035 魔導器の専門家
「あーっ、ごめんごめん。忘れてた」
バルコニーから部屋に戻ったキョーコが少女の元へ向かう。
「キリツのことでバタバタしてて後回しになってたんだけど、ほら、テレーゼに紹介してもらった魔導器の専門家さん」
「あっ! そう言えばそんな話になってたんだよな」
キョーコのことで混乱していて、すっかり忘れていた。非礼を詫びると「いえ」とペコリと頭を下げる。
キョーコと同じような黒くサラサラな髪は腰の辺りまで伸びており、肌は白く透き通るかのよう。可愛らしい顔をしているのだが、最初に見たときのまま困ったような表情を崩さない。どこかオドオドして落ち着かない様子。
……って言うか、チラチラこちらを伺ってるのに、どうしてキョーコの背後から出てこようとしないの? 半身を出したかと思うとすぐに引っ込めてしまう。どこかで見たような民族衣装を纏っており、袖の部分についている長いヒラヒラが、出たり入ったりするたびに揺れている。
そう言えばテレーゼのヤツ、変なことを言ってたよなぁ。確か女ったらしの逆だとかなんとか。この子は女の子だから……つまり……男ったらしってこと? どうしていいのか分からないで戸惑っていると、キョーコが思い出したかのようにポンと手を叩いた。
「あぁ、そうそう。この子ね、ちょっと照れ屋さんなんだよ」
「照れ屋?」
テレーゼの言っていたことと違う気がするが?
「薄月って言う子なの。ほら、この人が言ってたバルバトスだよ。見えないかもしれないけど、一応ここの魔王だから」
いや一応ではなく正真正銘、魔王なのだが……まぁいい。「魔王のバルバトスだ。よろしく頼む」と手を差し出してみる。薄月はしばらくオロオロしていたが、意を決したかのように目をギュッと瞑るとそっと腕を差し出してきた。
「うむ。確か魔導器の専門家だと聞い……って、うおぉぉぉぉ!?」
薄月の手を掴んだ途端、私の腕が肘まで一気に凍りつく。手を離し『地獄の業火』を発動。『じゅわぁぁぁ』という音と共に解凍されていく。凍っていたのは手の表面だけだったようで、ちょっとヒリヒリするくらいで済んでよかった。
てか今のなんだよ……?
「あぁ、言い忘れてたんだけど、彼女『雪女』なんだよね」
「ユキオンナ?」
「あたしの国の北部にカイっていう寒い町があるんだけど、そこに住んでるモンスター……ってのとはちょっと違うかもしれないけど、人間じゃない種族。それが雪女」
「雪って名が付くということは、今のは氷系の魔法か?」
「は、はぃ、そうです……ごめん……なさい……」
「しかしいきなり凍らさないで欲しいものだな」
なぜかキョーコの背後から出てくることを拒み、私と目を合わせてくれない薄月。いや、照れ屋さんなら、どうしてキョーコは平気なんだよ?
「あたしは同郷ってことで、気を許してくれたみたい。だからテレーゼもあたしに行けって言ったんじゃないかな?」
あぁ、そういうこと。微妙に納得がいかないものの、そういうものかと思うことにした。
「バルバトスさまー、晩ごはんが……あ、キョーコちゃんも。あれれ、この子はどなたですか?」
アルエルが扉を開けて入って来て、続いてエルにラエも。みんなノックしないのな。まぁいいけど。
「お、ちょうどいいところに。この子があたしが連れてきた魔導器専門家の薄月だよ」
あ、ちょっと待て!
「わーい! 私はダークエルフのアルエル! よろしくですー!」
「私もダークエルフのエルです。よろしくお願いします!」
「エルさまの侍従をしておりますラエと申します」
一瞬『アルエルが凍っちゃう』って止めに入りかけたのだが……あれぇ……なんか普通に握手を交わしてるし。さっきと全然違わない?
もしかして……もしかして私だけが嫌われてるって……こと? いやいや、初対面だよ? いきなりそんなことはないだろう? でもリーンとも普通に会話してるしなぁ……。順番に薄月と挨拶をしていき、ボンの順番になる。
「ボク スケルトン ボン ヨロシ――」
薄月の手を取ったその瞬間、手を差し出した状態でボンが氷漬けになった……て、えぇぇぇぇ!?
どこから持ってきたのか、ロックがノミとハンマーで氷の塊になったボンの救出を行っている中、私はあることに気がついた。
「もしかして、照れ屋さんなんじゃなくって、男が苦手なんじゃ?」
「いやいや、バルバトスよ。そう決めつけるのは早計ではあるまいかの? どれどれ……はちじゅ――」
カチン。
「あぁぁ! 師匠まで氷柱に!?」
「流石に同情できないよ」
キョーコが呆れたように言う。キョーコに聞いてもらうと、やっぱり男が怖いのだとか。ホウライにいたころはずっとひとりで住んでいたし、こちらに移ってきてからもできるだけ人との接触は避けてきたらしい。
冒険者ギルドのテレーゼと知り合ってからは、主に彼女を通じて仕事をしていたそうだ。本人はそういう性格を治したいとは思っていると言うが、どうしてそういうことになったのかを尋ねると、言葉を濁してしまった。
まぁ、男性恐怖症であったとしても目的を果たしてくれればOKだし。私は彼女にやってもらいたいことを伝える。
デッキごとに魔導器を設置して、それをモニターで見られるようにすること。『最後の審判』やダンジョン入り口、もしくは将来的につくりたい冒険者たちのくつろげるスペースなんかでも見られるようになると嬉しい。
私の説明をコクコクと頷きながら聞いていた薄月は、少し表情が明るくなってきているようだ。もしかすると、早速慣れてきたということなのかも?
「おっ、面白そう……です。そういうことに魔導器を……使ったことはあまりないです……けど……多分できるかな……できます」
「おぉ、それはよかった。それではつくってくれるだろうか?」
「は、はいっ……わか、わか、分かりま……した……でも、あの、その……」
「どうした?」
「できれば……その、ここに置いて……もらえない……かな……って……」
「置いてもらいたいって、薄月をダンジョンに、か?」
「住み込みでやった方が効率がいいですし……実際自分でやってみた方が勉強になるし……それに……その……」
なにか言いかけた薄月が、モゴモゴと言葉を濁してしまう。言いたいことがあれば遠慮なく言って欲しいのだが、無理強いもよくないだろう。
「もちろん大歓迎だぞ。薄月がいたいだけいてくれればいい」
そう言うと薄月の表情がぱぁぁぁっと明るくなる。なんだそんな顔ができるんじゃないか。それに段々喋れるようになってきている気もするぞ。
「薄月、よかったね」
「一緒にがんばりましょー!」
「お部屋は私たちの近くが空いてますから、後で案内しますね」
「エルさま共々、よろしくお願いします」
キョーコやダークネス3の女性陣とは仲良くやっていけそうな様子。私や、氷漬けからようやく発掘されたボンなど男陣は、当面は気をつけながらコミュニケーションを図ったほうがいいだろう。
「あんたたち、ご飯が冷めちまうよ。さぁさぁ、後は食べながらおしゃべりしな」
DSQのガラがフライパン片手に「ほらほら」と言う。ダイニングに行き、席につく。ほほぉ、今日はお野菜と肉のスープか。あっさりとしている中にもコクがある。このダシはコンプとは違うな……。それにピリリとアクセントを添えるこの小さな黒い実。これも後でレシピを訊いておかなくては。
温かいスープを飲んでいると、ふとあることに気づく。これって雪女にはダメなんじゃないの……? だが薄月は美味しそうにスプーンを口に運んでいた。
「溶けちゃわないの?」
「あ、あ、はい……身体が……氷でできてるわけじゃないです……から」
「あぁ、まぁ、そりゃそうだよな」
スケルトンだってご飯を食べるんだ。雪女だってスープを飲んだっておかしくない。おかしくはないのだが……。
「って、ほら、なんかほっぺが少し赤くなってない? ほんとに大丈夫?」
「あー、それね。ほら、これ飲んだせいじゃない?」
「これって……おい、リーン! お前なにお酒飲ませてるの!?」
「だって薄月ちゃん、二十歳だって言うから」
「えっ、そうなの? どう見ても……」
「ひゃっ!? むっ、昔から幼く……見られちゃうんです……ごめんなさい……」
「あ、いや。別に責めてるわけじゃ……」
「いいな、いいな! バルバトスさまー、私もお酒を頂きたいですー!」
「アルエルはダメ。前にも言っただろ、お酒は二十歳になってから」
「それなら、ほらこれ飲んでみるかい?」
「DSQのリウさん……これはなんです?」
「それはね、ネールっていうお酒に似た味がするジュースなんだよ」
「わーい! いただきまー……うっ……とっても微妙な味なんですぅ」
「ネールは身体にもいいからね。ほら、おかわりもあるよ?」
「ご遠慮しておきます……お酒は二十歳になってからにします……けほっ」
美味しそうにお酒を飲む薄月とリーンが、コップに残ったネールと格闘しているアルエルを見て楽しそうに笑っていた。




