プロローグ・第一部 ~穿たれた空~
こちらは、EPISODEⅢの本編です。
内容をすべて投稿することはないと思うので、簡潔にまとめています。
要所のみセリフなど入れておりますが、ほとんど淡々と述べるに留めています。
EPISODEⅤとⅥにはほぼ関わりありません。
(EPISODEⅠ、ⅡはEPISODEⅤ・Ⅵでわかるようになっています)
EPISODEⅣのネタバレもある程度含んでいるので、内容が知りたいな~という方だけご覧ください。
何部かに分けて、投稿します。
創始暦7951、ティルナノグ帝国が建国されておよそ8000年。322代天帝として、若干7歳のユリウス12世が即位する。政治を執り行うことのできる年齢ではないため、彼の叔父である帝国中将ガルザスが彼の後見人として摂政となり政治を動かすことになった。
実際のところ、それはガルザスによる“傀儡政権”の誕生だった。
◆プロローグ ――帝都動乱――
時を遡ること15年前。
当時、帝位を巡り皇族とその外戚による争いが数百年余続いていた。317代天帝(ガルザスの祖父)の娘婿として、グラン大公・オドアケル=グランディアが台頭し、朝廷内だけでなく国全体の宗教を取り仕切る“枢機卿”に就任した。結果、内外に強い権力を持つことにより、オドアケル枢機卿は帝国を支配していった。既に天帝には力なく、グランディア家に連なる者たちが政治の中枢を握っていった。後に「グランディア朝」と揶揄されるほど、特にオドアケル枢機卿の力が強かった時代である。
そんな中、グランディア家に対抗するべく、不遇の皇子・ガルザスが立ち上がる。彼は318代天帝の異父弟で、且つ319代天帝の息子である。不義のため生まれた皇子であることから、帝位継承権はない。しかし、リーダーとしての統率力、何より人を魅了するカリスマ性が備わっていた。反オドアケル派は彼を旗頭にして、オドアケル枢機卿らに対抗した。
5年近く続いた政治闘争の結果、オドアケル派の天帝とされていた321代天帝・アーレス=ノヴァ9世が彼を裏切り、勅命により死刑に処される。結果として、彼の側近たちも多くが死に追いやられたが、なぜか彼の末子・アイン=ロロは処刑を免れた。一説には、オドアケル派への“ユダ”であったとか、様々な憶測が飛び交っている。
敵を掃討したガルザスは、次の敵がいることを理解していた。
それは天帝・アーレス=ノヴァ9世だった。天帝は帝国を意のままに操っていたオドアケル枢機卿を駆逐したのは己であると思い、不必要に自信を持ってしまっていた。全てのシナリオを作ったのはガルザスである。
このままでは、自分もいずれ勅命で殺されかねない。
そう結論を出したガルザスは、刷新された朝廷内の要人の許可を得て、“天帝の器ではない”としてアーレス=ノヴァ9世を暗殺する。
だが――ガルザスはそれに止まらず、自らを旗頭に支援までしてくれていた反オドアケル派を粛清。自らは甥・ユリウス12世を7歳という年齢で即位させ、摂政に着任。完全なる傀儡政権を樹立させたのである。
◆第一部 ――兄弟の謀反――
「帝位はユリウスに有れど、真の支配者はガルザス」
地上でもそう揶揄されるほど、ガルザス政権は恐怖政治を強いていた。ガルザスのおかげで外戚による政治介入・政治闘争は終焉を迎えたが、それ以上に彼の政治運営は多くの怨嗟の声を吐き出させるものだった。
ガルザスが摂政になって5年、その間に多くの政治家・上級貴族だけでなく、皇族も容赦なく粛清されていた。彼はその本人たちだけでなく、憎しみの芽を摘むという名目でその親族郎党も処刑していた。ガルザスはまがりなりにも皇族、それもあり誰も彼に反対することが出来ない状況だった。
朝廷は機能不全になっていた。それでも国家運営ができていたのは、超人的な能力を持つガルザスのおかげでもあった。
“傀儡天帝”と評されることを、ユリウス自身が知っていた。それを強く恥じているのも、彼自身だった。幸い、彼には側近と呼べる者たちが多数いた。古くから皇室を支える貴族家の者であったり、ガルザスを擁立した反オルドヴァス派の者、中にはガルザスの信任を受ける者もいた。それはある意味、“ガルザスを旗頭にした時と同じ”であると言えた。
その中で、唯一の肉親と言えるのが「シリウス」だった。
シリウスはユリウスの異父弟で、年齢は一つしか違わない。彼の母は地上人・イリヤ。彼らの父が地上を視察する際、見初めた女性で、結婚することはかなわなかったが、彼女は天帝によく似た男の子を生んだ。それがシリウスである。
彼こそが、後のソフィア初代教皇と謳われる“アイオーン1世”である。
シリウスは地上人の血を持つが故に、帝位継承権を持たない。父が存命中は守られていたが、その父が暗殺されると“いずれティルナノグ皇室に仇と成す”と言われ、処刑されそうになる。だが、それを庇ったのが幼いユリウスだった。自身の唯一の弟を、護ろうとしたのだ。
そしてシリウス自身、己がどういう立場にあるのかを幼いながらによく理解していたのも、殺されずに済んだ理由の一つである。シリウスの聡明さに、ガルザスも驚嘆したほどだった。
重臣たちは思う。正義感に溢れる天帝ユリウスと、その聡明な弟・シリウス――この二人であれば、ティルナノグを再び輝ける帝国へと蘇らせるに違いない、と。
クーデターはこれまでの歴史の中でも、幾度となく起こされた。有名なのが帝国建国の功労者・フェイウス卿の流れを組むフェイウス家が、9代天帝を暗殺し帝都を制圧した“シリスの乱”である。ユリウスたちはそれを基に、クーデターを画策した。
準備は数ヶ月にわたって行われた。現在の朝廷でガルザスを指示する者は、実際のところ少ない。理由は簡単で、恐怖で臣下を支配していたからである。少しずつ、ガルザスの周囲の人間を買収していき、外堀を埋めていった。多くがガルザス亡き後、褒賞をもらえると確信していたためでもある。
時は創始暦7956、9月。ユリウスはガルザスに王位(ティルナノグ帝国の臣下、特に皇族は爵位だけでなく王位も賜ることがある)を授けるべく、詔勅を発した。その際の儀式で、ユリウスたちの息のかかったものたちがガルザスを殺害することになっていたのである。
だが――
結果は、失敗。
ガルザスは既に情報を得ていた。逆にユリウスたちの仲間を買収し、“ユダ”にしていたのだ。ガルザスに襲い掛かってきた臣下十数名、全てその場で捕らえられ、処刑された。
「見ろ」
その惨状を目の当たりにしたユリウスは、目を見開き、呆然と玉座で座っていた。
「中途半端な意思が、奴らを破滅へ追い込んだのだ」
ガルザスはそう言って、ユリウスの方へ振り向く。碧き双眸が、その美しさとは裏腹に静かな怒りの焔を漂わせながら、彼を射抜く。
「全て、お前の責任だ。わかるな?」
ガルザスは手をかざした。その掌に光の粒子が集い、細身の剣が具現化される。その切っ先をゆっくりとユリウスへ向けた。
「兄上!!」
玉座の後ろから、翡翠色の髪を持つ少年――シリウスが飛び出した。現実に起きたことを把握しきれていないユリウスよりも、彼の方がユリウスの危機に気付いていた。
――殺されると。
「叔父上! お待ちください!」
玉座の前の階段を駆け下り、血の海と化した玉座の間で、シリウスは剣の切っ先の前で両手を広げて叫んだ。それは叫ぶというよりも、懇願そのものだった。
「全ては僕が……私が陛下を唆したことでございます。陛下は此度のことについて、何もご存知ではありません。首謀者であるのは、この私――シリウスです」
紅蓮の双眸。愚鈍な兄と同じ色を持つ、か。
ガルザスはまるで商品を値踏みするかのように、シリウスの顔を見ていた。その心を知らぬシリウスは、叔父の冷たい心が己の体を凍てつかせているかのようで、思わず小さく震えていた。
「首謀者は貴様だと?」
ガルザスはそう問うた。シリウスは、頷きながら「はい」と答える。
「貴様のような下賤の血が混じる人間が、陛下を唆せるのか? 貴様だけではあるまい。――そうだな、後ろにいる奴ら全員だ」
その問いに、シリウスは驚愕する。――知っているのか!?
彼の表情を見逃さず、ガルザスは笑みを浮かべる。
「何もかもお見通しだ。俺を嵌めようとしていたのだろう? あの“シリス”がしたように」
そうか、全て露見していたというのか。言いようのない絶望が、シリウスを襲う。今日で全てが変わると信じていたのに――確信していたのに、全て奴の掌の上だったのか。
シリウスは思わず、大きくうなだれてしまった。
「帝都の混乱を収めた俺を排除しようとは、おこがましい。そもそも、帝位に就けたのは誰のおかげだ?」
ガルザスは視線をシリウスから、玉座にあるユリウスに向けた。
「言え、ユリウス。お前をその座に就かせ、暴徒からお前を護ってきたのは誰だ?」
「…………」
「叔父上!」
シリウスはガルザスの視界の中心に入り、ユリウスを庇うようにして見せた。
「どうか、処罰は私めに。陛下には何の落ち度もないのです!」
兄上を死なせるわけにはいかない。主だった直系皇族は、そのほとんどがオドアケル枢機卿と叔父上の戦いで死んでしまった。正統なる兄上しか生きていない。
ガルザスは思い出す。この瞳は色が同じだけなのではない。俺が唯一、自分にないものだと思っていたものと同じなのだ。そう、己の兄――彼らの父が持っていた、その強き意志を携えた双眸なのだ。
シリウスが地上人の胎から生まれなければ、私は滅ぼされていたかもしれない――
ガルザスはそう思い、小さく笑った。その瞬間、彼はシリウスへ一瞬で近付き、剣ではなく素手で彼を殴り飛ばした。
「殺す価値もないわ、屑め」
「シリウス!」
思わず、ユリウスは玉座から立ち上がった。だが、その時には既に、目の前に大きく暗い影が自分を覆い隠していた。それをガルザスだと認識するのに、遅れてしまうほどに。
「お、叔父上……」
「ユリウス、お前には失望した。お前に天帝である資格などない」
殺される――
ユリウスはある意味で、覚悟をしていた。幼い頃から、わかりきっていたことだと。皇族だろうが何だろうが、自分は常に命を狙われる身であるということを。
その時。
「お待ちください」
透き通った声が、絶望と死臭漂うこの玉座の間に響き渡る。入口の扉が横へスライドして開き、一人の女性が入ってきた。
「閣下、殺してはなりません」
紫苑の髪をなびかせているのは、アムナリア――ユリウスたちの叔母に当たる女性だった。藍色の混じった白が基調のドレスを身に纏い、背筋を伸ばし前を見据えて。
「陛下を殺してしまえば、閣下は後世に悪名を残します。それでよいのですか?」
落ち着いた足取りで、アムナリアは玉座の間の中央を進む。
「アムナリア……」
ユリウスは変に安堵しつつ、彼女の名を言った。
「天帝を処刑していいのは、天帝に即位できる者のみ。至上天帝がお定めになったものです。あなたがこれを破れば、初めてそれを破った皇族として歴史に名を刻んでしまいます。逆賊オドアケルを退けた英雄たるあなた様が、そのような汚名を背負ってしまうのは如何かと思います」
一言一句、流ちょうに彼女は言を発する。それはまるで、教科書を暗記したかのようだった。
「俺を脅すか?」
ガルザスは後ろへ振り向き、彼女を一瞥した。宝石のように美しい彼女の姿が、どこか戦場へ赴く勇ましい戦士のように映った。それだけで、ガルザスは理解したのだ。相当な覚悟を持って、この場に臨んでいるのだと。
アムナリアは玉座の前の階段で立ち止まった。
「脅すなど、そのつもりは毛頭もありません。これ以上の混乱は無用――ではないかということです」
アムナリアは小さく、顔を振った。
「外戚による権力闘争は数百年に及びました。その終止符が漸く打たれたというのに、此度の件――帝都だけでなく、国そのものが揺らぎます。“天帝が摂政たる叔父を暗殺しようとした”などと、再び火種を撒く行為でしかありません」
「お前は何が言いたい?」
「閣下による求心力の低下だと、民は思いになりましょう。それはたちまち広がり、これまで以上の混乱をもたらします。オドアケル=グランディアは権力をほしいままにしましたが、国そのものは安定していました。その人間を“逆賊”として処刑した閣下が、陛下を殺せば……民の心はたちまち離れ、あなた様に刃を向けましょう」
なるほど、そういうことか――。
ガルザスは変に、納得をしていた。
「……いいだろう」
ガルザスが剣の切っ先を下ろすと、たちまち光の粒子となり消滅した。
「アムナリア。帝都きっての美女と誉れ高い貴様に免じて、陛下に危害は加えん。――但し」
ガルザスは階段の上から、シリウスを見下ろした。口の端から血を流し、彼は這いつくばっていた。
「シリウスは処刑する。こいつが陛下を唆したのだと白状したからな」
「――!」
「何を驚いている? 当然だ。シリウスは皇族ではない。今までユリウスが殺さないでくれと頼んできたから、そのわがままを許していただけだ。地上人の血が混じった皇族など、本来ここにいてはならない」
ガルザスは階段を下り、シリウスの首を掴んだ。
「か、閣下! おやめください!」
アムナリアはガルザスの腕を掴み、解こうとするも敵わない。
「ぐっ……お、ば……上……!」
「お前は亡き兄上によく似ている。だからこそ、嫌悪感が募るのだ。反吐が出る」
それは嫌悪――というよりも、憎悪に近かった。ガルザスは自身が兄に抱いていた真っ黒な感情を、とくにシリウスへ向けていたのだ。
アムナリアは大きく息を吐き、手を離した。もう、こうするしかないと。
「閣下! ……私を好きにして構いません」
胸に手を当て、アムナリアは小さく頭を垂れた。
「あなた様が私を手に入れようと画策していたのは、知っています。私はあなたのものとなりましょう」
「…………」
後に“シリウスの変”と云われるこの事件を契機に、多くの者が処刑された。
計画に加担した48名の重臣と、その家族だけでなく親族全てが対象となり、処刑された人数はゆうに500人を超えた。
アムナリアはシリウスの処刑は免れたものの、今回の事件に関わったあらゆる人を処刑することまでは、さすがに止めることが出来なかった。これ以上、自分がガルザスに捧げるものはなかったからである。
ガルザスは公式には妻を娶ってはいなかったが、事実上アムナリアが彼の正妻となった。しかし、それは後宮のさらに奥でほぼ幽閉に近い状態でのもので、アムナリア自身に自由など一切なかった。
「ごめんね、シリウス。どうか、ユリウス様と共に生きて……」
事件の折、ガルザスが去った後に残されたシリウスは、堪えようのない涙を流しながら悔しさに顔を歪めていた。
アムナリアは彼の方に優しく触れ、そう言った。
「生きて」――
これから彼女はどうなるのか、わからない。きっと自分以上の不安があるに違いない。それなのに、僕を気遣ってくれる。自分はなんと弱いのか――
ユリウスは帝位を剥奪され、シリウスと共に地上へ捨てられた。せめてもの恩情だと、ガルザスは最後に彼らへ告げた。
荒れ果てた大地の広がる、果てしない世界。青空だけが、世界を優しく包んでいた。
「……兄上、もう泣かないでください」
「シリウス……だけど、私たちのせいで……!!」
自分が弱い天帝だったが故に。強ければ、あれだけの人が犠牲にならずに済んだ。アムナリアも……叔父上の慰み者にされている。なのに、自分だけがのうのうと生きている。これがどれほど恥じるべきことなのか――考えずともわかるほどだった。
「……ですが、兄上。兄上は生きねばなりません」
シリウスはしゃがみ、ユリウスの手を握った。
「兄上は正当な皇位継承者。生きて、叔父上からティルナノグを取り戻さなければなりません。それが天帝たる者の義務です」
「……私にはその資格など、ないよ。シリウス、君の方が……」
シリウスは、否定するように顔を振る。
「僕にこそ、ありません。僕は兄上のおかげで、帝都にいることのできた下賤の者です。天帝を継ぐべきは、誰の目にも明らかなのですから」
さぁ、と言って彼はユリウスを立ち上がらせた。
「行きましょう、兄上」
シリウスは遥か蒼空の彼方を見上げた。涙など、既に流していなかった。
乾いた風が茶色い大地の隙間をぬい、彼らの体をなでる。瞬きをせず、彼らは前を見据えた。
穿たれし空を紡ぐ、その先へ。
BLUE・STORY EPISODEⅢ
――穿たれた空と、終わりのない旅路――