027 エッチなのはダメ!
「仕方ないな。お前たちローパーの攻撃範囲に入ってくるんじゃないぞ」
「で、でも……失礼ですが、見たところお兄さんは冒険者ってわけでもなさそうですし。僕たちのせいですから、加勢させて下さいっ!」
体格の良い子が嘆願してくる。いい子だな……だが。
「大丈夫。私に任せておけ」
「あなたは一体……?」
「なに、通りすがりのただの魔王だ」
「ま、魔王……?」
絶句している少年に、もう一度下がってろと伝えてキョーコの元へと駆け出す。
「キョーコっ!!」
彼女との4日間のクエストで、私たちは互いの戦い方を存分に見てきた。特に戦闘中は細かい会話ができないだけに、お互いの視線、動作などだけでなにをするつもりなのか、どうして欲しいのかを察しなければならない。
そういうものを互いに分かり合えたのが先日のクエストだった。だから私が彼女を呼ぶ声だけで、私がなにをしようとしてるのかを察せられるはず。まずは風系の無詠唱魔法で、キョーコに絡みついた触手をほどく。それには彼女が暴れてもらっては困る。
それを「キョーコ」という一言に込めたわけだ。必ず彼女は分かってくれ……。
「このっ、このっ、離せっっ! くっそぉ、ぬめってしてて……このっこのっこのぉぉ!」
全然、分かってなかった!
おかしいな……、クエストの終盤じゃ結構息合ってなかった? 格下だと思っていた相手に思わぬ苦戦を強いられ、動揺しているということ……にしておこう。
暴れまくるキョーコを離すまいと、触手も左右上下に大きく揺れている。これでは魔法がキョーコを直撃する可能性がある。作戦変更。
いくつかの触手が襲ってくるのを『大地の守護』で防御しながら、別の呪文を唱えローパーの元へたどり着く。幹にあたる部分に手を当てると、魔法を発動。
『地獄の業火』
高温の炎を錬成する魔法。大黒蜘蛛を焼き払ったときに使ったものだ。それをローパーの幹に発動。基本的にローパーは古い樹木の成れの果てだ。だから幹の中はスカスカになっているし、当然燃えやすい。
燃え上がった炎は一気にローパー本体を包み込み、触手を伝わってキョーコに向かう。
「うわっ、熱っ! バルバトス!?」
「待ってろ」
飛翔魔法でキョーコの元へ飛び、触手を掴んで解こうとするが、肝心のキョーコが暴れてどうにもならない。
「すぐに解いてやるから……って暴れるな!」
「だって、だってぇ」
「むぅ、仕方ない」
直接ローパーの触手を掴み、無詠唱の爆裂魔法を放つ。小さな爆発音と共に触手が断絶されると、キョーコの足に絡みついていた触手もするりと落ちていった。
両腕にキョーコを抱えローパーから離れる。ローパーは思っていた以上によく燃えている。もう絶命しているのだろう。ただの燃えている樹木のようになっている。
「もう大丈夫だぞ」
「このっ、離せっ!」
「ちょ、こら、殴るな! 私はローパーじゃない。落ち着け」
「うるさいうるさいうるさーい!」
「暴れるなって言っ……グフッ、ゴフォッ!」
「大丈夫ですかっ!?」
地面に降りた私たちに少年剣士たちが駆け寄ってくる。
「酷い……魔王さまがこんなにボコボコに……やっぱりあのモンスターはそれほど強敵だった、ということですね。恐るべきローパー……」
すっかり腫れ上がっている私の顔を見て、体格の良い少年が絶句する。いやお前たち、なにを見てたんだ。どう考えてもコレ、キョーコにやられたんだけど。
私の腕から降りたキョーコもようやく落ち着きを取り戻したようで「ごめん」と、いつになくシュンとしていた。『天の恵み』の魔法で、延焼しているローパーと周りの木々の消火をしておく。
この魔法は空気中の水分を集め、液体化することができるもの。普段は水汲みの変わりに使ったりしているが、反面空気が乾燥するので女性陣には評判が悪い。
「ありがとうございました」
4人の冒険者たちが頭を下げる。ドタバタしていたので改めて自己紹介。皆同じ16歳だそうで、右から体格の良い一番剣士っぽいのがラスティン。ガリガリで重い鎧にフラフラしている剣士はコーウェル。逆にぽっちゃりを通り越して鎧の隙間からお肉がはみ出しちゃってる剣士がヒュー。背がちっちゃくほとんど鎧が歩いているようにしか見えない剣士はニコラ……。
って4人パーティなのに、全員剣士!?
「いやぁ、みんな剣士に憧れてて」
「で、でも、ぼぼぼボク、ままっ魔王さま、ちょちょとカッコいいって、お、思っちゃったかも」
「じゃぁコーウェル、魔法使いになってよぉ」
「僧侶もいると安心ですね」
会話が噛み合ってないようで噛み合ってるのかも。4人はわちゃわちゃと会話を続けている。
「ところで君たちは、こんなところでなにを?」
「あ、はい。この辺に新しいダンジョンができたって聞いて来たんですけど迷っちゃって」
あー、やっぱりそうだったんだ。彼らを連れて一旦ダンジョンへと戻る。
「バルバトスさまっ……って、どうしたんですかっ!? お顔がパンパンに腫れちゃってますー!」
「……うん。ちょっとそこにモンスターが」
キョーコがサッと顔をそらす。うんまぁ、わざとじゃないし、私は別になんとも思ってないのだが……。アルエルに呼ばれたエルに治癒魔法をかけてもらう。じんわりとした温かい感触がして、頬はあっという間に元通りに。
「あれ? 手のひらも火傷を負われてますよ? こっちも治療しておきますね」
「あぁ、ありがとう」
「……もしかしてそれって……あたしをローパーから引き剥がしたときの?」
「まーそうなんだが、気にするな。ほら、エルの魔法でもう元通りになったし」
「エルちゃん凄いですー!」
「えへへ……これしか取り柄がないけどね」
「ところで、こちらの方々は?」
あっ、そうだった。
剣士四人組を皆に紹介する。
「初めてのお客さんなんですー」
「ワーイ イラッシャーイ」
「えっ、そうなんですか。やった、一番乗りだっ!」
という訳で、1組さまご案内。アルエルたちに任せて、私は急遽看板をつくることにした。そのうち道路の整備をしなくてはいけないだろうが、とりあえずはいくつかの案内看板を設置することで対処する。
キョーコと一緒にそれを設置しながら、他に冒険者がいないか確認していくと、2組のパーティを見つけた。彼らもダンジョンへと案内するため、再び戻る。道中、キョーコがまだしょんぼりとしていることに気づく。
「まだ気にしてるのか?」
「うん……さっきはごめんね……」
「あぁ、だから気にするなと言ったろ?」
「でも、あたしのせいで」
「普段から、私のことをサンドバッグのごとく扱っているヤツの言葉とは思えないな」
「それは……バルバトスが変なこと言ったりしたりするからでしょ!」
「うむ……」
誠に遺憾ではあるが、事実なだけに言い返せない。
「さっきのはあたしの不注意で危険に晒したわけだから……ごめん」
「あんなの危険な内には入らないと思うのだが……まぁ、お前がそこまで言うのなら。うーん、そうだなぁ……なんでもひとつ言うことを聞いてくれるってことでチャラにするってのはどうだ?」
「なんでもバルバトスの言うことを? ……って、エッチなのはダメだからねっ!!」
「ちょっ、おまっ! 冒険者の方々の前でなに言ってんの!? ほら、皆さんちょっと引いてるじゃない」
特に魔法使いのお姉さんが、まるでゴブリンを見るような目で私を見ている。魔王だと名乗ってなくてよかった……。
「あっ、おかえりなさいっ! バルバ――」
「あー、おっほん! アルエル、ただいま!」
「どうしたんです? バルバト――」
「あーあー! こちら冒険者2組さまをご案内して」
首をかしげてるアルエルを無理やり回れ右させて「ささ、どうぞどうぞ~」と冒険者たちをご案内させる。
「確かこのダンジョンの魔王ってバルなんとかじゃなかった……?」
「バルバト……なんだっけ?」
「まーまーそんなどーでもいいことは置いておいて! まずはダンジョンをお楽しみ下さいねっ!」
じとーっとした目を向けてくる冒険者たちを、無理やりダンジョンに押し込めていく。
「ふぅ……ギリギリセーフだな」
「いや、アウトっぽいけど」
「なん……だと……。初日からセクハラ魔王の烙印を押されてしまったということか……」
「まぁ、あたしも悪かったから、さっきの冒険者には後で説明しておくよ」
「ほんと頼みます! キョーコさま、女神さま!」
「……それは別にいいけど……さっきの、あれどうするの?」
「あれって?」
「やっ、別に忘れたんならもういい」
トトっとダンジョンへ駆け出してしまうキョーコ。あぁ「言うことをひとつ」ってやつのことか。まぁいい、ここぞというところで使わせてもらおう。




