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番外編:リーンのビンタ

「はぁ? ダンジョンを開きたいですって?」

「うん……いや、あぁ、そうだ。リーンさん……でいいのかな?」


 私の目の前に立っている男は、コクコクと頷いた。一応冒険者ってことらしいけど、とてもそうは見えないほど細い身体。その割に妙に背が高く、余計にヒョロさが目立っていた。髪の毛はボサボサだが、不潔というよりこだわってない感じ。


 もうちょっと見た目を気にすれば、それなりにイイ男っぽいけど……やっぱり微妙な感じもする。それにしてもダンジョンを、かぁ……。


 最近のダンジョンはエンターテイメント化が進んだせいか、新しく開きたいという人が多い。商店の店主やら貴族のボンボンなんかも、よく問い合わせてくる。それもとてもお気軽な感じで!


 ダンジョンギルドの職員の立場からすれば、そういう人たちは言わば『お客さん』なわけだからありがたがるべきなのかもしれないけど、やっぱり「そんな簡単に言わないで」って文句も言いたくなってくる。


 いくら蘇生や治癒が簡単になった現代でも、ダンジョンに危険がないわけじゃない。国外ダンジョンなんかは、完全にエンタメに振ったダンジョンをつくったりしてるらしいけど、どうも聞く限りじゃダンジョンっていうよりはお遊戯って感じらしいじゃない?


 ま、将来的にもっと面白いやり方を考えるヤツが出てくれば話は別だけど、今は「ある程度の危険は覚悟してもらう」か「全く危険がない代わりにダンジョンっぽくない」の二通りしかないわけで、そう考えるとそうそう気軽に「ダンジョンをやりたい!」って言って欲しくないわけなのよ。


 だから、このバルバトスって冴えない男にも同じようなことを思ったわけ。まぁそうは言っても、私がどうこうできる問題でもないし、ダンジョンギルドにしてもみても適切な書類、ギルド会費などを用意してくれれば、特に断る理由もないんだけどね。


 でもそのときの私は、どうしてだか妙に燃えていた。普段はありもしない正義感がフツフツと心の中で湧き上がり、彼がダンジョンを開くにふさわしい人物なのかを見極めたくなってきてた。


 そこで私は彼にいくつかの試練を課すことにした。具体的には『必要な書類の期限を、ギリギリに設定する』『ダンジョン開設以降でもいい書類も用意させる』みたいなことしかできないんだけど、そういう無理難題をふっかけてみて彼の反応を試してみる。


「これとこれは王都にある役所に行ってもらってくること。それをこことここに提出して、許可をもらってきて。後、こっちの書類も必要だからそれもね。それらを明日までに提出して下さい」


 自分で言っておいてなんだけど、はっきりいってチョー面倒な手続き。期日的にはギリギリ間に合うけど、役所を行ったり来たりしなきゃダメだし、記入しなくちゃいけない部分も多くって、もし自分がやるとしたら放り出したくなるほど。


 バルバトスは「ふむふむ」とメモを取りながら聞いた後「分かりました」とあっさり帰ってしまった。まぁ、あれは多分もう来ないね。ギルド受付嬢歴3年の私のカンがそう告げていた。厄介払いできたことだし、今日はお酒でも買って帰ろう。


 翌日。お昼ごはんを食べて、少し経ったころ。今日は週の中日でギルドを訪れる人も少ない。昨日のあいつはまだ来ない。まぁ『テキパキやってギリギリ今日中には』って感じだし、実際やってみて思った以上に面倒だったので、投げ出してしまったのだろう。


 暖房の効いた室内はポカポカと温かい。昨日は夜遅くまで飲んでいたせいか、眠気が……まぁ……どうせ誰も来ないん……ちょっとだけ……。


「リー……ん、リーン……、リーンさん!」


 肩を揺すられて飛び起きる。眼の前には昨日見た顔。バルバトスが心配そうに私を見下ろしていた。


「大丈夫ですか? どこか調子が悪いのでは?」

「いえいえ……ごめんなさい。ちょっとだけ寝不足だったもので」

「あぁ、お仕事大変そうですもんね。お疲れ様です」


 バルバトスが妙に気を使ってくれるせいで、なんだか悪いことをしている気持ちになってくる。てか、え? ここに来たってことは……。


「書類、用意できましたよ」


 カウンターの上にドサッと紙の束を置く。マジで……? 一枚一枚確認してみたけど、どれもちゃんと体裁が整っている。私の言った全ての書類が、私の指示した通りの順番で積み上がっている。


 もしかして、彼のダンジョンに対する気持ちは本物なんじゃないの? いやいや、まだ結論を出すには早計だわ。


 後から考えると自分でもよく分からないのだけど、そのときの私はなぜか妙に(かたく)なになっていた。自分の予想が外れたから、というわけではない。


 王都にはいくつかのギルドが存在しているが、その中で花形と言ったらやはり『冒険者ギルド』か『商業ギルド』だ。私の周りにも、それらに就職することを希望している友達はたくさんいた。


 でも私は敢えてこのダンジョンギルドを選んだ。ギルドの中では後発で、認知度もあまり高くないギルド。よって、就職先としては一番人気の低いギルド。だけど私はダンジョンが好きだった。


 小さい頃、おじいちゃんが読んでくれた冒険譚のことをよく覚えている。その中でも冒険者たちがダンジョンを攻略していく話は、私の心を大きく揺さぶるものだった。物心ついたころ、最初は自分も冒険者となってダンジョンに挑みたいと思った。


 でも私には適正がなかった。魔法は全然ダメだったし、剣や槍はそれなりには使えたけど、人に誇れるほどには上達できなかった。それにその頃、ダンジョンは昔のような『血湧き肉躍る』ようなものじゃなくなってきてたしね。


 次に自分でダンジョンをつくってみたいと思った。でもやがて、これも絶対ムリだと分かった。モンスターを束ねたり、冒険者に対峙したりなんてできないし、そもそもお金もなかった。


 多分、そういう自分の出来なかったことを、軽い気持ちで「やろうかな」って言う人が許せなかったのだと思う。まったくもって身勝手な話だけど、そのときの私はそう感じていた。


 だからバルバトスが『ダンジョンマスターに値しない人物である』と、なんとかして証明したいと躍起になっていた。いや、正確には強情を張っていた。そして私は最後にもう一度だけ、彼を試そうと思った。


「ダンジョンを買うお金はあるの?」

「あぁ、冒険者として貯めたお金が1000万ゴルほど」


 本当だとしたらなかなかの大金だ。でもダンジョンを買うとなると……出入りしている土地商人にもらったリストを見てみる。うーん、やっぱりちょっと厳しいかも。


「その金額だと、郊外のダンジョンくらいしか買えないかもねぇ」

「そうか……いや、やっぱり早く開きたいから、買えるものをピックアップしてくれないか?」


 王都から馬車で2日ほど。近くに村や町もなく、立地的にはかなり難しそう。でもバルバトスはそれでもいいと言う。


「じゃ、手続き進めておくけど、まずはお金がないと手付もできないから、明日持ってきてくれる?」

「了解した」


 そういうわけで、後はお金さえ揃えばダンジョンをいつでも開設できるような状態になった。ようやく私も『この人は本当にダンジョンをしたいんだ』と理解できるようになってきていた。だから本気で応援してあげようと思っていた。


 その翌日までは。


 夕方、一向に姿を表さないバルバトスに、私がやきもきしていた頃。ギルドのドアがゆっくりと開く音がした。


「遅いじゃない! でもまぁ、ちゃんと約束通り持ってきたんなら褒めてあげてもいいけど」

「それが……」


 バルバトスの様子を見て私は驚いた。昨日までとは打って変わって、顔には生気がなく目もどこか虚ろな様子。「一体どうしたの?」と尋ねると、彼は頭を深く下げ「ダンジョンの話はなかったことにしてくれ」と言う。


 自分でも気が付かなかったけど、バルバトスを信じている一方で、どこか不安もあったのだと思う。だから彼の言葉を聞いて、理由も尋ねずに私は――


 ――気づいたら、彼の頬を叩いていた。


 乾いた音が、静かな室内に響き渡る。叩いたはずの自分の方が痛く感じて、私はハッと我に返る。


「ご、ごめん……」

「いや、いいんだ」

「ね、なにか理由があるんでしょ? 言ってみなさいよ」

「あぁ、うん、まぁ」


 しばらく彼はモゴモゴと言い続けていたけど、やがて観念したのか今日あったことを話し始めた。


 バルバトスは今日のお昼には両替商でお金を下ろし、ここへ向かおうとしていた。ふと、世話になった私になにかお土産でも、と下町に繰り出した。そこで彼は寒さに震えている子供たちを目にする。


 彼らを抱えるように一人の中年女性が座っていた。訊いてみると、彼らは近所にある孤児院の者だったそうだ。孤児院は女性が必死で働いて運営していたのだが、数年ほど前から身体を悪くしてそれもままならなくなった。


 彼女は当座の資金にと、両替商にお金を用立ててもらうことにした。担保は孤児院の土地だった。半年もすれば身体もよくなり元通りになるだろうと思っていたが、その見込みは甘かった。様態は少し良くなってきたものの、働きに出られるほどには回復しなかった。


 何度も何度も延期を申し出たが遂に今日、担保として土地と建物が取り上げられ、彼女たちは路頭に迷ってしまったと言う。バルバトスは問うた。


「その借金はいくらなのか?」と。


 それは彼の懐にあるお金の大半が吹っ飛んでしまうほどの額だった。彼は迷わずそれを差し出した。受け取れないと泣く女性の手を取り「気にすることはない」と両替商の元へと引き返した。


 呆れてものも言えなかった。だけど、同時に……ものすごく感動した!


 彼が打ちひしがれながら帰った後も、なんとかできないだろうかとひとりギルドに残り、色々なことを検討してみた。夜遅くになった頃、ひとりの女の子が訪ねてきた。小さな浅黒い肌をした可愛い女の子は、自分をアルエルと名乗った。


 彼女はバルバトスと一緒に住んでいて、妹のような存在らしい。ダンジョンを開くために、これまで一緒に奮闘してきたと言う。


「バルバトスさまから話は聞きました。こちらにも大変ご迷惑をおかけしたとのことで、本当にごめんなさい」

「ううん、私は別に……いいんだけど。アルエルちゃんの方がショックだったんじゃないの?」

「いえいえ。バルバトスさまのされたことは正しいことですから。むしろ、その状況でなにもしなかったら、許さなかったくらいです」


 それを聞いて、彼らに協力したいという私の気持ちに、更に火が灯る。彼女を送っていき『お茶でも飲んでって下さい』と言うお誘いも断り、私はギルドに戻る。徹夜で書類を用意し、翌日朝一で土地商人の元を訪れた。


「100万ゴルの手付で、後は毎月払いのローン。それでなんとかして」


 アルエルは『バルバトスさまには内緒なんですけど』と、へそくりの200万ゴルを置いて帰った。なにかあったときのために、彼女が少しずつ貯めた大切なお金だ。半分は手元に残しておいてもらって、残りを頭金にする。


 当然、商人は鼻で笑う。当たり前だ。そんな取引など普通はしないから。だけどバルバトス、アルエルをなんとかしてあげたいという気持ちで一杯だった私は腹をくくっていた。中年の男を説き伏せるのは……とても簡単だ。


 別にイヤらしいことをしたわけじゃない。耳元でふぅっと息を吐いて、それっぽいことを言っただけ。「私、あなたみたいに渋い方に、すっごく弱いんだよねぇ」


 すぐにダンジョンを用意してくれることになった。ついでに値切りに値切って、王都近くの好立地のダンジョンに変えてもらうことにも成功した。


 すぐに使いを送りバルバトスとアルエルに来てもらう。


「本当に……いいんでしょうか?」戸惑いを隠せないアルエル。

「いいのいいの。この商人さん、もうサインしちゃったし」

「あの……リーンさん。それで約束の方は……」商人はイヤらしい笑顔を向けてくる。

「ん? 約束? なにかしたっけ? 知ってる? そういうの無理やりしたら犯罪になるんだから」

「そ、そんな……」

「なんだか、その商人がかわいそうになってきたのだが……」

「いいんだって。どうせウチ(ダンジョンギルド)絡みで、普段からたっぷり儲けさせてあげてるんだから。ね?」

「……はい」


 ギルドに戻って、書類を彼らに手渡す。


「なにからなにまでありがとう、リーン」

「ま、昨日は私も悪かったし……ね」

「バルバトスさま、家に帰ってきてからずっと泣いてらっしゃったんですよ。『女の人にぶたれたー』って」

「お、おいっ! ばらすなよ、アルエル」

「あはは、ごめんごめん」

「まぁ、これでチャラってことにしておこう。改めてありがとう、リーン」

「いえいえ、でも大変なのはこれからだよ?」

「そうですね。しっかりがんばります!」


 ギルドを出て通りを歩いていく彼ら。アルエルは何度も何度も振り返り、手を振っていた。そのうち、なにかに蹴躓(けつまず)いて転びそうになったアルエルをバルバトスが支える。


 なんかいいな……と思うと同時に、またいつか彼らと仕事ができたらな、とも思っていた。不思議とその日はすぐ来そうな気がしていた。

第一階層(第一章)はこれで終わりになります。

第二章からは投稿ペースが変わります。活動報告、およびあらすじに投稿日のお知らせを書いておきます。

よろしくお願いします。

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