034 姫のやりたいこと
『地獄の業火』の炎に包まれながらも微動だにしないキリツ。
どういうことだ……と思っていると「え、なに? 魔法? これ魔法!?」と戸惑っている様子。魔導石のお陰でダメージは入っていないことに驚いているのか?
「バ、バルバトス殿!? 魔法を使うなど、卑怯ではありませんか!?」
「なにが卑怯なものか。ダンジョン道だと言ったろ? ダンジョン道とは剣と魔法の戦いだぞ?」
「そんな、聞いてない。聞いてないですぞ!」
そんなことを言っている間にも、キリツの魔導石は更に光を失っていき……遂に最後のひとつまでも消失する。
「あっつつっ! 熱いっ、熱っうぅーー!!」
そう叫びながら、顔を押さえて地面をゴロゴロ転がり始める……って、えええ!?
大慌てで呪文を『天の恵み』に切り替え、キリツの周囲に水をまく。しゅぅぅぅという音がして、ほどなく鎮火。水蒸気の上がる中、少し焦げたキリツが痙攣していた。
防具のお陰でそれほど大きな怪我は負ってなさそうだが……一応、エルが『天使の息吹』で治療を施してくれる。
「キリツは剣の達人なんだけど、魔法はからっきしなんだよね」
魔法で完全に回復したものの、あまりのショックからか気を失ってしまったキリツに、ホッとした様子でキョーコが言う。
「もしかしてお前、キリツがダンジョン道を勘違いしてそうだと思ったから、さっきから黙ってたのか?」
「それもある……けど……事情を話せばキリツは断固断るだろうし……。でも、こうなるとは分かってたのに、悪いことしちゃったな……」
「まぁしょうがないさ。お前にも色々あるんだろうし。でもこれどうなるんだ?」
「キリツはこんなのだけど、言ったことは守る人だから、多分大人しく帰る……と思う」
「思うって……。まぁ目を覚ましてみないとなんとも言えないことだがな」
「うん……で、さっきのことなんだけど……」
「あ、あぁ、それな。ちゃんとお前からみんなに説明しておいてくれよ」
「うん。それは大丈夫。でも本当にごめ……あっ。ごっ、ごっ、ゴメンネー?」
少し前に私が言ったことを思い出したらしい。だけどなんか片言っぽくなってるぞ。ま、その調子だ。そのうち慣れるだろう。
キリツを空き部屋に運び、キョーコはアルエルたちに事情を説明するため、一緒にリビングへと向かう。流石に疲れた私は自室へ戻らせてもらうことにした。キッチンでDSQのリウに茶を淹れてもらって部屋に。
ベッドに腰掛けゆっくりと茶を飲む。身体は疲れていたが、久々の戦闘に興奮しているのか眠気は来ない。窓を開きバルコニーに出てみる。辺りはすっかり暗くなって、ダンジョン前に掲げた魔導照明器がぼんやりと周囲の森を照らしていた。
それにしても……。景色を眺めながら考える。
アルエルと二人でこのダンジョンに来てからそろそろ2ヶ月が経つけど、いろんなことがあったなぁ。住居を作ったりダンジョンを掘ったり。
アルエルと王都を訪れたこと。エルやラエとの出会い。ボン、ロック、サキドエル、ミミ、ランドルフさんなどの仲間も増えた。ダンジョン道もまだまだ未成熟だが『どういうダンジョンにしたいか?』という答えが見つかったような気がする。
その極めつけがキョーコの話だろう。
ホウライ帝国の姫が、どうしてこんなダンジョンにやってきて、私たちに協力してくれるのか? それはまだ分からないし、私から訊くつもりもなかった。前にも思ったことだが、彼女が自発的に話してくれるまで待つ、そう決めた。
だが私は、きっと彼女は話してくれると思っている。理由は分からないが、絶対にそうだろうという確信があった。
そんな私の気持ちを察したかのように、扉がゆっくりと開く。「バルバトス、今いい?」キョーコが扉の隙間から顔を出し、部屋の中をキョロキョロと見回している。
「あぁ、いいぞ」
「あ、そっちにいたんだ」
「うむ。アルエルたちとの話は終わったのか?」
「うん。ちゃんと誤解も解いておいたから大丈夫」
「あれは私もびっくりしたぞ。いきなり『私、バルバトスさまのお嫁さんになるのー』と言い出すんだからな」
「そんな言い方してないでしょ! ……でもまぁ……ありがと」
「うむ。キリツの様子は?」
「大丈夫みたい。さっき目を覚ましてたけど、また寝ちゃった」
「そうか、大したことないのならよかった」
「うん。それで……なんだけど」
そう言ってキョーコは語り始める。彼女のこと。これまでのことを。
本名はキリツの言っていたようにアリサというらしい。キョーコはホウライで使用される幼名というものだそうだ。
「あ、でも今まで通りキョーコでいいよ」
彼女はホウライ帝国皇帝の娘。つまり姫君ではあるのだが次女で、長女であるシオンは既に結婚しており、皇位はその夫が継ぐことになっているらしい。
「だからってわけじゃないんだけど、あたしが『世界を見て回りたい』って言い出したときも、あっさり許してもらえたんだよね」
「しかし、ひとりで旅出させたわけじゃないんだろ?」
「うん。国を出たときは一個小隊くらいの兵がついて来てたんだけど……」
「一個小隊って……で?」
「途中でまいちゃった」
そんなに明るく言われても。
「なんでそんなことを?」
「だってさー。『姫、あそこは危険です』とか『姫、明日はここに向かいます』とかさ。すっごくうるさいんだもん」
「そりゃそうだろう。自国の姫君なんだから」
「あはは……まぁ、ね。で、肉体強化魔法で一気に突っ切って大陸を横断した結果、このカールランドに来たのいいんだけど、そこでお金も尽きちゃって」
「あぁ、それで最初のクエストを受けたってわけか」
「そうそう。1ヶ月くらいクエストやってたら、結構お金も貯まってきたんだけど、なんか楽しくなくってさ」
「楽しくない?」
「うーん……簡単すぎるんだよね、どのクエストも」
そんなことを言うヤツは、お前くらいだぞ。
「あたしが国を出た理由は、色々な国を見て回りたいってのもあるけど『燃えるようなことをしたい!』ってのもあったのね。お城にいるとさ、平和でいいんだけど退屈だったんだよ。それで、折角の機会なんだから、もっとワクワクすることがしたいなーって」
「だからウチの張り紙を見て『これだっ!』って思ったわけ?」
「あー、ええっと……それは……ちょっと違うって言うか……」
なんだ? 急に歯切れが悪くなったぞ。そう言えば、初めて会ったときも『あぁ、それそれ』みたいな感じで、話を合わせてなかったか?
「えっと、んと……。まぁいいじゃん」
「よくない」
「えぇ……?」
渋々ながらキョーコは話を続ける。
「あたし、バルバトスと会ったのって、ここが最初じゃないんだよね」
「えっ? どこかで会ってたっけ?」
「いやバルバトスは多分知らないと思う……あたしがチラッと見かけただけだから。バルバトスさ、あたしがここに来る1ヶ月ほど前に王都にいたでしょ?」
キョーコが来たのは、私たちがダンジョンに来たのと同じ日だったな……あぁ、確かダンジョンを開くためにダンジョンギルドに出入りしたた頃かな?
「多分そう。面白いことないかなーって王都の下町を歩いてたら、たまたまバルバトスを見かけたんだよね」
「下町……?」
「うん。バルバトス、お金がなくって放り出された孤児院の子供たちを救ってたでしょ?」
あぁ……それか。ダンジョンを開く前のことだ。手続きが進みいよいよダンジョンを購入、というところで私はひとりの中年女性と、それを取り囲むようにしていた子供たちに出くわした。
彼女たちは借金で住んでいた孤児院を取り上げられ、路頭に迷っていたところだった。ダンジョン用の資金を手にしていた私は、迷わず――本当は一瞬だけ迷ったんだけど――彼らにお金を差し出した。
彼らを救った後しばらくは茫然自失となってしまったが、アルエルも『流石はバルバトスさまですー。もしそこで見捨ててたら、私怒ってましたよ?』と言ってくれたし、ダンジョン購入の方もよく分からない内になんとかなった。
「悪いかな、と思ってたんだけど、あの一部始終を見てたんだ、あたし。で『こんな人がいるんだ』って……その、えっと、つまり……」
「なるほどなるほど。『すごーい、バルバトスさまステキー』ってなっちゃったってわけだな?」
「違っ……わない……」
「えっ」
「うん。ほんとそう。いいなぁって。こんな人たちと一緒にいられたらなぁって思った」
「う、うむ……」
「あれ? もしかしてバルバトス、照れてる?」
「照れてないっ! マオウ テレナイ」
「あんた、ほんとに分かりやすいよね」
「なにを言うか。照れる照れないの話だったら、お前の方だってベッドに潜り込んで来たときだって」
「あっ、あれはその……あーもうっ! 忘れてっ、今すぐ忘れてってばっ!!」
「おい、こら叩くな! 魔法を使ってないのは褒めてやりたいところだが、そんなに叩かれると流石に痛い――」
「あのぉ……」
背後から突然声をかけられ、飛び上がるほど驚いた。私の頭をポコポコと叩いているキョーコの腕を取り振り返る。部屋の中央にひとりの少女が困ったような顔で立っていた。
「いちゃつかれているところ、大変申し訳ないのですが、私はどうしたらいいのでしょう?」
……誰?




