033 キョーコのお見合い
「イーヤーだってばっ! 絶対帰らない!!」
「姫、わがままを仰られないで下さい」
「その姫ってのやめてって言ったでしょ」
「では殿下。さぁ私と一緒に帝国に帰るのです」
「何度言えば分かるのよ。イヤだって言ってるでしょ!?」
「しかし殿下……」
先程からこの会話が何度も何度も繰り返されていた。
キョーコがどこから来て、どんな経歴の持ち主なのか? それは今まで聞いたことがなかった。彼女が大陸の東にある、ホウライ帝国出身者だということだけは、彼女自身が話していたので知っていた。
だが、それ以上のことを聞こうとすると、必ず彼女は言葉を濁した。だからなにか理由があるのだろうと、いつか彼女から話してくれる日が来るまで待とうと思っていた。しかし、まさかキョーコがホウライ帝国の皇女殿下だったとは……。
会話からキリツは皇帝陛下の側近らしい。キョーコを祖国へ連れ帰るように、との命を受けて彼女の足跡をたどってきたところ、ようやくここへとたどり着いたようだ。
ダンジョンで話し合うわけにはいかないので、ボンたちにダンジョンの店じまいを頼んで、私とキョーコ、キリツ、アルエル、エル、ラエ、リーンがリビングに移動する。
「殿下、帰りましょう」
「ヤダヤダヤダ!」
「駄々をこねないで下さい。ホウライに帰って、殿下のお好きなオゴメを頂きましょう?」
「……ゴメ」
「ホカホカのオゴメに、温かいミコスープ。タワワンのしゃきっとした歯ごたえが食欲をそそりますよぉ」
「……ゴクリ」
「さぁ、帝都に戻って美味しいご飯を頂きましょう」
「……だっ、だめ! あたしは帰らない」
相変わらず目の前では不毛なやり取りが繰り広げられている。ご飯のくだりで一瞬考え込んでいた気がするけど、それ以外はまるで取り付く島もない様子。
「それなら殿下のお好きなナットゥもお付けしましょう」
「ご飯の問題じゃないんだってば!」
突破口を見つけたと思ったキリツだったが、キョーコに反論されしょぼんとなる。
「まぁまぁ、おふたりともそんなに熱くならないで下さい。お茶でも飲んで一息つきましょう」
アルエルがテーブルにカップを並べてくれる。一時はキョーコのことを心配していたアルエルだったが、キリツが思っていたほど難しい人物ではないと知って、ホッとしているように見える。
キョーコとキリツは茶を口に運びながら、まだ言い足りないような顔をしている。口火を切ったのはキョーコの方だった。
「大体、なんで今になってお父さまはそんなことを言い出したの? これまでさんざんほったらかしにしてきたっていうのに」
「陛下は殿下のことをほったらかしなどにしてはおりません。ただご公務の方が忙しく、十分に気が回らなかったことは、陛下も後悔されております」
「あたしが出ていくって言ったときも、反対しなかったし」
「それは逆に、殿下を信頼されている証左でもあるんですよ。『帝国随一のホウライ魔法の使い手のアリサであれば大丈夫であろう』と。それに他国へ赴き、見聞を広めるのもよいことであるとおっしゃられておりましたし」
「なら、もう少し放っておいてよ」
「そうはなりません」
「どうして?」
「それは……実は殿下に縁談の話が出ておりまして」
「えっ!」
「んっ!」
「だん!?」
アルエル、エル、ラエが驚きの声を上げる。ってか、凄いコンビネーションだなダークネス3。
「は? 結婚!? しないしない。あたしまだ16歳だよ?」
「しかしこういうものは縁というものもありますから。手前も話を拝見しましたが、そんなに悪い話では――」
「絶っ対にイヤっ!!」
「陛下も大変心配なさっておいでなんですよ? アリサさまは大変その……活発であらせられますので、放っておくといつまでもお一人でいらっしゃるのではと」
「そんなことないし。ちゃんと自分の相手は自分で決められるから」
「またまた。そんなことをおっしゃられますが、帝国にいたときのように異性にはそれほどご感心をお持ちではないのでしょう?」
キョーコが魔法に加えて、あれほどの体術を会得していることから考えても、確かにキリツの言う通り、これまで異性にかまけている暇などなかったのだろう。加えて皇室の娘となれば、出会いも少ないだろうし。
キョーコの方も図星だったらしく、耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。リビングに微妙な空気が流れ、しんと静まり返った室内にアルエルがお茶を飲むズズッという音だけが鳴り響いていた。
どうしたものかなぁと思っていると、おもむろにキョーコが立ち上がる。
「あ、あたしだって? そーゆー人くらいいるし!」
そう言いながら、私の腕を掴み無理やり腕組みする。
「そう、魔王バルバトス。彼と……そのお付き合いを……」
はい? なに言ってるの、キョーコさん。
「ええええええ!? バルバトスさまとキョーコちゃんが!?」
「そんな、私聞いてませんよ!?」
「エ、エルさま……? どうしてそんなお顔を……?」
アルエル、エル、ラエが三者三様の反応を示す。いや、ややこしくなるから黙ってて。キリツの方が訝しげな表情で私に問う。
「それは本当ですか、バルバトス殿?」
「いやぁまぁ、どうなんだろうね?」
どう答えたものか。否定すればキョーコが困るだろう。必死でウィンクを送って話を合わせろと言ってるし。てか、お前ウィンク下手なんだな。
「ほら、バルバトス殿はその気じゃないようですよ?」
「そんなことないし」
「殿下が勝手に思っているだけではありませんか?」
「そんなことない! ……だって、この前だって一緒に……寝たこともある……し」
ちょーっと待ったぁ! いや、一応合ってるけどさ、なんか言い方がおかしくない? アルエルとエルなんて、燃え尽きたように真っ白になっちゃってるし、ラエは「しっかりして下さい」とエルの肩を揺すりながら、私の方を睨んでくるし。
キチンと説明してもらおうとリーンに目配せするが、彼女もどうしていいのか分からないようで、小首をかしげながら「ん?」と笑っている。おい、可愛らしい仕草でごまかすなよ。
しょうがない。アルエルたちには後でちゃんと説明するとして、とりあえずキョーコの方だけなんとかするか……。
ふんわりした形でそれっぽく、それでいて後からでも「あれはそういう意味じゃなかった」と言えるような言い方で。そんな玉虫色の返答を考えていると、キリツが突然席を立つ。
「まさか、そこまで話が進んでいたとは……」
「あ、いや、ちょっと話を――」
「では仕方ありますまい。揉めたら剣で。これがホウライのルールです」
鞘からスルリと剣を抜き、そんなことを言い出す。なにそれ? もしかして私と決闘的なヤツで勝負しろってこと? いやいや、キリツと私が戦ってどうなるものでもないだろ? 流石にそれはないか。
「もし、バルバトスさまが私に勝てるほどの実力者であられるのであれば、私の方から陛下にご提案申し上げましょう」
合ってた。
訂正しなくては思っていると「素敵! それならダンジョン道で勝負したらどうです?」などとリーンが提案してくる。ちょっとお前、なに乗り気になってんだよ。
「ダンジョン道?」
「あぁ、あたしが剣道のことを教えたんだけど、それをダンジョン風にアレンジしたものをつくろうってなってて――」
キョーコの説明を受けて、キリツは深く頷く。
「なるほど。フワシンメイリュウ免許皆伝の私に、剣道の亜種で勝負を挑もうとは……流石はダンジョンマスターであらせられますな。よろしい、お受けしましょう」
なにそれ、え? フワシンメイリュウ? ホウライでも有名なの? メンキョなんとかって……あぁ、それをマスターってこと。つまりキリツはケンドーの世界では有名な人ってことらしい。
誠に不本意ではあるが、やむを得まい。当の本人もすっかりやる気モードに入っちゃってるみたいで、先程から素振りを繰り返しているし。それでいいのかとキョーコに確認しようとするが、なにやら考え込んでいる様子。まぁ彼女も戸惑っているのかもしれない。
部屋の中で戦うわけにはいかないので、ダンジョン裏にある広場へと向かう。日は既に傾き始め、辺りは薄暗くなり始めていた。少しだけ冷たい風が吹き、辺りの草がザワザワと音を立てている。
「では、参る」
ダンジョンの皆が見守るように周囲を取り囲む中、私とキリツは相対する。剣を上段に構え、ジリジリと間合いを詰めてくるキリツ。
以前キョーコと戦ったとき、私は『ホウライ魔法を使う者には先手必勝』という教訓を得た。あのときもそうだったが、守りに入ると防戦一方になってしまいがち。キリツも私も例の魔導石を身に着けているため、遠慮は無用だ。
キリツに悟られないよう、小声で呪文を詠唱する。手の平に魔法陣が出現した瞬間、一気にそれを解き放つ。
『地獄の業火』
ボゥッという音と共に、キリツが炎に包まれる。同時に魔導石の光がひとつふたつと消えていくのが目に入った。よし! 先手を取った! 立て続けに攻撃するために、次の魔法を詠唱する。
が、キリツは微動だにしない。




