第三部② ~繋がる心と、信じる想い~
「レナ……!? ど、どうして君が……!」
二人は想像以上の驚きを隠せなかった。なぜ彼女がここにいるのだろう、なぜ地上に? その疑問だけが、彼らの脳内を激しく駆け巡る。
「本当にユリウス兄さまなんですね! ああ、お会いできるなんて夢にも……」
嬉しあのあまり、彼女は言葉を失った。止めどなくあふれる涙が、一粒一粒輝いているように見え、アイオーン――シリウスは言葉を失っていた。
「レナ、落ち着きなさい」
その時、もう一人のローブを羽織った女性が割って入るようにして言った。
「皆、困惑している。説明しないといけないじゃない」
「あ……そ、そうでした。ごめんなさい、お姉さま」
レナは涙を手で拭いながら、彼女の方へ顔を向けた。
お姉さま……? まさか……!
「君は、もしかして……サリア?」
シリウスは恐る恐る、それでいて且つ確信を持ってその名を呼んだ。
懐かしい名前――それは、幼馴染の名だったのだ。名を呼ばれた女性は、顔を隠していたローブを取った。彼女の瞳と同じ色を持つエメラルドグリーンの長い髪が、その一本一本が、幼いあの頃以上の美しさを伴っており、まるで人ではないかのような感覚を起こさせた。それはシリウスだけでなく、この場にいるもの全員が感じたものだった。
「ユリウス兄さん、シリウス。……久しぶりだね」
――――――――――――――――
「さて、と。……説明してもらえるか?」
サリアたちを別室へ移動させた後、フィンはユリウスたちに訊ねた。その表情は神妙だった。
「……申し訳ありません。俺たちは、多くのことを隠していました」
そう言って、ユリウスは深々と頭を下げた。
「あんたたちは、天空人だったわけ?」
説明する前に、ロスメルタが質問を飛ばしてきた。それはさながら戦場の刃のように鋭利で、二人の心を重くさせた。
「兄さん。もう全部話そう」
シリウスは彼の肩に手を置き、頷いた。
「全部……というのは、俺たちが“あの一族”だということもか?」
「うん。サリアたちのことが調べられれば、自ずとわかることだから」
「……そう、だな」
二人はある意味、諦めたようにして小さく微笑んだ。
全て、嘘から始まったんだ。それを清算する時が来ただけのこと。
シリウスはフィンたちの方へ向き直り、語り始めた。
「僕たちは地上人ではありません。天空人です。その中でも、僕たちは特殊な一族の者です」
自分たちがティルナノグ皇室であること。
フェムトがラストエンペラー・ユリウス12世であること。
帝国の支配者ガルザスは自分たちの叔父であり、サリアたちは従姉妹であること。
7年前、クーデターを起こそうとするも失敗し、ガルザスによって地上へ捨てられたこと。
「あんたたちが……ティルナノグ皇室!? う、嘘でしょ……」
ロスメルタは驚きのあまり頭が痛くなってきたのか、目を強く瞑り頭を抱えた。いや、たしかに潜在能力の高さを考えれば、納得がいく説明だ。地上の民で、ここまで突出した能力を持った人間はいない。それに、父さんが言っていた“聖魔”のエレメンタルの可能性――。
「クイクルムの近くで、リタのお父さんに拾われ、“記憶を失った兄弟”として生活していました。地上は都市ごとの間隔が大きく開いていて、旅人などで行き倒れる人は多かったみたいだから、特に不審がられることもなく溶け込むことが出来ました」
「……なるほど、な」
フィンは呟くように言って、椅子に深々と腰かけた。
「一つ聞きたいんだが」
少しの間を空けて、フィンは天井から彼らへと視線を移した。
「なぜ、君たちは戦うことを選んだんだ?」
その問いに、シリウスは身体を強張らせた。僕たちが皇族であるのに、なぜ帝国打倒の行動をしているのか。その疑問は至極当然であると思うのと同時に、確信した。フィンは自分たちの目的が“別にある”ということを。それを見極めるために、訊いているのだ。
「……兄さんは、真にこの国を導くに値する皇族だと思っています。叔父上は皇族の決まりで即位することが出来ない運命ですが、天帝不在の今の時代は混乱しています。早急に兄さんを天帝に戻し、国の秩序を取り戻してほしいんです」
「君自身が天帝になろうとは思わないのか?」
その言葉に、シリウスは驚きを隠せなかった。なぜ、そんなことを訊くのか。
「君は聡明で優しい。部下にも慕われている。もちろん、それはフェムトもそうだと思っているが、二人に大きな能力差はないと俺は感じている。それならば、自身が天帝になろうとは考えたことがないのか?」
「僕は……」
「シリウス、言う必要はない」
ユリウスは言いあぐねていたシリウスの肩に手を置き、小さく頷いた。「大丈夫」とシリウスは不安げに微笑み、言った。
「……僕は兄さんとは母が違います。母は地上人で、天空人からしたら下賤の民でした。そのため、僕は帝位を継承する権利も、皇族の者として認められていないんです。……本来であれば地上へ早々に捨てられる予定でしたが、庇ってくれたのが……兄さんでした」
――シリウスは余の家族だ――
そう叫び、ガルザスの前から一歩も引かなかったユリウスの姿を――その雄姿を彼は思い浮かべていた。あれは既に12年以上も前。僕の家族も、兄さんだけだ。いや、兄さんがいるんだと胸を張って言えるようになった。
「僕は兄さんを――兄上を、再び即位させる。そして、ともに国を変革させたいんです」
くっと胸を張り、シリウスは言った。正義を行う――それが僕たちの役割なのだと、言い切るかのように。
「そうか。ま、なんだ、薄々気付いていたがね」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと父さん!」
「本当ですか、叔父さん!?」
その場にいた者、全員がフィンの言葉にぎょっとしていた。フィンはなぜそんなに驚くのかと、逆に驚いてしまっていた。
「そりゃ、あれだの魔法能力だ。聖魔術を扱える当たり、皇族の可能性は高いと見ていたんだ」
聖魔術。
それは建国当初、フェイウス卿が体系化させた“最上位の魔法”である。特殊なエレメンタルを利用しているため、天空人でも扱える人間は極一部なのだ。
「それに、お前たちは国を打ち倒すというよりも、変えようとしていたようにも見えていたからな」
「…………」
「でも、信用するつもりなわけ? 天空人っていうわけでなく、天帝の直系一族なんでしょ。その“血”が、今後も私たち下賤の血だと踏みにじってきた人の協力をすると言い切れる?」
ロスメルタの言葉は、その通りだった。彼女にとって、それを証明してもらえるほどのことはないのだ。己の血が、地上人を裏切らないと言えるのか。疑われてもしょうがない。
「……それについては、信じてもらうしかない」
ユリウスが口を開いた。
「俺はともかく、シリウスは君たちと同じ地上人の血を持っている。言い換えれば、天空と地上――双方に繋がれる力があるということだと思う。俺には無い、多角的な見方ができるのはシリウスだ」
可能性を秘めた人間。それこそが、シリウスなのだ。
「弟は絶対に君たちを裏切らないし、彼を信じる俺もまた、裏切ったりしない。……これからも、信じてほしい」
ユリウスはそう言って、大きく頭を下げた。その姿を見て、ロスメルタはどこかばつが悪そうに、自身の頬を指先でかいていた。
「……てなわけで、信じてあげなよ。ロスメルタ」
と、レーグはため息交じりに言った。
「な、何よ。まるで私が悪いみたいじゃない!」
「そ、そういうわけじゃないよ。君が疑うのはご尤もなんだから」
シリウスはそう言って、ロスメルタのところへ駆け寄った。その瞬間、ロスメルタのビンタが彼の頬へ飛んでいき、その衝撃でその場に倒れてしまった。
「悪いのは、ぜーんぶあんたたち! 最初っから素直に言ってくれれば、こっちだって怒ったり疑ったりしないわよ!」
「……ロ、ロスメルタ……」
「あんたたちをこの1年見てきて、怪しいなんておもったことない。私だって、あんたたちのことを信じてるに決まってんでしょ! バーカ!」
ふん、と彼女は腕を組んでそっぽを向いてしまった。シリウスはじーんと痛みで暑くなっている頬をさすりながら、そんな彼女を見ていた。ああ、こんなにも信頼してくれていたんだ――と、初めて知ったのだ。かけがえのない、大切なものが地上にはある。それを見つけることが出来て、僕たちはどれだけ幸せなのだろう、とさえ思っていた。
「裏切らないよ、絶対に。約束するよ、ロスメルタ」
「……わかれば、いいよ。もう、ね」
だが、この瞬間に、危険が迫っているのではないかと考えていたのは、フィンだけだったのかもしれない。
レナとサリアが現れたことで生まれた、一つの疑念。そして、彼女たちのフェムトたちに対する接触。これが何をもたらすのか……。