003 一人目の仲間
「きゃあっ!」
キョトンとした顔のアルエルに少女が衝突した。いや、寸前で少女はもう一度床を蹴り、ギリギリで回避したように見えた。それでも少女の素早い動きが衝撃を生んだのか、アルエルは床に尻もちをついて転がってしまう。
「アルエルっ!」
「いてて……バルバトスさま?」
「怪我はないか? どこか痛くないか?」
「大丈夫ですっ! ダークエルフは鋼のように頑丈なんで……あだだだ、ほっぺほつねりゃないでくだしゃい〜」
「あ、悪い。突然ダークエルフにない特性を主張し始めたので、頭でも打ったのかと」
一応アルエルと共に身体をチェックしてみる。手首の辺りを少し擦りむいていたくらいで、どこにも異常はないようだ。よかった……。
「あの……ごめん」
振り返ると、少女が気まずそうにモジモジとしていた。
「本当に大丈夫?」
「はいっ! 問題なし、です!」
「そう……よかった」
「あいにく私の右拳はまだ痛いんだけどな」
「あ、そうなの?」
「なにその対応の違いはっ!?」
まったく……。少女のしょげた顔を見ていると、最早戦闘意欲は削げてしまった。いや、元々私が始めたことじゃなかったんだけど。とりあえず少女を座らせ、再び湯を沸かす。
「へぇぇ、炎魔法をこんなふうに使う人って初めて見たよ」
「でしょでしょ? バルバトスさまは魔法だけは得意なんですよ〜」
「だけ?」
ちょっとアルエルさん?
「いえいえ、だけっていうのは言葉のアヤというか……剣っ……はあまり得意じゃないですし。槍っ……もそれほどではありません。他には……」
もう黙っててぇぇぇぇ!!
「あ、でもお料理はとても上手なんですよ? 私も色々教えてもらいましたし。バルバトスさまの作る料理は、味よし、栄養バランスよし、バラエティ豊富でとっても凄いんです!」
「魔王……なんだよね?」
キョーコがジトッとした目を向ける。やめろ、そんな目で私を見るなっ!!
「で、なんだ言ってみろ」
茶を差し出しながら問いかける。少女はぽかーんとした顔で「なにが?」と答える。
「なにが? じゃないだろ。お前が言ってたんじゃないか『あたしが勝ったら言うことをひとつ聞くのじゃぁ、グヘヘ』とか」
「そんな言い方してないしっ!」
「それでなんなんだ? お前の希望は?」
「あー、それそれ。ね、あなたたちここでダンジョン運営始めるんでしょ? あたしも仲間に入れてよ」
「むっ、それをどこで聞いた?」
「あれじゃないですか、バルバトスさま。昨日王都のダンジョンギルドに貼り出してもらった求人ポスター」
「そうそう、それ! 今朝、それを見てさ。ね、いいでしょ?」
あーそう言えば、そうだった。だがあれって確か『元気なモンスター募集します! 新規開設の新しいダンジョンです。私たちと一緒に伝説をつくりませんか!?』みたいなことを書いてたような気が……。
お茶をすすっている少女を見る。
「……胸が少し残念な以外は、普通の人間の少女にしか見えないが?」
「ど、どこ見てんの!?」
「バルバトスさまぁ……」
すまない。今のは確かに良くない発言だったな。
「てか、モンスターじゃないし。どこからどう見ても人間の美少女でしょ」
そう言ってひとりで照れてる。なんだ、こいつもただのバカなのか。
「ね、いいでしょ? さっき実力はちゃんと見せたし、結構役に立てると思うんだけ――」
「当面給料は払えんぞ」
「へっ……?」
驚いている少女にアルエルが補足をする。
「あはは、35年ローンが重くのしかかってるんですよねぇ」
「うむ」
「ローン……で買ったの? このダンジョン」
「そうだ」
「35年?」
「いかにも」
はぁぁ、と少女が深いため息をついた。眼を閉じ眉間にシワを寄せながら「うーんうーん」となにやら考えごとをしている。私とアルエルがお茶を飲みながら待っていると、少女はパンと頬を叩き「分かった!」と言う。
「お願いしたのはあたしの方だからね。思ってたのと条件が違ったからって、今更反故にはできない。ただその代わり、衣食住はちゃんと面倒みてよね」
「その点は大丈夫だ。ただ、まぁなんと言うか、現状がこんな感じだから……な」
そう言って辺りを見回す。最初よりは多少は見栄えが良くなっているものの、岩盤剥き出しの何もない空間。食の方はなんとかなるとしても、寝る場所もままならぬ状態だ。ところが少女は目を輝かせながら、うんうんとうなずく。
「いいじゃん! よく考えたら一からダンジョンをつくることに携われるってのも、なかなかできない体験だしね」
「毛布だけはたくさん持ってきました!」
うむ、アルエル。ところでどうやってバックパックに入ってたの、それ?
「決まったところで、早速自己紹介ですっ!」
いや、どこに……。だが、私の問いは無視されアルエルが立ち上がる。
「えー、コホン。ダークエルフのアルエルですっ! 15歳です。得意なことは……なんだろう……? 最近バルバトスさまに習っているお料理でしょうか? たまご料理は得意なんです!」
「じゃ、あたしね。ええっと……そう、元冒険者のキョーコ、16歳。ご覧のとおり肉体強化魔法を使った格闘術が得意かな? あ、剣とか槍とか弓もそこそこできるよ。そんなとこかな。じゃ、最後はあんたね」
えぇ……そんな感じでやるの? なんか照れくさいな。「早くっ」「バルバトスさま、ファイトですっ!」と急かされ、渋々立ち上がる。
「えー……バルバトス、魔王……だ。30歳。魔法が得意。料理やDIYも少々。以上」
「はぁ? なんかもっとないの? 魔法を使った一芸とか見てみたいなぁ」
魔法は芸じゃありません! てか、魔王が自己紹介とかないでしょ、普通。
「いや、それよりもだ。キョーコと言ったか。肉体強化魔法だと言ったが、あれは普通のものとは違うように見えたのだが?」
「あー、西洋の魔法とはちょっと仕組みが違うのかも」
「と言うことは、東洋……ホウライか?」
「ご明察。あたしの魔法はホウライ固有魔法なんだ」
ホウライとは大陸極東に位置する小国の名前だ。かつては産業で栄えた国だったが、最近では斜陽の一途をたどっていると聞いているが。それよりも、ホウライの固有魔法とは初めて聞いたぞ。そのことを指摘するとキョーコは少し表情を変え困ったような顔をする。
深く追求すべきではないのかもしれない。そう思って話題を変えてみる。
「その魔法、西洋魔法とどう違うのだ?」
「うん。西洋魔法は肉体の外にかけられるけど、ホウライ魔法は肉体の内部に作用するの」
「内部? 身体の中ということか?」
「そう。筋肉や筋、骨、皮。そういう肉体自体に強化魔法をかけることによって、魔法の効力がより高くなる……らしいんだよね」
「ふーむ。どれちょっと見せてみろ」
キョーコの腕を取る。魔法がどのように作用しているのか、純粋に知りたいだけだった。だが彼女は私の手が触れたとたん「きゃっ」と声を上げて腕を引っ込める。顔を真っ赤にしながら「きゅ、急に、さわっ、触るから」としどろもどろになっていた。
「いや、すまない。だが、そんな女の子っぽい反応をするとは……」
「なによっ、女の子ってのは間違いないでしょ!?」
「いやぁそりゃそうなんだが……さっきのような立ち回りを見せられては……なぁ」
「それはそれ、これはこれ。あたしだって普通の女の子なんだから!」
両手をブンブン振りながら抗議している。
「はいはーい。そこまででーす」
アルエルが間に割って入る。
「さっきのはバルバトスさまが悪いですけど、これから一緒にがんばっていく仲間なんですから、こんなことで喧嘩しちゃダメッ、です」
「ふむ……」
「そう……だよね」
「じゃ、仲直りしましょう!」
アルエルは私とキョーコの手を取って「はい、握手です」と繋がせる。キョーコは一応納得した様子だったが、若干頬をぷくーと膨らませている。女の子であることを否定されたことを相当気にしているらしい。
「先程は私も悪かったが、やっぱり女の子っぽいところあるんじゃな……あだだだだっ!!」
キョーコに掴まれた手がギシギシと音を立てている。ちょ、魔法! 魔法使ってるでしょ!?
「使ってない」
「絶対ウソだ!」
「全っ然、魔法なんて使ってないし!」
「いたたたた、ちょ、キョーコさん!? 腕がちぎれちゃう!!」
「はいはい。もういい加減にして下さいよぉ」
こうしてダンジョンの初日は終わっていった。