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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆EPISODEⅢ ――穿たれた空と、終わりのない旅路――
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第四部⑤ ~導き手となりて~

 その場に現れた男を、シリウスは覚えていた。もう、ずっと昔に会って以来の男。

 白髪の男性――バルザックの父である、アイン=ロロ=グランディアだった。


「ち、父上!?」


 彼に気付いたバルザックは、目を見開いて驚愕していた。父がここに来ることは、知らなかったのである。

「急いたな、バルザック。全ては私が話そう」

 アイン=ロロはゆっくりと周囲に目をやった。そして、正面にいるシリウスと視線が合う。

「久しぶりだな、シリウス」

「……グランディア卿……! ……お久しぶりです」

 シリウスは小さく、頭を下げる。すぐに顔を上げ、強い眼差しでアイン=ロロを見つめた。それを見、彼はまるで息子を見ているかのように、微笑んだ。

「亡き先帝――お前たちの父に似てきた。やはり、お前は私が見込んだ通りの人間のようだ」

 アイン=ロロは満足げに言った。会ったこともない父に似ていると言われても、シリウスは正直なところ嬉しくもなかった。

「……帝国中枢の要人であるあなたが、どうしてここに?」

「それも含めて、話そう」

 アイン=ロロはそう言い、こくりと頷いた。

「私はガルザスによる支配から脱却するために、計画を立てた。反ガルザス派を操り、地上による反乱を引き起こさせたのだ」


 全ては私が唆したのだ――と、彼は言った。


 反ガルザスが長年温存してきた帝国転覆計画、通称“ジェノサイド・プロジェクト”。地上人による反乱と、それに呼応して一部の天空都市による反乱。だが、それは彼による“ある計画”の隠れ蓑に過ぎなかったのである。


「それが“イデア”だ」


 彼は比較的帝国の影響の少ない辺境の地・ロンバルディア大陸の南東部で、いくつかの部族と接触をした。その中で、最も自身の計画に賛同したのが、イデア解放軍の頭領・フィン=ディルムンだった。

「彼にあらゆる知識を与えた。魔法の扱い方も含めて、な」

 ガリア軍の陰で、天空の技術や兵器を横流しし、着実に力を加えさせた。イデア軍が帝国の物資供給都市を把握していたのも、アイン=ロロによるものだった。もちろん、自身によるものだとバレないようにするために、何重にもフェイクを入れて。

「イデア軍は私が想像していたよりも大きくなり、強かった。だが、やはりガルザスはそれ以上に上手だったようだ」

 それは“クイクルムの悲劇”のことを指していた。さらに、天空都市の反乱鎮圧に当たっていたランスロット卿が、地上に赴いたことも誤算の一つだった。本来は天空の反乱軍がもう少し骨のある奴らならば、ガルザスもランスロット卿を地上へ派遣などしなかったというのに。


「……グランディア卿。あなたは、何が狙いなんですか?」


 そこで、サリアが口を開く。

「ガルザスを排除し、ティルナノグを……この国をどうしたいんですか? あなたは、ユリウス兄さまやシリウスを利用しようとしているだけにしか見えないんです」

 彼女の瞳は、猜疑の色に染まっていた。それだけ、この男は信用ならない。なぜならば、自身の父・オドアケル枢機卿を裏切り、現在の主君であるガルザスをも裏切っているのだから。

「簡単なことだ。私は帝国を本来の形に戻したかっただけだ。かつて、天帝による安定した治世が行われていたように――な」


 だが……と、彼は続ける。


「帝位に戻るべきユリウスが()()()()()しまっては、もうそれは無理だろう。闇の調停者として覚醒してしまった以上、奴は世界を破壊し続ける。それに、シリウスでは帝位に就けぬ。……だから、私は結論した。この国は終わるべきだと。帝位継承の権利を持つ者は、もういない。至上天帝の血を穢さずに受け継がれているという証――それが天帝であり、国の象徴、そして多種多様な人種を統合するための唯一のファクターでもあった。それが成されぬならば、本来の“ジェノサイド・プロジェクト”の目的である、帝国の解体――すなわち、権利を戻すことだ」

 権利を戻す。つまり、“天空”と“地上”という括りを無くすということ。

「だから、あの場で私が禁呪を発動し、ユリウス様を葬ったのです。……レナは、セレスティアルの制御に必要でしたし」

 と、バルザックは白いベッドで眠るレナに目をやる。

「セレスティアルを起動停止すれば、天空都市群はその機能を失う。あれはあらゆる科学の根源たる代物。今一度、リセットするべきなのだよ。天空も地上もない、元の世界に――な」

 アイン=ロロは遠い目をして、そう言った。どこか、遥か遠くの……それこそ、見えもしない天空の大陸を望んでいるかのように。そして、彼は再びシリウスに視線を向けた。


「シリウス。君には世界を創り直すために、今一度立ち上がってほしい」


「え――」

 それは、どういう意味だと訊ねようとする前に、アイン=ロロは続けた。

「天帝と地上人の血を持つ君であれば、地上の民は君を支援するだろう。君が旗頭となり、帝国を倒すのだ」

「ま……待ってください。地上の人は、やはり天帝の血を恨んでいます。……何度も見てきましたから。僕なんかでは、付いてきてくれませんよ」

 それは未だ拭えぬ不安から来るものでもあった。たしかに、ロスメルタやレーグたちは僕を信用してくれている。心の底から、信じてくれている。それは“僕”という一人の人間と向き合ってくれたから。

 でも――皆がそうだと、言えるのだろうか? また、クイクルムの人たちのように……僕()()を恨むんじゃないだろうか。

「……あんたは、強いよ」

 その時、皆の後ろにあるベッドで寝ていたはずのロスメルタが、上半身を起こしていた。腕を接合できたとは言え、まだ痛むのか「いてて」と言いつつ、自身の左腕をさすっていた。

「どうしてそんなに自信がないのかわかんないけど……まぁ、今までのことを考えたら、卑屈になっちゃうのもわかんなくはない」

 そう言って、ロスメルタは小さく笑った。

「だけど、それ以上にあんたは自信を持つべきだよ。それだけのことを、今までしてきたじゃない。あんたがそれを認めたくないって思ってても、私は――いや」

 彼女は否定するように、首を振った。

「私だけじゃない。みんなが証人だよ。だから、胸を張りなって。……あんたは一人じゃないんだから。世界中の人があんたを非難したとしても、私たちは知っている。あんたが、どういう人なのかって」

「ロスメルタ……」

 ロスメルタは優しく――未だかつて、誰にも向けたことのない表情で――微笑んだ。

 一人ではないと、そう言ってくれることがどれほど支えになるのか。シリウスは、胸の奥から熱いものが溢れてくるような気がした。

「……君は、自分が思っているより強い。調停者――その大いなる力に飲み込まれていない。それが何よりも証拠じゃないか?」

 レーグも、彼女に続く。

「ユリウスの悲しみや怒り……そういったものを、俺たちが理解してやることは難しい。彼がそれを拒否しているからだ。だが、君はそうじゃないだろう? 君自身の弱さを他者にさらけ出し、他者の弱さにも向き合える心がある。それは調停者なんかじゃない、“君だからこそ”できることなんだ。理解しようとするだけじゃない。理解されようとするのも、大事なんだからな」

 それがユリウスと君の違いだ――と、レーグは付け加えた。理解されたければ、理解しなければならない。理解しようと思うなら、自分のことも理解してもらわないといけないのだ。他者を拒絶する心――それこそが、ユリウスの暗い部分だったのだ。


「私も、そう思うよ」


 サリアは力強く、頷いて言った。

「言ってくれたよね。……護ってくれるって」

 あの時――そう、サリアたちと再会した時だ。その時のことを、シリウスもはっきりと覚えていた。

「だから、信じてるよ。あなたにしかできない、大切なことがある。そう思えるから……」

 サリアもまた、見たこともない母親のような温かい眼差しで、シリウスを見つめた。エメラルドグリーンの瞳は、なぜか……僕を勇気づけてくれる。なぜだかわからないけれど――と、シリウスは思う。

「……ありがとう、みんな」

 シリウスは拳を強く握りしめ、微笑んだ。僕の力は――ただ、人外のものというわけじゃない。僕本来にある“力”は、きっとみんななんだ。こうして巡り合えたこと……信頼し合えたこと。それこそが、僕の力の一つなんだ。それは、朴竹の力ではない。

「僕は……ずっと、兄さんを支えるためだけに存在していると思っていた。地上人の血が混じっているから、いてはならないと言われ続けたしね」

 帝都で、何度そう言われたことか。たぶん、それが要因の一つなんだと思う。僕が僕自身に価値がないと決めつけるに至ったものとしては。

「僕は存在する価値は……兄さんが生きて、天帝になることだと思っていた。兄さんこそが正統な帝位継承者なんだから。兄さんがいれば、僕なんて必要じゃない――って、よく思っていたんだ」

 どこかで、ずっとそう思っていた。兄さんが生きていることが、僕自身の価値なんだと。

「でも、みんながいる。それだけで、僕は……自分がここにいていいんだって、思えるようになった」

 自分を認めてくれる人たちがいる。必要としてくれている。それはこの上なく、幸福なことなんだ。どうして、自分を不幸だなんて思ってしまっていたのだろう――と、シリウスは天井を見上げ、胸中で吐露していた。

「みんなのおかげで、僕はここに立っていられる。……帝国から世界を解放するために、僕は戦うよ。みんなのために」

 握りしめた拳を掲げ、シリウスは言った。

 自分にできる、精いっぱいのことをしよう。それが調停者である僕の――いや、“僕自身”の使命なんだ。

 



 こうして、シリウスは“イデア解放軍”を再結成し、新たな解放軍を結成した。

 解放軍は“ソティス”を名乗り、ロンバルディアで蜂起をした。


 創始暦7964、5月。春の香りが残り、濃くも煌めかんばかりの緑の山々が広がりし季節。

 後の世に、“第二次天地戦争”と呼ばれる戦いが、幕を開ける。



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