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026 冒険者が来ないっ!

「あ、バルバトスさま。ちょうちょが飛んでますよ」

「ほんとだ。もうすっかり春だからなぁ」

「むしろ暑いくらいだよね」

「あの……」

「今日はとっても穏やかなんです」

「あぁ、私たちの声以外、遠くで聞こえる虫の声、鳥の鳴き声しか聞こえないし」

「気持ちのいい一日だね」

「あのっ、あのっ……」

「そう言えば、DSQの皆さんが晩ごはんはなにがいいか、って聞いてましたよ」

「そうだなぁ……あっさりしたものがいいかな」

「あたしも。故郷にウードンっていう麺料理があるんだけど、あれがいいなぁ」

「あのっ! 皆さん、聞いて下さいっ!!」

「どうした、エル?」

「その……現実逃避はよくないと思います……」


 エルの言葉に、一同皆うなだれる。だが、ごもっともな一言だった。


 夜遅くまで騒いでいたのにも関わらず、ダンジョンオープンの当日、私たちは朝早くに目が覚めてしまう。早々に朝食を取ると、各デッキの点検や掃除、キャスト(冒険者の相手をするモンスターたち)の装備の確認、お釣りの用意などなど……全員総出で準備にあたった。


 ダンジョンギルドには「朝9時オープン」と伝えてある。ギルドのリーンは「任せといて、ばっちり案内しておくからね!」と魔導通信器(マジックパッド)の画面の向こうで言っていたのだが……。


 ローブから懐中時計を取り出す。時計の針は既に10時を回っていた。


「その時計、壊れてるんじゃないの?」

「失礼な。市販の懐中時計を改良し、魔導回路を組み込んだことで、一日の誤差はわずか1秒以内に収まっている優秀なものだぞ」

「あんた、そんなものにまで手を出してるの……」

「それはどうでもいいのですが、冒険者さんが来ないのはおかしいのですー」

「どうでもいい、って……」

「ちょっとリーンさんに確認してみます」


 アルエルが魔導通信器を取り出す。画面を操作するとリーンの眠そうな顔が映る。


『ふぁぁぁ……どしたの、こんなに早くに』

「こんなにって、もう10時だぞ」

『あら、ほんとだ。で、どう? ダンジョン賑わってる? ごった返して人手が足らなくなったりしてるんじゃないの? あ、私は忙しいから手伝えないわよ?』

「それが、その……」

『ん?』


 アルエルが事情を説明する。リーンは『おかしいなぁ』と首を傾げている。


『昨日、転送してもらったチラシを印刷して、早速冒険者ギルドに行ってみたのよ。あの建物凄いよねぇ。ウチの新館もそうとうお金かかってそうだけど。あ、でね。初心者冒険者っぽい人を中心に声をかけてみたんだ。結構評判良さそうだったんだけどなぁ』

「そうか、手間をかけたな。ありがとう、リーン」

『どういたしまして。お礼はヴェルニアの高級ワインで手を打つわよ。それにしてもひとりも来ないってのはおかしいわよね?』

「ですよねぇ。皆さん、ゆっくりしてるんです?」

『冒険者ってのは朝が早い人が多いからね。特に新しいダンジョンってことで、一番乗りしたいって人も多いだろうし』

「それなら、ますます変だよね」

「うむ……送ったチラシには地図とかも載せてたよな?」

『うん。ここに一部残ってるけど、ちゃんと地図も入ってるよ。<王都から南に街道を下って馬車で1時間>ちょっと盛ってる気がするけど、まぁこんなものかな? <漆黒の森の手前の小道を左に入ってまっすぐ>だよね?』

「うむ。間違いないな」

『ねぇ……念のため訊くけどさ。この小道ってちゃんと整備された道なんだよね?』

「あっ……」


 アルエルと最初にここを訪れたときには、ほとんど獣道と言っていいほどの道しかなかった。何度か往復している内に、多少下草は踏まれそれなりに道っぽくはなってきたと思っていたが、森の中を歩き慣れていない初心者冒険者だと道と分からない可能性は高い。


 ってか、絶対それだよ。


 アルエルたちにはダンジョンで待つよう言い、私とキョーコで森へと入ることにする。ローブ姿では目立つので、前に買ってもらった服に着替える。とても動きやすくていいのだが、なんかこれ農民っぽいんだよな。アルエルも「麦わら帽子が似合いそうですー」って言ってたし。まぁ個人的にはお気に入りなんだが。


 外へと続く獣道を歩いて行き、ようやく森の外へとやってきた。そこにはかなりの数の踏み荒らされたような足跡が。私たちのものではない足跡だったので、これは恐らく冒険者たちのものだろう。


 辺りの茂みをかき分けてみると、どうやら獣道に気づかず別の方向へと進んでしまっているらしい。キョーコと共に後を追う。少し歩くと鮮明に付いていた足跡が、下草のせいで分かりにくくなり更に進むと完全に見失ってしまった。


「困ったな……かなりダンジョンから離れた方角に来ているようだが……」

「くんくん……こっちだね」

「えっ?」

「なんか人の匂いがするんだよ……あ、こっ、これは強化魔法なんだからね!」

「臭覚すらも強化できるということか……って、そんなことほんとにできるの? ただ単に野生動物並に鼻が利くってだけじゃないの?」

「うるさい、置いていくわよ?」

「ごめんなさい」


 先頭をキョーコに入れ替えて先へ進む。既にダンジョンから大きく東へ逸れた場所に来ていた。この辺りはまさに前人未到の地と言った感じで、草も木も生え放題になっていて凄く歩きにくい。


「前方500メートル先、人の声が聞こえる」


 鼻の次は耳かよ。だが、小走りでキョーコの後を追っていると、確かに数人の声が聞こえてきた。前方を見ると、豪華な鎧に身を包んだ冒険者たちが、モンスターと対峙していた。


「ローパー……か。こんなところに生息しているとはな」

「冒険者は4人、2人は倒れてる。どうする? そのローパーってのは話して分かるヤツなの?」

「いや、言葉は通じない。意思疎通も無理だろう」

「なら……バルバトスは冒険者をお願い!」

「おい、待てっ!」


 私の静止も聞かず、キョーコは大きく跳躍しローパーに迫る。


 ローパーは長寿の樹木がモンスター化したものだ。枝葉を触手のようなものに変え、動物などを捕えて生気を吸う。根を張ったままの個体も多いが、中には地上を器用に歩行するものもいる。どちらにしても、それほど移動速度の速いモンスターではないので、攻撃範囲から出てしまえば脅威とはならないのだが……。


 空中を舞ったキョーコがクルクルっと回転し、そのまま拳をローパーの胴体に叩きつける。反動でローパーはぐらりと傾いた。


「うわぁ……凄いっ!」

「お前たち、大丈夫か?」

「あ、はい! でも、コーウェルとニコラがやられちゃって」


 襲われていた4人の冒険者は、どうやらまだ少年と青年の間くらいの年頃の男の子。中でも最も背丈も高く体格の良い子が、私の問いに答えた。彼に倒れている仲間を連れて下がるように言うと、私は振り返ってキョーコの様子を確認する。


 キョーコは私との戦いで見せたように、高速移動を繰り返しローパーに打撃を加えていた。姿が現れた瞬間、ローパーの胴体に蹴りを入れ再び消える。逆サイドに正拳突き、頭上からの踵落とし、根本付近に回し蹴り……まるでコマ落ちした映写を観ているような気持ちになってくる。


「凄い……あんなに華奢な子なのに」


 仲間を安全な場所に移動した男の子が、いつの間にか背後でキョーコの戦いを見守っていた。倒されていた2人ともうひとりも無事なようで、彼の後ろで呆然とした表情でキョーコとローパーの戦いに見入っている。


「僕たちじゃ手も足も出なかったのに。この調子なら勝てちゃいますよね?」

「うむ……」


 ローパーは半分植物半分モンスターの生物だ。普通のモンスターと違い知性がない。それ故に厄介だとも言える。私のような人間もしくは人種であれば、キョーコほどの体術を見せつけられれば恐怖という感情に襲われる。


 そしてそれは戦闘において(かせ)となることが多い。だが恐怖を感じないローパーにとって、キョーコはただ「倒せるか否か?」という存在であるだけだ。現に戦闘が始まって何度もキョーコの攻撃を受けた後でも、ローパーの動きに乱れや戸惑いは感じられない。


「じゃ、じゃぁ……」

「問題はそれだけじゃない。確かにキョーコの攻撃はローパーにヒットしている。だが見てみろ。ローパーにダメージがあるように見えるか?」

「あっ……そう言われてみれば」


 一度戦った私には分かる。彼女の力は確かに普通の人間を凌駕している。だがそれは筋力やそれに伴うスピードが強化されたという意味合いだ。彼女の身体は、この少年が言うように華奢な少女のもの。だから体重の乗らない攻撃の威力はどうしても軽くなってしまう。


「特にローパーのように体表面が固い生物の場合は、打撃攻撃が効果を発しにくい」

「そんな……あっ、危ないっ!」


 疲れが見え始めたのか一旦地面で息を整えるキョーコの足に、ローパーの触手が下草の茂みから伸びてきていた。


「キョーコ、回避しろ! 上へ跳べ!」

「えっ……って、うわっ」


 瞬時に跳躍。しかし頭上に別の触手が迫る。とっさのことだったので大きく回避することができず、触手の打撃で地面へと墜ちる。そこに先程の触手が伸び、キョーコの足に絡みつく。


「このっ……離せっ」

「その体勢では打撃は無理だ。握りつぶせ!」

「うわっ……ぬるってしてて……くっ……力が……」

「あぁ……お姉さんが……」

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