036 当たらない攻撃
薄月が来た翌日から、私たちは再びダンジョンの拡張に取りかかった。ダンジョンの営業は前と同じくミミ、ロックにボーン、ダークネス3に任せておくことにする。彼らが疲れ過ぎないようリーンがペースをコントロールしてくれているが、いずれはローテーションで回せるようにしないとな。
残った私とキョーコ、サキドエル、ランドルフさんに加えて薄月で作業を進めていく。キョーコと薄月はダンジョンへの魔導器の設置。当面は魔導器の改良に取り組んでもらうが、完成したら取り付けもやってもらう予定だ。
私たちはダンジョンの拡張工事を担当。まずは第一階層の両側に沿うように、ふたつの通路を魔導掘削機を使って掘っていく。私が掘り、サキドエルとランドルフさんに砕かれた岩石を外へと運んでもらった。
「年寄りには堪える作業じゃわい」
「案外リッチってのはだらしねぇんだな」
「むぅ……牛頭に言われると、なにやらムカつくのお」
「はっはっは。その意気だ、じいさん」
ふたりは互いに軽口を叩き合いながらも、なんだかんだで上手くやっているようだ。お陰で午前中には通路は貫通。更に通路とダンジョンフロアを繋いで、以前つくったのと同じ隠し扉を設置しておく。
ダンジョンフロアの外側に掘った通路は、冒険者たちが帰ってくるもの。これまではダンジョン奥に進んだ冒険者は、そのままデッキを戻ってくるしかなかったが、これで経路が一方通行になり行きと帰りの冒険者がかち合うことがなくなるというわけだ。
もうひとつの通路は、キャスト用通路。各デッキと『最後の審判』を繋ぐことで、キャストの入れ替えがスムーズに行えるようになる。ミミやボンたちを休ませてやるときに、交代しやすくなりそうだ。
「ご飯ができたってさ」
リーンが、出来上がったばかりの通路にひょこっと顔を出す。
「へぇぇ。結構キレイにできたね?」
「だろ。魔王に不可能はないのだ」
「てか、これ魔王のやるべき仕事じゃないでしょうに」
「くっ、それは言うな」
お昼休み中はダンジョンを閉める。当初はローテーションで休みを取ろうとも思ったが、やっぱりご飯はみんなで食べるべき。まだ冒険者の数も多くないから、特に問題にもならないし。
「ナンカ キョウ トッテモ イソガシイ!」
お皿のスープをかき込みながら、ボンが嬉しそうに言う。
「みみみっ!」
ミミも上機嫌の様子だ。口はないのだが、どうやらその辺りからご飯が吸い込まれている模様。あまり深く考えないことにする。
「第3デッキに来られる冒険者さんの数も増えてきましたよ」
「そうなのか? エル」
頷くエルにラエが補足を入れる。
「はい。今日は午前中だけで3組の冒険者さんのお相手をしました」
「全部、ラエが片付けちゃいましたけど」
「まだ手練の冒険者は来ていませんからね。あのくらいなら楽勝です」
「あんまり無理はしないでね、ラエ」
冒険者たちのことで話が盛り上がっている中、ひとり寂しそうな顔で聞き役に回っている者がいた。アルエルだ。一応話に合わせて、うんうんと相槌を打ってはいるが、その笑顔はどこかぎこちない。
食事を終え、皆が食器を片付ける。
「ゴチソーサマ!」
「ごちそうさまでした。美味しかったです!」
「はいはい、お粗末さま。午後からも頑張りなよ」
アルエルのことが心配になり、廊下を歩くアルエルに声をかける。
「ちょっと話がしたいんだが」
「えっ、ああ、はい。でも急ぎます?」
「いや、そんなには急がない……かな?」
「なら、ダンジョンを閉めた後でもいいです? 私、お仕事しなくちゃですから」
「うん……じゃあ、後で」
「はい」
やっぱりなんか元気がないなぁ。ツルハシなどを使って通路の仕上げをしながらも、ずっとそのことが頭から離れない。アルエルがあんな表情を見せたのは三度目だ。最初に出会ったとき、ダンジョン開設のために私がクエストで無茶をしていたとき、そして今回。
普段は能天気で明るいアルエルだが、その分落ち込んだときの戻し方は苦手だ。だからなんとかしてやらないと、という気になってくる。
「おいっ、バルバトス!?」
サキドエルの声に我に返る。ぼんやり考えごとをしながらツルハシを振り下ろしていたせいで、いつの間にか地面に大きな窪みができてしまっていた。
「あぁ、すまない」
「ったく……ま、お前がなにを考えてたのか、俺には分かるぜ。アルエルのことだろ?」
「ど、どうしてそれを……?」
「ミノタウロスの勘……と言いたいところだが、お前ダイニングでアルエルのことチラチラ見てただろ?」
ミノタウロスらしからぬ観察眼だ。色々付き合って分かったのだが、このサキドエルは意外と気遣いができるヤツなんだよな。他のキャストの世話も良くしてくれるし、下手するとダンジョン一のキクバリストかもしれない。
「あいつさ。いつもダンジョンを閉めたあと俺が稽古をつけてやってるんだけど、最近妙に張り切ってる……っていうか、必死なんだよな」
「なにか言ってなかったか?」
「あぁ、なんか『私もお役に立ちたいんです!』と言ってたな」
「まだそんなことを……」
「剣の使い方は教えてやれるが、こればっかりはお前じゃないとダメなんじゃないか?」
「そうだの、牛頭もたまにはいいことを言う。ここはワシらがやっておくから、お前は行ってやれ」
話を聞いていたランドフルさんがシッシと手を振る。私は二人に頭を下げると、通路を通って一旦ダンジョンの裏手へ出た。ダンジョンフロアに通じている通路を逆に進み、第3デッキの裏側へとやってきた。
冒険者らしき声に、剣がぶつかり合う甲高い音が聞こえている。岩場からこっそりデッキを覗く。私に背を向けるように、アルエル、エル、ラエの三人が立っていて、それに対峙するように剣を構えているのは、例の剣士四人組。
おぉ、剣士たちはボンのデッキをクリアできるようになったんだな。毎日通っているだけあってか、剣さばきも板についてきてる気がする。まぁ、4人の内すでに3人はノックアウトされちゃって、残るは1人になってるんだけど。
肩で息をしながらもなんとか立っているのは、4人の中で最も剣士っぽい体格のラスティン。「うぉぉぉぉっ!」と雄叫びを上げながら、ダークネス3に突進していく。ラエの一撃を盾で防御。そのまま押し返す。
剣技ではラエの方が上手なのかもしれないが、力技なら男であるラスティンの方が勝っている。思ったよりも考えて戦ってるみたいだ。盾でラエの攻撃をガードしつつ、右手の剣で細かく攻撃を入れていく。
流石に大きな打撃にはならないようだが、それでも数撃ごとにラエの魔導石はひとつずつ光を失っていっていた。ラエの魔導石は残り3つにまで減っている。
「ラエっ! 下がって!!」
エルの言葉にラエは大きくバックステップで後方へ。すかさずエルの魔法がラエを包み、青白く光り始める。あれは……『反射』の魔法か。物理であれ魔法であれ、あらゆる攻撃を反射しダメージを返すもの。
あれは厄介だな……。ラスティンもそれを察したのか、ジリジリと距離を詰めるものの攻撃に踏み切れない様子。だが『反射』の魔法の加護下にある者は、逆に言えば攻撃に転じることもできない。となると……。
「私にお任せですっ!!」
後方に下がっていたアルエルが、前衛へと飛び出してくる。エルとラスティンの間に割って入り、両手で剣を構えて彼と対峙する。一時期と比べると剣の持ち方などは様になっているように見える。サキドエルに特訓してもらった成果なのだろうか。
しかし……。
「えぇーーっいっ!!」剣を大きく振り上げ、ラスティンに斬りかかるアルエル。エルフ族特有の細身の剣が、魔導照明の明かりを受けて鈍く光る。一閃!
――が、剣筋はラスティンのはるか前方で空を切る。もう一度構え直し剣を振るう。今度は距離はよかったものの、攻撃速度が遅すぎてラスティンは余裕で回避。諦めずにもう一撃。今度は盾で防御。もう一度。回避。もう一度。回避。
「はぁ……はぁ……ラスティンくん?」
「は、はい。なんでしょうか? アルエルさん」
「ちょっと……はぁ……はぁ……動かないで欲しいのです」
「そんな無茶な……」
「エルさま! 魔法を解いて下さい、私が出ますっ!」
見るに見かねたラエが、再び前衛に出てこようとする。しかしそれをエルが手で制する。
「エルさま……?」
「アルエルちゃんが頑張ってるんです。ここは私たちは見守るべきです」
「エルちゃん……」
肩で息をしつつ片膝をついていたアルエルが、エルの言葉に顔を上げる。剣を地面に刺し柄を握りしめ、よろよろと立ち上がると「まだ……まだなんです!」と剣を構え直した。
「アルエル……」
デッキの壁からそっと覗いていた私は、この時点で既にウルっとし始めていた。彼女が小さいころから知っている私としては、彼女が感じていることは痛いほどよく分かる。ダークネス3の一員として、足を引っ張りたくないのだろう。それが彼女を再び立ち上がらせた。
だが、現実はそんなに甘くはない。




