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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆2部:真実への旅路
14/149

11章:活気の貿易都市 ミレトス


「へぇ……すごいな」

 僕は辺りをきょろきょろと見渡した。

「おいソラ…『初めて来ました』ってのがガンガン出まくりだからやめておくれよ。お兄さん恥ずかしい」

「なんだよ、その言い方は…」


 貿易都市ミレトス。

 数百年前、この地で市場というものが開かれてから、多くの商人たちが集まるようになり、次第に規模を大きくしていった。つい50年ほど前に、ルテティアから永久自治権を与えられ、2大陸の諸国との貿易の懸け橋となるようになったのだとか。いちおうルテティアに属してはいるが、ほぼ独立したようなもんだという。

「人がたくさんいるところってのはさ、初めて行った時はどうしてもきょろきょろしてしまうんだよ。それに、僕としてはこういう雰囲気の都市に行くのは初めてなんだ」

「まぁ…違う世界だしな」

 それもあるが、貿易が盛んな場所というのがどうしてもわからなかったため、それを実際に見たから驚いているんだ。

 この都市は、なんだかギリシャの都市国家を思い起こさせる。エーゲ海に面したギリシャ都市というのは、白い家屋が建ち並び、オリーブの木が植えられ、港には無数の木造船。空の青と海の蒼、建造物の白と植物の緑。ミレトスという都市は、そういった〈色〉で構成されているような気がした。

「ミレトスっていうのは、複数の貿易都市で構成された自治都市群なんだ」

 人が溢れる中央街道。大きな荷物を背負った商人や、壮麗な服を身につけた貴族っぽい女性、海の男みたいな筋肉モリモリの男性たち。いろいろな人たちが向こうに行ったり、そこの角を曲がったりしている。この街道は多くの出店もしているようで、手を叩きながら商品の特徴や安さを大声で言っている人、中にはお客を無理やり呼び止めて買わせようとしている人なども見える。

「ここはロンバルディア大陸の最西端なんだが、ここから海岸沿いを北上した所にもいくつかミレトスみたいな貿易都市があるんだよ」

「たしか……ここは西のアルカディア大陸も近くて、あそこの最東端にも同じような都市があるんですよね」

「ふーん…。ここからだと、アルカディア大陸は目と鼻の先なわけ?」

 街道のずっと先に、海が見える。この街道は緩やかな坂道で、この都市は丘の斜めの部分に建造されたようだ。来る途中、このミレトスを一望できる場所があった。たぶん、それが丘の一番高い所だろう。

「見ようと思えば見えると思うぜ? 今日はちょっと海の向こうが霞んでるから見えなかったが、いつもなら丘の上から見えるはずなんだよ」

「アルカディアか……いずれ、行ってみたいけどな」

「それよりも、まずは王都へ行く…だな」

「……ああ」

 もちろん、そうだ。観光気分で来ているわけではない。空を救いだし、彼女を無事にガイアへ送り届けること。…たとえ、自分がどうなろうと。

「そう言えば、船はどこで調達するのさ?」

「そこは港の方に行ってみないとわからないな。基本的に、定期船があるはずだとは思うんだが…なんせ、ミレトスだからな。2大陸の中で最も貿易が盛んな都市だし、観光客なども多い。もしかしたら、乗船券が完売……っていうこともあり得なくもない」

「……大丈夫かぁ?」

「俺に訊くなよ…。まっ、なるようになるさ。ところでさ、飯でも食わねぇか? 腹が減っちまってしょうがねぇよ」

 そう言いながら、彼はお腹をさすっていた。たしかに、今日はまだ何も食べていない。

「そうですね。ちょうどお昼時ですし」

 フィアナを出て5日。そろそろヴァルバが作る料理にも飽きてきたところだ。あいつの料理って、まずくはないんだけど豪快なんだよな。見た目が男っぽ過ぎるというか…。俺としては嫌いでもないけどさ。

「飯屋はっと………」

 ヴァルバは辺りを見渡した。人がごったかえしているので、どこになんの店があるのかわからない。

「おっ、あそこ」

 すると、彼は右手の方を指差した。

「あそこに、ウルヴっていう看板があるだろ?」

「えぇっと……あれ?」

「そう、あれ」

「名前的に、飯屋って感じはしないけど」

「ウルヴってのは古代語で『昼食』っていう意味を持つんだよ」

「へぇ……ヴァルバって、物知りだよな」

 基本的に、彼は僕の質問に全て答えてくれる。物知り博士みたいで、便利……と言ったら、失礼だな。

「ですよね。やっぱり、旅をしているからなんですか?」

「旅……まぁ、そうかもな。自分の趣味でもあるんだけど」

 ハハハ、とヴァルバは少し照れていた。

「さて、俺は馬車を預けてくるから先に行って席を取っておいてくれないか?」

「え?」

 僕は硬直した。

「んじゃ、頼んだぞ」



 よく考えてほしいものだ。僕はこの世界の住人じゃないんだぞ? 注文の仕方とか、わかんないじゃんかよ。……まぁ、アンナはまだ子供だし……僕が言うべきだろうなぁ。

 ん? そう言えば……。

 ともかく、僕たちは「ウルヴ」という店に行った。白い建物で、横幅の広い緑の扉。窓から中をのぞいてみると、多くのお客さんであふれているのが見えた。屈強な男性ばかりに見えるが……。

「いらっしゃい。何名様だい?」

 店に入った瞬間、人のしゃべり声と笑い声がしてきた。さっきまで、もっと大きな声で談笑していたように見えたのに、僕たちに気づいてか、どこか視線を感じる。それを気にしてしまい、店の人の言葉に気付かなかった。

「お客さん」

「あっ、えっと…3人です。後で一人来ますので」

「そうかい。じゃあ、開いてる席に座ってくれや」

 そう言って、ちょび髭のおっさんは厨房らしきところへ戻っていってしまった。

「…開いてる席って…」

 ないように見えるんですけど…。あちこちから、お客さんの目が痛い。どうも、場違いじゃないかって思う…。

 とりあえず、僕とアンナは一番隅っこの4人席に座った。窓が近くにあり、外に噴水が見える。

「……なんだか、私たちが入っていいようなお店じゃあ…ない気がしますね」

 アンナも周りの空気に気が付いたようだ。周囲の男性客たちは談笑しながらも、僕たちのことを少し気にしているみたいだった。

「…ま、まぁ……気にするな」

 僕はとりあえず、会話をすれば気が紛れるかなと思った。

「…そう言えば、訊こうと思ったんだけど…」

「なんですか?」

 前々から気になっていたのだが、つい質問する機会を失っていた。よくあることではあるが。

 彼女は首をかしげた。

「アンナって何歳?」

「私は今年で……14歳になります」

「うっそ!? 14!?」

「は……はい。そうですけど……」

 僕の驚きようで、アンナも驚いてしまった。

 14歳……子供だとは思っていたが、そこまでとは…。

「な、なんですか?」

「…いや、思ったよりも若いんだなと…」

「…ソラさんはいくつなんですか?」

 アンナはちょっとだけムッとしていた。

「今年で17になる。アンナよりも3つ年上だな」

「…ソラさんも、私とはあんまり違わないじゃないですか」

「そうかぁ? なんつーか……やっぱり、アンナはちっちゃいんだよな」

「ま、まだ成長期なんです! それに、ソラさんが高いと思うんですけど」

「うーん、高いとは言われるけど、特別高いわけじゃないだろ?」

「…フィアナでは、空さんより高い人はいませんでした」

 まぁ…人口少ないでしょうしねぇ…。

「そういや、アンナって奇麗な金髪してるよな。金髪って言うより……レモン色っぽいかな」

「えっ?」

 アンナは自分の髪を触りながら、「そ、そうですか?」と言った。

「僕が住んでた国の人は、特別な人を除いてみんな黒髪なんだ。だから、金髪とか…色がある髪を持つ人って珍しくてさ」

「あ、ありがとうございます…」

 なんだか、アンナは照れていた。その姿を見ると、「まだ中学生程度の少女」というのを実感させる。

「ソラさんって、東方民族なんですか?」

「東方……?」

 一概に東方民族とは言えないけど、大昔の人々に言わせてみればそう言われるのかもしれない。

「イデア王国の原住民をそう呼ぶらしいんです。そこの人たちは、みんな髪が黒いって言われます」

「髪が黒い……。じゃあ、ヴァルバはそこの人なのかな」

「…そう言えば、ヴァルバさんはイデア人の特徴そのままですよね。肌が褐色で、髪が黒くて…」

 出身地を訊いた時、ヴァルバはそれをはぐらかした。もしかしたらイデア出身なのかもしれないが…言いたくないだろうし、言わないでおこう。

「ところで、ルテティア人ってのはみんな金髪なのか?」

「…どうなんでしょうか。私、あまりフィアナから出たことないんですよ。私の村の人たちはほとんど金髪か、それに近いものだったですし…」

「特別、決まってるわけじゃないみたいだな」

 金髪の人種がいるってことは、ここはヨーロッパくらいの位置にあたる国なのかもしれないな。けど、顔はどことなく日本人っぽいし…言葉も……。

「…そう言えば……あいつも金髪だったな…」

「…あいつ?」

 彼女は頭をかしげた。

「あ、あぁ……この世界に来る時、手助けしてくれた女がいてさ。そいつはすんげぇ長く、綺麗な金髪だったんだ」

 さらさらの、金色の長髪。人目を引く美しさ。あいつは、そんじゃそこらの女性とは格が違う。男性だから、そう思うのかもしれないが。

「…その人、今どこにいるんですか?」

 僕は手を広げた。

「さぁ? 来るなり、僕を放ってどっか行っちゃったんだよ。初めて来たんだから、案内してくれてもいいのにな」

「フフ、そうですね」

 今頃、どこで何してんだろうな…。なんか用事があるってんで、どこか行ってしまったが……情報収集でもしてるのかな。

「その人の名前はなんです?」

「え? あぁ……あいつの名前は―――」


「おい、そこのおじょうちゃん」


 後ろから声がした。それは、さっきそこで座っていた海賊っぽい服装をした男性だった。タオルを頭に巻き、青っぽいタンクトップ。ガッチガチの筋肉、でかい顔に真っ黒なひげ。そして気味の悪いニヤニヤした口元。

「…なんか用ですか?」

 僕はため息交じりに言った。

「小僧には訊いてねぇよ。おじょうちゃん、おじさんたちと酒でも飲まんか?」

 下品な笑い方。顔が歪みそうだ。つか、おっさんロリコンかぁ?

「僕たちは未成年だ。んなの勧めないでください」

「未成年? 何言ってんだ? おめぇ」

 あり? …もしかしたら、この世には未成年というのが無いのかもしれない。そういう概念が生まれたのは大昔からだとは思うが、この頃の文明レベルくらいだったら、15、6歳くらいで成人なのかもしれないな。勝手な想像だが。

「いいから、あっちで一緒に酒飲もうぜ。名前なんて言うんだ?」

「…え…」

 すると、下品なおっさんはアンナの方に近づいて行った。僕は立ち上がり、そいつの腕を掴んだ。

「おい! いい加減にしろよ! 嫌がってるだろうが!」

「……あぁ?」

 眉を眉間に寄せ、おっさんは僕に顔を向けた。

「小僧、おめぇなんかにゃ用はねぇ。失せな」

「こっちの連れにちょっかい出そうとしてんだ。用が無いなんて言わせねぇよ」

「小僧……いい度胸してんじゃねぇか」

「ふん、褒めてもなんも出ねぇよ。……それより、」

 僕は鼻をつまんだ。

「あんた、息臭いよ」

「!!!」

 その瞬間、周りの人たちがドッと笑い始めた。そして、だんだんおっさんの顔が赤くなり始めた。

「て、てめぇ……!!」

 手が小さく震えている。怒りの頂点に達するまで、もう少しってとこか。けど、それからが問題だ。力勝負だと、僕はおっさんには勝てないだろうな。さて、どうするか……。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 その時、誰かが人ごみの中から出てきて、僕の前に立った。

「お前……何してんだ!?」

「あ、ヴァルバ」

 息を切らして、困った顔をしている。

「こんな所でケンカすんなよ! つか、来ていきなり騒動起こすな!」

「つっかかって来たのはあっちだっつの」

 僕はふてぶてしい顔で言った。

「だからってなぁ、お前……」

「おい!」

 気がつけば、おっさんの頭の緒も限界だった。

「小僧! ワシをここまで恥かかせたんだ! ワシと勝負しろい!!」

「…ものにもよるけど…いいよ」

「ちょ、ちょっと何勝手に決めてんだよ!!」

 ヴァルバは必死に僕を止めようとしていた。

「本当にいい度胸だ。よぉーし……ここは、酒の飲み比べだ!」

 と言って、おっさんは大きな瓶を取り出し、そこのテーブルに勢いよく置いた。ゆらゆらと揺れている酒だが、思ったよりも多そうだ。

 酒勝負かぁ……。僕は一計を案じた。

「…いいだろう。その勝負、ヴァルバが受けて立つ!」

「なにっ!?」

 僕はヴァルバを目の前に出した。

「僕は酒が飲めないから、代理人としてこいつがやってやろうじゃないか!」

「なんでだよ!!」

「まぁまぁ…いいじゃないか」

「だからなんでだよ!!?」

 僕は微笑みながら彼の肩を叩いた。

「おいおい小僧、逃げるつもりか?」

「ふん。こいつを倒せば、その次は僕が受けて立ってやるよ」

「酒が飲めないくせにか?」

「当たり前だ。アンナのためだっつの」

 僕は男を睨みつけながら言った。彼は少しだけ、たじろいだように見えた。

「おい、ソラ!!」

 ヴァルバは僕の肩を掴んだ。彼の顔を見ると、もうなんだか困ってるやら呆れてるやらだ。

「な、なんで俺が勝負しなきゃなんないんだよ!?」

「まぁまぁ……アンナを守るためだって。男なら、女を守っていかないとな」

 僕は笑顔で言った。

「ソラも男だろ!!? 吹っ掛けたお前がやるならともかく、なんで俺がやらなきゃならんのだ!」

「ハハハ、落ち着けって」

「笑いごとじゃねぇだろ!?」

 僕はヴァルバの耳を引っ張った。

「…僕は未成年なんだよ。酒飲んじゃいけないんだ」

「いや、ここは世界が違うからいいだろ…」

 それ言われちゃおちまい。

「……それはともかく、それ以前に飲めないんだよ」

「…………」

 何杯か飲めるっちゃあ飲めるのだが、酔っ払いたくないんだよね。頭痛くなるし。それに、この世界の酒ってたぶんブドウ酒だろ? なんか個人的に合わなさそう。

「ということで、頑張れよ! ヴァルバ」

 僕は力強く彼の背中を押した。

「ということで……じゃないだろ! やるなんて一言も……」

「アンナだって応援してるんだ。な?」

 僕はアンナの方に向いた。彼女は目をパチクリさせていた。

「えっ? あ……その……えっと…ヴァルバさん、頑張ってください」

 アンナは僕の無茶ぶりに「ファイトポーズ」で応えてくれた。

「……あのな……」

 ヴァルバは「やれやれ」という顔をしながら、男の前に進んだ。

「樽一つ分の酒を飲み干すのが、どっちが速いか勝負だ!」

 男は樽を二つ、目の前に置いた。

「……まったく……しょうがないな……」

 なんだかんだ言いつつも、ヴァルバは勝負することに。いやー、乗りがよくていいですね。物語にはああいう役柄の人も必要なのよ(たぶん)。

「よ〜し………始め!!」

 男の隣にいたおっさんが手を勢いよく挙げた。それと同時に、男とヴァルバは樽を持ち上げ、酒をぐびぐび飲み始めた。


「だ……大丈夫ですかね…?」

 いつの間にか、アンナは僕の後ろに隠れていた。

「大丈夫だろ、たぶん」

「た、たぶんって……。でも、もしも負けちゃったら……」

「それも大丈夫だって。あんだけの酒飲んだら、勝とうが負けようが二人とも酔っ払っちゃうからな、きっと」

「…そ、そうですかね…」

 そんなこんなで、二人の酒飲み勝負に触発されてか、周りがさらに騒がしくなってきた。中には真っ昼間だってのに酒をに手を出し始める客もいる。こういうのを馬鹿騒ぎというのだろうけど、楽しくなってくる。この店の客はほとんど海の人のようだが、こうして見ているとみんな気前がよさそうな感じがする。豪快というかなんと言うか。

「ほい」

 すると、店のおじさんが料理を持ってきた。

「…? あの、まだ注文はしてないはずですけど?」

「あんたら、他所の人だろ? うちの町の奴らのせいで、昼飯時を邪魔したお詫びだよ」

 そう言って、おじさんはいくつかの料理をテーブルに置いた。食欲をそそる香りが鼻に伝わって来た。

「だけど……」

「気にするな。それに、君の度胸はなかなか良かった。それも含めて、この飯は俺の奢りだ」

「度胸って……嘘言っただけですよ」

 僕は苦笑した。

「んなのわかってるさ。でも、君みたいな若い奴が、あんな馬鹿でかい奴らを目の前にして、物怖じしない奴なんざそうそういないからな。他所のもんはこの店に入ると、ビビッて帰っちゃうのにな」

 おじさんは腰に手を当てて笑った。まぁ……この店に初めて来た人は、帰りたくもなるでしょうねぇ。ごつい人ばかりだし。

「それに、こんなかわいいおじょうちゃんが店に来てくれたんだ。振舞ってやらないとな」

「そ…そんなことないです」

 アンナは照れながら顔を振った。

「ハハハ、この店には似つかわしくないじょうちゃんだ。…客のほとんどが男だからな。女性が来ること自体珍しいんで、ちょいと調子に乗ったんだ。けど、ここの奴らは見た目はあれだが、根はいい奴ばかりだ。すまねぇが許してやってくれ」

「…そうですね。本当に、いい人たちばかりですね」

 僕はこの風景を見渡した。

「ほう、そうかね?」

「ええ。……気兼ねなく笑える。多くの人たちと一緒に今を楽しんでいる。それを見ていれば、簡単にわかりますよ。こうして、心の底から楽しんでいる人たちに、悪い人間はいない。…抽象的で漠然としていますけど、それだけははっきりとわかるんですよね。たぶん、〈楽しい〉っていう心に自分の心も共鳴しているからなのかもしれませんね」

「………ふむ、なるほどな」

 黒いあごひげを触りながら、おじさんは僕に笑顔を向けた。

「お前さん、きっといい大人になるな」

「な、なんですか? 藪から棒に……」

 思わず照れてしまう。

「まっ、ともかく飯が冷える前に食いな。今日は、何を注文してもタダにしてやるよ」

 これを聞けば、きっとヴァルバも喜んだに違いない。今は、命を懸けて闘っているのだから…(いただきます)。



 数十分後、熱き闘いは終わった。ヴァルバと相手の男は、予想通りデレンデレンに酔っ払っていた。

「……この勝負、引き分けだな」

 ジャッジをしていた男が二人を眺めていた。

「おーい、ヴァルバー。大丈夫か〜?」

 僕は床に大の字になって倒れている彼のほほを軽くはたいてあげた。

「ん〜? おらー、らい丈夫ら〜………」

「…ダメですね」

「ダメだな」

 僕とアンナは顔を合せて笑ってしまった。

「ったく、起きろ!」

 とその時、相手の男性の頭を思いっきり叩いた音が聞こえた。

「どこで何してんのかと思ったら、真っ昼間から素人相手に酒なんか飲みやがって……」

 泥酔している男性の傍で、呆れ顔をした知らない男が立っていた。バンダナを巻き、白いタンクトップに白い短パン。黒く焼けた肌。きりっとした力のある瞳は、人を惹きつける感じがした。

 口ぶりからして、たぶん同じ仕事をしている人だろう。

「起きろー、グスマン。起きねぇと海ん中に投げ込むぞー」

 ベシベシ。男性は酔いつぶれた男を何度もはたく。…つか、ちょっとは手加減した方が…。

「まったく……おい、誰かこいつを運んでやってくれねぇか? これからランディアナに向かわないといけないんでな」

「ハハハ、義賊様も大変だなぁ、レンド」

「おやっさん、あんたも人が悪いねぇ。飲むのを止めてやってくれてもいいだろうに」

 レンドと言われた男性は苦笑した。

「男同士の勝負だ。口を挟んじゃいけないってな」

「都合のいい時だけそのセリフ言いやがって」

 二人は男らしい笑い声をあげた。

「ところで、相手の男性は?」

「ああ……そいつは、あそこの坊やの連れだよ」

 おじさんは僕たちを指差した。すると、レンドという人がこっちにやって来た。こうして近くで見ると、ホントに筋肉がムキムキ。僕と同じくらいの背丈だろうか。

「悪いな、うちのもんがくだらないことをしちまって」

「いえ…別にかまいませんよ。二人ともつぶれちゃったし」

「ハッハッハ、そりゃそうだ。…ところで、あんたら他所のもんか?」

 彼は僕とアンナを何度も見渡した。

「ええ、そうです。これから、王都へ向かおうと思ってて」

「王都? ミレトスにいるってことは、海路で行くつもりか?」

「そうですね」

 うーん、と男性は唸った。

「もしよかったら、途中まで運んで行ってやろうか?」

「…え?」

「俺たちはこれから所用でシュレジエンまで行くんだが、途中でランディアナに寄港する。王都へ行くには、そこから陸地を通って行くのが一番だからな」

 そう言えば、海路で行くと言っても王都は内陸部にあるため、結局歩いていかなければならないとヴァルバが言っていたっけ。

「本当にいいんですか?」

「ああ、もちろんだ。たった3人だろ?」

 僕とアンナはうなずいた。

「よし、それじゃあ………」

 レンドは仲間の男性を見た。

「…久しぶりのミレトスだし、もう少しゆっくりさせてやるか。あんたたちは今日来たばかりなのか?」

「ついさっきですね」

「そうか…。じゃあ、明日出発するとしようか。君たちの仲間も回復していないし」

 レンドさんはヴァルバをチラ見した。

「ん〜〜……へへへ……もう飲めねぇよ……」

 僕たちは一斉に笑ってしまった。

「とりあえず、自己紹介しておくよ。俺は〈レンド〉だ」

「僕はソラ=ヴェルエスです」

「アンナ=カティオです。よろしくお願いします」

「ハハ、よろしくな。あと、敬語使わなくてもいいからな。それに、呼び捨てでいいから」

「……わかった。よろしく、レンド」

 僕たちは彼と握手を交わした。これがレンドとの出会いであり、彼とは最後まで付き合う仲となる。そうなるとは、誰も予想だにしなかっただろうな……。

「…ところで、彼はどうする?」

「…………」

 こんな、自分よりも重い奴なんて僕は運べませんよ?

「…しょうがない。宿に連れて行っといてやろうか。おーい、そこの人も同じ宿に連れて行っといてくれ」

「はいよ〜」

 レンドの声に誰かが反応。たぶん、同じ船の仲間だろう。

「さて…と。んじゃあ、これからミレトスを案内してやろうか? どうせあと数時間は暇だし」

「そうだな……」

 よく考えたら、この町に来たことがあるヴァルバは酔いつぶれてるため、僕とアンナはどうしようもできない。

「じゃあ、お願いするよ。僕とアンナはまったくわからないし」



 僕たちは外に出て、案内してもらうことにした。

 町の中央にある広場。ミレトスの街中は何かと人でごった返していたが、ここは人の話し声も少なく、唯一ゆっくりできる場所かもしれない。

 大理石でできた噴水がとても珍しく、僕は素人らしくベタベタと触りまくった。

「…それにしても、なんで3人は旅なんてしてるんだ? 親子とか…兄弟には見えねぇし。他人同士だよな?」

 レンドは噴水の近くにあるベンチに座った。

「ああ。ヴァルバは正真正銘の旅人……らしいんだ。僕とアンナはルテティアに用事があって、彼に同行してるってわけさ」

「ふーん…。他人同士が旅をするなんてのは、あんまり見ないし聞かないから珍しいよ」

「そうなのか?」

「というより、旅をすること自体珍しいんだ。昔っから人がいないような場所は危険だし、最近じゃあ人がさらわれるときたもんだ」

 人がさらわれる……。たぶん、少女連続誘拐事件と同じだ。

「巷の噂じゃあ、王室特務機関による計画的犯行じゃないかって言われてるけどな」

「……それって、呪術研究院…ですよね?」

「へぇ、よく知ってるね。普通、国王直属の機関なんてのはあんまり知られてないはずなんだが…」

「僕たちはヴァルバに教えてもらったんだよ」

「ヴァルバ…ね」

 ふむ、とレンドは視線を横へ向けた。

「というか、レンドだってよく知ってるじゃないか」

「俺は…まぁ、昔ちょっとしたことで習ってね。つか、諸国を回ってたら自然と知ってしまうんだよ」

 と、なんだかレンドははぐらかしたようにも見えた。

「それにしても、呪術研究院か……。設立当初から、黒い噂は絶えなかったもんな」

「そうなんですか?」

 アンナはレンドの座っているベンチの正面にあるベンチに腰を下ろした。

「……10年くらい前だったか……あれが設立されたのは。たしか、ルテティア貴族ブルターニュ伯爵家が没落したすぐ後だったな」

 その時レンドは気付かなかったが、アンナの顔に動揺が走っていた。

「…設立とブルターニュ伯爵の没落…は、なんか関係あるのか?」

 そう問うと、レンドは「あくまで他所から流れてきたもんだが」と前置きをして、言った。

「……聞いた話だが、当時のブルターニュ伯爵と設立させた〈クテシフォン公爵〉は犬猿の仲だったらしい。朝廷の場で、何度も意見が食い違ってたとか」

 クテシフォン公爵……初めて聞くな。

「ブルターニュ伯爵は戦争の最中、名誉の戦死を遂げた。……彼には奥さんと子供がいたって話だが、どうなったんだがな」

 レンドもまさか、その子供が目の前にいるなんて夢にも思わないだろうなぁ…。

「んで、クテシフォン公爵は政敵がいなくなったことで呪術研究院を設立。さらに王室特務機関であることをいいことに、そこで変な実験をしてるんだとよ。金が足りなくなったら、朝廷で費用の追加を決定させようとしていたらしいが、宰相によって却下されてる」

「宰相……って言うと、レオポルトって人?」

「そうそう。彼は古くは〈ヴァルキュリア〉の血を受け継ぐと言われていて、まだ30代半ばながらもその才能と手腕は高く評価されてんだ。ゼテギネアの……たしか、ベオウルフだっけか。そいつと並んでも遜色ないと言われてる」

「ヴァルキュリア? ベオウルフ?」

 さっぱりわからない。

「知らないのか? ソラってルテティアの人間だよな?」

 レンドは頭をかしげていた。まずいな……なんて言えば……。

「えっと…ヴァルキュリアというのは、かつての統一王朝アヴァロンの皇帝より賜われた最高の騎士の称号…らしいですよ。たしか、そうでしたよね?」

 彼女はレンドの方に顔を向けた。

「そうそう、たしかそんなんだったよ」

 アンナは気を利かしてか、説明してくれた。

 つーことは、ヴァッシュ家は由緒ある家系…ということか。

「ふーん……じゃあ、ベオウルフってのは?」

「それは…ちょっと私も分かんないです。ゼテギネアのことですし……」

「ベオウルフってのは、現在のゼテギネア宰相のことさ。先代皇帝の実弟で、当時から宰相として手腕をふるっていたんだ。彼が就任してから、ゼテギネアでは内乱らしい内乱が起きていないらしいぜ? 連合国家だから、何かと亀裂が多いはずなのに。ベオウルフはかなりの切れ者って話さ。ただ、彼の姿を見たことのある国民はほとんどいないらしいがな」

「…あんまり姿を現さないってこと?」

「らしいぜ。皇族しか顔を知らないって言われてる。もちろん、噂だけど」

「ベオウルフ、か……」

 そんな人と肩を並べるほど、レオポルトという人は凄い人らしい。…以前、彼を疑ったが、そんな人ほど疑わしいものがある…なんて思ったのだが、呪術研究院の追加費用を止めたというのが、その疑心を払拭させる。

「クテシフォン公爵に関しては、昔っから好感は持てないんだよな。国王に言葉巧みに取り入る家臣だし」

 レンドはかなり嫌そうな顔をした。

「…でも、王室特務機関を設立するほどの力があるってことは、それなりに国王からの信頼も厚いってことだよな?」

「……そのとおりだ。クテシフォン公爵と現国王は長い付き合いで、国王の即位に尽力したって話さ。もう、40年ほど昔の話だがな」

「なるほど…40年来の仲か。王室特務機関を任されるってのは納得できる」

 もはや親友だもんな、そんだけだと。

「だから実際のところ、宰相よりもクテシフォン公爵の方が権力を握っていると言う話もあんだよ。呪術研究院の噂を見兼ねた他の貴族員が調査を依頼したところ、国王が却下したらしい。その裏には、クテシフォン公爵が国王に変な入れ知恵したと考えるのが妥当だろうな」

 親密な仲となると、たとえその人に悪い噂があろうと、その人が「違いますよ。こうこう、こういうわけですよ」と言ってしまえば、簡単に納得してしまうものだ。だから、権力を持つ者はある程度の猜疑心を持たなきゃなんないんだよな。たとえ家族であろうと、親友であろうと。

「…クテシフォン公爵か…。もしかしたら、そいつが全ての犯人なのかも…」

 僕はアンナを見た。彼女も、薄々気が付いているようだ。

「全ての犯人? …誘拐事件のことか?」

「あ…あぁ」

「……実は、私はお姉ちゃんを探し出すために旅をしているんです」

「…僕は、幼馴染が」

 レンドは少しの間考えていた。

「……だから、王都へ行くつもりなのか?」

「ああ」

 僕はうなずいた。

「…やめておけ。そんなことしたって、たかが庶民が王室直属の機関に関与することなんてできっこない」

「なんでそう言い切れるんだよ? 試してみないと分かんないだろ?」

「王室特務機関の中でも、呪術研究院は特に独立性の高い機関なんだ。貴族…王国の最高政務官である宰相でさえも関与できないようなところだ。だからこそ、変な噂が国民の間で流れるんだよ。大した証拠もないのに、行くなんてのは当てが外れてるとしか思えねぇぞ?」

 たしかに、レンドの言っていることは正しい。けど……。

「何も行動を起こさないわけにはいかないんだよ。大事な人がいなくなったってのに、何もしないでぼんやり過ごすなんてできない。だから、僕もアンナもミレトスに来たんだ。たとえ当てが外れてるとしても、行くと決めたんだ。そこがダメだったら、他の当てを考える!」

 僕は力強く答えた。

「……行き当たりばったりだな、それ」

「そういうもんだ。これが、自分たちの選んだ事なんだから」

「…そっか。頭で考えててもしょうがねぇしな」

 レンドはそう言いながら、ほほを何度か指先でかいた。

「そういうことだったら、俺も協力させてもらうよ。できる範囲内でな」

 そう言って、レンドはニッコリ微笑んだ。

「きょ、協力って……」

「もちろん、俺たちにも用事はある。俺たちには俺たちの生活があるからな。言ったろ? できる範囲内って」

「……それでも、嬉しいよ。ありがとう」

 素直にそう言えた。ほんの少し手助けをしてくれる人がいるだけで、心がホッとする。

「なーに言ってんだ。助け合うってのが人間ってもんだ」

 レンドは豪快な笑顔をして見せた。思わず、僕たちも微笑んでしまった。

 とその時、噴水の後ろをスタスタ歩いている人に目が行った。あの長い金髪を後ろで結っている女性の姿……どっかで見たことあるような気がするんだが…。



 …あっ!!!!



「あーーーーー!!!!」

 僕は大声をあげた。それにより、その金髪の女性はこっちに顔を向けた。何事かと、そこら辺にいる人も同じように。

「お前は……リサ!!!」








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