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039 アルエルの武器

「あの……師匠。お願いがあるので――」

「構わんぞ」

「言いにくいのですけど……って、え?」

「持っていけ。もうワシには不要なものだからの」

「師匠……」

「お前はワシの弟子だからの。その兄妹であるアルエルも、弟子同然。弟子が困ってるのを無視はできんしの。まぁ、どうしてもタダだと気が引けると言うのなら、そこのお嬢さんの再測定を――」

「バルバトス。このおもちゃ、壊していい?」

「あぁっ!! ワシのリリィちゃんがぁぁぁ!?」

「キョーコ、ストップ。それはダメだ」


 1/4スケールのサキュバスを握りしめたキョーコが、残念そうな顔でそれをテーブルに戻すと、ランドルフさんは涙目になりながら箱に厳重にしまう。


「師匠、ありがとうございます」

「ふむ。とっととアルエルに渡してやるとよいぞ」

「はい」


 部屋を出て2階に戻る。ダイニングを覗いてみるがアルエルはいない。「まだ寝てるのかな?」「そうみたいだな」部屋に行ってみると、キョーコの言うようにアルエルはベッドの上で大の字になって寝転がっていた。


「疲れてるんだろうね」

「あぁ、それもあるし昨日遅くまで、私の治療をしてくれてたみたいだしな」

「あー、さっきのアゴの包帯ってそれ?」

「うむ。もう少し寝かせておいてやりたいところだが……」


 幸いにしてまだダンジョンを開けるには早い時間だ。できれば、今のうちに『冥界の叡智アーカイブ・オブ・ハデス』が使えるか確認しておきたい。


「おい、アルエル。起きろ」

 彼女の肩を掴んで揺する。

「うーん……バルバ……さまぁ……」

「あんたの名前を呼んでるよ。どんな夢を見てるんだろ?」

「きっと『やっぱりバルバトスさまはステキですー。流石は魔王さまですー』ってな夢に違いないな」

「バルバト……さまぁ……下さ……」

「ん? なんだって?」

「お塩……取っ……下……ひゃい」

「ぷっ!」

「笑うなっ!」

「あはは! だってさ『お塩取って下さい』って、いつもの食卓じゃん。魔王関係ないじゃん!」

「むにゅ…………バルバトスさまにキョーコちゃん……? どうしたんですか、こんな早くに……ふぁぁぁぁ」


 半身を起こしてうーんと伸びているアルエル。背後では、余程ツボに入ったのか、キョーコが肩をヒクヒクさせながら笑いをこらえている。夢の内容についてはまたゆっくりと話をしなくてはならないが、今はそのときではない。


「アルエル、着替えたら裏の広場に集合だ」


 意味が分からずキョトンとしているアルエルをキョーコに任せて、私は先に部屋を出る。昨日掘った通路を通り、ダンジョンの裏手に出る。


 入り口付近に比べると木々も少なく広々とした敷地。少し離れたところには小さな川が流れており、私が『天の恵み(ウォーターフォール)』の魔法を使わないときは、ここから水を汲んでいる。


 その反対側には、ある程度の木は生えているが森というほどではない土地が広がっている。人家は全くなく未開の地となっていて、リーンが紹介してくれた土地商人によると、どうせ人の手は入らないのだから適当に使ってよいとのことだ。


 ゆくゆくはなにか建ててみたいんだけどなぁ……などと妄想を広げていると「お待たせしましたー」とアルエルとキョーコがやって来た。ランドルフさんから譲り受けた魔導書を見せ、アルエルに使い方を説明する。


「いいか、こうやって使いたい魔法のページを開いてだな……そのまま魔力を込めるっ! すると――」

「うわー、すごいですー! 詠唱なしなのに火の玉が飛んでいきました!」

「今のは『怒れる火球(ファイアボール)』のページだな。行使する魔法にもよるが、大きな魔法はより多くの魔力を必要とするし、逆に言えば注いだ魔力の分だけ使う魔法の威力も大きくなる」

「へぇぇ……あっ、地面を盛り上げる魔法とか、雷を落とす魔法も入ってるんですね」

「ちょっとやってみるか?」

「はいっ! それじゃ……バルバトスさまと同じ火の玉の魔法で……むむむむむむぅーーーっ!!」

「相変わらずその掛け声は要るんだな……って、おい、ちょっと……なんか凄い魔力が――」


 魔導書を持ったアルエルの前に巨大な火球が出現する。私の発動した『怒れる火球』は、せいぜい握りこぶし程度の大きさだったが、アルエルのそれは既に人の頭を遥かに超えた大きさにまで膨れ上がっている。それがひとつ、ふたつ、みっつ……計7つにまで増えると、そこでようやく魔法が発動。


 空気を切り裂くような音に、辺りの空気を焼き尽くすかのような熱風が吹き荒れ、思わず両手で顔を覆う。僅かに見える指の隙間から、巨大な火の玉が周辺の低木をなぎ倒しながらその先にある山に衝突するのが見えた。


 巨大な炸裂音がして、衝撃が空気を伝わって肌をビリビリと震わせる。木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、地面がゆっくりと揺れている感触が伝わってきた。私はゆっくりと『怒れる火球』が衝突した地点に顔を向ける。


 広大な平原にいくつかの木々が立ち並んでいるその先に、ダンジョンがあるキヤベルグ山より少し高い山がある。岩で覆われたゴツゴツした山肌の中腹に先程まではなかった巨大なクレーターが出現しており、赤黒く溶解した岩石から灰色の煙がひっきりなしに上がっている。


「あ、あの……」

「う、うむ……なんと言うか、思ってたより……凄かったな」

「はい。お外で試してよかったです」


 ダンジョン内だったら大惨事になっていたところだったかも。


「もう少し魔力を絞ってみろ」

「はい。絞って、絞って……む?」


 今度はポワッとした可愛らしい火球がひとつ、ふわふわと空中に出現した。ひょろろろ〜と頼りなく進むと、ポンと音を立てて消えてしまう。流石にそれは絞りすぎだったようだ。


「加減が難しいですー」

「『むむ』くらいでいいんじゃない?」

「いや『むむむむ』じゃないか?」

「間を取って『むむむ』くらいにしてみましょうか?」


 なんだかよく分からない会話を繰り返しながら、ちょうどよい加減を探す。何度かやっている内にようやくアルエルもコツを掴んだようで、先程私がやったのと同じくらいの火球(ファイアボール)を自在に繰り出せるようになってきた。


 「わーい! すごーい!!」とアルエルが魔導書を掲げる。キョーコが「よかったね」と言い、アルエルは「これでやっとお役に立てますー!」と満足げだ。


 私自身はアルエルが役に立つかどうかなど気にしてはいない。彼女がいればそれでいい。そう思っていた。だが、それはあくまでも私の気持ちだ。


 アルエルが私に向けている好意には、私も(ようやく)気づいた。ただそれはあくまでも「擬似的な恋愛感情」なんだと私は思う。近くに年頃の異性がいなかった。たまたまそこに私がいた。長い間一緒に暮らしている内に、親近感を感じるようになってきた。


 そういった理由からの好意だろう。


「うわー、凄いたくさんの魔法が収録されてるんですねぇ!」

「ランドルフさんの編纂したものだからな。リッチ固有魔法とかもあるみたいだぞ」

「へぇぇ……あっ『身体測定(メリハリボディ)』の魔法のページも――」

 べりっ!!

「きょ、キョーコちゃん!?」

「その魔法は……要らないよね?」

「はっ、はいっ! そそそそうですよね」


 破ったページを丸めているキョーコの引きつった笑顔に、苦笑いで返すアルエル。


 そんなやり取りを見ている内に、アルエルの気持ちを敢えて指摘することもあるまいと思い始めていた。「バルバトスさまのお役に立ちたい」と思っている彼女の気持ちにウソはないだろう。それでもいずれ彼女は「自分自身のために生きる」ということを知ることになる。私自身がそうだったように。


 それにはまだ若すぎる……ということだけだ。ならば余計なことは言わず、今は彼女の好意を受ける対象として振る舞っておく……それが大人というものだろう。

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