005 仲間と書いて友と読む
「なにしてんの、ふたりとも?」
「キョーコちゃん!?」
「お前、出ていったんじゃ……?」
「えっ、ちゃんと書き置きしてたでしょ」
「いやでも……」
通路から現れたのはキョーコだった。全身ホコリまみれになっており、衣服の端はちょっと破れたりしている。少し疲れたような表情で、肩に担いでいた布に包まれたものを下ろすと、焚き火の前に座りながら「いやぁ、やっぱ夜はちょっと冷えるね」と手をさすっている。
「あっ、晩ごはん! あたしのあるよね?」
「はい、ありますよ」
「ありがと、アルエル。むっ、これ美味しいね。生き返るわぁ」
「じゃ、ほんとに食材を探しに行ってたのか?」
「あぁ、うん。だけど考えてみたら、あたしどの動物や植物が食べられるのかよく分からくってさ。結局、王都まで行ってきた」
「王都だと!? ここから片道半日はかかるはずだが?」
「魔法で強化された肉体なら、1時間ってとこだよ?」
ご飯をかき込みながら、こともなげに言う。マジかよ……。
そこでようやく私も落ち着いてきて、あることに気づく。
「ちょっと待て。お前、どうやってここに入ってきた?」
「どうやってって……いつの間にか埋まってたからさ。仕方なくこんな感じで」
腕をシュッシュッと振りながら「バーンって」と言う。いやおい、まさか……。
薪を手に通路を進む。ぼんやりと照らし出された先に、粉々に砕け散った扉が散乱しているのが見えた。数時間の力作が……。
「キョーコちゃん、あのですね――」
アルエルの説明を聞いたキョーコは「えっ、扉!? そうなの……」と眉尻を下げる。「ごめんっ! 折角バルバトスとアルエルが頑張ったのに、壊しちゃって!!」と両手を合わせて腰を折った。
「いや、キョーコちゃんは悪くないですよ」
「まぁそうだな。伝えてなかったのは私たちの方だし」
会心の出来だった最初の改築が、瓦礫の山になったのは確かにショックだ。だがキョーコを責めるわけにはいかない。彼女はそれを知らなかったわけだし。
「バルバトスさまが明日、ちゃちゃっと直してくれますよ」
「うむ、任せておけ。DIYは得意なんだ」
「DIYだけですけどね」
「こら、アルエル。料理も得意だと言わないと」
「なんだか、魔王さまっぽくないです」
「お前に言われたくはないんだが」
「むむむー、私だってもうちょっと頑張れば、剣だって弓だってバンバンできるようになるんですよぉ」
そんな喜劇のようなやり取りをしていると、キョーコも釣られて「あはは」と笑う。元気が戻ったようでよかった。
「あ、お詫びってわけじゃないんだけどさ」
先程持っていた布に包まれたものを取り出す。「ジャ~ン!」自前の効果音付きで、キョーコがスパッと布を取り去った。
「こ、これは……」
「昨日、バルバトスが欲しい欲しいって言ってたでしょ?」
私の腰ほどまである大きさの黒色のボディ。両側に取っ手が付いていて、その中央にはゲージがキラリと光っている。先端には尖った鉄のドリル。
「……魔導掘削器!」
「ほら、これがあればダンジョン改築が捗るって言ってたから」
「それはそうなのだが……どうしたの、これ?」
「ん、王都で買ってきたんだよ」
「買ってきたって、お前……これ高いんだぞ」
「知ってるよ。だから王都でさ、クエストをちゃちゃっと3つこなして、そのお金で買った」
「クエスト? ちゃちゃっと?」
「うん。ええっと、北の町に悪いオークたちが出てきて畑を荒らしているのと、西の谷に盗賊が拠点を構えたのと、あとは……あぁそうそう、貴族が引っ越しをするとかで、その荷物運びを手伝ったんだった」
「それを今日一日で?」
「そうだけど?」
まるでそれが当たり前のことであるかのように答える。普通の冒険者ならひとつのクエストでも2、3日はかかってもおかしくない。改めてキョーコの恐ろしさを知り、これからはなるべく対立しないよう、心に固く誓う。
「あとさ、掘削器を買った残りのお金も預けておくよ」
「重っ! この麻袋、一体いくら入ってるんだ?」
「さぁどうだろ? ちゃんと数えてなかったから」
「1万ゴル硬貨が10、20、30……あわわわ、60万ゴルもありますよ!」
60万ゴルと言えば、普通の一家四人の家庭が2ヶ月ほど暮らせる金額だ。
「元々あたしの持ってたお金も一緒にしてるから、なんか買いたいときはちょうだいね」
「元々持ってたって……それはダメだろ」
「いいって。あたしすぐなくしちゃうし」
「ダメだって。いくら持ってたんだ?」
「えっと……100ゴルくらい?」
「100!? 今どきそこらの子供の方がたくさん持ってるぞ」
「あはは、すっからかんだったんだよね。ここに来るまでは。でも、これで稼ぐのは簡単って分かったしよかったじゃん」
いや簡単なのはお前だけだけどな。魔導器とお金の礼を言い、魔導掘削器を愛おしく眺める。
「しかしちょっとお金に余裕も出てきたし、他の魔導器も揃えておきたくなっ――」
「ダメですよ、バルバトスさま。無駄使いは厳禁です!」
「むぅ……。いいじゃないか、ちょっとくらい」
「ダメですってば。これからお金はいくらでも必要になってくるんですから」
「そう言えば、元々いくらくらいあったの?」
キョーコの問いに思わずアルエルと顔を見合わせる。
「えっと……ここを買うときに、頭金とか手数料とか、それと道具も最低限揃えたりしてて……100万ゴルくらいしか」
「合わせて160万ゴルか。必要なものってなにがありそうなの?」
「そうですねぇ。一番お金のかかりそうなのは、やっぱりモンスターさんのお給料でしょうか」
「へぇぇ、モンスター雇うのにもお金がかかるんだ」
「キョーコちゃんのように衣食住だけでいいって言ってくれる方もいらっしゃいますけど、やっぱりレベルの高いモンスターさんになると、ちょっとお値段が……」
昔と違って、今は平原や森を単独でウロウロしているようなモンスターはいない。それぞれ、もしくはいくつかの集団で暮らしているのが普通で、それを直接スカウトするか調教師ギルドを通じて仲介してもらうのが一般的だ。
ただそれは結構当たり前の話で、キョーコが知らなかったことに驚いた。まぁ人にはそれぞれ事情があるのだろうし、そこは深く追求しないでおく。
「モンスターさんによって違うのですが、よくあるのが契約金として一括でお支払いするんです。ギルドを通すと簡単なんですが、手数料もかかりますので」
「それならやっぱり貯めておかないとね」
「ですよねぇ」
「あたし、明日も王都に行ってクエストやってくるよ」
「えっ、本当ですか!?」
「うん。今日くらいのペースで頑張れば、1ヶ月もすれば結構な金額が入るんじゃない?」
「……ダメだ」
「どうしてよ? お金はあった方がいいでしょ?」
「そういう問題じゃない」
「どういう問題よ?」
「とにかくだ。クエストは当面禁止。以上、寝る!」
毛布に包まって床に転がりながら、どうして素直に言えなかったんだろうと後悔する。パチパチと焚き火が燃える音と共に、アルエルがヒソヒソとなにかを話している声が聞こえてきた。
「キョーコちゃん。バルバトスさまはですね、キョーコちゃんのことが心配なんですよ?」
「心配? あたしのことが?」
「はい。キョーコちゃん、お洋服もボロボロになって帰ってきたじゃないですか。だからきっと無理してるんだろうなぁって。私もそう思いましたし、バルバトスさまもきっとそう思われたんですよ」
「あぁ、これは……うーん、まぁ確かにそんなに楽じゃなかったけど」
「でしょ? だからお金のためにキョーコちゃんが危険な目にあうのは、バルバトスさまは反対なんですよ」
「ふーん……」
おい、勝手に人の心を読むなよ、アルエル。
だがアルエルの言っていることは正しい。キョーコの破れかけた服、少し疲れた顔を見て、一体なにがあったのかと心配になったのは事実だ。まだ出会って二日目ではあるが、彼女は『程度』を知らない気がする。
今のような会話の流れだと『ダンジョンのために』と無理をしてしまうだろう。そしていくら彼女が強かろうが、いつか手に負えないクエストを請け負ってしまう可能性は否定できない。
ダンジョンには危険はつきものだ。いくらドキドキワクワクのエンターテイメント施設になったとは言え、危ない仕事であることに違いはない。だからと言って、必要のない危険に晒すことはない。ダンジョンマスターとして部下にそのようなことを強いることはできない。
「ふーん? で、誰が部下だって?」
「ひぃっ! なに!? キョーコ? いつから背後に? って言うか、今私しゃべってた?」
「うん、ボソボソと独り言のように言ってたから、なに言ってんのかなぁって聞いてた」
「ちょっ、ちょい待ち。今のなし。つーか勝手に聞くなよ!」
「それはあんたが口に出してるのが悪いんでしょ。てか誰が部下なのよ?」
「それは……お前とアルエル」
「あたしたちは部下じゃないでしょ?」
「……」
「『仲間』と書いて『友』と読む、そんな仲なんじゃ……って、今のなし、忘れて。自分で言ってて恥ずかしくなってきた」
「いーや、ちゃんと聞いたぞ。『仲間と書いて友と読む』キリッ」
「……忘れるまで頭叩くよ?」
「……それはやめて」
「バルバトスしゃまぁ……キョーコちゅわん……もう寝ましょ……ぅ……」
いつの間にか寝てしまっていたアルエルの寝言に、二人で顔を見合わせる。
「ま、お互いなかったことに」
「了解。おやすみ」