第二部① ~反乱軍結成~
第二部 ――天地戦争①――
地上へ捨てられてから、彼らは歩いた。捨てられた場所は何もない場所。草木がほとんどない、茶色い大地と山と、青空だけが広がる憧憬。今まで見たことのない大地だが、彼らにそれらを見ている余裕はなかった。
数日後、彼らは行き倒れそうになった時に通りすがりの地上人に助けられ、保護された。車で運ばれ、着いた場所はグラン大陸アガルタ地方の東部に位置する町・クイクルム。そこは人口5000人規模の、商業都市だった。
二人は保護施設に運ばれたものの、外傷もなかったのでその日のみ入院した。たまたま保護施設で旅人の見舞いにやってきた“カルナ”(33歳・女性)と出逢い、彼女の厚意で彼女の家族が経営している宿泊施設でしばらく住むこととなった。
カルナには娘がおり、それがユリウスと同い年だった。名は“リタ”。彼らにとって、運命的な出会いであった。
地上は想像よりも、平和だった。それはある程度の風呂敷で隠されているが、少なくとも生活に困り果てているというわけでもないようだった。
ティルナノグ帝国は“天空人”と“地上人”で分け隔てられている。人口の比率は1:9ほどで、圧倒的に地上人の方が多い。これは建国当初、フェイウス卿による擬似星中神石――通称“擬似C”との適合率を基に選別された結果である。この選ばれた人類である天空人により、地上は支配されている。とはいえ8000年もの間、国を揺らがすほどの暴動などもなく、安定した時代が続けられてきたのは地上人に一定の自由が与えられていたというのも、要因の一つである。
各都市は各々いくつかのエリアを定め、地方選挙というものを行い、行政を執り行うものを選出する。いたって民主主義的な方法であり、貴族のみで構成されているティルナノグ中枢とは大きく違う。ここ、クイクルムは周辺都市を束ねる中心的な都市であり、アガルタ・北エリアを統括している。
ユリウスとシリウスは、そこで“記憶を失った兄弟”との嘘をつき、民衆の生活に溶け込んだ。ユリウスは“フェムト”、シリウスは“アイオーン”と名を偽って。
彼らにとって何もかもが新鮮であり、初体験のものだった。例えば、食事の作り方。お湯を沸かしたり、火でフライパンを温め、肉を焼いたり。彼らはまがりなりにも皇族であるため、そういったことはしたことがなかった(天帝宮では、シリウスも皇族扱いを受けていた)。
彼らは日常の中で、地上人としての在り方だけでなく、“ヒトとしての在り方”を学んでいた――。
それから4年の歳月が流れた。
創始暦7960、グラン大陸南部に位置する、カルヌントゥムという帝国軍駐屯地において、テロが発生した。
経緯としては、こうである。
創始暦7956、ティルナノグ帝国は天帝不在のままガルザスが最高統治者として君臨し、世界を牛耳っていた。だが、ガルザスを快く思わない者は政府中枢にも存在しているのも事実。そこで反ガルザス派は、彼を失脚させるために彼自身を狙うのではなく、国そのものを狙った。それが“地上人による反乱”である。
先に述べたように、天空人と地上人の比率は1:9。その比率は建国当初からさほど変化していない。創始暦100~500年代辺りまでは、地上人による反乱も多かった。それでも国を揺らがすほどの反乱になり得ないのは、圧倒的な科学力の差である。飛行機だけでなく、エレメンタルを駆使した兵器に魔法。さらに、地上人に渡る車などの機械には全てロックが掛けられており、技術が漏洩しないようにされていたため、地上人単独で技術を開発することも、なかなか難しかった。尤も、最大の理由は“平和”であったことなのだが。
反ガルザス派は、かつて帝国動乱期――創始暦7500~7950頃の間に、当時の反天帝派閥が秘密裏に計画されていた「ジェノサイド・プロジェクト」を利用しようとした。
その計画は、帝国を滅亡させるものだった。ただ“滅亡”と言っても、全ての人間が地上人と同じになり、天空人の持つ特権を破棄し、さらに魔法も封印し自然と共に生きる――といった内容だった。あくまで滅びるのは“国”そのものであり、平和的に国を解体して行こうという計画だった。
計画そのものは至上天帝“リュングヴィ1世”によるものであるが、動乱期に計画されたものは全く違うものになってしまっていた。
地上人に、帝国の技術を横流しし力を蓄えさせる。そして、時の天帝による勅命だと偽り、地上の各地方の課税を重くし負担を強いる。憎しみを大きくさせ、反帝国の意識を芽生えさせる。結果、地上が反乱を起こし、帝国を崩壊させる。
それが、動乱期の反天帝派と反ガルザス派の狙いだった。オドアケル枢機卿との戦いと、長い外戚たちによる政治介入。その後、ガルザスによる傀儡政権の樹立と、天帝暗殺(ユリウスたちを追放したのを知っているのは、ほんのごく一部。正式発表では病死。帝都では暗殺が最有力)、現在の天帝空位による酒池肉林。いくら地上に対する政治が安定しているとはいっても、ガルザスは地上人にとってただの“独裁者”になり果てていた。
既に天帝はおらず、国の中心もなし――
力を付けた地上人は、ガルザスだけでなく“ティルナノグ”そのものを崩壊させるために、行動に移したのだ。
グラン大陸の南部にあるガリア地方(最南端)の中心都市・アクィタニアの州首相アドルフ=アルフォルスが自警団を率い、カルヌントゥムを占拠したのだ。そこから波及的に、反帝国軍が結成されていった。そのほとんどが、今回のプロジェクトにより冷遇されていた地方都市群だった。
これが後の世にいう、“第一次天地戦争”の始まりだった。
戦争がはじまり、2年。それまで平穏だったクイクルムにも、戦火が迫りつつあった。
時は創始暦7962、フェムト(ユリウス)とアイオーン(シリウス)は、自身も戦いの中に身を投じるのであった。