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008 アルエルの秘密

 アルエルの顔を見る。少し困ったような顔をしていたが、やがてコクンと頷いた。


 一応「この話は私たち二人しか知らないことだ。他言無用だぞ」と念を押すと、キョーコは「……うん、分かった」と神妙な面持ちで答える。キョーコとはまだ会って数日の仲だ。しかしそれでも彼女は信用できると思っていた。だからこの話をすることにする。


「昔々の話じゃった……」

「って、なんでいきなりおじいさんになってんの!?」


 なかなかいいツッコミだったぞ。ただツッコミに肉体強化魔法を使うのは禁止な。我、勢いで壁まで吹っ飛んじゃったじゃない。コホン……まぁあまり暗い話にするのは嫌だからな。ちょっとだけ場が和んだところで話を続ける。そう、あれは十年ほど前の話――。




 当時ソロの冒険者をしていた私は、獲物を求め王都から西へ西へと歩を進めていた。その日は目立った成果を挙げられず多少の焦りを感じていた私は、いつの間にか禁猟区である『漆黒の森』へと足を踏み入れてしまっていた。


「どこだ、ここは……?」


 鬱蒼と茂った森に方向感覚を失った私は、ひたすら森をさまよい続けた。日も暮れたかけたころ。遠くで人の声が聞こえた気がした。「助かった」私は藁にもすがる思いで、声のする方へと向かう。徐々にその声ははっきりと聞こえてきて、中には怒声が混じっているのが分かってきた。


「どこに行った!?」

「そっちを探せっ!」

「こっちはいないぞ」

「相手は小さいからな。茂みの奥もしっかり探せ」


 何か不穏な空気を感じた私は、声から少し距離を置き木の陰に隠れた。暗くなってきた森の中で、遠くに数人ほどの人影が揺れているのが目に入ってきた。


「まずいな、こう暗くてはなにも見えん」

「明かりを持ってこい」


 人影はそんなことを言いながら、少し遠ざかっていく。少しホッとしたところで、足元の茂みがガサガサと音を立てているのに気づく。なんだ? 小動物か!?


 だが茂みから飛び出してきたのは小さな女の子。私の腰までもないほどの背丈に、ガリガリにやせ細った体躯。今にも泣きそうな顔で私を見上げると「あなたは、だれでしゅか?」と小さくつぶやくように言う。




「ちょっと待って下さい! タイムッ、タイムを要求します」


 アルエルが両手を振りながら叫ぶ。


「どうした?」

「どうした、じゃないですよ。私、そんな言い方してませんよ?」

「いやいや、してたぞ?」

「じゃ、その小さい子がアルエルだったの?」

「そうなんですが……『誰でしゅか?』って、そんな恥ずかしい言い方してないと思うんです……」

「いーや、お前は小さいから覚えてないだけで、それからしばらくもそんな感じだったぞ。『ばるばとしゅちゃまー』って、本当に可愛かったんだぞ」

「もう……もういいですから、続きを早くっ!」


 頭を抱え込んでいるアルエルには悪いが、では続けよう。




「君は……誰だ?」


 私はその小さな女の子に問うた。彼女はそれに答える代わりに「たしゅけて……たしゅけてくだちゃい!」と必死で訴える。状況から見てどうやら先程の男たちはこの女の子を探しているらしい。


 事情は分からないが、この子を見捨てることはできないと思った。だから女の子を抱え上げると、私は一目散にその場を去った。辺りは既に真っ暗になっていて、自分がどの方向に走っているのかすら分からない。先程の男たちの声は聞こえなくなっていることから、遠ざかっていることだけは分かった。


 当時も体力には自信がなかったので、少し走ると木々の影に隠れて休み、息が整ったところで再び駆け出す。そんなことを繰り返している内に、ようやく森の外へ出ることができた。


 幸いなことに、そこは見覚えのある場所だった。私は女の子を抱えたまま街道を進み、日が変わる頃、ようやく我が家へと帰ってくることができた。腕の中で眠ってしまっていた女の子をベッドに寝かせると、あまりの疲れからかソファーに倒れ込むように寝てしまう。


 朝目を覚ますと、覗き込むようにしている女の子の顔。「うおっ!?」状況が把握できず、思わず飛び上がる。「いったぁい!」ゴチンという鈍い音がして、少女の叫ぶ声がした。同時に私の頭にも痛みが走る。


 頭突きをかましてしまったことを謝ると、彼女は「いえ、だーくえるふはいしあたまなんでしゅ」と頭をさすりながら言う。




「あのぉ……バルバトスさま? その口調のところだけでも、現代風にアレンジしていただくわけにはいかないのでしょうか?」

「だってそれだと上手く伝わらないだろ?」

「やっぱそうですよねぇ……」


 コホン、続けよう。




 女の子――アルエルは『漆黒の森』に拠点をかまえる、ダークエルフの一族の子だった。昨夜追っていた男たちも、その一族の者らしい。


「でもどうして追われるようなことに?」

「しょれは……わたちのちからが……」


 元々ダークエルフたちは魔法を器用に使うことができるし、魔力も人間よりも高い。だが、その中でも彼女は特異体質だったようだ。人間であれ多種族であれモンスターであれ、魔法を使う者の能力は『魔力の生成力』と『魔力の貯蔵量』によって決まる。


 貯蔵量が多い者は、たくさんの魔法や魔力を大量消費する魔法を使うことができる。一方で生成力の高い者は、枯渇した魔力を戻す時間が短くて済む。一般的には生成力は人によりそれほどの違いはない。いわゆる『魔法に長けている』とは、貯蔵量が多いことを指し示す。


 しかしアルエルは違った。彼女の場合は貯蔵量は極端に少ない。だが生成力は他のどんな種族よりも勝っていた。試しに家に転がっていた魔導照明器を握らせてみる。私であれば、魔力を上限まで補充するのに1時間ほどかかるのだが、アルエルはほんの数秒ほどで行ってしまった。


 アルエルは、自分が男たちに追われていた理由がその力が原因だとは分かっていたが、それがどうしてなのかは理解していなかった。ただダークエルフの一部の者に「お前は、いてはいけない存在なんだ」と言われたことで、それをぼんやりと理解したそうだ。


 人は自分の持ってない力、それも強大な力を恐れる。なにかの拍子でアルエルの力を知ったダークエルフたちが、彼女に恐れを感じたのは仕方がないことなのかもしれない。しかしだからと言って、彼女を彼らの元へ帰せばどうなるのかは想像に難くない。一生監禁するかあるいは――。




「ま、そういうわけで今に至る、というわけだ」


 いつになく真剣な面持ちのキョーコと半分ほど魂が抜けかかっているアルエルに、話の終わりを告げる。


「でもそれって、その……ダークエルフたちが思ってるように……ええっと」


 言いにくそう言葉を必死で選んでいるキョーコ。


「危険か? ということか」

「……うん。あたしはまだみんなと会ってそんなに経ってないけど、それでもアルエルがそんなに危ない子だとは思えない!」

「ありがとうございますっ! キョーコちゃん!」


 復活したアルエルがキョーコに抱きつく。うんうん、なんだか良い光景だなぁ……おっといかん。どうも最近涙腺が弱くなってな。ローブの端で涙を拭うと、キョーコの心配を解消してやることにする。


「ま、実際のところ、それだけなんだがな」

「それだけってどういうこと?」

「つまり『魔力の生成が早い』ってだけってこと」

「ええっと……ごめん、ちょっとよく分からない」

「キョーコちゃん、大丈夫ですよ。なんたって私、魔法が全然使えませんから!」


 腰に手を当てクイッと胸を張り、ドヤ顔になるアルエル。いや、自慢してどうする……。


「魔法……使えないの?」

「はいっ、ひとつも使えません!」

「簡単なのでも?」

「簡単なのでも!」


 前にも言ったがアルエルはそもそも呪文を覚えられない。無詠唱魔法ならできるかな、と試したことがあったが、どうやら生成スピードが早すぎることでタイミングが合わないらしく、不発に終わることが分かった。


 安心してホッとしたのか、へたり込むキョーコ。なんだかんだでアルエルのこと、心配してくれてるんだなと、私まで嬉しくなってくる。できればその優しさを、すこーしでも私にも向けてくれるともっと嬉しくなるのだが。


「なんか今、変なこと考えてなかった?」

「いっ、いや? 別に?」

「ふーん? まぁいいけど」


 怖い。心を読む魔法ってないはずなんだけど、どうやったの?


「でも、色々教えてくれてありがとね」


 『最後の審判』に戻り朝食の準備をしていると、キョーコが少しはにかみながら言う。


「はい、別に秘密ってわけじゃないんですが、あんまり広まるとダークエルフの里の方にも迷惑をかけちゃうかもなので」

「今更追手が来るとは思えんが、念のために、だな」

「うん。口外はしないよ」

「それにさっきも言ったが、結局のところアルエルの力は役に立たないってことだしな」

「むぅっ! バルバトスさま、それはそれで失礼です!」

「いやだって……事実だし」

「私だってお役に立てることはあるんですよ?」

「例えば?」

「例えば……ええっとぉ……ううんと……あっ、ほらっ」


 床に転がっていた魔導照明器を握りしめる。魔力が尽きかけてボヤッとした明かりになっていたものが、再び煌々と輝き始めた。


「……なるほど、すごいな」

「あ、ちょっとバカにしてます?」

「してないしてない。これからはダンジョンの魔力補充は、アルエルに全部お任せだな」

「なんだか微妙なポジションなんです……」


 まぁそう言うな。お前がいてくれるだけで、私はありがたいと思ってるんだからな。

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