031 思わぬ反響
「いや、そりゃキョーコちゃん怒って当然じゃない」
「ほんと、ミノタウロスもびっくりなくらいの鈍感さだな」
「まったく、ワシの弟子とは思えないほどの体たらくよの」
結局あまり寝られないまま、お昼前にダイニングに戻った私は「アルエルちゃんが代わってくれるって言うから休憩中」というリーン、暇そうにしているサキドエルにランドフルさんを前に、今朝のことを相談した。で、こんな感じで責められているというわけ。
「いやでもさ、看板娘がイヤだったらそう言ってくれれば――」
「そうじゃなくって!」
「え?」
「いやいやいや……なに『我、なんかやっちゃいました?』みたいな顔してんのよ。てか、それ本気で言ってるの?」
「……すみません」
そこからクドクドとリーンのお説教タイム。どうやらキョーコは、私が約束と称して迫った……と勘違いしたみたいだ。それに対し私が『看板娘』の話をしたことが、どうやら間違っていたらしい。って、あれ……それならあのときキョーコが『いいけど』って言ってたのは……。
リーンは「そろそろ戻らないと。ちゃんと後で謝っておくのよ」と言い残し戻って行ってしまう。サキドエルとランドフルさんは、呆れてため息をつくばかり。だってしょうがないじゃないか……。
「ふぁぁ、おはよー」
ダイニングの扉が開き、眠そうな顔でキョーコが入ってくる。それに合わせるかのように、サキドエルたちが席を立つ。
「ちょっとアルエルたちの様子を見てくるかな」
「ワシも魔法の鍛錬の時間だの」
待って、置いていかないで……。なんとなく気まずい空気の中、キョーコが椅子に腰を下ろす。
「その……ご飯でも食べないか? DSQの方々が作り置きしてくれてるのがあるから」
「うん……食べる」
「よし、ちょっと取ってくるから待ってろ」
「あのさ……」
「うん?」
「さっきは……その……ごめん!」
机に手を付き頭を下げるキョーコ。戸惑いながらも顔を上げるように言う。
「あまり……そんな態度を取らないでくれ」
「えっ?」
「キョーコっていつもは強気なくせに、急に謝ってくることが多いよな」
「そりゃだって……あたしが悪いと思ったことは、ちゃんと謝らないとだし」
「それはそうかもしれないが……なんと言うか、ちょっと他人行儀っぽいっていうか……」
「……うん、言われてみればそうかも」
「だからそんなにかしこまらないで『さっきはごめんねー』って程度の方が、私も気が楽でいいんだ」
「うん……いろいろありがと、ね」
「うむ。私たちは『友と書いて仲間と読む』仲なんだから」
「それいい加減忘れて……あと、逆だから」
とりあえずはキョーコとの仲が壊れなかったことにホッとする。それも彼女の性格のお陰だろう。本当に感謝している。遅い朝食をテーブルに並べて「いただきます」。
「ダンジョンの方はどうなってるの? あの魔導石っての、上手くいってるのかな?」
「そう言えばそうだな。そろそろお昼時だし、普段ならアルエル辺りが『ごはんですー』ってやって来るころだってのに」
「そのモノマネ、微妙に似てるよね……急いで食べて行ってみよ」
「だな」
食事をかき込みダイニングを後にする。廊下を歩き階段を降りる。『最後の審判』に来てみたが誰もいない。
「おかしいな?」
「やっぱりなにかあったんじゃないの?」
駆け足で隠し通路を進み、ダンジョン入り口へ。受付にいるはずのリーンまでもいない。左にある第1デッキへ続く通路。その先から「わぁっ」という歓声が聞こえてくる。第1デッキを覗くと誰もいない。第2デッキへ向かうと、そこにはボンとロックのスケルトンコンビ。それに対峙しているのは……昨日の剣士四人組じゃないか。
周りを取り囲むように、他の冒険者やキャストたちが声援を送っている。近くにいたアルエルに問いかける。
「どうなってるんだ?」
「あ、バルバトスさま。おはようございます。それがですね、凄い好評なんですよ!」
改めてボンたちの戦いを見てみる。剣を手にしたボンとロックに、剣士四人組がじりじりと迫る。最初に動いたのは、一番体格の良い剣士ラスティン。掛け声と共にボンに斬りかかる……が、ボンは華麗なステップでそれをかわす。おぉ、いつの間にあんな動きができるようになってたんだ。
攻撃をかわされて体勢が崩れかけたところに、ロックが一撃。パリンというガラスの割れるような音がして、ラスティンが首から下げているペンダントの魔導石がひとつ光を失う。残りは1つ。残りの剣士たちも似たような残数だった。
対してボンは4つ、ロックは7つまるまる残っている。なかなかやるな。
「戦闘自体は人数が多い剣士たちの方が有利だけど、魔導石の残りで言えばボンたちが優勢ってわけか。面白いな」
「手に汗握りますー!」
「観戦してる人たちも、凄い熱狂してるよね」
「うーむ……対戦が面白いと言うのはいいことなのだが……ちょっと狭いな」
「そんなにたくさん人が入ってないんですが、それでもぎゅうぎゅうですよね」
アルエルの言う通り、極力戦闘の邪魔をしないようにとキャストや他の冒険者たちは壁に張り付くように観戦している。肩寄せ合い声援を送る姿は、盛り上げに一役買っているとも言えるが、これ以上増えたら対応できないし、そもそもダンジョンっぽくない。
「クエストをやったときに冒険者ギルドのテレーゼに借りた魔導通信器みたいなので、どこかに中継できないかな?」
「おぉ、ナイスアイディアだ、キョーコ」
「あれって返したの?」
「いや、忘れてて借りパク状態になってる」
「テレーゼに怒られるよ」
「うむ、後で連絡して謝っておこう。ついでにそういうのができるかも訊いてみるか」
戦いの方はボンたちの勝利に終わったようだ。剣士四人組が地面を叩いて悔しがっている。だが、誰も怪我をしていないというのは良いことだ。後腐れがないし、思いっきり戦うことができるし。
観戦した冒険者たちも同じように思っているようで、口々に感想を述べていた。
「すごい戦いだったよね」
「だな。こんな方式見たことないぜ」
「いくら相手がモンスターって言っても、やっぱり躊躇しちゃうこともあるもんね」
「そうそう。討伐対象になるような悪いモンスターなら、話は別なんだけど」
「俺も前に他のダンジョンで、相手にうっかり怪我させちゃって。あのときは気まずかったなぁ」
「さっきここのダークエルフが教えてくれたんだけど『ダンジョン道』って言うらしいぞ」
「ダンジョン道? なにそれ」
「詳しいことは分からないんだけど『ダン道って言うんですー!』って言ってた」
「あー、あの可愛らしいダークエルフの女の子?」
「うん。あれ、さっきまでその辺にいたんだけど……?」
自分に話が移って恥ずかしいのか、アルエルは先程から私のローブの影に隠れてしまっていた。
「よかったな。可愛いって言われてるぞ」
「はい……嬉しいんですが、ちょっと……照れるかもです……」
こらこら、シワになるからそんなにローブをくしゃくしゃにしない。
他の冒険者さんたちにも戦闘を楽しんでもらい、その日は夕方前には閉ダン(閉ダンジョン)。全員で手分けして、掃除、武器防具の手入れ、魔導石の再補充などを行う。夕食を頂いた後、リビングで今日の売上を数えてみた。
「30、31、32、33……わぉ、3万3000ゴルもあるわよ!」
「初日が1万8000ゴルだったから倍近いな」
「ええっと1日3万ゴルとして、1ヶ月やったら……30かけるから……900万ゴル! 凄いですー!!」
「いや、また桁間違えてるからな。90万ゴル、約100万ゴルか」
「クエストのときの一日分かぁ……そう考えるとちょっと少ないかもね」
「まぁあれは、テレーゼが優先的に儲かるクエストを回してくれたお陰もあったしな」
「そうだよねぇ。なんだかんだ言って6組のパーティさんしか、来てもらってないもんね」
「1組のパーティが4人として……10組さんに来てもらえると40人。ひとり1500の入ダン料ですから…………6万ゴルです! ……よね?」
「今度は合ってるぞ、アルエル。一日6万ゴルなら20日稼働で120万ゴル。これだけあれば、お前たちのお給料も……いやちょっと足りないか」
「あたしたちのことはとりあえず後でもいいよ。まずはダンジョンをしっかり拡張していって、いいものにしていきたいよね」
「ソウ ソウ!」
「まぁご飯と住居も込みだしねぇ。ご飯のときにお酒が出れば私は満足かな」
「たまにお洋服が買えると嬉しいですー」
「お前たち……グスッ」
「あー、また泣いてるし」
翌日からもダンジョンは盛況。1週間もすると朝から並ぶ者も出てくるようになってきた。街道までの道も整備し、森で迷う者はいなくなり一安心だ。ただ問題も残っている。第1フロアをクリアした者が、帰ってくる道は結局手つかず。
今のところはボンたちのフロアをクリアできる者も少ないし、ダークネス3のフロアを攻略できる者は皆無だ。負けてしまった冒険者も「見学したい」と言って、そのまま見てることも多いので帰ってくるルートは後回しにしているが、そのうちなんとかしないと。
テレーゼに魔導通信器のことを謝り、それを使って中継ができないかと聞いたところ、できないことはないらしい。
ただ、基本的に魔導通信器は1対1の通信を行うことを基本としているので、設置した箇所×2台が必要になるとのこと。これはちょっと使い勝手が悪いし、なによりお金がかかってしょうがない。
『それなら、魔導器の専門家に訊いてみてはどうです?』
「王都にいるのか?」
『王都ではなく、カールランドの北部です。この前クエストで行ってもらったエッセの村の近くですね。よかったら案内しますけど?』
「おぉ、それは助かるな。じゃ、明日にでも私がそっちに行っ――」
『いえ、バルバトスさまではなくキョーコさまに来てもらって下さい』
「またお前、そんなことを……」
『じゅる……それもありますけど、ちょっと変わった方なんですよ』




