第五部⑥ ~獣の見た夢~
帝国軍は“ノーレイアの会戦”により瓦解し、さらに軍の総司令官だったランスロット卿が幽閉されたため統率が効かず、各地で離散し始めた。
ソティス軍は各地を平定し、ついにロムルス地方の“大都カナン”を制圧する。これにより、地上に点在して戦っていた帝国軍は全て降伏し、グラン大陸はソティス軍により完全に制圧された。
大都カナンにはソティス軍を称える人々たちが集い、帝国打倒まであと少しだと、誰もが思っていた。
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「……見てみるがいい。世界の怨嗟を」
ガルザスは玉座に鎮座し、天井を見上げていた。外壁も床も白く、そして彼ら意外に誰もいないこの空間に。
「遥か八千年に及ぶ、天空に紡がれた夢が崩れる時が来た」
彼は独り言のように、微笑を浮かべながら言っていた。
「神の遺児である我らも、同じように立ち消えゆく運命なのかもしれん」
彼の下へ、誰かがゆっくりと歩みを進める。小さいはずの足音が、妙にこの空間に響いていた。
「……言い残したいことは、それか?」
男は、彼にそう告げた。ガルザスは彼を見、小さく微笑む。
「久しいな。ユリウス」
そこに立っていたのは、紅蓮の双眸を浮かべたユリウスだった。冷徹な視線を、ガルザスに突き刺すようにして。
「何もかも……貴様の謀だろう?」
「……そう思いたいだけじゃないのか? 全て俺の責任だと」
ガルザスはそう言い、目を瞑った。
「つまらない世界だ。何もかも」
小さく息を吐き、ガルザスは顔を振った。
「調停者として覚醒したお前ならば、わかるだろう? この世の成り立ちを。全ての始まりを」
何が起点だったのか、知っている。だからこそ、なのだから。
「神の介入した歪な世界は、不条理な摂理で構成されてしまった。星の愛を失ったこの世界で、人類は同じ過ちを繰り返す。“原初のヒト”は、古の盟約通りに世界を破滅へと導くだろう。……俺はその一端を担ったに過ぎん」
「……大きな流れの一つとでも言いたいのか?」
ユリウスは表情を変えず、そう訊ねた。
「流れ――或いは運命だ。抗うことのできない、原初の時から定められた刻なのだよ」
「貴様のしてきたことを、そんな曖昧なもので片づけるつもりか?」
怒気を孕ませ、ユリウスは言った。
「……全ては“覚醒の御印”を得るためだ。そう……お前たちは、俺の望み通りの結果となったよ。強いて言うならば、シリウスは予定外だったが」
フッと、ガルザスは笑った。自身の予見は間違いじゃなかったと、思ったのだ。
「つまらぬ世界にいる俺もまた、つまらぬ人間風情だったのだ。お前は――お前たちは、そんな俺を歴史に遺してくれる。時の支配者――最悪の為政者として、な」
帝国を破滅へ導いた者として、自分は永遠に歴史へ刻まれる。天帝になれぬ皇族など、何の価値もない。価値がないならば、価値のある生き様を見せつけてやろう。
――あの時に、俺はそう思った。たったそれだけのこと。
「哀れだな、叔父上」
ユリウスは呟くように、それでいてハッキリと言った。
「神の愛を求め、そして人の愛も求めていた哀れな幼子だ。……足掻き、もがき、そして世界はこうなった。貴様一人の――たった一人、貴様だけのために」
蔑むようにして、彼は微笑んだ。
「愛を求め続けた獣。それが貴様だ……ガルザス」
炎を閉じ込めたように冷たい、紅蓮の瞳を向ける。そこにはあらゆる負の感情と、ガルザスに対する様々な憐れみが渦巻いていた。
「……俺を形作るのは、そんなものよ。お前もシリウスも……いや、父も兄も……舞台で踊る駒に過ぎんのだ」
そう、俺さえも。
「さあ、殺せ」
ガルザスは玉座から立ち上がり、天を仰ぎながら両手を広げた。空から降り注ぐ、太陽光を全身に浴びるようにして。
「血を――肉をその宴に乗せ、暁の声が轟くその時まで、哀れで醜い俺の魂を喰らいつくしてくれ。二度とこのつまらぬ世界に現れぬよう、その汚濁とした言霊たちで塗りつぶしてくれ。……俺の可愛いかわいい“処刑人”」
闇色の刃が、ガルザスの身体を八つ裂きにした。この世にその肉が残らぬよう、暗い炎で焼き尽くされて。
――俺を軽蔑する人間――
――不義の子だからと、俺を辱めた者ども――
――俺が滅びのレールを創ってやるよ――
――無茶苦茶にかき混ぜて――
――俺は歴史に残る――
――最恐最悪の為政者として――