024 初心者フロア完成!
「あっ、そう言えばバルバトスさま。王都で聞いたあの話」
「王都……アルエルが訊いてた、海鮮焼きの美味しいつくり方のコツのことか?」
「違いますーっ! それはちゃんとメモってますけど、そうじゃなくてほら、リーンさんの言ってた」
「あー、そっちか! エル、治癒や蘇生のポーションとか薬草ってつくれるのか?」
「えっ、あ、はい。もちろんです。それは私たちの生業のひとつでしたから。最近じゃあまり買ってくれる人もいなくって、あんな商人を頼ることになってしまったんですが」
エルが里でつくったという薬草を見せてもらう。試しに指先を少し切って、そこに薬草をすり込んでみた。先程の治癒魔法同様、みるみる傷が塞がっていき痕も残っていない。
「すごいですっ!!」
「いや、本当にこれは凄いぞ。市販のものじゃ、ここまでキレイに治らないし」
「私……お役に立てそうでしょうか?」
「役に立つどころじゃないぞ、これは」
「よかった……」
余程嬉しかったのか、ポロポロと泣き出してしまうエル。
「エル……そんなに泣かないでくれ。困ったな……」
「えぐっ……すみません……えぐっ」
「あーあ、バルバトスがエルを泣かした」
「ちょっ、キョーコ!? なに言って――」
「バルバトスさまは本当に女の子扱いがなってないです」
「アルエル、お前まで……」
「あーあ」
「アーア」
「あーあ」
「お前ら……こっちが泣きたいくらいだよっ!」
「あはは。あ……ごめんなさい、笑っちゃって。でもありがとうございます、バルバトスさま。ご自身を落としてまで、私を元気づけようとして下さるなんて」
「あー……まぁ、なんだ。うむ、魔王的気遣い術ってヤツだな!」
「すごいところに話を持っていきました」
「魔王的ごまかし術かもね」
「ちょっとそこ、黙ってて!」
エルが言うには薬草やポーションの素材は『漆黒の森』にたくさん自生しているので、採ってくればいくらでも量産は可能とのこと。後日、採取しに行ってもらうことにする。
「それじゃ、いよいよダンジョンを整備していくか」
「普通ダンジョンって下に下に階層があるもんじゃないの?」
「そうだな。だが、今あるのは自然にできた1階層だけだからなぁ」
「掘りますか?」
「最終的には掘るんだけど……とりあえずは収入源を確保したいし、先にオープンしちゃいたいところだな」
前に探索したときに左ルートは使えないことが分かっていたので、そちらは掘って余った岩石で塞いでおく。右側のルートは手前から3つの空洞――分かりやすくデッキと呼ぶことにした――があり、最後にはキヤベルグ山の裏手に繋がっていた。
それより下の階層は『最後の審判』から掘り進めていって、後日のオープンを目指す。まずは1階層目からだ。最初のデッキはボンとロックのスケルトンコンビ。
「マカセテー!」
「……」
2つ目のデッキは……。
「はいはーい! 私たちにお任せですー!」
「が、がんばりますっ!」
「ダークエルフ美人三姉妹の出番ですね」
「いや、アルエルとエルはともかく、ラエはちょっとレベル高すぎないか?」
「大丈夫です。その辺りは心得ていますので」
手加減してくれるとのことなので、彼女たちに任せることにしよう。問題は最後のデッキだが。
「俺の出番かな?」
「いや、この階層は初心者用だから。いきなりミノタウロスが出てきたら冒険者ビビっちゃうだろ」
「じゃ、あたしがやるよ」
「キョーコちゃんだとラスボスになっちゃいますよ?」
「いやラスボスは魔王の私――」
「難しいですね」
「ちょうどいい感じのモンスターさんがいればいいんですが」
「スライムみたいなのスカウトしてくる? てかスライムって意思疎通できるの?」
「漆黒の森の近くにも住んでるスライムさんはいるんですけど、種類によるのかな? 確か『ブライトスライム』という種族の方は、それなりに知性があると聞いたことがあります」
「それってどんなのです?」
「確か……ぽよんって丸くて、少し赤色っぽいって……」
「もしかして……」
アルエルがパタパタとキッチンからカゴを抱えて帰ってくる。
「これのことです?」
「あぁ! それそれ!」
確かにエルの言う通り、ほんのり赤くてポヨンと丸いスライムがカゴの中に入っていた。口や鼻は見当たらないが、小さな目がふたつあるようだ。
「これどうしたの?」
「先日、近くの森を探検してたら見つけたんです。食べられるのかなぁって」
「みっ!?」
「えっと……『美味しくないよ!?』って言ってます」
「エル、スライムの言葉が分かるのか? ってか、しゃべるのこいつ?」
「はい。ブライトスライムは身体を振動して言葉を発します。私は『異種疎通』の魔法が使えますから、大体は分かるんですよね」
「みみっ」
「ここから出して欲しいそうです」
「危険はないのか?」
「まぁスライムですからね。それにブライトスライムは賢いですから」
「そうか、閉じ込めておくのもかわいそうだし出してやれ、アルエル」
「はい。ごめんね、スライムさん」
「みーみー」
「……」
「エル、今なんて言った?」
「えっと……『ありがとう』かな?」
「ほんとに?」
「……すみません。本当は『そこのヒョロい人、ありがとう』です……」
「……どれ、炎系魔法がどのくらいスライムに効くのか、試してみるとしようか……」
「みみっ! みみみ」
「『ごめんさない! かっこいいお兄さん』だそうです」
「なかなか話の分かるスライムじゃないか?」
「いいようにされているようにしか見えないんだけど……」
エルが通訳してくれるところによれば、どうやらこのブライトスライム――名前は『ミミ』一応、女の子だそう――は、群れからはぐれてこの近くを彷徨っていたらしい。ブライトスライムは大陸全土を移動しながら暮らすそうなので、一度はぐれてしまうと群れに戻るのは難しいのだとか。
「それなら、しばらくの間ここで働かないか?」
「み?」
「『いいんですか?』です」
「もちろんだ。冒険者の相手を適度にしてくれれば、ご飯だって寝床だって提供するぞ? お前の群れがどこにいるか分かるまででいい」
「みみ……みっ!」
「『よろしくお願いします。ヒョロ……かっこいい魔王さま!』だそうです」
「それ本当に言ってるの? なんか字数的に合ってないんだけど」
こうして若干あざといしゃべり方をするスライムが仲間になった。ミミには最初のデッキを任せることにして、次にボンとロック、最後にダークエルフ美人三姉妹というようにスライドさせて配置完了。
ダンジョン入ってすぐの部屋には長机を置き、ここで入ダン料を徴収する。
「ここは私に任せて下さいっ!」
「アルエルは第3デッキ担当だろ」
「あっ、そっか。ダークエルフトリオ『ダークネス3』の一員でした」
いつの間にかそんな名前がついてたんだ。ちょっとかっこいいな……。
「じゃぁ、あたしがやるよ」
と言うわけで、若干の不安は残るもののキョーコに任せることにした。ゆくゆくはここに薬草やポーションを販売するカウンターを併設したい。
「オリジナルブランドの剣や鎧なんかも販売したいよなぁ」
「夢が膨らんでいきますー」
「バルバトスって鍛冶もできるの?」
「いやそれはこれから勉強しようかな、って……」
「……本業を忘れないようにね」
キョーコの言うことにも一理ある。誰か暇そうな鍛冶職人がいればいいのだが。
「おぉ、やっとるのぉ」
ダンジョンの入り口からひとりの老人が入ってくる。いいタイミングで通りがかりの鍛冶職人が……というご都合主義的な話はそうそうあるものではない。だが、私は彼のことをよく知っていた。
少しボロボロになりかけのローブ。目深に被ったフードの奥には、シワの多い顔。一見老人にも見えるが、どこか年齢不詳な雰囲気を醸し出している。
「ランドルフさんじゃありませんか!」
「よぉ、バルバトス。久しいの」
「知り合い?」
「あぁ、私が冒険者時代に世話になったリッチのランドルフさんだ。私の魔法の師匠でもある」
「リッチ!? あのモンスターのリッチなの?」
「いかにも。我こそは深淵より来たりし魔導の王――」
「あー、確かにバルバトスの師匠だね」
「おい、どこで判断してるんだ」
「わー! ランドルフのおじいちゃん、おひさしぶりですー!」
「おぉ、アルエルじゃないか。随分大きくなったの」
「はい、たらふく食べて寝る子は育つ、です」
「ふぉっふぉっふぉ。どれどれ……」
飛びついてきたアルエルの頭を撫でながら、ランドルフさんはなにやら思案顔になる。
「85……61……88、といったところかの?」
「一体なんの数字? まさか魔力を読み取ってる……とか……?」
キョーコがゴクリとつばを飲む。




