037 お役に立ちたいんです!
「う、うーん……」
「あっ、目が覚めたか、アルエル」
「あれ……ここは……?」
「お前の部屋だぞ」
「どうしてお部屋に……あっ」
「思い出したか? ダンジョンでの戦闘で――」
「そうでした……私、ラスティンくんに負けちゃったんでした」
ベッドの上に半身を起こしたアルエルが、ぎゅーっとシーツを握りしめる。余程悔しかったのか、目にはうっすらとキラキラ光るものが浮かんでいた。
あのとき、アルエルは再び立ち上がり剣士四人組の一人ラスティンに向かっていった。両手で剣を掲げ「うわぁぁぁ!」という雄叫びをあげながら果敢に突進し……あっさりと負けてしまった。
『防護』の魔導石が光を全て失い、反動でアルエルは壁に叩きつけられた。魔導石のお陰で怪我はなく、頭を軽く打った程度で済んだのは幸いだった。
「ラスティンがしきりに謝っていたぞ」
「そんな……ラスティンくんは悪くありません。むしろちゃんと相手をしてくれたことに感謝するくらいです。悪いのはむしろ……」
「お前が悪いわけでもないがな」
「バルバトスさま……でも、私は――」
「分かってるって。ダークネス3の一員として頑張りたかったんだろ?」
「それは……違わないんですが、ちょっとだけ違うって言うか……」
「違う? 他に頑張る理由があるのか?」
アルエルの眉が少しだけ下がる。悲しそうな、困ったような。少なくとも嬉しそうな表情ではない。だがすぐに元の顔に戻ると「それは……その……あ、バルバトスさま! もうすっかり夜じゃないですか! 晩ごはんはまだですか!? 私お腹が空いちゃって」と苦笑いを浮かべた。
なんだかはぐらかされた感じもしないでもない……が、ちょっと待ってろと言って、キッチンへと向かう。他の者たちは既に食事を終え、皆自室へ引き上げたようだ。熟女ダークエルフ『DSQ』のメレスだけがひとり、カウンターに腰掛けお茶をすすっている。
「あら、アルエルちゃん起きたの?」
「あぁ、メレスはどうしてこんなところに……もしてかして、アルエルが起きるのを待っててくれたのか?」
「まぁね。目が覚めたらお腹が空くだろうと思ってね」
「ちょっと冷めちゃってるから、温め直すよ」と、炭火のくすぶっている窯に鍋を置く。スープのいい香りが室内に漂い、うっすらと白い湯気が立ち昇り始めるのを見ていると、ふと私はメレスにアルエルのことを相談してみよう思った。同じダークエルフなら彼女のこともよく分かるかもしれない。
「アルエルちゃんがそんなことを言ったの?」
「あぁ、なんか歯切れが悪くてな」
「……バルバトスさまは、なんで私たちを助けて下さったの?」
「唐突だな……。そりゃ……エルやラエたちが困ってるのを見たから……」
「エルさまやラエ、ひいては私たちの役に立ちたいって思ったから?」
具体的にどうこう考えて動いたことじゃない。だが、改めて問われるとそうだと分かる。
「なら、私たちがここに来たときに、もし『バルバトスさまは、ダンジョンのために私たちを助けて下さったんですよね』って言ったらどう思う?」
どう思ったか……。気にしなかった? どっちでもいいと思った? いや、そうじゃない。きっと少しだけだけがっかりすると思う。
「そうそう。その点においては人間もダークエルフも一緒さ。自分の想いをちゃんと理解してもらえないときってのは、悲しいものだしね」
「と言うことは……どういうことだ?」
「はぁ……」
「なんだ? そんなに深い溜め息をついて」
「いやね。我らが魔王さまが恐ろしいほどに鈍感な方で、本当に私たちはこんな方に付いてっても大丈夫なのかってね」
「ちょっ、メレス!? 私は……その、別にお前たちのことがどうでもいいとか、考えてないとかそういうのではなくてだな――」
「ふふふ、分かってますって。バルバトスさまはね、私たちのことは気にかけて下さるのに、ご自身のことにはすっかり無頓着でいらっしゃるって話なの」
自分のこと? 意味が分からず呆けている私に、メレスは「はい、できたよ」とスープの入ったお皿を手渡してくれる。
「ま、ちゃんとアルエルちゃんと話してみることだね。真剣に尋ねれば、きっと答えてくれるはずだから」
うーむ……。礼を言って皿の乗ったトレーを持ちキッチンを出る。廊下を歩きながら、先程メレスの言ったことを改めて考えてみる。自分の想いを理解してくれないと悲しい気持ちになる――メレスは確かそんなことを言っていた。
私がアルエルの気持ちに気づいてやれていないということか? アルエルの気持ち……? え、なに、もしかしてアルエルが私に……惚れてるとか、そういう系の話!?
いやいやいや、ないない。私たちは兄妹同然なのだ。ここに来るまでもずっと一つ屋根の下で暮らしていたし、そういう状況下でも異性として接したことなどなかったし……一度、間違えてアルエルの入っているお風呂の扉を開けちゃって「バルバトスさまのおバカー!」って怒られたことがあったくらいか。
まー、ないな。ということで、その話は一旦置いておくことにする。アルエルの部屋の扉をノックすると、中から「はーい」という声。
「メレスがご飯をつくって待っててくれたぞ」
「わー、後でお礼を言っておきますー。そしてとてもいいにおいなんですー」
部屋の中央にあるテーブルにトレーを置くと、ベッドからアルエルがぴょこんと飛び降りてきた。
「おいおい、まだ起きたばかりなんだから無理するなよ」
「大丈夫ですよ。ほら、もうこんなに元気ですから」
両手を上げ、身体をひねるようにアルエルが元気さをアピールする。身体が動くたびに、細くくびれた腰がチラチラっとパジャマの隙間から顔を覗かせていた。いつもなら全く気にしない光景なのだが、先程メレスに言われたことを考えるとついつい意識してしまい、思わず目を逸らす。
「ふーう……美味しかったぁ……」
あっという間に料理を平らげたアルエルが、満足げにお腹をさする。その光景を見ながら私は、どういうふうに話を切り出すべきか悩んでいた。窓の外には丸い満月が浮かんでいた。心地よい夜風が少し開けた窓から流れてきて、お茶を手にしたアルエルの髪の毛を優しく揺らす。
同じようなことは、ずっと前から何度もあった。アルエルが家に来て落ち着き始めたとき。辛い冒険から帰ってきたとき。初めて報酬をもらったとき。ダンジョンをやろうと決めたとき。いつも私と彼女は同じと時を過ごしてきた。
メレスとの話で少しだけ変な意識をしてしまったが、やはり私にとってアルエルは家族なのだ。家族というのはどんなことでも話し合える存在であるべき。ならば――。
「アルエル。今後のお前のことなんだが」
私の言葉にアルエルの肩がビクッと震える。
「もっちろん、明日からもばっちりがんばりますっ! 今日はちょっと……残念でしたけど」
「いや、私は一旦中止すべきだと思う」
「そんな……私じゃ力不足だっていうのは分かるんです……でも、もっともっと修行してもっともっと場数を踏めば、私だってお役に立てる用になると思うんです!」
「エルやラエ、それにみんなの足を引っ張りたくないって気持ちは分かる。だが――」
「エルちゃんやラエさんは関係ありません!」
「アルエル……?」
「私は……私はっ、バルバトスさまのお役に立ちたいんです!」
「それって結局はダンジョンのためってことで、同じことなんじゃないか?」
「全っ然違いますっ! 私はバルバトスさまのお役に立ちたいんです!!」
あぁ……。ようやく分かった。さっきアルエルが言っていたこと。サキドエルやランドルフさん、それにメレスが言っていたこと。なるほど、確かに私は鈍感だ。
私とアルエルは家族だ。家族は支え合うのが当然。ずっと一緒にいてそれは分かっていた。そしてそれはいつの間にか当たり前のことになり、そういう感覚を持っていることすら忘れてしまっていた。
私がアルエルのためになにかしてやるのは当たり前のことであり、逆も当然のことだと思っていた。だから、彼女がそこまで強い想いを持っていたことに気づかなかった。いや、そうじゃないな。そんな正当化するようなことじゃない。
やっぱり私は鈍感だったのだ。人のことを気にしているようで、本当はなにも分かっていなかった……ということか。
ようやく理解した私は、これからどうすべきかという問いに答えを見つけた。立ち上がり、椅子に腰掛けているアルエルの後ろに立つ。「へっ?」戸惑っているアルエルの肩にそっと手を回し、背後からギュッと抱きしめる。
家族というのは支え合う存在だ。「危ないからやめろ」というのは簡単だ。しかしアルエルが望んでいるのなら、私はそれを支持し応援してやらないといけない。
「えっ、へっ、あ、あの……」
「アルエル、すまなかったな」
「いや、えっと、はい……なのですが、これは……」
「分かっている。お前がそうしたいというのであれば、私は――」
「ば、バルバトスさま!? 嬉しいのですが、これはちょっと恥ずかしいというか……」
「いや、離さないぞ? お前の気持ちはよーく分かった。明日からまた色々考えて……って、なんか熱いな?」
「…………」
シュウゥゥゥ……。
「もしかしてお前、熱でもあるんじゃ……どれ、ちょっとおでこを貸して――」
「だっ、大丈夫っですっ!!」
ガタンと椅子が倒れ、アルエルが勢いよく立ち上がる。アルエルの頭頂部が私のアゴにヒット……したところで、私の記憶は途切れてしまった。




