第五部⑨ ~穿たれし空の上で、僕たちは殺し合う~
帝都セレスティアルに辿り着いたシリウスたちが見たのは、幼い頃に見ていた光景とは似ても似つかぬものだった。
数多の躯。
おびただしい血だまり、血だまり、血だまり。
豪華絢爛な輝く都と謳われた帝都は、人の血で染め上げられていた。
シリウスは身の毛がよだつような悪寒を感じた。これを、兄上がしたのだとしたら……もう、何をしても分かり合えない。
そう確信した。
シリウスたちは天帝宮に入り、最上階にある“天帝の間”に辿り着いた。そこは天帝のみが座すことを許された玉座の鎮座する場所だった。
「ようやく来たか」
玉座で足を組み、ユリウスはそこに座っていた。彼の周りには、貴族の服を纏った多くの死体が転がり、さしずめ彼は躯の上に戴かれた死神のようであった。
「人の世は、まもなく終わる」
ユリウスはシリウスたちに目をやり、そう言った。
「必要なかったのだ。この世に、我々は」
それが自分たちを指しているのだということに、シリウスは気付いていた。
「呪われし神々の血族。古の盟約により、我らはその楔から逃れることはできない。ならば、方法は一つだけだ。この力――“次元の執行権”を使い、世界を破壊し無に還す。それこそが“原初のヒト”が望んだ世界だ」
無に還す――。それができるのは、次元を破壊しうるこの力を持つ自分たちのみ。そう、星の遺産を利用すれば……。
「そんなことはさせない」
シリウスは否定するように、顔を振った。
「兄上。あなたの意思だけで、この世界を殺させはしない。この世界には、あなただけが生きているんじゃないんだ。たくさんの人がいる。そして、その人たちの存在する数だけ、様々な記憶や生き様がある。それは“歴史”なんだ。築き上げられた歴史は、やがて物語となる。それを破壊する権利は、誰にもない」
シリウスの言葉に、ユリウスは小さく笑う。
「ならば、我々の力は何故存在するというんだ? 神々は五万年前にこの次元に降臨し、この“執行権”を授けた。この次元を生かすも殺すも、人である俺たちに委ねられたのだ。神ではなく、人類に」
「人類全ての意思が、あなたに賛同していると思っているのか?」
バルザックはそう言って、前へ進んだ。
「たしかに、あなたの受けた傷は計り知れない。あなたを癒すことのできる人は、もうこの世にはいないのかもしれない。だが……」
彼は唇をかみしめ、ユリウスに目を向けた。背けたかった現実に目をやるように。
「人は生きている。シリウスの言う、歴史を築くために。己の生き様を、全てを刻みつけるために。帝国の支配から解放するために戦ったのは、そのためじゃないのか? 人は戦うことを選んだ。あなたのように、無に還ることなど選んではいない」
彼がそう言うと、ユリウスは再びフッと笑う。
「何を言う。その戦うということでさえ、ガルザスや帝国の人間に踊らされた結果だということに、なぜ気付かん? 貴様の父――アイン=ロロの張り巡らせた策謀により、地上の民は戦いを選んだのだ。選んだのではない、選ばされたのだ」
たしかに、それは否定できない事実だった。だが、結果としてどうだ。腐敗していた帝国が瓦解し、まもなく平穏な世界が到来する――。
バルザックは、そう信じて疑わなかった。
「そうだとしても、これは選んだ結果なんだよ」
サリアも前へ進み、そう言った。
「たとえ選ばされたとしても、人はそれを選んだ。その道を進むって、決めたのよ」
彼女は胸に手を当て、その心を伝えるかの如く、花緑青色の双眸をユリウスに向けた。
「権利だとか、神だとか……関係ない。私たちも、あなたも同じヒト。それ以上でも、以下でもない。あらゆる星の恵みは、平等に与えられている。太陽の暖かい光や、身体をなでる緑風も、空から降り注ぐ雨も、冷たくも優しく触れてくれる雪も」
星の恵み――
誰にも、同じように与えらている。
「それを奪うというのなら、私はユリウス兄さん――あなたを絶対に止めてみせる。たとえ……傷つけあうことになったとしても」
サリアは腰を低くし、構えた。彼女の一族――セントジネス公爵家は武道を極めており、彼女の祖父・バイロン卿は彼女の師範でもあった。
「兄上」
シリウスは手を掲げた。そこに青い光の粒子が集い、一つの剣となっていく。
「全てを破壊するのがあなたの力だというのなら、僕はその逆を行う。僕の力は、創造の力――“新しい未来を切り拓く力”だ」
そこに具現化された剣――“聖魔の神剣ティルフィング”を握りしめ、彼はその切っ先をユリウスに向けた。
「これが……最後だ。始めよう、兄上」




