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038 冥界の叡智

「ふぁぁぁ、おはよー……って、そのアゴどうしたの?」

「ふぁあ……ひょっと転んふぇな」


 キョーコが寝ぼけ眼でリビングに入ってくるや、私の顔を見て驚いた顔をする。無理もない。なにせ私のアゴには幾重にも包帯が巻かれているからだ。


 昨夜、アルエルの頭突によって気を失った私が、彼女のベッドで目を覚ましたのが数時間前。ベッドに上半身を乗せ床に座ったまま寝ているアルエルと、私のアゴの包帯を見てなんとなく全てを察した。倒れた私に慌てふためいたアルエルが、なんとか私をベッドに寝かせ包帯を巻いたのだろう。


 明け方に目を覚ました私は、ベッドを抜け出し代わりにアルエルを寝かせてから、ここで皆が起き出すのを待っていたというわけだ。


「なにやってんだか」

「ほっほいてふれ」

「?」


 アゴに包帯を巻くのは難しい。だから口の周りごと厳重にグルグル巻きにされている。故にものすごくしゃべりづらい。手で触ってみたところ、特に切れているわけでもなさそうだった。彼女の好意を無駄にしてしまうようでこのままにしておいたのだが、これでは仕事にも支障が出そうだ。


「ほっといてくれ、と言ったんだ」


 包帯をとってアゴをさすってみる。ふむ、触るとちょっとだけズキズキするが、やはり外傷は特にないようだ。


「歳なんだから気をつけなよ。はい」

「あぁ、歳は余計だがありがとう。うーむ、いい香りだ。朝はコヒーに限るな」

「で、ホントのところはなにがあったの?」

 むぅ……なんだかんだ言ってもキョーコのやつは勘が鋭い。

「野生の勘というわ……いだだだっ」

 ひょいっと素早く手が伸びてきて、私の頬をつねる。「分かった分かった」というと「物分りが良くてよろしい」と満足げな様子。ったく……、魔王に対する敬意とか畏敬の念とか、そういうのがちょっと足りてないんじゃない?


 まぁ、一応冒険者の前では立ててくれているのは知っているのだが……。


 私はこれまでの経緯を簡単に説明する。ふんふんと頷きながら聞いていたキョーコは、話が終わるや否や「はぁぁぁぁぁ」と深いため息をついた。


「あんたのバカっぷりは置いておくとして、アルエルのことは心配だね」

「おい、ちょっと待て。今聞き捨てならな――」

「お役に立ちたい……かぁ。剣の修行はそれなりにしてるよね?」

「少しは私の話を聞けよ……まぁいい。剣の方はサキドエルに毎日稽古つけてもらってるみたいだな」

「それでも本が納得できる成果に達してないってこと?」

「まぁそうだな。昨日も、ずっと前よりはマシになっていたが、まだまだという感じだったしな」

「元々アルエルって、運動神経は悪くはない……のかな?」

「私と同じくらい……だと思う」

「それって絶望的って意味じゃない」

「おい」

「うーん……短期的に目標を達成したいんだったら、もっとアルエルの長所を活かす方向の方がいいと思うんだけどなぁ」


 アルエルの長所か……。ほぼ無尽蔵に魔力を生成できる能力は、前にみんなに話している。だから、それをうまく活用できれば……というのは、以前にも考えたことがある。


 だが、魔法の詠唱が覚えられない、無詠唱魔法も上手く使えないというアルエルでは、魔導器に魔力を注ぐことくらいしか彼女の能力を活かすことができないことが分かっていた。魔導器、魔導器……かぁ。


「魔力を注いで、それをバーンって打ち出すような魔導器ってないの?」

「バーンって、大雑把な……そんな物騒なものは……いや、待てよ」


 キョーコを連れてリビングを出る。廊下を歩き階段を昇って3階へ。一番奥にある部屋の扉をノックした。中から「開いとるぞぉ」というのんきな声が聞こえてきた。


「失礼します、師匠」

「おぉ、バルバトスか。お前がワシを師匠呼ばわりするということは、なにか頼みごとか?」

「そうなんですよ。昔修行させてもらっていたときに聞いたことなんですが――」

「まぁ、立ち話もなんだ。中に入るがよい。そこのお嬢さんも」


 キョーコは扉の影に隠れ胸を両手で覆ったまま動こうとしない。


「どうした? ほら、こっちへ来い」

「……だって。その人、いやらしい魔法使うでしょ?」

 あぁ『身体測定(メリハリボディ)』のことか。

「大丈夫だ。前にも言ったが、師匠はエッチなわけじゃないぞ。単純にスリーサイズに興味があるだけだ」

「それはそれで問題でしょっ!」

「ほほぉ、お嬢さん『再測定』をご所望かの?」

「だから、違うってば!」

「まぁまぁ、話が進みませんから。師匠、今日はアレはナシでお願いします」

「むぅ……まぁよい。分かったから安心して入るがよいぞ」


 渋々ながらランドルフさんが手招きし、これまた渋々ながらキョーコが部屋に入り、私たちはテーブルを囲んで座る。


「それで本題なのですが、私が以前魔法を教えてもらっていたときに、師匠のコレクションを拝見したじゃないですか」

「おぉ、そんなこともあったの」

「そのときに見せてもらった師匠が一番大切にしてたものって、ここにあったりします?」

「無論だ。あれは肌身離さず、常に手元においておるからの。確かこの辺りの箱に……おぉ、あったあった」


 ランドルフさんは部屋の隅に置いてあった木箱から、ひとつの化粧箱を取り出す。四隅に金属の飾り具が付いたそれは、四方がキョーコの胴ほどもある大きさ。使い込まれた感じが出ていて、とても重厚感のあるものだった。


 それを見て、私はやはりアレの偉大さを思い知る。『リッチの秘宝』。リッチの固有魔法によって生成され、門外不出の一品。これがあればアルエルの長所を活かしつつ、問題を解決できるはず……。


 ランドフルさんの指が箱の一辺にそっと触れると、ボワッとした明かりが灯りカシャカシャとロックが解除される音がした。流石は秘宝だ。厳重に管理されている。箱の蓋がゆっくりと開き、中からそれが姿を現した。


「見よ、これこそ我が秘宝。『リリィちゃんのフィギュア 限定販売モデル』!」


 てれれってれー、と自前の音楽を口ずさみながら、ランドルフさんが一体の人形を頭上に掲げた。妖艶な衣装を着たサキュバス(1/4スケール)が、挑発的なポーズでウィンクしている。


「は?」

「違いますっ、師匠!! それではありません!!」

「なんじゃと!? お前はさっきワシが一番大切にしていたものとか言っておったろ?」

「ですから、それじゃなくって……ほら、リッチの魔導書のことですよ!!」

「おぉ、あっちか」


 ランドルフさんはチッと舌打ちをして、リリィちゃんを丁寧にテーブルに置く。ゴソゴソと木箱を漁り出すと、やがて古ぼけた一冊の本を取り出した。「あったあった……ゴホッ、久々だったからの。ちょっと埃っぽいの」と、それを無造作に投げて渡してくる。


 『冥界の叡智アーカイブ・オブ・ハデス』――一般的な魔法からリッチの固有魔法まで網羅した、この世のあらゆる魔法を収録した魔導書――なのだが、なんだか扱いがちょっと雑じゃない?


 だがホコリを払いハンカチで丁寧に拭っていくと、それっぽく見えてくるのは本物の証だろう。使い古された革の表紙が、いい感じに古文書感を出している。


「なんか古ぼけた本だけど、そんなに凄いものなの?」

「無論だ。ただ単に魔法を収録した書物というわけではない。これは一種の魔導器なんだ」

「魔導器……って、あのランプとかみたいなの?」

「まぁ……あの使い方の方がどちらかと言えば特殊で、本来はエルの『防護(プロテクション)』の魔導石のような、戦闘において使えるものが主流だったんだがな」

「ふーん……で、これってどう使うの?」

「こうやって使いたい魔法のページを開いて、魔力をこめる……」


 私は浮遊魔法のページを開き、魔導書にほんの少し魔力をこめる。魔導書がボワッとした明かりをまとい、私の身体が少しだけ宙に浮かぶ。


「こんな感じで、詠唱なし魔力のみで魔法が発動できるわけだ」

「へー……あっ、そういうことか」

「うむ。これがあれば……というよりも、これこそがアルエルの特徴を最大限に活かせる方法だと私は思う」

「確かにね。ダークネス3のラエは物理攻撃、エルは防御系魔法が得意みたいだし、アルエルが攻撃魔法を使えるようになれば、かなりバランスがよくなるかも」

「だろ? ただ、問題は――」


 私はランドルフさんの顔をうかがった。相変わらずのほほんとしていた顔をしているが、眉がぴくりと釣り上がる。リッチの秘宝……それを譲ってもらえるのだろうか……?

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