを変える権利を持つのは、神の遺児たる調停者のみ。ただのヒトは所詮“傍観者”に過ぎないわ」


 彼女はふわっと浮かび、ユリウスの傍へと舞い降りた。まるで木の葉がゆっくりとそこへ辿り着くように。

「私たち“星の幼子”の使命は、()()()()()()()()()()()()。次元への関与は神にのみ許された権利。“原初のヒト(イヴ)”の紛い物でしかない私たちに、それを阻む権利などないのよ」

「何を……言っている!?」

 サリアに治癒術を掛けながら、バルザックはレナを睨みつけた。

「愚かな愚かな父親の玩具(おもちゃ)。真実を見極められないあなたに、価値などない」

「なんだと!」

 激昂するバルザックをしり目に、レナ――エンヴィーは、手を掲げた。空色の光が結集し始め、まばゆい閃光を解き放っていた。


「邪魔をすると言うのなら、見せてあげるわ。“星の力”を」


 電流がほとばしる。光の円環が立て続けに広がり、光はシリウスたちの視界を真っ白にさせた。



「堕ちろ、天空の使い――星の言霊、大地を穿て――“ケイオス・ノヴァ”」


「まずい!」

 光は集束し、一つの閃光となってシリウスたちを襲った。轟音と共に天帝宮が大きく揺れ、天帝の間には巨大な穴ができてしまっていた。


「くっ……! これが……星の幼子の……!」


 シリウスはサリアたちの前で壁となり護ったが、自身は大きなダメージを負っていた。その場へ倒れこんでしまったのだ。

 紺碧のエレメンタルを持つ者――それが“ティルナノグの巫女”。凄まじい力だった。自身の防御壁を以てしても、半分以上防ぐことが出来なかった。

「シリウス……ごめ……なさい。私の……せいで」

 切断された足から流れ出る血を抑えつつも、サリアはシリウスを気遣っていた。エンヴィーの気配に気付かなかった自分が、何より腹立たしい。

 彼らの姿を見、エンヴィーは艶めかしく口角を上げ、微笑をする。

「滅びゆく様は、何よりも美しい。そうよ、遥か太古の時から、“あなた”は人類に示してきたわ。破壊を誘う天使として」

 彼女は両手を広げ、天を仰ぎ見た。


「終わりの序曲が聴こえる……。そして、新たな世界の――――あ、う!?」


 その時、エンヴィーは側頭部を抑え、もがき始めた。苦痛に顔を歪め、それを抑えようと体をグニャグニャと動かしている。

「ぐ……うっ! やめ……ろ! あなたが出てきたところ、で……何も……!」

 エンヴィーはうめき声にも似た言葉を発していた。

「違う! こんなこと……私の求めたものなんかじゃ……ない! う、うるさい! 黙れ……黙れェ!」

 壊れた人形のように、彼女は大きく頭を左右に振った。纏わりついたものを振り払うようにして。

「わた……し……! 違う、そうじゃない……私は……傍にいたい……だけ……! ただ……それだけなの……」

 漏れ出る言葉は、エンヴィーのものではない。

 本来の彼女――レナだ。


「傍にいたい……それだけでいいの。それ以外に……何も、望まない……」


 だから、やめて――

 殺し合うのは。争い合うのは。


 悲痛な彼女の心の叫び。その場にいた全員が、少なからず動揺した。もちろん、ユリウスも。


 だが、シリウスはふと気付く。

 ユリウスが防御を解いていることを。

 後になって、彼は思う。なぜこの時だけ、その瞬間だけ、好機だと感じたのか。


 兄上を殺せる。


 そう確信した。皆がレナに視線を送っているこの瞬間を。



 きっと、僕は嫉妬していたんだ。レナに愛される、兄上に。

 僕も彼女が好きだった。初めて会った時から。サリアと同じように、僕を差別しなかった。区別しなかった。


 彼女の白い手が、欲しかった。彼女の肌の温もりを、手に入れたかった。


 ああ、殺意だ。これは殺意なんだ。僕の願望、そのもの。

 だから、力を込めた。ティルフィングに。たぶん、この時だけ“聖剣”ではなく“魔剣”になっていた。

 だって、やっと殺せるって――思ったから。




 シリウスはその双眸に殺意の焔をと灯させ、剣を握る手に力を入れた。踏ん張るための力を足に集中させるために、大きく息を吸った。立ち上がるのと同時に走り出し、ティルフィングを両手で握り、聖魔の力を切っ先に貯めた。


「兄上ぇぇ―――!」


 シリウスはその剣を、最大限の力で振り下ろした。今までのような青色の衝撃波ではなく、紫苑色の衝撃波が大理石の床をはぎ取りながら、ユリウスを襲った。


「ダメエエェェ!!」


 全てがスローモーションだった。

 咄嗟に、レナがユリウスの前に飛び出した。さながら、子を守る親のように。ゆっくりと、衝撃波が彼女の肩から腰へと駆け抜ける。真っ赤な鮮血が、噴水のように飛び出てきた。

 レナの空色の瞳が、いつもより大きく、そしてシリウスを見つめていた。



 そして、彼女は微笑んだ。




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