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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆EPISODEⅢ ――穿たれた空と、終わりのない旅路――
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第三部⑥ ~穢されし命~

 世界各地に放映される、帝国政府からの“緊急放送”。そこには、白い軍服を身に纏ったガルザスが、どこか微笑むようにして映し出されていた。

「いや、今は“フェムト”、“アイオーン”と名乗っているようだな」

 なぜ、その名を知っている。今の僕たちの名を。

 疑問だけが、頭の中で反響する。あちこちへ飛んでは、何度も湧いてくる。それは彼らを混乱へと導き始めた。

「そして、反乱軍イデア。貴様らのような下等な人間どもに、ここまでいいようにされるとは思いもしなかったぞ」

 ガルザスは自嘲を含んだ笑みを浮かべつつも、その瞳は怒りの焔をたぎらせていた。

「お前たちの“後ろ”には誰がいる? 世界を混乱させ、何を企んでいる」

 ガルザスは画面の向こう側から、誰かを見ていた。それはずっと抱いていた“歪な野心”であり、己を敵対する何かだった。

「貴様らが何の目的で一連の騒動を引き起こしたのか、()()()()()()()()()()()。そこで、だ」

 そう言って彼は軍服のマントを翻し、後ろに並べさせられた人たちへと歩み寄った。映像が、その人たちをはっきりと映し出す。


 ――どうして?


 ユリウスは、どうすればいいかわからなかった。それはシリウスも同じだった。何よりも、そこには自分たちの大事な人たちがいるのだ。

 なのに――遠く離れたこの地では、何もできやしない。何もできない。

 ガルザスの後ろに並ぶ人たちは、皆手足を縛られ、身動きができないようにされ、その場に跪かされていた。その面々は――そう、クイクルムの人たちだった。

 工事現場で働く強面のおじさん。

 電気屋の陽気なおばさん。

 いつも勉強を教えてくれた学校の優しい女性先生。

 満腹になるまでたくさん料理を提供してくれた、食堂のおじいさん。

 旅立つまで、一緒に……何度も遊んだ友人たち。

 そして――親代わりだったリタの両親と……


 リタが、そこにいた。


 みんな、そこに並んでいたのだ。これから起きるであろうこと――おそらく、全員がそれを察知しているが故に――を想像し、震えていた。何人かは目を見開き、嗚咽を混じらせている者もいる。

「俺の愛しい甥っ子たちを愛し、育んだこの街の住人に訊こうとしよう。奴らの命を懸けて、な」

 ガルザスは一人の少女の頭に手を乗せた。

「さぁ、訊いてみようか。イデアの背後にいる者たちは誰なのかを」


 それから、地獄絵図が描かれ始めた。

 ガルザスは一人ひとり尋問し、答えられなければ――そもそも、誰も真相など知らない――その場で斬首していった。噴水のように舞う血しぶきが、クイクルムに張り巡らされた灰色のコンクリートを彩ってゆく。それは妙に赤々としていて、太陽に照らされて所々光を反射していた。

 断末魔の叫びとは、まさにそのことで。リアルタイムで放映されるその光景は、まさしく生命が死神の鎌によって命をむしり取られてゆく様相だった。

 死への恐怖、生への渇望。絶望入り混じる悲鳴が木霊し、不思議とそれはガルザスに歪な笑みを浮かばせた。


「さて、最期に言いたいことはあるか?」

 ガルザスは残る3人に言った。それはリタと、リタの両親だった。敢えて3人を残したということは、彼らがユリウスたちにとって、どれほど大切な存在であるかを熟知しているのだ。

「……どうか、娘だけは……リタだけは、見逃してもらえないでしょうか?」

 リタの母――カルナは、震える眼でガルザスを見上げた。彼女の顔にも、ガルザスの体のあちこちにも、どす黒く変色した血の痕がついている。

「この子は、フェムトにとって……あの子たちにとって、大切な子なんです。私の命など、惜しくありません。どうか、この子だけは見逃してください」

 お願いします、お願いします……と、カルナは何度も頭を下げる。地面に額をこすりつけるほどに。

「そうか。親が子だけでも護ろうとするのは、当然のこと。貴様の想いはよくわかった」

 ガルザスがそう言い切った瞬間、鮮血が噴き出した。光の刃がカルナの喉元を切り裂き、そこから噴水の如く血が飛び散った。

 あまりのことに、リタは悲鳴を上げるしかなかった。乾いた空気を突き抜けるようにして、彼女の絶望が映像を通じて世界へ広がる。だが、それは客観的に感じるものでしかない。本人が感じる“それ”は、彼女の心を粉砕するに足るものだった。

「貴様ら反逆者風情が、命乞いなど笑止千万。死して償うがいい」

 吐き捨てるようにしてガルザスは言い、リタに目をやった。その体全体を瞬時に見、すぐに悟る。

「女、身籠っているようだな。どちらの子だ?」

 ガルザスは彼女に近寄り、しゃがんだ。その顔を――彼女の瞳の深層にまで入り込むかのように、その紅蓮の双眸を向けた。

「ど、どうか娘はお許しください! あと数ヶ月で生まれるんです。私のことはどうなっても構いません。どうか、娘だけ――」

「黙れ」

 リタの父の頭が、体と離される。少しの間を空け、血が降りしきる。ほんの数分の間に、自分の両親が死んだ。これは現実なのか? それとも、ただの悪夢なのだろうか。リタはそんな自問自答さえ、行うことが出来ずにいた。

「お……とう、さ……」

「質問に答えてもらおうか」

 ガルザスはリタの髪をむしるかのようにして掴み、強制的に立ち上がらせた。というよりも、ガルザスが持ち上げている格好になっていた。髪が根元から無理やり引っ張られ、リタの顔には苦痛が広がっていた。

「リタ!!」

 ユリウスは画面の中にいる、クイクルムのガルザスに殴り掛からんばかりに声を上げた。

「リタを離せ! リタは……何も関係ない! 関係ないんだ!!」

 彼の悲痛な叫びも、この空間の中で無意味に反響する。一切届かないのだから。

「誰の子だと訊いている。ユリウスか? シリウスか?」

 その瞬間、ガルザスは胎児が宿っているであろう彼女の腹部に、拳を叩きつけた。

「げぇっ……はっ!」

 彼女はその場にうずくまり、胃液がその場に垂れ流された。そして、本能的に自身のお腹を護るようにして、さらに体を縮ませた。

「お願い……お腹だけは、やめて……! お願い……!」

 それは本能だった。母親になる人としての。

 ガルザスはそれを見、小さく笑った。その姿を、画面越しにユリウスたちの双眸に入ってきた。そして確信する。

 ――歪んでいる、と。

「健気なものだ、女は。母になる故の強さ――と言ったところか。だが“強さ”とは、護ることではない。そう、“奪う”ということだ」

 その瞬間、腕が飛ぶ。それは誰の手なのか。まるで鉛が落ちたかのように、それが地に落ちた時、鈍い音がした。それと同時に、彼女は知る。自分の腕が切られたのだと。

「ひっ……い――!」

 絶叫。

 乾いた空気を震わすほどの、声。その叫びと共に、その切られた場所から大量の血がせきを切ったダムの川のように、流れ出てきていた。

「リタアアァァ――!」

 ユリウスもまた、叫ぶ。届かないとわかっているのに。叫ばずにはいられなかった。

「美しい」

 ガルザスはまるで協奏曲を奏でる指揮者のように、両手を広げその様を眺めていた。

「愛の血しぶき、と言えよう。……愛は貴様らを癒すとでも言うのか? ……違う。愛を望んだ愚かな獣は、無為に世界を這いずり回り、その影さえも手に入れることが出来ん。それを人は遥かなる旅路――とでも形容するのだろう。だが、それは答えも赦しもない、虚構の歩みだ」

 ガルザスは空を仰ぎながら、まるで独り言のようにして言い放った。それは誰に向けて言っているのか。誰にも、その片鱗さえ感じられなかった。

「全ての絶望をくれてやろう。……連れてこい」

 ガルザスの合図で、白い衣を着た医者のような風貌の男性が現れ、リタに対し止血を行い始めた。ユリウスたちはその行為が何を意味するのか、わからなかった。だが、そのすぐ後に――知る由となる。

 処置をしている間に、彼の後ろには鎖で繋がれた男たちが並べさせられていた。皆、絶望に打ちひしがれたかのような表情を浮かべ、服装もボロ雑巾のようであった。そして、ユリウスたちは思う。彼らはクイクルムの男性だ――と。

「止血、完了しました」

 医者のような男の言葉に、ガルザスは小さく頷く。

「貴様ら、私が先ほど命令したことを覚えているか?」

 ガルザスは後ろへ振り向き、男性たちに問うた。恐怖のせいか、彼が言葉を発するだけで震える若者もいた。

「さぁ、やれ。そうすれば、命だけは助けてやる」

 何を――? そうユリウスたちが思った矢先、男性の一人が手を上げた。

「……本当に、生かしておいてくれるんですか?」

 怯え切った子猫のように、その男は言った。ガルザスは口元を歪め、言った。

「ああ。やった者だけは、な」

 男たちは意を決し、リタの方へと歩み寄った。

「……何を……? い、いや……! や……やめて、来ないで……。いや……嫌あああぁぁ!!」



 それから起きたのは、まさしく非道だった。



 悲鳴。悲鳴。悲鳴。

 嗚咽、嗚咽、嗚咽。

 懺悔、快楽、懺悔、快楽。


 その男たちは、リタを羽交い絞めにし――腕が切られ、憔悴状態でほとんど動けないにも関わらず――、彼女を犯した。

 彼女を犯したのだ。

 

 男たちは謝りながら、リタを犯し続けた。彼女のお腹に新しい命が宿っていることなど、忘却の彼方に捨てたかのように。

 何人も何人も、列を成し犯し続けた。最初の抵抗のみで、彼女はすぐに気を失った。それでも、男たちは犯すのを止めなかった。



 ユリウスは言葉を失い、テレビの前で崩れ落ちた。



 ――目の前で、何が起きているんだ――?

 ――これは現実なのか――

 ――あそこで起きているのは、本当に現実なのか――

 ――地獄だ――



 ガルザスは42人の男たちに、命令したのだ。

 リタを犯せ。死ぬまで犯せ――

 そうすれば、自身の命だけでなく、家族も殺さないでおいてやる――と。


 悪くない取引だ。たった一人の女を犯すだけで、貴様らは救われる。


 そうだろう――?







 6時間後。

 既に、日が暮れ始めていた。途中で、リタは息絶えていた。凌辱されたことも理由の一つだが、最大の要因は不適切な止血。出血多量で死んだ彼女は、それでも犯され続けた。

 女性としての――人としての尊厳を穢されて。穢し尽されて。


「人として生きるなど、笑わせる」

 リタの亡骸の前で、ガルザスは言った。

()()()()()()()()()()()()()()()。あの時と同じように……な」

 ガルザスはそう吐き捨て、天空へと帰還した。


 男たちの体液で異様な臭気を放たれ、リタはその場に放置されていた。

 そして、映像は終了した。





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