025 ダンジョンオープン前日
「魔力生成量、魔力貯蔵量? あと一つは……」
「いや、あれは……スリーサイズだな」
「…………は?」
「おやおや、こちらの可愛らしいお嬢さんは、どなたかの?」
「きょ、キョーコと申します……けど」
「ほぉ……どれどれ……なな――ぐふっ!!」
「……それ以上言ったら、冥界に送り返すわよ?」
「キョーコ、首を掴んじゃダメっ! ランドルフさん白目剥いてるから!」
慌ててキョーコをランドフルさんから引き剥がす。
「大丈夫ですか!?」
「ったく、死ぬかと思ったわい。かつては冥界の七賢者とも言われたワシを、たった一撃で葬りかけるとは……このお嬢さんは一体……?」
「おじいちゃん。キョーコちゃんは普通の女の子ですよ?」
「なんと……信じられん……リッチの固有魔法『身体測定』が人間ごときに破られるとは……」
「すっごく嘘くさいんだけど」
「まぁランドフルさんはこういうお人、いやおリッチだからな。それはそうとお前、本当にななじゅ――ぐはっ!!」
「なに?」
「なんでも……ないです……手を……離して下さい」
純粋な好奇心を満たそうとしただけなのだが。師弟共々、土下座して謝ってようやく許してもらえた。
「ところでランドルフのおじいちゃん、どうしてここに?」
「ふむ。バルバトスのやつがダンジョンを開いたと聞いたからの。それならワシもひと肌脱ごうかと思ったわけだ」
「わー! おじいちゃんと一緒に働けるんです?」
「えー。あたしはこんなエロジジイと一緒なんてヤだな」
「キョーコよ、ランドルフさんはエロジジイじゃないぞ。純粋に女の子のスリーサイズに興味があるだけだ」
「余計にたちが悪いよ」
というわけで、リッチのランドルフさんが新たにダンジョンメンバーに加入。一時はどうなるかと思っていたが、段々と層が厚くなってきた気がする。一度整理しておくか。
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魔王 :バルバトス
狂戦士 :キョーコ
ダークエルフ :アルエル
:エルリエン
:ラエスギル
ブライトスライム:ミミ
スケルトン :ボン
:ロック
ミノタウロス :サキドエル
リッチ :ランドルフ
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「なんで、あたしが狂戦士なのよ!?」
「分類がよく分からなくて……」
「もうちょっとなんか……こう……あるでしょ?」
「文句があるなら対案を出してもらおうか」
「うーん……び、美少女格闘家……とか?」
自分で言っておいて、勝手に悶絶している。放っておこう。
「よし、それじゃダンジョンギルドに連絡してオープン準備ができたって伝えておくか」
「はいっ! 魔導通信器でリーンさんとお話ししてきますね」
「あぁ、頼んだぞ」
「いよいよだね」
「……」
「……バルバトス? って、あんたまた泣いてんの!?」
「こっ、これは涙などではない! 心の……心の汗なのだ」
「なに言ってんの……。まぁあたしも多少はウルってきたけどさ」
「だろっ!? これまでの紆余曲折、立ちはだかる数々の難関、仲間との確執と雪解け、今まで以上の信頼関係で結ばれた私たちは今っ! ひとつになって――」
「あんたの中では、どんだけ壮大なストーリーになってるのよ」
皆で夕食を頂く。漆黒の森から来た4人の熟女ダークエルフたちリウ、メレス、ファロス、ガラの『ダークエルフシルバーカルテット(DSQ:バルバトス命名)』がつくる料理は、素材の味を活かした素朴ながらもとても美味しいものだった。
特にあの初めて見るきのこ料理は絶品で癖になりそうだ。今度レシピを教えてもらうことにする。
夕食後はダイニングでしばらく歓談するも、皆緊張しているのかあまり話が弾まない。「明日に備えて、もう寝な」とガラに言われて、それぞれの部屋へと帰っていく。ベッドに横になり目を閉じてみるが寝られそうにもない。難しい魔導書をペラペラとめくってみたものの、全然頭に入ってこない……ちょっと見回ってくるか。
部屋を出て『最後の審判』へ。誰もいない部屋はシンと静まり返っていた。魔導照明器のぼやっとした明かりだけが周囲をうっすら照らしていて、いかにも『魔王の間』という雰囲気を醸し出している。いい感じだ。
「どっこらしょ」
キョーコに破壊された後、やっと修復が終わった玉座に腰掛ける。うん、やっぱりなかなかよい出来だよ、これは。もうちょっと肘掛けが高い方が座りやすいかなぁ……などと考えていると、突然声をかけられて驚く。
「……バルバトスさま?」
「うわっ、びっくりした……なんだアルエルか」
「あはは、ごめんなさい」
「どうした? 寝られないのか?」
「はい、ちょっと緊張しちゃって。もしかしてバルバトスさまも?」
「我は……その……違うぞ? 明日に向け入念なリハーサルをだな。『冒険者どもよ、よくぞここまでたどり着いた! 我こそは煉獄より来たりし恐怖の魔王、バルバトスであるっ!』みたいな」
「でも、ここはダンジョンとはまだ繋がってませんけど?」
「うっ……」
「私ちょっと心配なんです」
「ん……なにが?」
「最近バルバトスさま、ちょっと頑張りすぎじゃないかなぁって。魔王だからってそんなに肩肘張らなくてもいいのになぁって思うんです」
「そんなふうに見えた?」
「はい。昔のバルバトスさまは『明日の冒険、初めての場所だから緊張するな~」とか『ダンジョンローンの審査、通るかな~』とか、結構心配性なところがあったじゃないですか?」
「……」
「なのに、最近は強がってらっしゃることが多いようなので、ご無理をされてるんだろうなって」
アルエルを手招きして呼び寄せる。隣にやってきた彼女の頭をゆっくりと撫でてやる。
「ひゃっ、バルバトスさま!?」
「そうかぁ……知らない間に心配かけてたんだなぁ……悪かったよ」
「そんなっ……。ほ、保護者としては? 当然のことなんですよ?」
「って、お前が私の保護者なのかよ」
「そりゃそうですよ。バルバトスさまは、放っておいたらずっと同じローブばかり着てたりしますし、脱いだブーツも片付けないですし」
「でも料理はしてただろ?」
「お料理だって、もう私の方がお上手なんですよー」
「まぁ、そりゃ確かにアルエルも腕を上げたが――」
「お料理くらいは……あ、でもDSQの方々がやってくれるようになったんでした……」
そう言って少ししょぼんとするアルエル。「どうした?」と聞こうとすると、カツカツと誰かが歩く音が聞こえてきた。
「あ、バルバトスとアルエルじゃん。どしたの、こんな夜中に」
「それはこっちのセリフだ。お前も眠れないのか?」
「なんかさ『明日どうなるのかな?』って考えてたら、緊張しちゃって」
「みんな同じなんですー」
「てか、なんかぞろぞろやって来てるけど」
どうやら皆、キョーコと同じような思いだったらしい。ひとりで部屋にこもっていると、あれこれ考え込んでしまうもの。エルにラエ。ボンとロック。サキドエルにランドルフさんまで私たちの元へとやってくる。
「皆さんも寝られないんですね?」
「私たちも初めてのことなので、流石に気が張ってしまいます」
「ロックト アシタノ レンシュウ シテタラ ネラレナクナッチャッタ」
「……」
「俺は身体を動かし足りないのかもな。それにどうにもベッドは慣れないものだ」
「年寄りにはキツイ時間のはずなんだがの」
無理もないことだ。明日ここに冒険者たちがやってくる。初日の出来次第で、今後の運命が決まるかもしれない。冒険者たちに満足して帰ってもらえれば、彼らが王都などでそのことを喧伝してくれるだろう。だが、もし不満を覚えたとしたら……。
そういうことを考えれば考えるほど、深みにはまっていく。現に私だって、先程から足の震えが止まらないくらいだ。膝の上に座っているアルエルが「わわわわ、なななななんか、ゆゆゆゆゆれてままますぅぅぅぅ」とキャッキャと喜んでくれているお陰で、なんとかごまかせているようだが……。
「ふぉっふぉっふぉ、まぁ緊張するのも分かるがの。考えてもどうこうなるものではあるまい? それよりももっと楽しいことを考えるべきじゃないかの?」
なるほど、流石は師匠。良いことを言う。私たちはもっと先のこと、半年後、1年後、5年後にどういうダンジョンになってたらいいな、という話をすることにした。
「最低でも5階層は掘り進めていきたいな」
「上級者さんも大満足ですー」
「そうなるとトラップなんかも、良いのが欲しいね」
「わ、私はポーション屋さんをやってみたいですっ」
「私はその……『ダークネス3』でなにかしてみたい……かもしれません」
「どっかに酒場みたいなのをつくればいいんじゃないか? 冒険者受けするかもしれねーし」
「オモシロソー! ボクモ ガンバルカラ イッショニ ツクロー」
「……」
「ふぉっふぉ、酒は百薬の長とも言うしの」
「あんたたち、こんな夜中になにやってんだい……まったく。ほら、夜食をつくってあげたから、これ食べてさっさと寝るんだよ」
ガラたちDSQの面々が、大皿に乗った夜食を持って来てくれた。楽しくおしゃべりしながら美味しく頂く。そして今度こそ就寝。
「皆、おやすみ。いい夢を」
「また明日ですー」
「ふぁぁぁ、おやすみぃ」
「マッタネー」
さぁ、明日はいよいよダンジョンオープンの日だ。




