第二部② ~天空人と地上人~
フェムトたちは町の便利屋をしていた。その中で自身たちの持つ能力――“魔法”が大いに役立ち、街で彼らの存在は大きくなりつつあった。
そんな彼らを戦力として欲しがったのは、アドルフ=アルフォルスだった。
噂を聞き付けたアドルフ率いる地上解放戦線“ガリア”は、クイクルムに進駐した。初めは戦うことを拒否していたフェムトたちだったが、現在のガリアは解放軍というよりも一種の秩序維持のない傭兵団のようになってしまっており、各地で街を接収しては暴行や事件を起こしていたため、断ることによる報復を恐れた。実際、リタたちの宿屋に常駐したガリア軍は、若く容姿端麗のリタに対し何をしでかすかわからない状況になったため、アイオーンがフェムトを説得し、軍に加わることとなった。
彼らだけでなく、町の若者約200人が新規の兵としてほぼ強制的に参加させられた。
半年が経ち、ガリア解放戦線は各地で結成された反乱軍を吸収し、巨大化していった。グラン大陸の東部はほぼ制圧し、天空とを結ぶ大都市圏“ロムルス地方(帝都直轄領)”への進軍を控えていた。
2年前、地上軍の中心的な組織として名を上げたガリア解放戦線だったが、帝国軍に連勝することで民意を得たと考え、さらに自身たちの力を過信し(実際には後ろ盾として反ガルザス派がいた)、統率が取れていない状態になっていた。事実、指導者アドルフも自分好みの女性を各地の町で集めさせ、快楽におぼれていた。
帝国はそれを狙っていた。慢心が軍に染み渡るのを。
勝利は最高の美酒である――
ガルザスは帝国軍上層部に、そう言った。勝って兜の緒を締めよ、との言葉の通り、勝利を続けている時こそ軍の規律を守らなければならないが、ガリア解放戦線にはそれができていなかった。いずれ自壊していく集団であるため、ガルザスは掃討の命令を出していなかったのだ。また、ガリアを泳がせることで、各地の反乱軍を呼び起こさせ結集させる。さらに、その裏で暗躍している“本当の敵”も炙り出そうとしていたのだ。
結集したところを一網打尽にすること。それこそが、彼が帝国軍に出した命令だった。
その状況を、アイオーンは悟っていた。
一兵士として何度か戦ったことにより、それはほぼ確信に変わっていた。叔父ガルザスならば、2年も放置などしない。放置する狙いがあるのだと。
アイオーンはその危険性をガリア上層部に進言する。だが……
「心配性だな、君は。問題あるまい。これだけの兵力を持っていれば」
総司令官アドルフは、自身の蓄えたひげに触れながら、ため息を漏らした。
「ですが、閣下。あまりにも弱すぎると思いませんか? 何らかの罠を仕掛けられている可能性があります」
18歳になったアイオーンは、円卓を囲むガリア軍上層部に対し、事の重要性を説いていた。だが、それは始めから意味をなさないのでは――と、感じる部分があった。
「所詮、帝国などその程度だったということではないか。約8000年も胡坐をかいていれば、たとえ大そうな科学力を持っていたとしても弱体化するだけだったようだからな」
他の幹部が、高笑いをしてそう言った。たしかに、一つの王朝が8000年も続けば腐敗し、弱くなるものだ。しかし、今はあの叔父・ガルザスが国を牛耳っている。強力な統率者がいる国は、たとえ兵士がそこまで強くなくとも強くなる。逆に、いくら兵士個々の能力が高くても、指導者がでくの坊であれば脆弱になってしまう。国にしても、軍にしてもそうだ。
「そのとおり。見てみるがいい、帝国軍の情けなさを。先週の戦いは笑ったなぁ。数度の攻撃で、戦わずして逃げる兵ばかりだ」
「ああ。“奴ら”のおかげで、帝国軍の兵器もほとんどが使い物にならん。高度な科学技術に頼ってきた貧弱な帝国軍など、恐るるに足らん。そう思いませんか、総司令官」
「まったくだ」
ハハハ、と呑気な笑いが広がる。ある者は度数の高い酒を飲み、顔を紅潮させていた。蔓延する過信。この組織に入った時からそれは感じていたが、最大の作戦を前にしてこのありさまでは、何が起こるかわからない。
「その慢心が、大きな敗北を引き起こしかねないと言っているのです!」
「……なんだと?」
アドルフは、アイオーンを睨みつける。
「閣下は“8000年の長きに渡る帝国の支配から、地上を解放する”との大義を旗印に、ここまで戦ってこられたのではないのですか? 数多の人々が我々を支援して下さったのは、それを必ず果たしてくれると信じてくれているからです。それならば、万事を徹底しなければなりません」
興奮する自分を何とか抑えながら、アイオーンは唾を飲み込み、続けた。
「軍をお廻りください。今のわが軍は、自身たちの兵力が多いことで気が緩んでおります。これは、大事を成す前の軍隊の姿ではありません。もし、今すぐに帝国軍が攻めてくれば、たちまちに壊滅します。たとえ、それが1万程度の敵だとしても!」
「……やれやれ、少し魔法が操れるからと言って……」
アドルフは再びため息をつき、顔を左右に小さく振った。
「アイオーン。君が言いたいことはわかった。だが、君の言動は軍の士気を下げる。今後、前線での活動を禁ずる」
「なっ……!?」
驚愕するアイオーンを制止するかのように、アドルフは手を広げて前に出した。それ以上何も言うな、と云わんばかりに。
「君だけではない。君とフェムト、それに第9師団すべてだ。補給路の防衛に加われ」
「か、閣下……」
聞き入れてもらえなかった。そればかりか、各地の反乱軍が集い戦う大きな作戦への参加も禁じられた。
その作戦というのは、ロムルス地方最大且つ巨大都市である“大都カナン”の攻略だった。既に反乱軍は65万まで膨らみ、ほぼ少数の天空人の守る大都など、簡単に制圧できると踏んでいた。そのため、進軍を続ける中でも彼らは連夜宴を開き、油断し切っていた。
「……どうなるかな」
暗がりの宿舎で、ベッドの上で仰向けになっていたフェムトは、小さく呟いた。その二段ベッドの下で、アイオーンは資料に目を通していた。
「もし叔父上が何の考えもなしに戦っているのなら、勝算はある。閣下も今まで策謀を張り巡らせて勝ち進んできた人だ。そう簡単に敗れはしない。……でも」
ため息を漏らし、アイオーンは声を曇らせた。
「たぶん、なんらかの意図があるのは間違いない。ここでこちらが負ければ、完全に流れは帝国の方に流れるからね」
「まったく、人のことをいいように使っておいて、自分の考えに異を唱えれば左遷か。結局、帝都で起きていたこととさほど変わりはしない」
フェムトは紺色の天井を見つめ、言った。
天空も地上も、変わらない。所詮、人であるが故――か。
「……でも、信じるしかないよ。今回の作戦がうまくいくってことを」
どこか力なく、アイオーンは言った。信じるための要素が少ないというのが、これほどに不安だとは。
彼らは思う。
人はいつの世も、どこでも同じなのだ。戦い、笑い、飲む。そして、その波に呑まれてゆく。
どこへ向かうのか――果たして。
補足◆グラン大陸について
グラン大陸は主に5のエリアと19の地方に分かれている。
・帝都直轄領及び浮遊大陸直通エリア……ロムルス
・東部エリア……ルシタニア(東部中央政務区)、インフェリオル、バエティカ、パンフィリア、ノリクム
・西部エリア……ブリタンニア、ポントス、キサルピナ、ガラティア(西部中央政務区)
・北部エリア……マリティマエ、トラキア、リュキア、レムス(北部中央政務区)、コンマゲネ
・南部エリア……アガルタ、ガリア、イリュリクム(南部中央政務区)、スペリオル
各エリアには中央政務区が定められており、天空人の管理する都市がある。




