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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆EPISODEⅢ ――穿たれた空と、終わりのない旅路――
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第三部⑧ ~覚醒~

 クイクルムには、僅かな人たちだけが残されていた。

 あの悲劇で、リタを辱めた者たちとその家族だけが生き延びていた。


 残された彼らは殺された人たちの墓を作り続けていた。ちょうどその時に、シリウスたちはクイクルムへ到着した。そして、驚愕する。

 町は破壊され、瓦礫の山となっていた。道路は辛うじて車一台ほど通れるだけにはなっていたが、自分たちが住んでいた頃のクイクルムは消え失せてしまっていた。


「お、おい」

 一人の男が瓦礫の山の前で呆然と立ち尽くすシリウスを見つけ、他の人たちに声を掛けた。ぞろぞろと人が集まり、シリウスに声を掛けた。それまでシリウスは彼らに気付かなかった。それだけ、周りのことが見えなくなるくらいにショックを受けていたからだ。

「……! みんな……」

「無事、だったのか……」

 シリウスは町の人がいるというだけで、顔がほころんだ。だが、それは彼だけだった。町の人たちは、どこか……そう、不安感を募らせているようだった。ひそひそと話している人たちさえいる。

「……亡くなった人たちは?」

「あ、ああ。先の丘に、墓を作ってある」

 男の一人が、小高い丘を指差した。あそこは町の全貌を眺められる場所で、リタたちとよく遊んだ場所だった。

「……リタも、あそこに?」

「え!? あ、まぁ」

 歯切れの悪い答え方は、シリウスにとって一つの確信をもたらせる。おそらく、僕たちに罪悪感を持っているのだろう。恨まれてもしょうがない――と。


 丘の方へ行くと、たくさんの墓標が並んでいた。残された人たちだけで、千人以上の遺体を埋葬するのだ。相当な労働だったに違いない。簡易的な墓石があるだけだが、掘り返された跡のある墓の周りの土を見ると、そんなに日は経っていないことがわかる。こういったことも死者を弔うことであり、生者にとっては必要な時間でもあるのだ。

「兄さん、ほら」

「…………」

 シリウスはユリウスと共に、リタとその両親の眠る墓の前に立った。

 “リタ=ペインツ”

 それだけが刻まれた墓石。彼女だけでなく、ユリウスとの子供もそこにいるのだ。

「……リタ……」

 ユリウスは、墓石の前で跪いた。そして、まるで罪人であるかのように頭を下げた。

「すまない……! 俺のせいで……俺のせいで……!」

 兄の方が震えている。喪失の現実が、今更ながらによぎる。全て、僕たちのせいだ。僕たちの――


「全部、お前たちのせいだからな」


 何かの聞き違いだろうか――と、シリウスは後ろへ振り向く。そこには、町の住人が集まっていた。おそらく、生き延びた人たち全員。

「ユリウス、シリウス。……お前たち、皇族なんだって?」

「――!!」

 なぜ、それを……! シリウスたちの反応を見て、男たちは確信した。

「やっぱり、そうなんだな。お前たちがここへなんか来るから……奴らに襲われたんだぞ。わかっているのか?」

「え――」

「お前たちさえいなければ、奴らに狙われなかったんだ。見ろ、町の姿を! これだけ人が殺されてしまえば、町の復興なんてできやしない!」

「そ、そうだ! お前たちのせいだ!」

 一人が怒声を上げると、呼応するかのようにもう一人、怒声を投げつける。集団心理なのだろうか、先ほどまで彼らはシリウスたちに対し“負い目”があったはず。にも関わらず、全て二人の責任だとでも言わんばかりに、声を上げ始めた。

 それは――容易な答えだった。自身の罪の意識を塗りつぶすために、他者へ罪を擦り付けているのだ。

「どうして、クイクルムに来たんだ! お前たちが来なければ、こんなことには……!」

「ま、待って! 僕たちは――」

「黙れ! お前たちがいなければ、あんなことをせずに済んだんだ! な、泣いて謝ったって、俺を誰も赦しちゃくれねぇ……それだけのことを、俺たちはしちまったんだ! そうさせたのは、お前らだ!」

 涙をぼろぼろと流し、彼は叫んだ。リタを穢したという罪から、逃れるために。

「……ざけるな」

 その時、微かにシリウスだけが聞こえるくらいの声が、ユリウスから漏れた。

「ふざけるなよ、貴様ら」

 ゆっくりと、ユリウスは立ち上がる。長く、赤みがかった髪が風によってなびいていた。

「リタを殺したのは、貴様らだ」

「な、なんだと!? もとはと言えば、お前たちが――」

「じゃあ、リタを犯したのは誰だ!? そこにいる、貴様らだろうが!」

 相手の声を掻き消すほどの声が、丘に鳴り響く。そんなユリウスの姿を、シリウスは初めて目の当たりにした。

「俺は顔を覚えている。忘れやしない。自分たちの命可愛さに、リタを差し出した。リタを殺して、貴様らは生き永らえた。そうだろ?」

 ユリウスは髪をかき上げ、男たちに目をやった。

 目に焼き付いている――あの光景が。泣き叫ぶリタを、命欲しさに穢した奴らが。

「兄さん、彼らも事情があったんだ。一概に彼らのせいってわけでは……」

 その瞬間、シリウスは呼吸が出来なくなった。一瞬のうちに、ユリウスが彼の喉元を掴んでいたからである。

「かっ……は……!」

「事情だと!? ふざけるな! お前まで……あいつらの味方をするのか!?」

「に、兄さん……ち、違うよ……」

 もがきつつ、声を発するシリウス。なんだろう、異質なエレメンタルの波動を感じる。背中がぞくっとするような、恐ろしい波動が。

「お前だけは、俺の味方だと思っていた。リタが殺されても、お前は聖人ぶるのか!」

「ち……がう。……誰か……に責任を押し付けても……意味が、な……いじゃないか……!」

 シリウスはそう言いつつも、自分の答えを既に持っていた。リタを殺したのは、紛れもなく自分たちだ、と。自分たちがクイクルムに来なければ、襲われることはなかった。だけど、彼にそれを言う勇気はなかった。

「それでリタが死んでいい理由にはならない! 辱めを受けて……なんで、あんな死に方をしなくちゃならない! 残虐非道すぎるだろうが! ……それを行った奴らが、なぜ生きてやがる! なぜだっ!!」

 ユリウスは歯を食いしばり、それがあまりにも強すぎて血が垂れてしまうほどだった。

「い、命がかかっていたんだ! しょうがないだろ!」

 その時、一人の男が叫んだ。

「俺たちだって、好きにしたんじゃない! 家族を人質に取られて、仕方なく……」

「仕方なく……? 仕方なく、犯したって言うのか。“仕方ない”で、済ませられるのか? そのつまらない言葉のために、あいつは……殺されたって言うのか?」

 ユリウスは男たちの方へ向き直り、シリウスから手を離した。

「その“仕方ない”で、リタは……犯されたのか……何十人から……。子供まで、死んで……。辛かっただろう……無念だっただろう。もう、君は微笑んでくれない」

 ふふふと、ユリウスは笑った。

「微笑んでくれないなら、もう――いいよな。誰も俺たちに愛を差し伸べてくれない。君以外に……」

 だから――と、ユリウスはほくそ笑んだ。その様を、シリウスは生涯忘れることが出来なかった。

 今までの兄上の笑顔ではない。まるで別人のような――だけど、見覚えがある。歪んだ笑みを浮かべていた人間を……。

 そう、ガルザスと同じなのだ。


「殺していいんだよな。“仕方なく”。そうだよな? リタ……」


 その瞬間、ユリウスの髪が舞い上がり、異様な紅い光がほとばしる。ユリウスは一瞬にして姿を消し、いつの間にか男たちの後ろへ立っていた。



「――消えろ」

 

 閃光が、周囲を駆け巡る。

 

「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね。死ねええぇぇぇ!!」




 丘は血の海を化した。あまりにも一瞬で、シリウスは何もできなかった。

 男たちは単純に切られただけでなく、何度も何度も切り刻まれ、その肉片が周囲に散らばっていた。


 あれは……なんだ?


 赤紫のぼんやりとした光が、兄を包んでいた。その瞳は、血塗られたかのように紅く、紅く染まっていた。

 人ではない“何か”のように感じた。あれを……兄と呼べるのか?


 兄さん……。

 




 

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