032 謎の訪問者
「それじゃ行ってくるよ。晩までには戻れると思うから」
「留守をお願いします」
「行ってきまーす!」
馬車がゆっくりと動き出す。エルが馬車の後部から身を乗り出し、手を振ろうとして荷台の角に小指をぶつけていた。あぁ……あれ痛いだろうなぁ。でも相変わらずのドジっ子ぶり。なんでもないことでもドジらないわけにはいかないらしい。
テレーゼのご指名でキョーコ、そして一人じゃ寂しいだろうということでエル、ラエがついて行くこととなった。なぜか私が行くことは拒否されてしまったのだが、彼女たちならいいらしい。
「もしかして、とんでもない女ったらしとかじゃないんだろうな?」と問い詰める私に『逆ですよ。それに女の子ですし』とテレーゼが言っていた。
「もしかしてお前と同族なのか?」
『なんですか、私と同族って。まぁ……仮に私がそういう趣味があるとしても、そうじゃないですよ』
テレーゼのように『キョーコさまぁ、はぁん』な人じゃない。でも私じゃダメってどんな人なんだよ。でもテレーゼもついて行ってくれると言ってるし、そこは信用しておくことにする。キョーコもいるから大丈夫だろう。
「ソロソロ ダンジョン アケナイト」
「おっ、そうだな。準備は出来てるか?」
「ウン! デモ ダイ3フロア ドウスルノ? ダークネス3イナイケド」
「ふっふーん。ボンくん? ダークネス3のリーダーである、このアルエルをお忘れになってもらっちゃ困るんです!」
「いつからお前がリーダーになったんだ……大体お前、末っ子だって言ってたろ」
「しっかり者の末っ子、って設定なんです」
設定って。
「デモ アルエル ヒトリデ ダイジョウブ?」
「しょうがない……私も入るか。魔導石使った戦闘してみたいし」
「わーい。バルバトスさまとコンビですー!」
そろそろ時間が迫ってきたので、一旦部屋に戻る。流石に魔王のローブでダンジョンに立つことはできないので着替えるためだ。前に着てた『農民の服』は、今もローブの下に着ているが、これはまずいよな……。ということで、もう1着買ってもらった服に着替える。
これはアルエル曰く『シンプルで素敵です!』らしい。キョーコは『町民みたいだね』と言っていたが……。でもこれしかないので、急いで袖を通す。
ダンジョンに戻ると、既に一組目の冒険者が入ってくるところだった……って、またお前たちか、剣士四人組。毎日通い詰めてない? 暇なの?
「遊びじゃないですよ。これは将来立派な冒険者になるための修行なんです!」
あぁ、そう。ま、なにかを頑張るということは悪いことじゃないし。
「とととところで、きょきょきょ今日は、キョッ、キョーコさんはいないんですか?」
ガリガリ体型のコーウェルが、プルプルと震えながら訊いてきた。なんだ、お前キョーコに相手をして欲しいのか? 物好きなヤツもいたものだ。
剣士四人組は意気揚々と第1デッキへと向かう。私たちはそれを通りすぎ、第3デッキへ。この辺りの通路もなんとかしたいところだなぁ。『最後の審判』への通路みたいに、隠し通路を設けるべきかも。
第3デッキに到着。第1から徐々に広くなって、ここは特に大きな空間になっている。私室5つ分、といったところか。今入ってきた入り口の反対には、外へ繋がる通路がある。床はややゴツゴツ感を残しながらも、危険がないようツルハシで整えてあるが、壁は岩石がむき出しの構造になっている。
照明は松明を設置してみたのたが、思ったより暗かったので魔導照明器を設置。壁際の下から上へ照らすように設置しており、デッキ内を幻想的に照らし出している……と自負している。
「ここはあまり冒険者さんが来ないので、暇なんですよねぇ」
アルエルが壁の一部をパカッと開き、お茶の道具を取り出す。いつの間にそんな細工を。でも結構いいつくりじゃないか。お茶を頂いていると、遠くで剣がぶつかりあう甲高い音が聞こえてきた。
「ボンくんたち頑張ってますねぇ」
「昨日見たが、なかなか腕を上げてたな。そういやアルエルの調子はどうだ?」
「わ、私ですか……そう……ですね。まぁまぁ……でしょうか?」
「そうか。まぁ一気に上達などしないものだからな。コツコツやればいいさ」
「はいっ! がんばります」
お、どうやら戦闘が終わったようだ。ラスティンたちの「ありがとうございましたー!」という声が聞こえてきた。礼に始まり礼に終わる。これこそがダンジョン道。例の魔導石を導入してから、このダンジョンが冒険者とキャストがお互いに高め合う場になってくれればいいな、という思いが高まってきている。
以前、ランドルフさんに問われた「お前はここをどんなダンジョンにしたいと思ってるんだ」という答え。それが形になりつつあると思えていた。どのダンジョンも、このような方式を取り入れているところはない。だから、もしかしたら冒険者たちの拒否反応があるのではないか、という懸念はあった。
しかし、ここまでのところは概ね好評のようだ。まだ訪れる冒険者の数も少ないからな。本当に真価が問われるのはこれからだろう。
「次の冒険者はまだかな?」
「どうでしょう? 連戦だとキツイってことで、リーンさんがある程度間を空けてくれてるはずなんですが」
「あ、なるほど。あいつも色々考えてくれてるんだな」
結局、午前中は一組の冒険者とも相まみえることなく終了。昼食時にミミやボン、ロックなどに聞いてみたところ、やっぱり結構キツイとのこと。うーん、今は初心者冒険者が多いだけにちょっとバランスが悪いとも言えるが、このままでは不味いかも。
ということで、午後からは私とアルエルが第1、第2デッキに交代で入ることにした。もちろん私が本気で魔法を使えば勝負にならないので、慣れない剣を持って戦ってみることしにする。
初めて魔導石を使った戦闘をしてみたわけだが、これが思っていた以上に面白い。身体は魔導石に込められた『防護』の効果でダメージを受けない。だが、それが0になれば負けという感覚は、普通の戦闘とは違った面白さがあると思われた。
命の危険がないのであれば、緊張感などないかもしれないと思っていたのは杞憂だったようだ。逆にそういう心配をしなくていいので、思いっきり戦うことができる……のだが、それは身体を酷使することでもある。
「はぁはぁ……ちょっ、ちょっと休憩させて……」
「バルバトスさま、大丈夫ですか?」
「モウ ヘタッチャッタノ?」
ぐぅ……しかし、事実だけに言い返せない。やっぱり体力つけないとなぁ。「ヤスンデテ」というボンたちに任せて第3デッキに戻る。アルエルが先程と同じように茶を淹れてくれた。
それをぐいっと飲み干したときのことだった。前方の通路から「コマルヨー!」というボンの声。ガシャガシャと揉めているような音の後、誰かがこちらへ歩いてくる足音が聞こえてきた。
通路から姿を表したのは、ダンジョンには似つかわしくない正装を纏った中年男性。その後ろには二人の若者が、姿勢を正して立っている。腰には剣を下げているが、冒険者には見えない。
「このダンジョンのマスターにお会いしたい」
先頭に立つ男が、礼儀正しい言葉使いで語りかける。
「ちょっと、勝手に入っちゃダメだって言ったでしょ!」
通路からリーンが飛び出してくる。
「なんなんのよ、もう。ごめんね、バルバトス。止めたんだけど聞かなくって」
「いや、いいんだリーン。用件を聞こうか?」
「ほぉ、それではあなたがここのダンジョンマスターで?」
「そうですよ。こんな格好をしてらっしゃいますが、こちらにおわす御方はなにを隠そう、ダンジョンマスターバルバトスさまなんですよ!」
それ、私が言いたかったんだけどなぁ……。決め台詞をアルエルに取られた感じで、ちょっと寂しい。
「これはこれは大変失礼致しました。まるでちょ……いえ、質素ですが素敵なお召し物でしたので」
今『町民』って言いかけなかった? それになに、質素で素敵って。適当言ってない?
キッと睨むが男は一瞬目を逸しただけで、すぐに話を続ける。男はキリツと名乗った。この辺りでは聞かない名前だ。
「とある機関の命により、とある人物を探しております」
機関ってなに。ちょっとカッコイイじゃない、と言うわけにもいかず。
「なるほど。公にはできない話、というわけか」
「流石はバルバトスさま。話が早くて助かります」
正直言って、あまりおもしろい話ではない。どうせ問題を起こした冒険者か、犯罪者辺りを探しているのだろう。キリツの身なりの良さからして、ギルド関連ではなさそうだ。となると……などということを考えていると、彼は更に言葉を繋いだ。
「アリサ、という名に聞き覚えはありませんか?」
「ない。このダンジョンにそのような名の者はいないし、訪れた冒険者にも覚えがない」
「そうですか……。では簡単な容姿を。16歳の女性。背丈はバルバトスさまより肘ひとつ分低い程度。体格は細身、ですがやせ細っているというほどではありません。髪の色は深黒で長さは肩甲骨辺りですが、よく束ねたりしていることが多く――」
おいおい……それはまるで……。私の動揺を感じ取ったのかキリツの表情が変わる。それに悪意は感じられない。が、どうしたものか……。
「ただいまー! 帰ったよ!」
私が戸惑っていると、表から彼女の声が聞こえてきた。タイミングが最悪だ。もう少しなんとかこの男から情報を引き出しておきたかったのだが。
「あ、こんなとこにいた。ね、例の魔導器の件なんだけ――」
デッキに入ってきたキョーコが、キリツを見るなりピタリと動きを止める。顔は青ざめ、肩から下げていたバッグがぽとりと地面に落ちた。
キリツはゆっくりとキョーコの方へ振り向く。うやうやしく一礼をし、顔を上げると無表情のままこう言った。
「アリサ殿下、やはりここにいらっしゃいましたか。さぁ、皇帝陛下がお待ちです。帝国に帰還致しましょう」