第四部④ ~虚ろな瞳②~
二人の調停者の戦いは熾烈を極めた。
聖魔のエレメンタル――即ち、創造と破壊。正と奇。この世に本来存在するはずのないエレメンタルであるため、現実世界の原理原則に縛られないという特徴がある。あらゆる物質に干渉が可能であり、その力は想像を絶するものである。
他の者たちは、二人の戦いを見守ることだけしかできなかった。カインの末裔たる二人でしか、その領域に入れないのだ。
勝負は、決しなかった。
力を使い果たした二人は、互いに膝をつき肩で大きく息をしていた。滴る汗と血が、リーベリア平原に染み込んでいく。
「くっ……!」
「兄さま!」
ユリウスの下に、レナが駆け寄る。それを見たサリアは、自分もシリウスの下へ駆け寄りたかった。だが、今は腕を切断されたロスメルタの治療のため、動くことが出来なかった。
「大丈夫ですか? 今、治して差し上げますから」
レナはユリウスの体に対し掌を広げる。その瞬間、翡翠色の光の粒子が彼を包み込み始めた。
「レナ……君は、何をするつもりだ……!」
シリウスは痛みと疲労で顔を歪ませ、その様を見ていた。
「……私は兄さまと共に在ると決めたんです。ただ、それだけのこと」
「それだけ……? 君は、世界なんてなくなっていいと……思っているのか?」
そう聞かざるを得なかった。あんなに清楚で、屈託のない笑顔をしていた君が――。
「わからないんですか? そう思っているから、私はこちらにいるんです」
「……!」
「レナ!」
その時、ともに歩んできた同士の一人――バルザックが、二人の方へ向かって掌を向けていた。その周囲には、幾何学的な模様の刻まれた魔法陣が円を描いていた。
「……ユリウス様から離れてください。私が詠唱待機させているは、消滅魔法です。ユリウス様に照準を合わせています。離れなければ、あなたもろとも消し去ります」
消滅魔法――それは、父・アイン=ロロから受け継いだ禁呪の一つだった。
「バルザック!?」
レナも一緒に、殺すつもりか!? シリウスはその言葉を、呑み込んでしまった。それだけは、避けたい――などと、甘ったれたことではないか。こうなってしまっては、殺すしかないのだから。
「……あなたに、そんなことが出来るの?」
まるで嘲笑するように、レナは微笑む。
「私は本気です」
バルザックはそう言い、顔をしかめた。その様を見て、彼女はくすくすと笑い始めた。
「小心者のあなたに、出来っこない。無理しているんじゃない?」
「……くっ……」
バルザックは、自分でもわかっていた。自分は父に比べ、度胸というものが無い。時には人を切り捨てるという、残忍さが足りない。それを見透かされているのだ。手の震えと共に。表情をどれだけ繕うとも、隠しようのない根っこの部分だった。
だが、それでも。
「私は、やらなければならないんです。こうなってしまっては、世界が破滅するだけだと……」
「……誰に?」
レナはそう言い、表情を一瞬のうちに変えた。笑みは消え、冷徹なものに。
「わかっているのよ。始めから誰が仕組んでいるのか」
その言葉に、バルザックはより体を震わせた。それは単純に、恐怖によるものだった。なぜ知っているのか――というよりも、なぜそれをこの場で……!
「全てが掌の上でいくと思ったら、大間違いよ。あなたたちの求める、プロジェクト・ジェネ――」
「うあああああぁ!!」
その瞬間、バルザックは詠唱待機させていた魔法を発動させた。いや、焦りにより制御から外れてしまったというほうが正しい。
掌から放出された白い光は、巨大な閃光となってユリウスたちを覆った。轟音が大気を震わし、粉塵とまばゆい光が一体を包むこむ。
それらが収まると、シリウスたちはようやくその場がどうなっているのかが分かった。大地は半径上に削り取られ、それは遥か先まで続いていた。そして、その場にはユリウスの姿はなく、意識を失ったレナだけがその場に取り残されていた。
シリウスは、微かに聞こえたのだ。
「レナ!」
彼女の名を叫ぶ、兄の声を。
兄さん……その“優しさ”を、持ち得ているのに……なぜ?
一行は一先ず宿営地に向かい、そこでレナの介抱をすることになった。ロスメルタの腕も、サリアの力でなんとか接合でき、シリウスもまた自身の力による自然治癒で回復していた。
「ところで、バルザック。聞きたいことがあるんだ」
皆が集まっていた病室で、シリウスはおもむろに言い始めた。
「あの時のこと……レナが言っていたこと。どういうことなんだ?」
シリウスがそう訊ねると、バルザックは苦悶の表情を浮かべ、小さく頭を下げた。それは後で謝罪するよりも、先に謝罪しようというものに見えた。
「……すべて、お話します」
「その必要はない」
その時、バルザックの後ろに“誰か”が現れた。