006 お部屋をつくろう
「うぉぉぉぉ、すげー掘れる! すげーサクサク!!」
「バルバトスさま、頑張ってぇ!」
「怪我しないようにね」
魔導掘削器を手に入れた私は、翌日から早速新しい通路の掘削を始めた。魔力を込めたツルハシとは比較にならないほどの掘削力。手始めに『最後の審判』から伸ばした通路を掘ってみたところ、ツルハシの倍以上の早さで掘り進めていける。
当初は『最後の審判』のすぐ横を掘り進めて行こうと思っていたが、地下に水源でもあるのか水が湧いてきた。仕方ないので少し横にズレたところを階段状に掘り上げ、家屋でいう2階のところに通路を伸ばす。
「いやぁ、マジで凄いわコレ。やっぱ道具は大切だよ」
「なんかあんた口調変わってない?」
「素が出てますよ、バルバトスさま」
「おっといかん。うむ、なかなかよいモノであるな」
「今更遅いって」
「いや、あまりにも魔導掘削器が凄くて」
「キョーコちゃんのお陰ですね」
「うむ。キョーコさまさまだな」
「ちょっと、そういうの止めてってば! で、この通路はなにに使うの?」
「ふむ。ダンジョン正面から真っ直ぐ入ると、この『最後の審判』に着くだろう?」
「うん」
「昨日、アルエルには言ったのだが、ここは中央の拠点にしようと思う」
「司令室ですねっ!」
「そうだな。で、今日掘ったのが『最後の審判』から左手に伸びる通路なのだが、こっちはダンジョンスタッフの生活スペースにしようと思ってるんだ」
「生活スペース? いきなり所帯じみた感じがするね」
「言い方が悪かったかもしれぬが、まぁ端的に言うと私たちの部屋を作ろうって話だ」
「わーい、自分のお部屋ですっ!」
「あたしは別にここに雑魚寝でもいいんだけど」
「いや、そこはお前、女の子としてどうなのよ」
「うるさいっ!」
そういうわけで、昼食を頂いてからの午後の作業は部屋づくりだ。先程も言ったが、この魔導掘削器は本当に凄い。機械としての掘削力に加え魔法の力が相まって、とんでもない勢いで硬い岩盤がサクサク掘れていく。
少し疲れたので、休憩しながら昨日の内に書いておいた図面を確認していると、キョーコが「やっぱ部屋いる?」と今更言う。
「どういうことだ?」
「いやぁ、部屋があるのは確かにありがたいかもしれないけど、みんなが部屋にこもっちゃうのって……なんて言うか……ちょっと寂しいって言うか……」
「キョーコちゃんは賑やかなのが好きなんですね」
「うん、そうそう。仕事が終わって『はい、お疲れさまー』でそれぞれの部屋に行くのもいいけど、みんなで集まれる場所もあった方がいいかなって」
「なるほど、それは一理あるな」
「それとバルバトスさま、この図面だとお部屋には窓がないようになっていますけど」
「そうだな。魔導照明器があるから、真っ暗ではないが」
「でも、やっぱり窓はあった方がいいですよ。換気もしたいですし」
なるほど……。
ひとりで黙々と考えて図面を引いていたが、こうやって色々な意見を聞くことで問題点が浮かび上がってくるものなのか。キョーコの言っていることも、アルエルの提案も、どちらも正しいように思える。
「よし、ちょっと書き直すぞ」
そう言うと、ふたりはいい笑顔で答えてくれた。まずはキョーコの提案から。
「部屋はあった方がいいのか? それとも止めにするか、だな」
「うーん、そうですねぇ。荷物とかもありますし、プライベートな空間が欲しいっていうモンスターさんもいるかも?」
「それはそうかもね」
「じゃ、一応部屋は作るとして、別に共用の部屋を作るのはどうだ?」
「あ、それいいかもです」
「みんなで集まってワイワイやれるようなのがいいな」
「それで決まりだな。それと――」
「あっ、バルバトスさま。お料理を食べるお部屋も欲しいです!」
「ふむ、キッチンも必要だしな。食堂も作るか」
「ご飯はみんなで食べた方が美味しいしね」
「ですね!」
アルエルの言っていた窓も、図面を調整することで可能となりそうだった。一般的にダンジョンは山の中につくられることが多い。そしてこの『鮮血のダンジョン』もその例にもれず『キヤベルグ』という小さな山の麓に、入り口が存在している。
ダンジョンの山は大きければ大きいほど良いとされていて、王都からも立地のよいキヤベルグがお求めやすい価格で買えたのは、そのサイズが理由だった。ダンジョンなんて地下に潜っていくものだから、山の大きさなんて関係ないのだが、冒険者からすれば「大きい山のダンジョンの方が、それっぽい」ってことになるらしい。
逆にサイズが小さい故に、窓をつけるのは簡単だった。まず通路から山肌まで一気に魔導掘削器で掘り抜く。もちろん全て掘ってしまっては落盤の可能性があるので、途中で何箇所かは残しておいた。
まずは大きなフロアをつくり、切り出した木材などで部屋に区切っていくことにした。元々は全て掘削器で一部屋ずつ掘っていこうと思っていたのだが、この方法の方が部屋を作りやすいことに後から気づく。彼女たちのアドバイスがなかったら、失敗していたところだった。
大きくくり抜いたことで、小さな窓などではなくバルコニー状のスペースも確保できた。外壁は別途必要になってくるが、この方が良いというのが皆の意見だった。
ただ全く問題がなかったわけではなく――。
「うわぁ、凄いです! バルコニーからダンジョンの下が一望できますよ!」
「見晴らしは最高だけど……これいいの? 魔王的には」
そうなのだ。キヤベルグは横に長い山脈のようになっている。だからダンジョン入り口の上に、横に並んだバルコニーが見える……ということになっている。冒険者たちが「いざ、ダンジョンへ!」と、足を踏み入れる前に空を見上げると、そこにはいくつかのバルコニーと窓が見えるということになるわけだ。
「うーん。でも、もうくり抜いちゃったしなぁ」
「大丈夫ですよ、きっと。多分、恐らく」
「それどっちなの?」
「このバルコニーにはお布団とかも干せそうですね」
「いや、ダメだろ、アルエル」
「そういうのは別にスペースを作ればいいじゃん」
とりあえずその件は保留ににて、仕上げをしていく。ツルハシを使って床や天井などをキレイに整形していくと、よりそれっぽくなってきた。削った岩石はアルエルとキョーコが手車で何度も往復して外に出す。
ボヤッとしていた計画が、彼女たちのお陰で一気に煮詰まり仕上がっていく様に、私のテンションも急上昇中だったのだが、流石に夕方になってくると疲れも見え始めてきていた。キョーコは相変わらず涼しい顔をしているが、アルエルなどは先程から床に転がったままピクリとも動かない。
「今日はもう終わりにしよう」
「そうだね、日も暮れそうだし。ご飯にしようか」
「ふぁっ……ゴハンっ、ゴハンですかっ!?」
「アルエル、お前。ご飯って言葉には敏感だよな」
「腹が減っては戦はできぬ、ですっ!」
「おっ、難しい言葉知ってるね」
「ふっふっふー、ダークエルフは博識なんです」
「ダークエルフ像がぶれまくりだぞ」
夕食を囲みながら、皆で図面を覗き込む。
「手前に共用スペースを作りましょう!」
「そうだな。さっき言ってたように、キッチンとみんなで集まれる部屋を作るか」
「そっちは窓がない方でもいいんじゃない?」
「そうですねぇ」
「それじゃ、こうするのはどうだ?」
通路の左側に皆の部屋を書き込む。今掘ったところまでだと10くらいの部屋が確保できそうだ。それから通路の反対側に大きな部屋を2つ。手前が調理場と食堂で奥が居間といったところか。
「いいですねぇ。できるのが楽しみです」
「床とか壁とかは木で作るの?」
「そうなるな。岩盤を砕いた欠片で作るのも考えたが、そっちの方が楽そうだし」
「木のぬくもりが素敵です〜」
「でも、足りるの?」
「ん、なにがだ?」
「いや、木材って切ったやつ、もうあんまりないんでしょ?」
「それならもっと切り出してくればいいんじゃないです?」
「でも、いくらこの辺森になってるからって、あんまり切りすぎると殺風景になっちゃわない?」
「確かになぁ……『鬱蒼とした森を抜けると、そこには禍々しい雰囲気をまとったダンジョンの入り口が――』みたいなのがいいしな」
「禍々しいってのは別にして、おっしゃる通りあんまり広々とし過ぎているのも、ダンジョンっぽくないかもです」
「それにさ、ダンジョン前に森があればさっき言ってた「上の問題」も解決できるんじゃない?」
「上の問題?」
「ほら、バルコニーが見えちゃうって話。森がダンジョン入り口まであれば、あんまり上を見上げることってないんじゃない?」
「なるほど、確かにそうだな」
「逆にあんまり広々としてたら、全体が見えちゃうわけですね」
「そういうこと」
ここまでで、10本ほどの木を切り倒してしまった。まだまだ森はたくさん残っているが、キョーコの言うようにこの調子で伐採を続けていくわけにもいかないだろう。かと言って、木材を買ってくるとなるととてつもないお金がかかりそうだ。できるだけ使わなくていいところは倹約したいところなのだが……。
「植えたらすぐに成長するような木があればなぁ」
少し寒くなってきたので焚き火を囲みながら、3人で毛布に包まり話していると、アルエルが「あっ」と声を上げる。
「困ったときにはアレですよ、バルバトスさま」